第1章 わが国を取り巻く安全保障環境 

軍事

 中国は、国家の安全保障のための基本的目標と任務として、国家主権、領土、海洋権益を守り、経済と社会の発展を促進し、総合的国力を継続して増強することを挙げている。こうした目標と任務を達成するため、中国は経済建設とバランスの取れた国防建設を進めることとしており、また、世界の軍事発展のすう勢に対応し、情報化戦争に勝利するという軍事戦略22に基づいて、「中国の特色ある軍事変革」を積極的に推し進めるという方針をとっている。具体的には、陸軍を中心とした兵員の削減と核・ミサイル戦力や海・空軍を中心とした全軍の近代化を進めるとともに、高い能力を持つ人材の育成に努めている。また、各軍・兵種間の統合作戦能力の向上にも重点を置いている。
(1)国防政策
 中国は、国際情勢について、世界の多極化と経済のグローバル化が進展しており、各国の相互依存が強くなり、共通の利益分野が増大していると認識している。他方で、覇権主義や単独主義の台頭も見られ、戦略要地や戦略資源、戦略主導権をめぐる対立も存在し、世界における経済発展にもアンバランスが見られるとしている。また、テロなどの「非伝統的安全保障問題」にも懸念を表明している。
 このような情勢認識の下、中国は、国の安全と統一、近代化建設のために国防の強化が必要であるとしており、積極的防御の軍事戦略方針を堅持するとしている。これは、相手から攻撃されなければ自ら攻撃をすることはないが、万一攻撃を受けた時には攻勢的な反撃に出るという戦略的考え方である。
 また、中国は、世界の新しい軍事変革は加速度的に発展し、情報化が軍隊の戦闘力を高める鍵となっているとの認識を深めていることから、中国人民解放軍の近代化に関しても、引き続き軍の機械化に努力すると同時に、情報化を核心とした「中国の特色ある軍事変革」を積極的に推し進めるという方針をとっている。
 さらに、核政策については、中国が少量の核兵器を保有するのはまったく自衛のためであるとし、他国が中国に核攻撃を行ったならば中国の報復的な核反撃を受けることになるとしている。なお、中国の核戦力は、中央軍事委員会が直接指揮するとしている。

 
中国の情勢認識と国防政策(「2004年の中国の国防」白書より作成)

(2)国防費
 中国の本年度の国防費は、本年の全人代において、2,447億元、前年度比約12.6%の伸びと発表された23。公表された国防費について、当初予算比で、17年連続で10%以上の伸びを達成しており2425、本年度の公表国防費は00(同12)年度の公表国防費の約2倍、97(同9)年度の公表国防費の約3倍の水準となっている。また、国防予算のGDPに占める割合は、昨年度で約1.5%であった。中国は、本年の全人代における財政報告の中で国防費増加の理由について、「ハイテク条件下における防衛作戦と突発事件への対応能力を向上させ、国家主権と領土保全を擁護するため」と説明している26
 国防と経済の関係については、「2004年の中国の国防」白書において、「国防建設と経済建設を協調的に発展させる方針を堅持する」と説明されており、国防建設を経済建設と並ぶ重要課題と位置付けている。このため、中国が国防に対する資源配分を急激に高める可能性は大きくないと考えられる27が、近年の国防予算の伸びはGDPの伸びを大幅に上回っており、国防費の総額も大幅に増大していることを考慮すれば、今後も軍事力の近代化が推進されていくものと考えられる。
 中国は、従来、国防費の内訳の詳細について公表しておらず、過去の国防白書で人員生活費、活動維持費、装備費に3分類し、それぞれの総額を公表しているのみである。また、中国が国防費として公表している額は、中国が実際に軍事目的に支出している額の一部にすぎないとみられていること28にも留意する必要がある。例えば、装備購入費や研究開発費などは全てが公表国防費に含まれているわけではないと考えられる。
 なお、中国は、98(同10)年以降2年ごとに、総合的な国防白書である「中国の国防」を発表してきており、昨年12月にも「2004年の中国の国防」を発表した。中国が、自国の安全保障についてまとまった文書を継続して発表していることは、軍事力の透明性向上に資する動きとして評価できる。しかし、主要装備の調達計画や現在の装備の保有数についての記述がないなど、依然として内容的には十分ではない点があり、今後、中国が、国防政策や軍事力などについて一層透明性を高めていくことが望まれる。

