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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

2 宇宙空間に関する各国の取組

1 米国

米国は、世界初の偵察衛星、月面着陸など、軍事、科学、資源探査など多種多様な宇宙活動を発展させ続けており、世界最大の宇宙大国である。米軍においても、宇宙空間の重要性は強く認識され、宇宙空間を積極的に利用している。

2023年には、衛星打上げ能力の即応性向上のため、衛星のペイロード搭載から運用までの工期短縮を実証している。また、極超音速兵器を含めたミサイル脅威に対して、宇宙から探知・追尾する衛星コンステレーション「PWSA(Proliferated Warfighter Space Architecture)」の構築のため、多数の衛星を打上げている。

政策面では、米国は、国家防衛戦略において、宇宙領域は、敵の妨害や欺まんにかかわらず、戦闘目標を達成するための監視・決定システムの能力を向上させるとしているほか、国防宇宙戦略において、宇宙における優位性の確保、国家的な運用や統合・連合作戦への宇宙支援の提供、宇宙の安定性確保を目標としている。

2024年4月には、米国防省が戦略文書「商業宇宙統合戦略」を発表し、契約などを通じた、宇宙領域における政府のシステムと商業宇宙ソリューション2の有事発生前の統合や、新規の民間宇宙ソリューションの開発支援などを通じて、紛争の全領域にわたり宇宙任務を遂行する能力を強化するとしている。また、民間宇宙ソリューションの統合にかかるセキュリティ対策として、宇宙における米国の国家安全保障上の利益に対する侵害を排除するため、状況によっては、民間資産の防護のために軍事力を行使する可能性もあると述べている3

2025年1月には、トランプ大統領が、大統領令「米国のためのアイアンドーム」を発出した。これは、宇宙アセットを活用したミサイル防衛システムの構築やそれに向けた設計・計画に関する報告書の提出を関係省庁に指示したものである。

組織面では、2019年、宇宙の任務を担っていた戦略軍の一部を基盤に新たな地域別統合軍として宇宙コマンドが発足したほか、6番目の軍種として、空軍省の隷下に人員約1万6,000人規模の宇宙軍を創設した。また、商用サービスの利用促進のため、宇宙コマンドに利用を調整する部署や、宇宙軍に産官学連携を支援する部署を設置している。

2023年12月には宇宙コマンドが完全な作戦能力に達したことが宣言され、2024年10月の国防省公表では、宇宙コマンド司令官の任務に、他の統合軍、省庁、軍種および同盟国などと連携した攻撃的・防御的宇宙作戦の同期や衝突回避などの任務が追加された4

参照3章1節2項(軍事態勢)

2 中国

中国は、1950年代から宇宙開発を推進しており、近年では、宇宙ステーション「天宮」の完成、月面基地計画の推進など、宇宙活動をさらに活発化させている。2024年には、低軌道インターネット衛星群「千帆(せんほ)星座」の打ち上げが開始されるなど、迅速な情報収集・通信のための衛星コンステレーション構築に向けた取組が加速している。さらに、同年6月には、無人月面探査機「嫦娥(じょうが)6号」が史上初となる月の裏側からの試料採取および帰還に成功するなど、月開発の分野での取組も進んでいる。

中国は従来から国際協力や宇宙の平和利用を強調しているものの、衛星による情報収集、通信、測位など軍事目的での宇宙利用を積極的に行っていることが指摘されている。例えば、「北斗」は航空機、艦船の航法、ミサイルなどの誘導用、「遥感(ようかん)」は電子偵察や画像偵察用として、軍事利用の可能性が指摘されている。

また、中国は、対宇宙作戦を地域紛争への米国介入を抑止・対抗する手段と捉えていると指摘されており5、ASATの開発などを進めている。先述の2007年の衛星破壊実験や2014年7月の破壊を伴わないASATミサイル実験のほか、地上配備型レーザー、軌道周回型宇宙ロボットなど様々なASAT能力と関連技術の取得、開発を続けているとの指摘もある6

このように中国は、今後も宇宙開発に注力していくものとみられる。米国は中国に対し、宇宙における米国の能力に並ぶまたは上回る能力を追求していると評価7しており、軍用衛星の運用数は米国を上回っているとの指摘もある8

