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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

2 多国間の安全保障の枠組みの強化

1 NATO

加盟国間の集団防衛を中核的任務として創設されたNATOは、2024年に75周年を迎えた。冷戦終結以降、活動範囲を紛争予防や危機管理にも拡大させ、抑止・防衛、危機の防止・管理、協調的安全保障の3つを中核的任務としている。

ロシアによるウクライナ侵略を受けて加盟国の危機感が高まるなか、2022年6月に開催されたNATO首脳会合において、2010年以来12年ぶりとなる新たな戦略概念が採択された。前回の戦略概念においては、欧州・大西洋地域を平和であり、NATO領に対する攻撃の可能性は小さいとしていたが、新たな戦略概念では、欧州・大西洋地域は平和ではなく、加盟国の主権・領土に対する攻撃が行われる可能性を見過ごすことはできないとしている。

そして、前回の戦略概念において、ロシアとは「真の戦略的パートナーシップ」を目指すとしていたが、新たな戦略概念においては、ロシアを加盟国の安全保障と欧州・大西洋地域の平和と安定に対する最も重大かつ直接的な脅威と位置づけた。

また、初めて中国について言及し、中国が表明している野心と威圧的な政策は、NATOの利益・安全保障・価値観に対する挑戦であるとした。さらに、中露の関係の深化やルールに基づく国際秩序を損なう両国の試みは、NATOの価値観と利益に背くものと指摘している。

これに加え、北朝鮮の核・ミサイル開発についても初めて言及したほか、インド太平洋地域における情勢は、欧州・大西洋地域の安全保障に直接的な影響を及ぼしうることから、NATOにとって重要な地域であると位置づけ、インド太平洋地域のパートナーとの対話と協力を強化するとしている。2022年6月に開催されたNATO首脳会合には、NATOのインド太平洋パートナー(IP4)である日本、オーストラリア、ニュージーランド、韓国の首脳を初招待し、海洋安全保障や偽(にせ)情報対策などにおける協力を強化することを決定した。

このように、NATOは大きく変化した情勢認識のもと、中核的任務の1つである加盟国の防衛を改めて強調しつつ、抑止力・防衛能力の強化に取り組んでいる。

2014年以来、NATOは加盟国があらゆる方向からのあらゆる脅威に対応できるよう計画と構造を全面的に見直し、特に東部における前方プレゼンスの確立が合意された。2017年にエストニア、ラトビア、リトアニア、ポーランドに多国籍の大隊規模の戦闘群が初めて配備され、2022年以降、さらにブルガリア、ハンガリー、ルーマニア、スロバキアにも戦闘群が創設されている。同年6月のNATO首脳会合では、これらの戦闘群を必要に応じて大隊から旅団規模へ拡大することが合意された。また、従来の即応態勢よりもはるかに大規模で高度な即応力を有する新しい戦力モデルも合意された。

2023年7月のNATO首脳会合では、冷戦後、最も包括的で詳細な地域防衛計画が承認された。これによりNATOの集団防衛計画とNATO加盟国自身の戦力、態勢、能力、指揮統制に関する計画との一貫性が大幅に向上するとされる。

この新しい防衛計画のもと、全てのNATO加盟国が参加し、冷戦終結後最大規模となる「ステッドファスト・ディフェンダー2024」が2024年1月から5月に実施された。兵力を北米から大西洋に迅速に横断・展開させ、欧州・大西洋地域の防衛強化を図った。

加えて、NATOは、集団防衛と並ぶ中核的な任務として、域内外における危機の防止・管理のための作戦や任務を実施している。

地中海においては、地中海経由の不法移民の増加などを背景として、常設艦隊の展開による不法移民の流入動向について監視や情報共有を行っているほか、テロ対策や能力構築支援といった広範な任務も実施している。中東においては、「イラクとレバントのイスラム国(ISIL:Islamic State of Iraq and the Levant)」への対応として、早期警戒管制機部隊を派遣し、2016年10月から監視・偵察任務を遂行している。また、イラクにおいては、国防・治安部門に対する助言や能力構築などの支援を実施している。NATOはこのほか、コソボなどで任務を実施している。