 
中国の公表している国防費の推移

(3)軍事力
 中国の軍事力は、人民解放軍、人民武装警察部隊29と民兵30から構成されている。人民解放軍は、陸・海・空軍と第二砲兵からなり、中国共産党が創建、指導する人民軍隊とされている。人民解放軍の戦力については、規模は世界最大であるものの、旧式な装備も多く、火力・機動力などにおいて十分な武器などが全軍に装備されているわけではないため、引き続きその近代化が推進されている。

ア 核戦力・弾道ミサイル
 核戦力については、抑止力の確保、通常戦力の補完及び国際社会における発言力の確保という観点から、1950年代半ば頃から独自の開発努力が続けられており、その運搬手段としては、弾道ミサイルのほか、中距離爆撃機H-6(Tu-16)を約160機保有している。なお、中国は、96(同8)年の核実験実施以降、核実験のモラトリアム(一時休止)を行う旨発表し、同年、包括的核実験禁止条約(CTBT)への署名を行っている。
 弾道ミサイルについては、現在、大陸間弾道ミサイル(ICBM)を約30基保有するほか、新型ICBMや潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)などの開発も進めており、自国内で新型ICBMである東風31(CSS-9)長距離弾道ミサイルの発射実験を行っている。また、中距離弾道ミサイルについては、わが国を含むアジア地域を射程に収めるミサイルを合計約110基保有しており、従来の東風3(CSS-2)から、命中精度などの性能が向上した新型の東風21(CSS-5)への転換が進みつつある。さらに、短距離弾道ミサイルについても、台湾対岸における東風15(CSS-6)や東風11(CSS-7)の配備数の増加の動きが見られる31
 なお、米国がミサイル防衛の推進に伴い対弾道ミサイル・システム制限(ABM:Anti-Ballistic Missile)条約から脱退し、同条約が02(同14)年に失効したことを、中国は遺憾であるとしている。ミサイル防衛への対抗能力につながる研究開発も行われており、今後、中国の核・ミサイル戦力の近代化の動向に何らかの変化が見られるか注目していく必要がある。
 また、弾道ミサイルと多くの技術を共有するロケット技術について、中国は高い技術水準を維持しており、03(同15)年には「神舟」5号で初の有人宇宙飛行に成功したのに続き、本年には2回目の有人宇宙飛行プロジェクトとして、「神舟」6号の打ち上げを行う予定と伝えられる。

イ 陸上戦力
 陸上戦力については、総兵力の規模は、160万人と世界最大である。中国は、85(昭和60)年以降に軍近代化の観点から実施してきた人員の削減や組織・機構の簡素化・効率化に引き続き努力しており、装備や技術の面で立ち遅れた部隊を漸減し、能力に重点を置いた軍隊を目指しているほか、快速反応部隊や特殊部隊などについて近代的装備の導入を優先し、機動力の向上を図っているものと考えられる。また、後方支援能力を向上させるための改革に取り組むこととされている。

 
中国軍の陸上兵力の推移

ウ 海上戦力
 海上戦力は、北海、東海、南海の3個の艦隊からなり、艦艇約750隻(うち潜水艦約70隻)約93万9,000トンを保有しており、国の海上の安全を守り、領海の主権と海洋権益を保全する任務を担っている。中国海軍は、近海の防御作戦空間を拡大し、近海で作戦を行う総合的作戦能力を増強することを目指すとされており、静粛性に優れたキロ級潜水艦や超音速対艦ミサイル(SS-N-22)を運用可能なソブレメンヌイ級駆逐艦のロシアからの導入を継続しているほか、最近では国産の各種新型艦艇の建造などの近代化が進められている。

 
中国軍の海上兵力の推移

エ 航空戦力
 航空戦力は、空軍、海軍を合わせて作戦機を約2,390機保有している。総数は年々減少している一方、第4世代の新型機については急激に増加しており、国産のJ-10(F-10)戦闘機を開発中であるほか、ロシアからSu-27戦闘機の導入・ライセンス生産32を行っており、また、対地・対艦攻撃能力を有するSu-30戦闘機の導入も進めている。中国空軍は、国土防空型の空軍から攻撃・防衛一体型の空軍への転換を目指すとされており、以上のような新型機の導入に加えて、空中給油や早期警戒管制といった近代的な航空戦力の運用に必要な能力の獲得に向けた努力や巡航ミサイルの開発を行っている。

 
中国軍の航空兵力の推移(戦闘機)

