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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

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第2節 アジア太平洋地域の安全保障環境

アジア太平洋地域では、中国、インド、ロシアの国力の増大にともなう様々な変化がみられるとともに、域内各国間の具体的かつ実践的な連携・協力関係の充実・強化が図られてきており、特に人道支援・災害救援、海賊対処など、非伝統的安全保障分野を中心に進展がみられている。一方で、この地域は、政治体制や経済の発展段階、民族、宗教など多様性に富み、また、冷戦終結後も各国・地域の対立の構図が残り、さらには、安全保障観、脅威認識も各国によって様々であることなどから、冷戦終結にともない欧州地域でみられたような安全保障環境の大きな変化はみられず、依然として領土問題や統一問題といった従来からの問題も残されている。

朝鮮半島においては、半世紀以上にわたり同一民族の分断が継続し、南北双方の兵力が対峙する状態が続いている。また、台湾をめぐる問題のほか、南シナ海をめぐる問題なども存在する。さらに、わが国について言えば、わが国固有の領土である北方領土や竹島の領土問題が依然として未解決のまま存在している。

これに加えて、近年では、グレーゾーンの事態が長期化する傾向が生じており、これがより重大な事態に転じる可能性が懸念されている。

北朝鮮においては、金正恩(キム・ジョンウン)国防委員会第1委員長を指導者とする体制への移行後、軍や内閣の高官を中心に人事面で多くの変化がみられており、13(平成25)年12月には、金正恩国防委員会第1委員長の後見人とみられていた張成沢(チャン・ソンテク)国防委員会副委員長が処刑された。北朝鮮は、軍事を重視する体制をとり、大規模な軍事力を展開している。また、核兵器をはじめとする大量破壊兵器や弾道ミサイルの開発・配備、移転・拡散を進行させるとともに、大規模な特殊部隊を保持するなど、非対称的な軍事能力3を引き続き維持・強化している。特に、北朝鮮の弾道ミサイル開発は、累次にわたるミサイルの発射による技術の進展により、新たな段階に入ったと考えられる。また、北朝鮮による核開発については、平和的な方法による朝鮮半島の検証可能な非核化を目標とする六者会合が08(同20)年12月以降中断しているが、北朝鮮は、国際社会からの自制要求を顧みず、核実験を実施しており、核兵器の小型化・弾頭化の実現に至っている可能性も排除できない。また、高濃縮ウランを用いた核兵器開発も推進している可能性がある。さらに、北朝鮮は、わが国を含む関係国に対する挑発的言動を繰り返し、特に13(同25)年3月から4月にかけては、わが国の具体的な都市名をあげて弾道ミサイルの打撃圏内にあることなどを強調した。このような北朝鮮の軍事動向は、わが国はもとより、地域・国際社会の安全保障にとっても重大な不安定要因となっており、わが国として今後も強い関心を持って注視していく必要がある。北朝鮮による日本人拉致問題は、わが国の国民の生命と安全に大きな脅威をもたらす重大な問題であるが、依然未解決であり、北朝鮮側の具体的な行動が求められる。

