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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

第8節 南アジア

1 インド

1 全般

世界最大の民主主義国家であり、着実な経済発展を遂げているインドは、南アジア地域で大きな影響力を有している。インド洋のほぼ中央という、戦略的・地政学的に重要な位置に存在し、地政学的プレーヤーとしても存在感を増しており、国際社会からもインドが果たす役割への期待は高い。

インドは伝統的に非同盟・全方位外交を志向し、モディ政権は、南アジア諸国との関係を強化する近隣諸国優先政策を維持しつつ、「アクト・イースト」政策に基づき関係強化の焦点をインド太平洋地域へと拡大させているほか、米国、ロシア、欧州などとの関係も重視し、さらに中東やアフリカに対しても積極的な対外政策を展開している。

一方、中国やパキスタンと国境未画定地域を抱えているほか、国内や国境地域において、極左過激派や分離独立主義者、イスラム過激派が活動し、インドにとって陸上国境への備えや国内でのテロの脅威への対処は大きな関心である。また、近年は海洋安全保障への取組も重視しており、インド洋におけるプレゼンスを強化しているほか、インド洋における中国の活動の活発化を強く認識している。

2 軍事

インドは、国防省が2017年に公表した統合ドクトリンにおいて、対外的な伝統的脅威は、主に近隣諸国と係争中の国境からもたらされており、領土一体性と国家主権の維持は大きな戦略的課題であるとしている。このため、陸上においては、国境未画定地域を抱える中国やパキスタンを脅威と認識し、両国との二正面作戦に対応できる防衛戦略を形成していると指摘される。

このような認識のもと、インドは軍の強化と再編に精力的に取り組んでおり、軍種間の作戦・組織上の協力体制の強化などを目指し、統合軍創設の検討を進めている。また、モディ政権は、「メイク・イン・インディア」や「自立したインド」(ヒンディー語でAtmanirbhar Bharat)政策のもと、装備品の国産化に向けた取組や輸出促進施策を積極的に行っている。

陸軍は、約124万人という世界最大規模の陸上兵力を擁し、「陸戦ドクトリン2018」の一部として、戦力の構造化と最適化を目指し、戦闘部隊から統合戦闘団(IBGs:Integrated Battle Groups1)への転換に取り組んでいる。中国との国境付近では、自走砲や榴弾砲の配備により火力を増強するとともに、攻撃・偵察などのための無人機の配備を進めているとされる一方で、2023年10月には20回目となる司令官級会談を実施するなど、緊張緩和に向けた取組を継続している2

海軍は、「海上コントロール3」を運用の中心概念として位置づけ、空母は海上コントロール概念の中心であるとして3個空母戦闘群の整備に言及している。2022年9月には初の国産空母「ヴィクラント」が就役し、ロシアから購入・改修した空母「ヴィクラマディティヤ」と合わせ2隻の空母が運用されている。2023年6月には、両空母による初の演習が実施された。また、潜水艦の運用も重視しており、整備を進めている。

演習を行う印海軍の空母「ヴィクラント」と空母「ヴィクラマディティヤ」【インド海軍提供】

演習を行う印海軍の空母「ヴィクラント」と空母「ヴィクラマディティヤ」
【インド海軍提供】

空軍は、フランス製ラファール戦闘機やミラージュ2000戦闘機のほか、ロシア製Su-30MKI戦闘機、国産のテジャス軽戦闘機などを運用している。一方、インドはロシアによるウクライナ侵略を受けて、ロシア製戦闘機や輸送機の部品の修理に支障が出ているとして、こうした部品のリスト化・国産化への取組を進めており、2023年9月にはロシアとの間で、インドで予備部品の生産が可能となる政府間合意書を交わしている。防空システムとしてはロシア製地対空ミサイル・システム「S-400」を導入しているほか、ISR用として、イスラエル製ヘロンMKII無人機を導入している。

