第1章 わが国を取り巻く安全保障環境 

全般

(1)全般
 中国は、「富強」、「民主」、「文明」の社会主義国を建設することを目標に、経済建設を最重要課題として改革・開放路線を推進してきており、その前提となる国内外の安定的な環境を維持するため、内政の安定と団結、特に、社会的安定を重視するとともに、対外的には、先進諸国との関係の改善、周辺諸国との良好な協力関係の維持促進などを基本としつつ、国防面では、国防力の近代化・強化に努めている。
 02(平成14)年11月2に胡錦濤(こきんとう)国家副主席(当時)が党総書記に就任、03(同13)年3月3には国家主席の座も引き継いだ。さらに、昨年9月に党中央軍事委員会主席に就任したのに続き、本年3月に国家中央軍事委員会主席に就任したことで、党・国家・軍における江沢民前党総書記・前国家主席からの世代交代が完成した。胡錦濤主席は、前政権の政策を踏襲しているものの、党の執政能力の強化や大衆重視路線などの独自色も打ち出しつつある。
 中国は、20(同32)年までにGDPを00(同12)年の4倍とするという目標を打ち出している。この実現には年平均7%以上の成長率を維持する必要があるが、昨年の経済成長率は9.5%を記録し、中国は、10年以上連続で前年比7%以上の経済成長の伸びを達成している4
 他方で、中国は国内に諸問題を抱えている。共産党幹部の腐敗問題5が大きな政治問題となっているほか、国内に分離・独立運動を抱えている6。また、急速な経済成長に伴い、都市部と農村部、沿岸部と内陸部の間の地域格差の拡大や、国有企業改革などに伴う失業者の増大などの様々な問題が顕在化しつつあり、このような諸問題に中国がどのように対処していくかが注目される78

(2)台湾との関係
 中国と台湾との関係では、「三通(直接の通商、通航及び通信)」9の実現といった課題は依然として残されているものの、近年、貿易・投資の増進、文化・学術の交流などを通じて経済関係や人的交流が深まっている。台湾企業の中国への投資や、中国と台湾の間の貿易額は大きな伸びを見せており10、今後も、中台間の経済面での相互依存がさらに進むことが予想される。
 中国は、台湾は中国の一部であり、台湾問題は中国の内政問題であるとの原則を堅持しており、「一つの中国」問題については、中台間の議論の前提であることを基本原則としている。また、中国は、平和的な統一を目指す努力は決して放棄しないとし、台湾人民が関心を寄せている問題を解決し、その正当な権限を守る政策や措置をとっていく旨を表明する一方で、外国勢力による中国統一への干渉や台湾独立をねらう動きに対しては、武力行使を放棄していないことをたびたび表明している。これに対し、台湾の陳水扁(ちんすいへん)総統は、「海峡行為準則」11をはじめとする中台間での軍事安全協議メカニズムの確立を呼びかけ、中台関係の安定化を目指す動きを見せる一方で、「台湾化」を目指す動き12も見せている。「一つの中国」問題については、中台双方が対等の立場でこの問題を解決していきたいとの意向を表明し、「一つの中国」は議論の前提ではなく、議題の一つとして取り上げるとし、同原則を受け入れていない。
 このような中、台湾における立法委員選挙13後の昨年12月、中国は、「反国家分裂法」草案の審議を開始することを発表した。同法草案に関して中国は、台湾の独立を目指す勢力が憲法や法律の形式を用いて、台湾を中国から独立させようとしていると指摘し、また、国内及び海外在住の中国人民からの法律的手段を用いて台湾の独立を抑止すべきとの声がますます大きくなっており、同法の制定は中国人民の意思に沿ったものと説明した。同法は、本年3月の全国人民代表大会(全人代)において反対票ゼロの表決で可決された。同法においては、中国は中台問題の平和的解決のため最大の努力を尽くすと同時に、台湾が独立の動きを示せば、非平和的な方式による措置を講ずることも排除しない14とされたため、台湾の陳水扁総統は、いかなる「非平和的な方式による措置」も両岸の人民の感情をますます遠ざけるだけであると述べ、台北で行われた同法に抗議する大規模なデモにも参加した。また、わが国や米国に加えEUも、台湾海峡の平和と安定、緩和しつつあった両岸関係への否定的影響の観点から懸念を表明した。
 中台間には、基本的立場になお隔たりがあり、公式対話は途絶えたまま膠着(こうちゃく)状態が継続している15。双方が公式対話を再開するために、何らかの歩み寄りが見出せるかといった観点から、今後の台湾をめぐる問題の平和的解決に向けた動向が注目される。

