令和7年5月31日
冒頭挨拶
チップマン所長、ご来賓の皆様、日本の防衛大臣の中谷元です。まず、開催のために尽力されたIISSの皆様とシンガポール政府に改めて敬意を表します。また、ベトナムのザン国防大臣、EUのカッラス上級代表とご一緒でき、嬉しく思います。
私が日本の防衛大臣としてシャングリラ会合に参加するのは今回が四回目です。最初は2002年の第1回会合の時でしたが、その時のスピーチで、私は、シャングリラ会合を定例化し、この地域で、各国の国防大臣が毎年定期的に集まる場として議論を継続し、成長していくことへの強い期待を申し上げました。
約四半世紀を経た今、シャングリラ会合が、困難な時代において希望を見出し、インド太平洋の新しい時代のサクセス・ストーリーを創り上げていく場として、確固たる地位を確立したことに、心からの敬意を表したいと思います。
現在、地域と国際社会は未曾有の危機に直面しており、各国の国防大臣の率直な対話と意見交換が今ほど必要とされているときはありません。第1回会合に参加した者として、こうした問題を率直に議論するには、シャングリラ会合ほどふさわしい場はないということを、申し上げたいと思います。
溶解する秩序
さて、現在、各国間の競争は沈静化するどころか、複雑化の一途を辿っており、この競争のインパクトは、領域横断なものに急速に広がっています。
このような時に重要なのは、その根底にある問題を捉えることです。それは、従来の国家関係を支えてきた秩序が溶解し、それ自体の信頼性が揺らいでいる、そうした状況は防衛分野でも顕著にみられています。
第一に、「ルールに基づく国際秩序」が急速に空洞化しています。ロシアのウクライナ侵略は国連憲章第2条4に違反しており、南シナ海では、仲裁裁判所の最終判断が公然と無視されていますが、これでは、平和で安定した国際社会の前提である、国際法の実効性を揺るがしかねないものとなっています。
第二に、「アカウンタビリティ・説明責任」の著しい軽視です。南シナ海では、以前、サンゴ礁の埋立を伴う係争地形を「軍事化する意図はない」と宣言しましたが、まさに、その国が軍事化を急速に進めています。また、この地域には、透明性を欠いた核戦力を含む軍事力の急激な増強や警備艇や軍艦の哨戒・監視などの挑発的な軍事活動が増加しています。これは、防衛分野の信頼関係の維持の大きな障害となっています。
第三に、「国際公共益への責任」の放棄です。共通の価値と利益を共有しない一部の国は、自国の利益のために、我々の社会と経済の基盤への攻撃もいといません。国家が主導するサイバー攻撃が増加し、特定国の関与が疑われる海底ケーブルの損傷も繰り返されていますが、これは、防衛分野で深刻な影響をもたらしています。
地域における勇気づけられる動き
同時に、このような厳しい現実に対し、様々な勇気づけられる動きも生まれています。この点について五点申し上げます。
第一に、既存の地域的枠組みが改めて活性化していますが、中でもASEANが安全保障面での役割を拡大していることは極めて重要です。毎年開催され、世界中の国防大臣が集うシャングリラ会合も、その大きな役割を果たしています。
第二に、日米同盟と日本は引き続き地域と世界の平和と繁栄の礎であり続けること。ヘグセス国防長官が三月末に来日された際に直接確認し合いましたが、我が国は、強固な日米同盟の上に、地域と世界の繁栄のため、役割と責任を果たし、国家安全保障戦略の下、そのための能力も迅速に強化しております。まずは、この点に全幅の信頼を置いてください。
第三に、共通の価値と利益を共有する国々の間で、防衛分野の連携を強化し、新しい価値を生み出そうとの動きが広がっています。例えば、日米豪比の連携はかつてないレベルにあり、地域の平和と安定への貢献を深めています。
第四に、共通の価値と利益を共有しない一国に対する過度な依存をすることに対し、健全な警戒感が広がっています。各国が適切なレベルの戦略的自律性を保つことは、防衛面において安定的な関係を維持していく上での重要な基盤です。
第五に、地域をまたいだ連携です。近年、欧州諸国やNATOがインド太平洋地域への関与を強化しています。欧州・大西洋とインド太平洋の安全保障が密接不可分であることは今や我々全員のコンセンサスとなっています。
改めて確認されるべき原則