 このように、中国は、近年、核・ミサイル戦力や海・空軍力を中心とした軍事力の近代化を推進しているが、中国側が具体的な装備の保有状況、整備ペース、部隊レベルの編成、軍の主要な運用や訓練実績、国防予算の総額や内訳の詳細などについて明らかにしていない点に問題があると考えられる。さらに、客観的に評価して、軍の近代化の目標が、中国の防衛に必要な範囲を超えるものではないのか慎重に判断されるべきであり、このような近代化の動向については今後とも注目していく必要がある。

 
中国軍の配置

(4)軍事態勢
 人民解放軍は、近年、運用面においても近代化を図ることなどを目的として、陸・海・空軍間の協同演習や上陸演習などを含む大規模な演習を行っている。02(同14)年からは、それまでの軍事訓練大綱を改定した「軍事訓練及び評価大綱」が施行され、科学技術を主体として訓練内容を改革するとともに新しい訓練の形式を推進することとされた。同大綱に基づき、人民解放軍総参謀部が示した本年の訓練重点においても、情報化条件下における統合協同作戦を念頭において、着実に異なる軍種・兵種間の共同訓練を推進することとされている。
 また、人民解放軍は、教育面でも、科学技術に精通した軍人の育成を目指している。03(同15)年から、情報化作戦の指揮や情報化された軍隊の建設などを担うための高い能力を持つ人材の育成を目指し、軍隊の人材戦略プロジェクトが推進されており、20(同32)年にかけて、人材建設の大きな飛躍を成し遂げることとされている。

(5)海洋における活動
 昨年11月、中国の原子力潜水艦がわが国の領海内を潜没航行した33。この事案についてわが国は、海上警備行動によって対処するとともに、中国側に抗議し、謝罪及び経緯の説明、再発防止を求めた。これに対し、中国側は、同潜水艦が自国の原子力潜水艦であることを認めた上で、本事案については、通常の訓練の過程で技術的原因から日本の石垣水道に誤って入ったものであり、この事件の発生を中国側として遺憾に思うとの説明があった。この事案については、その後も、わが国として中国側に対し、チリのサンティアゴにおける日中首脳会談などの機会を通じて再発防止を中国側に求めてきている。
 この中国原子力潜水艦による領海内潜没航行事案も含め、近年、わが国の近海において、中国の海軍艦艇の航行が行われている。何らかの訓練と思われる活動や情報収集活動、海洋調査活動を行っていると考えられる海軍艦艇が視認されており、この1年についても、中国海軍の測量艦が東シナ海や太平洋上において、ケーブルやワイヤーを曳航または海中に向けて音波を発信しながら航行しているのが確認されている。近年に見られるこうした中国海軍艦艇の活動については、その動向を注視し、確認された艦艇の公表などの対応を行ってきている。また、わが国周辺海域での中国艦船による海洋活動に対する国民の関心が極めて高まっている中で、透明性を確保することによって日中間の相互信頼を深めていくことが重要であると考え、速やかにその活動の概要、目的などについて日本側に説明するよう、外交ルートを通じて中国に申し入れてきた。
 わが国の排他的経済水域において、近年、中国の海洋調査船により、海洋調査と見られる活動も行われている。日中双方が東シナ海における相手国近海(領海を除く。)で行う海洋の科学的調査活動については、01(同13)年に日中間で、「海洋調査活動の相互事前通報の枠組み」が成立したが、その後においても、同枠組みに基づく通報がない、または通報と異なる海洋調査船による活動が見られてきた。さらに、わが国の領海や東シナ海以外のわが国の排他的経済水域においても、中国の海洋調査船による活動が行われており、「海洋法に関する国際連合条約」に基づくわが国の同意を得ない活動が相次いだが、これらの問題については、中国側に条約の遵守や再発防止の更なる徹底などを強く求めてきた経緯がある。また、近年、中国は、その契約鉱区や構造が日中中間線の東側まで連続している春暁油ガス田などでの探鉱・開発を行っており、わが国としては日中中間線の東側の資源に影響を及ぼすのではないかと懸念している。わが国からは、東シナ海に関する日中協議などを通じて、中国側に対し情報提供や開発作業の中止を求めているが、中国側からは十分な情報提供は行われず、開発作業は継続されている。
 わが国の近海以外でも中国は、ASEAN諸国などと領有権について争いのある南沙(なんさ)・西沙(せいさ)群島における活動拠点を強化している。また、法制面でも、92(同4)年にわが国固有の領土である尖閣諸島のほか、南沙・西沙群島などを中国領と明記した領海法を施行し、97(同9)年には領土、領海、領空の安全の防衛と並んで海洋権益の擁護を明記した国防法を制定するなどの整備を行っている。なお、南シナ海における問題については、02(同14)年11月に中国とASEANとの間で「南シナ海における関係国の行動に関する宣言」が採択された34
 以上のような中国の海洋における活動の活発化については、中国海軍が、近海において防御作戦空間を拡大し総合的作戦能力を増強することを目指しているとされていることに加え、将来的にはいわゆる「外洋海軍」35を目指しているとの指摘もあることから、その動向に注目していく必要がある。