また、インドは、2023年1月時点で約164個の核弾頭を保有する核保有国であり、2003年発表の核ドクトリン4と、1998年の核実験の直後に表明した核実験の一時休止(モラトリアム)の継続などを維持している一方、各種弾道・巡航ミサイルの開発、性能向上、配備を推進している。2022年には、Su-30MKI戦闘機からの射程延伸版超音速巡航ミサイル「ブラモス」の発射、中距離弾道ミサイル「アグニ3」、「アグニ4」、「アグニ5」の発射、原子力潜水艦「アリハント」からの弾道ミサイルの発射などに成功している。2023年6月には次世代弾道ミサイルと称している「アグニ・プライム」の夜間での発射試験に成功しているほか、12月には短距離弾道ミサイル「アグニ1」の訓練発射を実施している。

3 対外関係
(1)米国との関係

包括的グローバル戦略パートナーシップ関係にあるインドと米国は、近年、防衛・安全保障協力を着実に深化させており、外務・防衛閣僚協議(「2+2」)を毎年実施することで合意している。2023年6月にはモディ首相が訪米し、ホワイトハウスにてバイデン大統領と会談を実施した。両首脳は、友好関係と協力拡大を強調し、「米印共同声明」を発表した。この声明では、防衛産業における協力の加速のほか、テジャス軽戦闘機向けにゼネラル・エレクトリック社のエンジンをインドにて生産する技術移転や、インドでの米海軍アセットの保守・修理を可能とする合意書の締結、インドによるMQ-9B(シーガーディアン)無人機の調達とインドでの組み立てなど、幅広い協力が発表された。同年11月には、ニューデリーにて第5回米印「2+2」が実施され、協力関係の推進で合意している。

米印首脳会談を行うバイデン大統領とモディ首相(2023年6月)【EPA=時事】

米印首脳会談を行うバイデン大統領とモディ首相(2023年6月)
【EPA=時事】

(2)中国との関係

参照2節3項4(3)(南アジア諸国との関係)

(3)ロシアとの関係

参照5節5項5(1)(アジア諸国との関係)2章3項3(そのほかの地域の対応)

(4)南アジア諸国・東南アジアとの関係

インドは、「近隣諸国第一主義政策」のもと、南アジア諸国と安全保障分野における協力を進めており、装備品の輸出・供与などを行っている。2022年12月にバングラデシュが初めて開催した国際観艦式には、インドが唯一、複数の艦艇を派遣した。一方、南アジア諸国における中国の影響力の高まりを警戒しており、2022年7~8月、中国の調査船「遠望5号」によるスリランカのハンバントタ港への寄港をめぐり、懸念を示した。

東南アジア諸国などのインド太平洋地域に所在する国々に対しては、「アクト・イースト」政策に基づき、二国間・地域的・多国間での関与を継続しており、ロシア製装備品の運用経験を活用した能力構築支援や、定期的な共同軍事演習を実施している。

1 IBGsは、攻撃ヘリに支援された歩兵、防空、装甲、兵站部隊などで構成され、脅威・地形・任務に即した特性を持った旅団規模の部隊であり、2022年には、演習の実施が報じられた。

2 インドと中国との国境地域の問題については、2023年8月、南アフリカで行われたBRICS首脳会議でモディ首相と習近平国家主席が会話を行い、その中で、両首脳は関係当局者に対し、迅速な離脱とエスカレーション低減に向けた努力を強化するよう指示することで合意したと発表された。

3 インド海軍の「海洋安全保障戦略」によれば、「海上コントロール」とは、一定の海域(海面、水中、空中を含む)を特定の目的のために一定期間使用できるとともに、相手方に対してその使用を拒否することができる状態をいう。

4 インドは2003年に核ドクトリンを公表しており、信頼できる最小限の抑止力、先制不使用、核兵器非保有国への不使用などとともに、核兵器のない世界という目標へのコミットメントを継続することを掲げている。