米国は、2020年に公表した「電磁スペクトラム優勢戦略」において、米国が選択するタイミング、場所、パラメーター(周波数、電力、変調など)で、電磁スペクトラムでの行動の自由を確保することが、あらゆる領域での作戦を成功させるうえでの前提であるとしている。2021年には、この戦略の実施計画が承認され、統合電磁スペクトラム作戦を開発、統合、強化する手順の確立や、電磁スペクトラム能力の取得手引きの作成などに取り組むとしている。
米軍は、2021年に陸軍が宇宙・サイバー・電子戦機能などを有するマルチドメイン部隊をドイツに配備したほか、空軍が電子戦の運用・保守のための第350スペクトラム戦航空団を新編している。2023年には、戦略軍が「統合電磁スペクトラム作戦センター」を正式に開設し、米軍の電磁スペクトラム作戦の中心として部隊管理、計画、状況監視などを担うとしている。また、宇宙分野の電子戦演習「ブラック・スカイ」や、電磁干渉下での指揮統制演習「ヘヴィ・レイン」を実施している。
EU(Europian Union)は、防衛能力の開発方針を示した「EU能力開発の優先事項」を2023年に公表し、戦略的手段として電磁スペクトラム作戦の優越をあげ、電磁スペクトラム作戦の計画・連係能力などが重要であるとしている。
NATOでは、NATO 電子戦諮問委員会(NEWAC:the NATO Electronic Warfare Advisory Committee)が「電磁戦」に関する問題の協議や調整を行うための主要フォーラムとしての役割を担っており、NATO軍事委員会への助言などを行っている。2024年11月に開催された全体会議では、ウクライナや中東で「電磁戦」が広範囲に用いられてきたことは「電磁戦」が現代戦の重要な領域となっていることを示しているとの認識のもと、2024年11月に開催されたNATO全体会議では、現代戦において「電磁的な優位」を達成することの重要性が強調された。
また、NATOは、2024年、海軍による「ダイナミック・ガード」や、空軍による「ラムシュタイン・ガード」などの電子戦演習を実施している。
中国軍は、電子戦が現代戦争の不可欠な要素であると考えており、自国の情報網を保護しつつ敵に電磁波領域を使用させないために、電子戦とサイバーを整合させ、紛争における情報支配の達成を追求しているものとみられる1。
中国の電子戦戦略は、敵の電子機器の抑制、劣化、混乱、欺まんに重点を置いているとされ、電子戦部隊は、演習の中で、複数の通信システム、レーダーシステム、GPS受信機に対する妨害・対妨害作戦を実施するための訓練を定期的に実施し、運用部隊の電子戦兵器の習熟度などを評価しているとされる2。
組織面では、従来電子戦を担当しているとされた戦略支援部隊が2024年4月に廃止され、その隷下であった軍事宇宙部隊およびサイバー空間部隊が兵種に格上げされたとの指摘がある。現在はサイバー空間部隊が電子戦を担当しているとみられる3。
中国は、南シナ海の南沙諸島ミスチーフ礁に電波妨害装置を展開したと指摘されている4。
わが国周辺では、これまでY-8電子戦機やY-9電子戦機などが飛行したことが確認されている。
ロシアは、「軍事ドクトリン」において、電子戦装備を現代の軍事紛争における重要な装備の一つと位置づけている。また、2021年4月の軍機関紙の寄稿記事によれば、情報通信技術の発達した先進諸国の技術的優位性に対し、電子戦技術の向上や装備の拡充により、部隊の指揮や兵器の誘導における優位を確保するとしている。
ロシアの電子戦部隊は、地上軍を主力とし、軍全体で5個の電子戦旅団が存在しているとされており5、多種類の電子戦装備を保有している。また、電子戦装備品を一元的に統制する電子戦システム「ブィリーナ」や、周囲約1,000kmに所在する無線通信や電子偵察システムを妨害可能とされる「パランティン」など、AI(Artificial Intelligence)を搭載した電子戦システムの開発・配備を進めている。
ウクライナ侵略において、ロシアの電子戦装備は、ウクライナの無人機の航行妨害6やGPS誘導弾の誘導精度劣化に効果を発揮しているとみられる。また、ロシアは、ウクライナの無人機から防護するため、装甲車などにジャマーを搭載し、無人機の通信を抑制する対策を実施している。
AI操縦の無人機「XQ-58A」が有人機と編隊飛行する様子【米国防省提供】
1 米国防省「中華人民共和国の軍事および安全保障の進展に関する年次報告」(2024年)による。
2 米国防省「中華人民共和国の軍事および安全保障の進展に関する年次報告」(2024年)による。
3 米国防省「中華人民共和国の軍事および安全保障の進展に関する年次報告」(2024年)による。
4 戦略国際問題研究所「An Accounting of China's Deployments to the Spratly Islands」(2018年5月)による。
5 「Jane's International Defence Review」2018年4月号「All quiet on the eastern front:EW in Russia's new-generation warfare」による。
6 英国王立防衛安全保障研究所「Meatgrinder:Russian Tactics in the Second Year of Its Invasion of Ukraine」(2023年)による。