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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

概観

第1節 国際社会の動向

わが国を取り巻く安全保障環境は、様々な課題や不安定要因がより顕在化・先鋭化してきており、一層厳しさを増している。

その中でも、わが国周辺では、冷戦終結後も、国家間などの対立の構図が残るなど、欧州地域でみられたような安全保障環境の大きな変化はみられず、依然として領土問題や統一問題をはじめとする不透明・不確実な要素が残されている。また、領土や主権、経済権益などをめぐる、純然たる平時でも有事でもない、いわゆるグレーゾーンの事態1が増加する傾向にある。さらに、周辺国による軍事力の近代化・強化や軍事活動などの活発化の傾向がより顕著にみられるなど、わが国周辺を含むアジア太平洋地域における安全保障上の課題や不安定要因は、より深刻化している。

一方、米国は、厳しい財政状況を抱えつつ、安全保障戦略を含む戦略の重点をよりアジア太平洋地域に置くことや同地域における同盟国との関係強化および友好国との協力拡大といった方針(アジア太平洋地域へのリバランス)を打ち出しており、その動向が注目される。

グローバルな安全保障環境においては、グローバル化や技術革新の急速な進展が、国家間の相互依存関係の一層の拡大・深化をもたらしたものの、同時に、一国・一地域で生じた混乱や安全保障上の問題が、直ちに国際社会全体の課題や不安定要因に拡大するリスクが高まっている。また、14(平成26)年のウクライナをめぐる欧州とロシアの関係にみられるように、基本的な価値や安全保障上の利益の共有の程度にかかわらず、国家間の経済関係が進展する場合もあり、このことは、安全保障上の政策や活動に関する国家の判断をより複雑なものにしていると考えられる。

また、米国は、その国際社会における相対的影響力は変化しているものの軍事力や経済力に加え、その価値や文化を源としたソフトパワーを有することにより、依然として世界最大の総合的な国力を有しており、世界の平和と安定のための役割を引き続き果たしている。一方、中国、インド、ロシアなどの経済面での発展や国際政治面での影響力の拡大および米国の影響力の相対的な変化にともなうパワーバランスの変化により、国際社会の多極化が進行している。また、新興国における経済成長や中間層の増加などがもたらす資源・エネルギーや食糧などの需要の増大は、資源・エネルギーなどの獲得をめぐる国家間の競争を今後、さらに熾烈なものにしていくとみられる。これらを背景として、既存の地域・国際秩序の変更・否定や、経済権益の獲得を企図した主張や動きが顕在化・先鋭化し、これが今後、グレーゾーンの事態や地域紛争の増加につながる可能性があると考えられる。

さらに、グローバル化の主要な要因の一つであるインターネットやソーシャル・メディアなどの情報通信ネットワークの急激な普及は、個人が取得可能な情報量を急速に増加させるとともに、個人を含む非国家主体の意見・主張の発信力や動員力、ひいては国家に対する影響力を大きく高めている。これは、国家と国民との関係に様々な影響をもたらしており、たとえば、個人などが発信する国家への批判や不満が情報通信ネットワークにより爆発的に増殖・拡大する場合がみられる。このような動きの制御は、権威主義国家のように国民に対する統制が強い国家にあっても困難になってきており、その結果、国内統治や外交・安全保障・軍事を含む各種政策の判断・活動に対する国民世論に従来より配慮せざるを得なくなっているほか、政権の交代につながる事例もみられるようになっている。

グローバルな安全保障上の課題や不安定要因として、大量破壊兵器やその運搬手段となり得る弾道ミサイルの拡散、国際テロや破綻国家などの存在は、引き続き差し迫った課題であり、国際公共財(グローバル・コモンズ(Global Commons))2としての海・空・宇宙空間・サイバー空間といった領域の安定的利用の確保が国際社会の安全保障上の重要な課題となっている。

こうした安全保障上の課題や不安定要因は、多様かつ広範であり、一国のみでは対応が困難である。こうした中、各国においては、軍事部門と非軍事部門との連携が進められるとともに、地域・国際社会の安定に利益を共有する国々が安全保障上の課題などに対し、協調しつつ積極的に対応することがますます重要になっている。

1 いわゆるグレーゾーンの事態は、純然たる平時でも有事でもない幅広い状況を端的に表現したものであるが、たとえば以下のような状況がありうるものと考えられる。
① 国家などの間において、領土、主権、海洋を含む経済権益などについて主張の対立があり、
② そのような対立に関して、少なくとも一方の当事者が自国の主張・要求を訴え、または他方の当事者に受け入れさせることを、当事者間の外交的交渉などのみによらずして、
③ 少なくとも一方の当事者がそのような主張・要求の訴えや受け入れの強要を企図して、武力攻撃に当たらない範囲で、実力組織などを用いて、問題に関わる地域において、頻繁にプレゼンスを示したり、何らかの現状の変更を試みたり、現状そのものを変更したりする行為を行う。

2 ここでいう国際公共財は、一般的に国家の排他的管轄権に属さず、すべての国家の安全保障および繁栄がこれに依存している世界的に接続・共有された領域などとされる。(米国「国家安全保障戦略」(NSS:National Security Strategy)(10(平成22)年5月公表)など)