パキスタンは、南アジア地域の大国であるインドと、情勢が不安定なアフガニスタンに挟まれ、中国やイランとも国境を接するという地政学的に重要かつ複雑な環境に位置している。特に、アフガニスタンとの国境地域では過激派組織が国境を越えてテロ活動を行っており、テロとの戦いにおけるパキスタンの動向はアフガニスタンの安定に重要な影響を及ぼしうる5。アフガニスタンとの関係に関しては、2023年11月以降、パキスタン政府は多数のアフガニスタン人を含む不法滞在者の強制送還を進めているなど、両国間の関係性は複雑さを増している。
イランとの間では、2024年1月に両国の国境付近において、双方が過激派組織の拠点に対し越境攻撃を行い、死傷者が出る事案が発生している。
パキスタンは、インドの核・通常兵器による攻撃に対抗するために自国が核抑止力を保持することは、安全保障と自衛の観点から必要不可欠であるとの立場をとっており、2023年1月時点で約170個の核弾頭を保有するとみられている。核弾頭を搭載可能な弾道ミサイルや巡航ミサイルの開発も継続し、既に戦術核ミサイル「ナスル」や、中距離弾道ミサイル「シャヒーンII」などを運用しているほか、2022年4月には、射程2,750kmの地対地弾道ミサイル「シャヒーンIII」の飛行試験に成功した。2023年10月には、MIRV(Multiple Independently targetable Re-entry Vehicle)化されたとする弾道ミサイル「アバビール」の2017年以来となる発射試験や中距離弾道ミサイル「ガウリ」の発射訓練を実施するなど、能力向上を進めている。
また、2021年12月に策定した包括的政策文書「国家安全保障政策2022-2026」では、国境やインド洋における安全保障について記載するとともに、情報・サイバーセキュリティ能力を強化し、偽(にせ)情報や影響工作などのハイブリッド戦に対抗する能力を構築するとしている。
近年は装備品の近代化を進めており、共同開発や技術移転による国内生産にも取り組む一方、中国と軍事分野における関係を発展させており、中国への依存度の高まりがみられる。陸軍では、主力戦車として中国と共同開発した「アルハリッド」戦車を運用しているほか、中国の「VT-4」戦車を導入している。また、中国から「LY-80」や「HQ-9/P」などの防空システムを購入し、包括的階層統合防空(CLIAD:Comprehensive Layered Integrated Air Defense)システムを強化している。
海軍については、老朽化する艦艇の置き換えと増強や潜水艦の導入を進めており、中国やトルコと協力している。活動面では、2023年2月に多国間海上共同演習「アマン-23」を主催し50か国が参加したほか、同年11月にはアラビア海において、中国海軍と共同演習「シーガーディアン-2023」を実施した。
空軍では、中国と共同開発し自国生産したJF-17戦闘機を運用するほか、2022年3月には中国製J-10CE戦闘機を導入し、2023年8~9月に実施した中国との共同訓練「シャヒーン-X」にも、両機が参加している。また、同年4月にトルコから無人攻撃機「バイラクタル・アクンジュ」の初納品が行われたと報じられている。
パキスタンは、2001年の同時多発テロ以降、対テロ分野で米国と協力しており、米国は2004年にパキスタンを「主要な非NATO同盟国」に指定し、関係を強化してきた。しかし、テロ対応をめぐりお互い非難し合うなど、両国は緊張関係が続いた。
2022年4月に発足したシャリフ政権下では米国との関係改善がみられた。同年9月、米国務省は、対テロ作戦を支援するためとして、パキスタン政府に対して最大4億5,000万ドルのF-16戦闘機の維持・サポートに関する契約を承認すると決定したほか、同年10月には3年ぶりにバジュワ陸軍参謀長(当時)が訪米し、オースティン国防長官などと会談した。一方で、2023年3月には、米国からの第2回民主主義サミットへの招待に対し、欠席を表明した。同年8月に発足した選挙管理内閣下では、同年12月にムニール陸軍参謀長が訪米し、米中央軍司令部を訪問したほか、オースティン国防長官らと会談するなど、今後の両国の防衛協力関係が注目される。
5 パキスタン平和研究所(PIPS)発行のパキスタン安全保障レポート2023は、2021年以降、3年連続でパキスタン国内のテロ発生件数・死傷者数が、共に増加していると指摘している。また、2023年のテロ攻撃事案の約93%はアフガニスタン国境沿いのハイバル・パフトゥンハー(KP)州とバロチスタン州に集中し、主に「パキスタン・タリバーン運動」(TTP:Tehrik-e Taliban Pakistan)、ISIL(Islamic State of Iraq and the Levant)「ホラサン州」およびバルチスタン解放軍(BLA:Balochistan Liberation Army)の3つのグループが実行していると指摘している。