政策面では、中国は、宇宙が国際的戦略競争の要点であり、宇宙の安全は国家建設や社会発展の戦略的保障であると主張しており、航空宇宙分野の発展を加速する方針を明らかにしている。2024年には、中国科学院、中国国家航天局および中国有人宇宙事業弁公室が「国家宇宙科学中長期開発計画」を発表し、2027年、2035年、2050年と3段階を経て宇宙分野で世界をリードするという方針とそれに向けたロードマップを打ち出した。

組織面では、2024年に従来の戦略支援部隊が廃止され、その隷下部隊が軍事宇宙部隊およびサイバー空間部隊に改編されたとの指摘がある。2024年以前の戦略支援部隊は、宇宙・サイバー・電子戦を任務としていたとされている。

3 ロシア

1991年の旧ソ連解体以降、ロシアの宇宙活動は低調な状態にあったが、近年は、ウクライナ侵略後も、活発な宇宙活動を継続している。例えば、ロシアは、「コスモス」シリーズをはじめとした多数の各種衛星や国際宇宙ステーション(ISS:International Space Station)への補給船「プログレス」シリーズの打ち上げを継続している。また、独自の宇宙ステーションの開発計画を明らかにしており、2028年から2033年までにかけ各モジュールの打上げを予定している。

なお、ASATに関して、米国政府は、2024年にロシアが打ち上げた衛星「コスモス2576」について、他の衛星を攻撃できる能力を備えた対宇宙兵器であると評価している。また、ロシアが核兵器を搭載した対衛星システムの宇宙配備に向けた計画を進めているとの指摘もあるが、ロシア政府はこれを否定している。

政策面では、宇宙活動を展開していく今後の具体的な方針として、2016年、「2016-2025年のロシア連邦宇宙プログラム」を発表し、国産宇宙衛星の開発・展開、有人宇宙飛行計画などを盛り込んだ。2023年には、「2035年までの通信産業発展戦略」において、2030年までにインターネット通信用の衛星コンステレーションを構築する目標を打ち出した。

組織面では、国営企業であるロスコスモスがロシアの科学分野や経済分野の宇宙活動を担う一方で、国防省が安全保障目的での宇宙活動に関与し、2015年に空軍と航空宇宙防衛部隊が統合されて創設された航空宇宙軍が実際の軍事面での宇宙活動や衛星打上げ施設の管理などを担当している。

4 北朝鮮

2023年、北朝鮮は、「偵察衛星」と称する「万里鏡(マンリギョン)1」の打ち上げに成功し、運用を開始したと主張した。そのうえで、北朝鮮は、2024年の目標として3基の追加打ち上げに言及していたが、同年5月に強行された衛星打ち上げを目的とする弾道ミサイル技術を使用した発射は失敗したものとみられ、それ以降、追加の発射は確認されていない。

組織面では、2023年、これまでロケットや衛星の開発などを担当してきた国家宇宙開発局を国家航空宇宙技術総局に改編した。また、国家航空宇宙技術総局平壌総合管制所に軍事情報組織である偵察衛星運営室が存在し、偵察衛星によって得られた情報を党中央軍事委員会に報告し、中央軍事委員会の指示に従って軍の重要部隊や偵察総局に提供するものとしている。

北朝鮮の国家航空宇宙技術総局平壌総合管制所の様子【朝鮮通信=時事】

北朝鮮の国家航空宇宙技術総局平壌総合管制所の様子【朝鮮通信=時事】

5 韓国

韓国の宇宙開発は、2005年に施行された「宇宙開発振興法」のもと、2022年に発表した「第4次宇宙開発振興基本計画」に基づき推進されている。その計画は、宇宙関連予算の倍増、宇宙産業の推進などを目標としている。

韓国国防部は、軍事偵察衛星の取得を通じて朝鮮半島に対する監視能力を強化するとしている9。2023年12月には、韓国軍初の軍事偵察衛星が米国で打ち上げられ、2024年4月には2基目、同年12月には3基目の打ち上げ成功が発表された。2025年には、追加で2基を打ち上げ、計5基の軍事偵察衛星の運用をめざしている。