 
22)中国は、従来、世界的規模の戦争生起の可能性があるとの情勢認識に基づいて、大規模全面戦争への対処を重視し、広大な国土と膨大な人口を利用して、ゲリラ戦を重視した「人民戦争」戦略を採用してきた。しかし、軍の肥大化、非能率化などの弊害が生じたことに加え、世界的規模の戦争は長期にわたり生起しないとの新たな情勢認識に立って、1980年代前半から領土・領海をめぐる紛争などの局地戦への対処に重点を置くようになった。また、91(平成3)年の湾岸戦争後は、ハイテク条件下の局地戦に勝利するための軍事作戦能力の向上を図る方針がとられてきている。

 
23)中国は、昨年度の執行実績額(未公表)から本年度の予算額の伸びを計算し、前年度比12.6%の伸びとしていると考えられ、昨年3月に全人代において発表された数値を基にして計算し、当初予算比で考えると前年度比16.5%の伸びとなる。

 
24)03(平成15)年に中国は、国防費の前年度からの伸び率について、9.6%と発表しているが、これは、02(同14)年度の執行実績額(未公表)から03(同15)年度の予算額の伸びを示したものと考えられ、当初予算比で考えると本年度を含め17年連続で10%以上の伸びとなる。

 
25)17年前の89(平成元)年度の中国の国防費は245億元であり、前年度から30億元増額し、前年度比14.0%の伸びであった。本年度の中国の国防費は、本文中にもあるように2,447億元であり、昨年度から347億元増額し、前年度比約16.5%の伸びである。

 
26)本年3月の日中防衛事務次官級協議において、日本側より、公表国防費は実際の国防費の一部に過ぎないのではないかとのわが国を含めた諸外国の懸念があり、また、国防費の内訳や主要装備の調達計画・保有数が明らかにされていない旨指摘したところ、中国側より、中国の国防費は財政予算に組み入れられており、また、国防費の内訳や主要装備数については、日本とは社会、経済、国防制度が異なるので同じような透明性を求めることはできないが、中国の財政制度は透明であり、毎年人民の代表により議論されている旨発言があった。

 
27)中国の積極財政政策により、本年度の国家予算に占める国防予算の割合は約7.6%とここ数年徐々に低下している。

 
28)米国防省「中華人民共和国の軍事力」(04年5月)では、実際の国防費の総額は500億ドルから700億ドルの間と見積もられ、25(平成37)年までには現在の3〜4倍まで増加する可能性があるとされている。

 
29)党・政府機関や国境地域の警備、治安維持のほか、民政協力事業や消防などの任務を負う。「2002年中国の国防」では、「国の安全と社会の安定を維持し、戦時は人民解放軍の防衛作戦に協力する。」とされる。

 
30)平時においては経済建設などに従事するが、有事には戦時後方支援任務を負う。「2002年中国の国防」では、「軍事機関の指揮の下で、戦時は常備軍との合同作戦、独自作戦、常備軍の作戦に対する後方勤務保障提供及び兵員補充などの任務を担い、平時は戦備勤務、災害救助、社会秩序維持などの任務を担当する。」とされる。

 
31)米国防省「中華人民共和国の軍事力」(04年5月)では、中国が既に約500基の短距離弾道ミサイルを展開しており、今後数年で大幅に増加するとされている。

 
32)中国は、98(平成10)年よりSu-27戦闘機のライセンス生産を行っている。

 
33)中国原子力潜水艦による領海内潜没航行事案とその経緯については、3章1節4参照

 
34)本章本節5参照

 
35)ブルー・ウォーター・ネイビーとも言われている。その定義は必ずしも明確なものはないが、例えば、中国海軍の場合、沿岸から1,500海里以上の遠方海域(黄海、東シナ海、南シナ海を含む。)における事象を統制可能な能力を有する海軍を指すとの見方もある。


 

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