(3)米国との関係
 米中間には、中国の人権問題16や大量破壊兵器の拡散問題、米国の台湾への武器売却17など、種々の懸案が存在しており、また、中国は、米国の対テロ作戦を通じた国際的影響力の増大や、中央アジアにおける米軍のプレゼンス増大への警戒感を抱き、米国の「一極化」への動きを警戒していると見られる。他方で、両国は、経済面での結びつきも深く、中国にとって安定的な米中関係は経済建設を行っていく上で必須であることから、今後もその存続を望んでいくものと考えられる。また、米国も、中国が地域及び世界において責任ある建設的な役割を果たすことを歓迎してきている。
 米中間の軍事交流については、昨年、米国の統合参謀本部議長及び中国の人民解放軍総参謀長が相互訪問を行ったほか、米海軍艦艇による中国訪問も行われた。また、本年4月にも国防次官級協議を実施するなど、両国国防当局間の対話も行われている。

(4)ロシアとの関係
 中露関係については、特に対米政策において、例えばミサイル防衛問題や米国の対テロ行動に対する支援など両国の立場が必ずしも同じでない分野も存在している一方で、両国は世界の多極化と国際新秩序の構築を推進するとの認識を共有しており、関係は全般的に進展している。中露両国は、双方の間で「戦略的協力パートナーシップ」を確立したとしており、首脳クラスの交流としても引き続き定期的に相互往来が行われている。昨年は、プーチン大統領の訪中時に、中露善隣友好協力条約18を実現するための行動計画が承認されたほか、中露国境の未画定部分について最終的に画定するための追加協定も署名され19、長年の両国間の懸案であった中露国境画定問題は解決した。
 全般的な両国関係の進展ともあいまって、近年、軍事交流も進んでおり、定期的な防衛首脳クラスなどの往来に加え、本年には、大規模な中露共同軍事演習を実施する予定とされている。また、中国はロシアからSu-27、Su-30戦闘機、ソブレメンヌイ級駆逐艦、キロ級潜水艦などの近代的な武器を購入している。

 
ロシアから中国に売却されたキロ級潜水艦

(5)北朝鮮との関係
 中国は北朝鮮との関係を「伝統的友誼」とも評しており、また、北朝鮮が食糧支援やエネルギー供給において多くの割合を中国に依存していると見られていることなどから、中国は北朝鮮に対し強い影響力を有すると考えられている。他方で北朝鮮との関係に一定の距離が見られつつあるとの指摘もある。また、中国東北部などには北朝鮮からの脱出者が多く流入しているとされており、その取扱をめぐって中国が国際的に批判される事態も生じている。核問題については、中国は一貫して朝鮮半島の非核化と核問題の平和的解決を主張しており、03(同15)年8月、昨年2月及び6月に北京で開催された六者会合では議長役を務めるなど主導的な役割を果たしている。核問題の解決に向けた中国の更なる積極的な取組が国際社会から期待されている20
(6)その他の諸国との関係
 中国は、自国の近代化建設を継続して推進するために、世界各国との貿易、往来、経済面や技術面での協力などを推進し、また、その周辺地域について、安定的な安全保障環境を構築することを重視している。また、中国は、国際犯罪やテロ、海上における捜索・救助、海賊対策、麻薬取締といった「非伝統的安全保障分野」における協力や安全保障協議の場を中心に、世界各国との間で、実質的な協力関係を発展させることを目指している。

ア 東南アジア諸国との関係
 東南アジア諸国との関係では、引き続き首脳クラスなどの往来が活発であり、中国は、この地域のすべての国との二国間関係の発展を図ってきている。また、ASEANARFといった多国間の枠組みにおいても中国は積極的な関与を行っている。中国は、こうした外交の場を利用して、ASEAN諸国との間の経済的、文化的協力関係の深化を進めるとともに、最近では「非伝統的安全保障分野」における協力関係を進展させることに積極的である。

イ 中央アジア諸国との関係
 中央アジア諸国との関係では、中国、ロシア及び中央アジア4か国(ウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、タジキスタン)で01(同13)年6月に「上海協力機構」(SCO:Shanghai Cooperation Organization)を設立するなど、協力関係を強化している。同機構では、安全保障面のみならず、政治、文化、エネルギーなど広範な分野における各国間の協力を奨励することとされている。同機構の設立以来、定期的な首脳クラスの会合が定着してきているほか、同機構の事務局や地域対テロ機構の設置など、組織、機能の充実が図られてきている21