組織面では、2024年に宇宙政策・事業の分野拡大および宇宙の商業利用の増加に伴い、宇宙航空庁が発足し、航空宇宙にかかる政策の策定や官民の調整などを担うこととなった。宇宙空間における安全保障については、国家レベルの体系的・総合的な対応のため、韓国国家情報院が国家宇宙安全保障センターを運営している。また、2024年6月には、朝鮮半島周辺で活動する衛星および宇宙物体を分析し、宇宙アセットを保護する役割を担っていた韓国空軍傘下の「宇宙作戦大隊」が「宇宙作戦戦隊」に拡大改編された。

6 インド

インドは、自国周辺の測位を目的とした地域航法衛星システム「NavIC(Navigation Indian Constellation)」を運用しているほか、2023年には、無人月面探査機「チャンドラヤーン3号」が世界で初めて月の南極域への着陸に成功するなど、高い技術力を有している。

また、インドは月面サンプルを収集し地球に持ち帰ることを目指す新たな無人月面探査船「チャンドラヤーン4号」の計画や独自の宇宙ステーションの建設計画を発表するなど、今後も宇宙開発を推進していくものとみられる。

加えて、インドは、2024年10月に、今後10年以内に低軌道および静止軌道に少なくとも52基の衛星を打ち上げるとする宇宙基盤監視プロジェクト「SBS(Space Based Surveillance)」の第3段階を承認したほか、同年11月にはインド国防宇宙局主催の宇宙演習「アンタリクシャ・アビヤス」を実施するなど、宇宙能力の国防への統合を進めている。

また、インドは、宇宙分野における二国間協力も推進しており、米国との関係強化の取組のほか、ロシアとの間でも、2024年7月に実施した印露首脳会談後に発表した共同声明の中で、有人宇宙飛行計画、衛星航法および惑星探査などの分野における二国間協力の強化を歓迎している。

7 欧州

EUは、2021年から2027年までの中期予算計画の宇宙政策に148.8億ユーロを割り当て、宇宙産業の促進と安全保障の強化のため、先進的で強靱な測位・航法・タイミング(PNT:Positioning, Navigation and Timing)の確保、正確な地球観測、宇宙監視・追跡能力の強化、安全な衛星通信サービスの持続的な利用に向けた取組などを推進している。2023年には、EU宇宙安全保障・防衛戦略を公表し、安全保障・防衛における宇宙能力の利用を強化するとし、新しい地球観測サービスの開発や初期のSDAサービスの提供を計画している。

NATOは、宇宙を陸・海・空・サイバーと並ぶ第5の作戦領域であるとし、宇宙における武力攻撃がNATOの集団的自衛権の発動につながりうるとの認識を示し、2022年に公表した新戦略概念では、宇宙とサイバー領域で効果的に活動する能力を強化するとしている。2024年10月には、NATOの一部加盟国は、北極圏に軍事衛星通信ネットワークを構築する計画「ノースリンク構想」の推進や、ロケット打ち上げの能力確保に取り組むための計画「スターリフト構想」の開始に合意している。

英国は、2022年に発表した国防宇宙戦略において、ISRや衛星通信などの分野に今後10年で14億ポンドを投資するとしている。また、2021年に正式に発足した宇宙コマンドは、2024年に同コマンド初となる情報収集衛星「テュケ」の打ち上げに成功している。

フランスは、2019年に国防宇宙戦略を発表し、宇宙司令部の創設、脅威認識・宇宙状況監視能力の強化などを目指すとしている。同年に空軍隷下に宇宙司令部を創設し、2020年には、空軍を航空・宇宙軍に改称し、宇宙への自由なアクセス、宇宙空間での行動の自由を保障するための活動を業務に追加している。また、2023年に成立した「2024から2030年の軍事計画法」では、宇宙作戦のための指揮統制・通信・演算センターの創設、パトロール衛星の導入などを目指すとしている。

2 「商業部門が提供するシステムや能力、サービス」のことを指す。

3 米国防省「民間宇宙統合戦略」(Commercial Space Integration Strategy)

4 米国防省指令3100.10

5 米国防省「中華人民共和国の軍事および安全保障の進展に関する年次報告」(2024年)による。

6 米国防省「中華人民共和国の軍事および安全保障の進展に関する年次報告」(2024年)による。

7 米国家情報長官「世界脅威評価書」(2023年)による。

8 英国国際戦略研究所「ミリタリー・バランス(2023)」による。

9 韓国国防部「2022国防白書」(2023年)による。