NATO加盟国の防衛支出については、2014年の合意で対GDP比2%を目標とし、2022年11月、ストルテンベルク事務総長は、対GDP比2%は上限ではなく下限と考えるべきであると表明していた。また、2023年7月の首脳会合では、NATO加盟国はGDPの最低2%を防衛支出に投資することに合意した。これにより、欧州加盟国とカナダ全体で防衛支出が2023年に11%増加し、2024年には18か国の防衛支出が対GDP比2%を達成する見込みとなっている。

ロシアによるウクライナ侵略を受け、長年の軍事的非同盟政策を転換させたフィンランドは2023年4月に、スウェーデンは2024年3月にNATOに加盟した。これによりNATO加盟国は32か国となった。

2 EU

EUは、共通外交・安全保障政策(CFSP:Common Foreign and Security Policy)と共通安全保障・防衛政策1(CSDP:Common Security and Defence Policy)のもと、安全保障分野における取組を強化している。

2017年12月には、加盟国のうち26か国が参加する防衛協力枠組みである「常設軍事協力枠組み」(PESCO:Permanent Structured Cooperation)が発足した。本枠組みにより、航空・海洋領域などにおける新たな能力の開発や、軍への訓練・支援、サイバー領域など特定分野における専門知識の共有などを推進している旨を表明しており、欧州の防衛力強化が期待されている2

加えて、近年はインド太平洋地域への関与も強めており、2021年4月には、EUとしては初の「インド太平洋戦略」を発表し、同年9月にはその詳細となる「共同コミュニケーション」を発表した。「共同コミュニケーション」では、インド太平洋地域において中国などによる著しい軍備増強がみられ、東シナ海、南シナ海、台湾海峡における力の誇示と緊張の高まりは、欧州の安全保障と繁栄に直接的な影響を及ぼすとし、ルールに基づく国際秩序を目指し、わが国を含む価値観を同じくするパートナー国と連携するとともに、台湾との貿易や投資などの分野における関係を強化するとしている。

2022年3月の欧州理事会では、今後5~10年間の安全保障・防衛政策に向けた共通の戦略ビジョンを示す「戦略的コンパス」を採択した。この文書では、救難・退避作戦などでの運用を想定した、最大5,000人規模の「EU即応展開能力」の完全運用能力を2025年までに獲得するとした。「戦略的コンパス」を受け、2023年9月から10月にかけて行われたEUの軍事演習「MILEX23」の一環として、EUとして初の実働演習となる「LIVEX23」を実施し、「EU即応展開能力」の向上を図っている。

3 NATO・EU間の協力

前例のない課題への効率的な対処を目指し、NATO・EU間の協力も進展している。

2023年1月には、NATOとEUの協力に関する第3回共同宣言が署名され、ロシアによるウクライナ侵略を踏まえ、欧州・大西洋の安全保障と安定にとって重要な岐路にあるとし、中国が繰り広げている主張と政策は、対処しなければならない課題を提示しているとした。また、安全保障上の脅威や挑戦の範囲・規模の変化への対応として、既存の分野における協力の一層の強化のほか、特に、増長する戦略地政学上の競争、抗たん性の問題、重要インフラの防護、新興技術や破壊的技術、宇宙、気候変動が安全保障に及ぼす影響、外国の情報操作や干渉に対処するための協力を拡大・深化するものとした。

1 EUは、1993年に発効したマーストリヒト条約において、強制力を持たない政府間協力という性質を有しながらも、外交・安全保障にかかわるすべての領域を対象とした共通外交・安全保障政策(CFSP)を導入した。また、1999年6月の欧州理事会において、紛争地域などに対する平和維持、人道支援活動を実施する「欧州安全保障・防衛政策」(ESDP:European Security and Defence Policy)をCFSPの枠組みの一部として進めることを決定した。2009年に発効したリスボン条約は、ESDPを共通安全保障防衛政策(CSDP)と改称したうえで、CFSPの不可分の一部として明確に位置づけた。

2 EUは2024年5月時点で、68の共同プロジェクトが進行中と公表している。