ウ 南アジア諸国との関係
 南アジア諸国との関係では、パキスタンと良好な関係を有し、武器輸出や武器技術移転など軍事分野での協力関係も伝えられる。03(同15)年10月に両国海軍による初の合同捜索・救助演習が行われたのに続き、昨年8月には両国間で初の対テロ合同演習が行われた。他方で、中国は、インドとの間の関係改善にも努めており、03(同15)年に首脳クラスの往来が10年ぶりに再開され、本年4月にも温家宝首相がインドを訪問した。軍事交流としても、03(同15)年11月に初の海軍合同捜索・救助演習が行われたほか、本年1月に両国間で初の戦略対話も行われている。

エ EU諸国との関係
 近年、中国とEU諸国との間の貿易の伸びは著しく、中国にとってEUは、特に経済面において、日本、米国と並ぶパートナーとなってきている。両者間では、首脳クラスなどの往来を中心に外交関係が活発であり、昨年12月には、温家宝首相が中国・EU首脳会議に出席した。
 中国は、こうした外交の場を利用して、EU諸国に対し、89(同元)年の天安門事件以来の対中武器禁輸措置の解除を強く求めてきている。EU内でも同措置の解除に前向きな発言も見られる中、わが国からEUに対しては、同措置の解除に反対の意を表明してきており、今後のEU内の議論に注目していく必要がある。

(7)武器輸出
 中国はアジア、アフリカなどの開発途上国に主に戦車、航空機などを供与しており、イラン、パキスタン、ミャンマーなどが主要な輸出先とされている。また、中国はミサイル拡散について疑惑をもたれており、米国との間で協議が行われてきた。中国は02(同14)年8月、ミサイル関連部品などの輸出管理に関する条例を公布・施行している。なお、中国は同年10月に、生物兵器、化学兵器についても輸出管理に関する条例を公布しており、それぞれ年内に施行されたほか、03(同15)年12月に「中国の拡散防止政策と措置」と題する文書を発表し、大量破壊兵器とその運搬手段の拡散防止の重要性を強調している。


 
2)中国共産党全国代表大会(党大会)は77(昭和52)年以降は5年に1度開催されている。02(平成14)年11月8日から15日までの間第16回大会が開催され、そこで中央委員と中央候補委員を選出、翌16日に、選出された中央委員による第1回中央委員会全体会議が開催され、総書記、中央政治局メンバー、党中央軍事委員会指導部ら党最高幹部を選出した。

 
3)全国人民代表大会(全人代)は国家の最高権力機関であり、日本の国会に相当。任期は5年で、毎年1度3月に開催。03(平成15)年3月に第10期全人代第1回会議が開催され、国家主席ら国家の最高幹部を選出した。

 
4)01(平成13)年12月には世界貿易機関(WTO)に正式加盟し、中央省庁改革や経済・産業構造改革などの推進を図っている。

 
5)本年の全人代における最高人民検察院報告においては、昨年1年間、汚職や職権乱用の事件で4万3,757人を立件(前年比0.6%増)し、特に100万元(日本円にして約1,300万円)以上の金額が絡む贈収賄や公金横領の事件について1,275件を立件(前年比4.9%増)したと報告された。

 
6)中国は、01(平成13)年11月に発表された「チベットの近代化と発展」白書でダライ・ラマ集団が分裂活動を行っていると非難し、咋年5月に発表された「チベット民族区域の自治」白書でダライ・ラマ14世に対して「チベット独立」の主張の放棄を要求した。02(同14)年1月には東トルキスタンのテロ活動に関する報告書を発表し、新疆ウイグル自治区の独立を目指す国内外の勢力をテロ組織として取り締まると強調しており、そのうち「東トルキスタン独立運動」は同年8月に国連安保理による国際テロ組織のリストに掲載された。

 
7)特に、昨年秋以降に集中して、香港や台湾メディアなどにより、中国における農地収用トラブルや出稼ぎ農民の社会的待遇改善問題、都市部労働者の失業問題などを直接的な原因とすると考えられる抗議行動などの発生が伝えられた。

 
8)本年3月から4月にかけて、中国国内の多くの都市で、わが国の国連常任理事国入りへの反対や歴史認識への不満を理由に掲げる大規模な抗議デモや日系企業に対する投石などの暴力行為、日本製品の不買運動などが発生した。「外交関係に関するウィーン条約」第22条の2は、「接受国は、侵入又は損壊に対し使節団の公館を保護するため及び公館の安寧の妨害又は公館の威厳の侵害を防止するため適当なすべての措置を執る特別の責務を有する。」と規定しているが、これらの抗議デモでは、在北京日本大使館などわが国の公館に対する投石などの暴力行為も見られた。

 
9)「三通」とは中台間の通信、通商、通航における直接交流を指す。また、「小三通」とは中国本土と金門・馬祖島に限った「三通」を指し、「小三通」は、01(平成13)年1月から開始されている。