さて、ここからが重要です。今述べたような動きが必ずしも勇気づけられるものとは限らないと批判する方もいるかもしれません。そこで、なぜ勇気づけられるといえるのか。改めて確認されるべき原則をここで明確にしたいと思います。
それは、第一に、これらの各国の国防当局の取組の根底に、開放性、包摂性、透明性を確保しながら協力と連携を進めていくことで、インド太平洋地域で、「ルールに基づく国際秩序」を回復し、アカウンタビリティを強化し、「国際公共益」を増進していきたい、という共通の精神が共有されているからです。
第二に、その上で、こうした共通の価値と利益を共有する各国の国防当局が、インド太平洋全体を俯瞰的に捉え、それぞれの自主的な取組の間で協力と連携を強化し、「シナジー」を生み出すことによって、インド太平洋地域全体に新たな価値と利益をもたらしていく、という姿勢が共有されているからです。
現下の極めて厳しい情勢にあって、インド太平洋地域のすべての国の国防当局が、この二点を改めて確認し合うことは極めて重要であり、インド太平洋地域が新しい時代を迎えられるかどうかは、この点にかかっていると考えています。
私は、この場で、今まさに広がりつつある、各国の国防当局のこのような方向性を、OCEANの精神と呼ぶことを提案したいと思います。
One Cooperative Effort Among Nations:
Perspective for the Indo-Pacific
すなわち、インド太平洋のためという視点をもって、共通の価値と利益を共有し合う諸国(Among Nations)が、協力的な取組(Cooperative Effort)を通じ、シナジーを発揮して、一つ(One)の大きな取組としていく、ということです。
もちろん、この言葉には、太平洋とインド洋を併せて一つのOCEANとして捉える、という思いも込められています。こうした精神を確認する場として、シャングリラ会合ほどふさわしい場はありません。
日本の今後のイニシアチブ
さて、私たちはもちろん、常にOCEANを体現してきました。今後も、自由で開かれたインド太平洋(FOIP)の理念の下、これを防衛分野で実現すべく、日本は、今後ともイニシアチブを発揮し続け、このような協力と連携が必要と考えるすべての国の最良のパートナーであり続けます。
第一に、先ほど述べた我が国自身の取組に加え、いま述べた精神を共有する各国との協力と連携を強化していきます。私は、年初からインドネシアとフィリピンを訪問し、この基本的精神で一致しました。インドとの間でも、同様の考え方の下で「インド太平洋地域における日印の防衛協力」(JIDIP)を、東南アジアでの協力を含め、今後具体的に進めていくことで一致しました。
我が国は引き続き、共通の価値と利益を共有するたくさんの国々との間で、運用、能力構築支援、後方支援、防衛装備・技術協力、また、災害対応や人道支援を含むあらゆる面で防衛面での協力と連携を深めていきます。
第二に、既存の枠組みとの協力と連携を強化し、また、確立されたルールの遵守を推進して、ASEANの一体性・中心性を支えるべく、ビエンチャン・ビジョン2.0やJASMINEの下で、非伝統的分野を含めた防衛能力の強化に取り組むASEAN各国や地域の最良のパートナーであり続けます。また、CUESをはじめとする様々なルールの遵守と強化を皆様とともに推進していきます。
第三に、こうした取組を強力に補完していくべく、日米印豪や、日米豪、日米韓、日米比といった各国間の連携の強化、また、NATOを含む地域外の重要な国・機関との協力と連携の強化を、さらに推し進めていきます。
我が国は、防衛分野においてこうした多層的な取組を強化しながら、共通の価値と利益を共有する各国とともに、インド太平洋地域の平和と繁栄のため新たな価値と利益を生み出し、皆様とともにインド太平洋地域の新たなサクセス・ストーリーを創り出していきたいと思います。
結語
最後に、シャングリラ会合の参加国が、今こそ、OCEANの下で各国が手を携え、対話を重ね、「ルールに基づく国際秩序」の溶解ではなく回復をなし、アカウンタビリティの無視ではなく実現をすること、国際公共益の棄損ではなく増進を図っていくべきであります。
そして、日本はその中心であり続けることを、ここにお約束します。
ご清聴いただきありがとうございました。