今日、政治面、経済面に加え、軍事面においても国際社会で大きな影響力を有するに至った中国は、国際社会における自らの責任を認識し、国際的な規範を共有・遵守するとともに、地域やグローバルな課題に対して、より協調的な形で積極的な役割を果たすことが強く期待されている。一方、中国は、継続的に高い水準で国防費を増加させ、軍事力を広範かつ急速に強化している。また、その一環として、中国は、周辺地域への他国の軍事力の接近・展開を阻止し、当該地域での軍事活動を阻害する非対称的な軍事能力(いわゆる「アクセス(接近)阻止/エリア(領域)拒否」(「A2/AD」)能力4)の強化に取り組んでいるとみられる。中国は、軍事力の強化の目的や目標を明確にしておらず、軍事や安全保障に関する意思決定プロセスの透明性も十分確保されていない。また、中国は、東シナ海や南シナ海をはじめとする海空域などにおいて活動を急速に拡大・活発化させている。特に、海洋における利害が対立する問題をめぐっては、力を背景とした現状変更の試みなど、高圧的とも言える対応を示している。わが国周辺海空域においては、中国は、海上法執行機関所属の公船や航空機によるわが国領海への断続的な侵入や領空の侵犯のほか、海軍艦艇による海自護衛艦に対する火器管制レーダーの照射や戦闘機による自衛隊機への異常な接近、独自の主張に基づく「東シナ海防空識別区」の設定といった公海上空における飛行の自由を妨げるような動きを含む、不測の事態を招きかねない危険な行為に及んでいる。このような中国の動向は、わが国として強く懸念しており、今後も強い関心を持って注視していく必要がある。また、地域・国際社会の安全保障上も懸念されるところとなっている。こうしたことから、中国の軍事に関する透明性の一層の向上が求められており、中国との間で対話や交流を促進し、相互理解と信頼関係を一層強化していくことが重要な課題となっている。

ロシアは、豊かなロシアの建設を現在の課題としつつ、新たな経済力・文明力・軍事力の配置を背景に、影響力ある大国になることを重視しており、これまでの経済発展を背景に、国力に応じた軍事態勢の整備を行おうとすると同時に、核戦力を引き続き重視している。近年、兵員の削減と機構面の改革、即応態勢の強化、新型装備の開発・導入を含む軍の近代化の取組などが進められており、最近では、軍の活動に活発化と活動領域の拡大の傾向がみられる。極東においても、ロシア軍の活動が活発化する傾向がみられ、大規模な演習も行われている。また、ロシアは、ウクライナをめぐり、クリミア自治共和国にロシア軍とみられる武装勢力の活動により介入し、同共和国を自国に「編入」するといった力を背景とした現状変更を行うとともに、ウクライナとの国境付近に大規模な軍を展開し、緊張を高めている。

以上のように、一層厳しさを増す安全保障環境にあるアジア太平洋地域においては、その安定のため、米軍のプレゼンスは依然として非常に重要であり、わが国、オーストラリア、韓国などの各国が、米国との二国間の同盟・友好関係を構築し、これらの関係に基づき米軍が駐留しているほか、米軍のさらなるプレゼンスの強化に向けた動きなどがみられる。

参照図表I-0-0-1(わが国周辺における主な兵力の状況(概数))

図表I-0-0-1 わが国周辺における主な兵力の状況(概数)

また、近年、この地域では、域内諸国の二国間軍事交流の機会の増加がみられるほか、東南アジア諸国連合(ASEAN:Association of Southeast Asian Nations)地域フォーラム(ARF:ASEAN Regional Forum)や拡大ASEAN国防相会議(ADMMプラス(ASEAN Defence Ministers’ Meeting-Plus))、民間機関主催による国防大臣参加の会議などの多国間の安全保障対話や二国間・多国間の共同演習も行われている。地域の安定を確保するためには、こうした重層的な取組をさらに促進・発展させていくことも重要である。

3 ここでいう非対称的な軍事能力とは、通常兵器を中心とした一定の軍事能力を保有または使用する相手に対抗するための、たとえば、大量破壊兵器、弾道ミサイル、テロ、サイバー攻撃といった、相手と異なる攻撃手段を指す。

4 アクセス(接近)阻止(A2:anti - access)能力とは、米国によって示された概念であり、主に長距離能力により、敵対者がある作戦領域に入ることを阻止するための能力のことを指す。また、エリア(領域)拒否(AD:area - denial)能力とは、より短射程の能力により、作戦領域内での敵対者の行動の自由を制限するための能力のことを指す。A2/ADに用いられる兵器としては、たとえば、弾道ミサイル、巡航ミサイル、対衛星兵器、防空システム、潜水艦、機雷などがあげられる。