 
10)昨年の台湾の対中国貿易総額は、616億3,900万米ドル(前年比33.1%増加)で、貿易総額に占める比率(対中国貿易依存度)は18.0%(前年比0.9ポイント上昇)となった。台湾にとって中国は最大の輸出先(449億6,000万米ドル)、第3番目の輸入元(166億7,900万米ドル)である。

 
11)陳水扁・総統は、昨年10月及び11月に、国際的な軍事対峙地域において、関係国はいずれも意思疎通メカニズムを有しており、諸外国の例を参考にして、台湾海峡軍事安全協議メカニズムを確立し、海峡行為準則を徐々に形成することを提案した。また、昨年10月、台湾の呉燮・大陸委員会主任委員は「海峡行為準則」に関し、「具体的内容は、軍関係者の相互訪問、情報交換、緊急救難ホットライン及び通報メカニズム、国際安全保障シンポジウムへの共同参加、犯罪取締りでの協力、武力行使や威嚇を行わないこと、攻撃を率先して行わないこと、演習相互通告、軍用機の海峡中間線越えや相手の航空機及び船舶へのレーダー照射を行わないなどである」と述べたと伝えられる。

 
12)台湾内外の「中華民国」や「中国」などの名称を「台湾」に改めることや従来の中国史を重視した歴史教育を改めることを目指す運動など

 
13) 昨年12月、台湾は3年間の任期満了に伴う第6期立法委員選挙を実施した。陳水扁総統の所属する民進党は、議席を伸ばし第一党の地位を維持したものの、台湾団結連盟の議席を合わせて過半数を確保するという選挙前の目標を達成することはできなかった。野党陣営では、前回よりも議席を増やした国民党の連戦主席が勝利宣言を行う一方で、親民党は議席を減らした。

 
14)反国家分裂法第8条は、「台湾独立」・分裂勢力が、台湾を中国から切り離すという事実を作り出すか、それを招く重大な事変を引き起こすか、又は平和統一の可能性が完全に失われた場合、中国は非平和的方式及びその他の必要な措置を採り、国家の主権と領土保全を守らなければならないとしており、さらに、それらの措置を採るにあたっては、国務院と中央軍事委員会が決定し、実行するとともに、全人代常務委員会に速やかに報告を行うことと規定している。

 
15)本年4月から5月にかけて、台湾の野党である国民党の連戦主席と親民党の宋楚瑜主席が相次いで訪中し、胡錦濤総書記(主席)と会談を行った。連戦主席と胡錦濤総書記との会談においては、中台間の協議の早期回復の促進や、台湾農産物の大陸での販売問題、台湾のWHO加盟問題などに関する5項目の合意が発表された。

 
16)本年2月、米国務省は、「2004年国別人権報告」を発表し、昨年の中国の憲法改正で初めて人権についての記述が盛り込まれたことに言及しつつも、中国の人権状況は依然として劣悪であり、中国政府は引き続き多くの深刻な人権侵害に関与していると指摘した。一方で、同年3月、中国国務院は、「2004年米国の人権記録」を発表した。

 
17)米国の台湾関係法は、米国は台湾に対して台湾が十分な自衛能力を保持できるように防衛的性格の武器を供給することとしている。従来毎年4月に売却可能な武器のリストが米国から台湾に提示されてきたが、02(平成14)年からその方式を改め、随時武器売却の協議を行うこととされた。

 
18)軍事面では、国境地域の軍事分野における信頼醸成と相互兵力削減の強化、軍事技術協力などの軍事協力、平和への脅威などを認識した場合の協議の実施などに言及されている。

 
19)中国と旧ソ連の国境問題に関しては、1960年代以降断続的に交渉が持たれてきた一方で、69(昭和44)年には珍宝島(ダマンスキー島)での武力衝突が発生するなど、長年にわたって両者間の係争案件として残されてきた。その後、87(同62)年に両国は国境交渉を正式に復活させ、99(平成11)年4月までに大部分の国境について合意されていたが、黒竜江(アムール川)とその支流であるアルグン川に所在する3つの島の帰属については、これまで未解決のまま残されていた。

 
20)本年2月のアジア諸国訪問の際に、米国のライス国務長官は、六者会合参加国それぞれが北朝鮮への働きかけの努力を求められる中で、特に中国は北朝鮮と最も緊密な関係を有しており、重要な役割を担っている旨を強調した。

 
21)昨年上海協力機構の事務局が北京に開設されたほか、テロへの共同対処を目的とする「地域対テロ機構」(RATS:Regional Antiterrorist Structure)がタシケントに設置された。


 

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