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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

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第3節 グローバルな安全保障上の課題

背景や態様が複雑で多様な地域紛争が世界各地に依然として存在している。特に、中東・アフリカ地域では、「アラブの春」後の混乱や内戦、地域紛争などを背景に、国家の統治が及ばない地域が拡大し、そこに国際テロ組織が進出して組織を拡大し、活動を活発化させている例が多くみられている。これらは地域紛争をより複雑化させ、域内で紛争を抱える国家や地域機構、さらには国際社会による対処・解決に向けた取組をより困難なものとしている。一方、主権国家間の資源・エネルギーの獲得競争や気候変動の問題が今後一層顕在化し、地域紛争の原因となるなど、世界の安全保障環境に影響を与える新たな要因となる可能性がある。また、大規模災害や感染症の流行に対しても、迅速な救援活動などのため軍が持つ様々な機能の活用が進んでいる一方、統治機構の弱体化した国家の存在は、感染症の爆発的な流行・拡散などのリスクへの対処をより難しくしている。

核・生物・化学(NBC:Nuclear, Biological and Chemical)兵器などの大量破壊兵器及びそれらの運搬手段である弾道ミサイルなどの拡散問題は、依然として、国際社会にとっての大きな脅威の一つとして認識されている。特に、国際テロ組織などの非国家主体による大量破壊兵器などの取得・使用といった懸念も引き続き指摘されており、核物質その他の放射性物質を使用したテロ活動に対応するための国際社会による取組が継続している。一方、イランの核問題に対しては、米国や欧州連合(EU:European Union)などがイランに対する制裁を行いつつ、イランとの協議を行い、15(平成27)年、イランによるウラン濃縮活動の制限や兵器級プルトニウム製造禁止に関する措置の履行を含む「包括的共同作業計画」に最終合意している。また、北朝鮮の核・弾道ミサイル問題に対しては、16(同28)年の北朝鮮による核実験及び弾道ミサイル発射を受け、北朝鮮の核・弾道ミサイル計画に貢献し得る全ての品目の輸出入を禁止するなどの制裁を含む新たな国連安保理決議が採択された。さらに、11(同23)年の米露間における新たな「戦略兵器削減条約」(新START:Strategic Arms Reduction Treaty)の発効など、核軍縮・不拡散に向けた取組が進められている。

また、国際テロの脅威は拡散する傾向に拍車がかかっており、その実行主体も多様化し、地域紛争の複雑化とあいまってその防止がますます困難になっている。イラク・レバントのイスラム国(ISIL)のように、潤沢な資金や強力かつ洗練された軍事力を有するテロ組織が引き続き活動を活発化させており、インターネットなどを活用した巧みな広報戦略のもと自らの過激思想を伝播させ、世界各地において多数の同調者や新たな構成員を獲得している。また、欧米諸国などでは、紛争地域で戦闘を経験し本国に帰還した者や、過激思想に影響された者などが本国において単独又は少人数でテロを実行するといった、いわゆる「ホーム・グロウン型」、「ローン・ウルフ型」のテロの脅威が懸念されている。15(同27)年のパリ同時多発テロ及び16(同28)年のブリュッセル連続テロにみられるように、いまや国際テロの脅威は中東・北アフリカにとどまらずグローバルに拡散しており、同年7月のバングラデシュにおけるダッカ襲撃テロ事件などを踏まえれば、わが国自身の問題として正面から捉えなければならない状況となっている。

さらに、昨今、従来からの活動領域である海や空に加え、宇宙空間やサイバー空間といった新たな活動領域の安定的利用の確保が国際社会の安全保障上の重要な課題となっている。軍事科学技術の一層の進展や近年の情報通信技術(ICT:Information and Communications Technology)の著しい進展などにより、社会インフラや軍事活動などの宇宙空間やサイバー空間への依存が高まる一方、国家による対衛星兵器の開発や、政府機関の関与も疑われるサイバー攻撃の多発化は、宇宙空間やサイバー空間の安定的利用に対するリスクを増大させている。近年、各国においては、民間企業も含めた国全体としてのサイバー攻撃対処能力の強化や、衛星などの宇宙資産に対する脅威を監視する能力の獲得に向けた具体的な取組が進められているほか、国際社会においては、宇宙空間やサイバー空間における一定の行動規範の策定を含め、法の支配を促進する動きがみられる。また、国際的な物流を支える基礎として重視されてきた海洋に関しても、各地で海賊行為などが発生していることに加え、既存の国際法秩序とは相容れない独自の主張に基づいて自国の権利を一方的に主張し、又は行動する事例がみられるようになっており、公海における航行の自由や公海上空における飛行の自由の原則が不当に侵害されるような状況が生じている。昨今の中国による南シナ海における大規模かつ急速な埋立て、拠点構築、軍事目的での利用など、現状を変更し緊張を高める一方的な行動に関しては、その既成事実化がより一層進展している。こうした状況に対し、国際社会においては、ソマリア沖・アデン湾などにおける海賊対処の継続のほか、開かれた自由で平和な海洋秩序をはじめとした法に基づく既存の国際秩序を守るための国際社会による連携や、海洋における不測の事態を回避・防止するための取組などが行われている。

このように、今日の国際社会は、複雑かつ多様で広範な安全保障上の課題や不安定要因に直面している。これらに対応するための軍事力の役割もまた、武力紛争の抑止と対処に加え、紛争の予防から復興支援に至るまで多様化している。このように軍事力が重要な役割を果たす機会が増加していると同時に、外交、警察・司法、情報、経済などの手段とも連携のとれた総合的な対応が必要になっている。

また、近年のICTの大幅な進歩に代表される科学技術の発展は、軍事分野にも波及し、米国をはじめとする先進諸国は、精密誘導技術、無人化技術、ステルス技術などの研究開発を重視している一方、開発・生産コストの高騰や国家財政状況の悪化に対応するため、共同開発・生産をさらに積極的に推進している。一方、先端技術を有しない国家や非国家主体は、大量破壊兵器やサイバー攻撃などの非対称的な攻撃手段の開発・取得や先進諸国の技術の不正な取得を行っていくものとみられる。こうした軍事科学技術の動向は、今後の軍事戦略や戦力バランスに大きな影響を与えると考えられる。