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第III部 防衛目標を実現するための3つのアプローチ

4 宇宙領域での対応

通信や測位などのための宇宙利用は、今や国民生活の基盤そのものであると同時に、軍事作戦上の指揮統制・情報収集基盤の中枢をなしており、主要国は、早期警戒、通信、測位、偵察機能を有する各種衛星の能力強化や基数増加に注力している。昨今は、中国の軍用衛星増加が顕著であり、その数は2012年からの11年間で約4.9倍に急増している。

また、このようななか、自国の軍事優勢を確保するために、一部の国家は他国の宇宙システムへの妨害活動を活発化させており、宇宙の戦闘領域化が進展している。今や、宇宙空間の安定利用を確保することは国家にとって死活的に重要である。

参照I部4章2節(宇宙領域をめぐる動向)

1 政府全体としての取組

2023年6月、宇宙開発戦略本部は、国家安全保障戦略を踏まえ、民間技術の防衛分野への活用などを含めた、宇宙の安全保障の分野の課題と政策を具体化させる宇宙安全保障構想を初めて策定するとともに、それを反映した宇宙基本計画を決定した。宇宙基本計画は、宇宙基本法に基づいて策定されるわが国の宇宙開発利用の最も基礎となる計画であり、わが国の宇宙活動を支える総合的基盤の強化を目標としている。宇宙安全保障構想では、宇宙安全保障の目標を、わが国が、宇宙空間を通じて国の平和と繁栄、国民の安全と安心を増進しつつ、同盟国・同志国などとともに、宇宙空間の安定的利用と宇宙空間への自由なアクセスを維持することとした。また、防衛省・自衛隊のニーズを踏まえ、政府関係機関が行っている先端技術の研究開発を防衛目的にも活用することで、政府の研究開発を積極的に防衛力の抜本的強化につなげることも記述された。

その後、宇宙安全保障構想などに基づき、同年10月には、宇宙に関する不測の事態が生じた場合において、事態を正確に把握・分析し、官民が一体となって適切に対応するための宇宙システムの安定性強化に関する官民協議会が設置された。また、2024年3月には、安全保障・民生分野において横断的に、技術・産業・人材基盤の維持・発展に係る課題について検討し、わが国が開発を進めるべき技術を見極め、その開発のタイムラインを示した技術ロードマップを含む宇宙技術戦略が策定された。

そのほか、政府全体の宇宙開発利用に関する政策の企画・立案・調整などを行っている内閣府宇宙開発戦略推進事務局が中心となり、宇宙活動法23、衛星リモセン法24や、宇宙資源法25に基づき宇宙政策が進められている。

2 防衛省・自衛隊の取組

防衛省・自衛隊は、宇宙領域において、衛星コンステレーションを含む新たな宇宙利用の形態を積極的に取り入れ、情報収集、通信、測位などの機能を宇宙空間から提供することにより、陸・海・空の領域における作戦能力をさらに向上させる。同時に、宇宙空間の安定的利用に対する脅威に対応するため、宇宙からの監視能力を整備し、宇宙領域把握26(SDA:Space Domain Awareness)体制を確立するとともに、様々な状況に対応して任務を継続できるように宇宙アセットの抗たん性強化に取り組むこととしている。また、相手方の指揮統制・情報通信などを妨げる能力をさらに強化する。

さらには、宇宙航空研究開発機構(JAXA:Japan Aerospace Exploration Agency)を含めた関係機関や民間事業者との間で、研究開発を含めた協力・連携を強化するとともに、米国などの同盟国・同志国との交流による人材育成をはじめとした連携強化を図る。

参照図表III-1-4-10(安全保障分野における宇宙利用(イメージ))

図表III-1-4-10 安全保障分野における宇宙利用(イメージ)

動画アイコンQRコード動画:航空自衛隊、宇宙領域把握を開始
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(1)宇宙領域を活用した情報収集、通信、測位などの各種能力の向上

ア 情報収集

情報収集については、情報収集衛星27、多頻度での撮像を可能とする小型衛星コンステレーションをはじめとした民間衛星などの利用による重層的な衛星画像の取得を通じ、隙のない情報収集体制を構築することとしている。特に、スタンド・オフ防衛能力の実効性を確保する観点から、情報収集能力を抜本的に強化する必要があり、米国との連携を強化するとともに、民間衛星の利用などをはじめとする各種取組によって補完しつつ、目標の探知・追尾能力の獲得を目的とした衛星コンステレーションを構築する。

イ 通信

通信については、部隊運用で極めて重要な指揮統制などの情報通信に使用するため、現在、Xバンド防衛通信衛星「きらめき1号」と「きらめき2号」を防衛省として所有・運用している。今後、通信所要の増大への対応やさらなる抗たん性強化のため、2024年度には「きらめき3号」の打上げにより、Xバンド防衛通信衛星3機体制を目指すとともに、「きらめき」と通信可能な装備品・関連地上施設を拡充するため、さらなる受信機材の調達や地上局通信の広帯域化を実施する。さらに、1号機と2号機の後継機となる次期防衛通信衛星の開発・製造を行うこととしており、次期防衛通信衛星に搭載することを念頭に、妨害に対して抗たん性を有する技術などに関して技術実証などを実施する。

また、低軌道通信衛星コンステレーションについて、各部隊における実証などを実施している。加えて、米国を中心とする加盟国間で衛星の通信帯域を共有する枠組みであるPATS(Protected Anti-jam Tactical SATCOM)への加盟に向けて、通信機器の整備・実証を行っている。

ウ 測位

測位については、多数の装備品にGPS(Global Positioning System)受信端末を搭載し、精度の高い自己位置の測定やミサイルの誘導精度向上など、高度な部隊行動を支援する重要な手段として活用している。これに加え、2018年11月から、内閣府の準天頂衛星28システムのサービスが開始されたことから、準天頂衛星の測位信号の利用により、冗長性29を確保することとしている。

エ HGV探知・追尾などへの対処

小型衛星コンステレーションは、ミサイルの探知、追尾などの機能に関連する技術動向としても注目される。防衛省としては、各国が開発・配備を進めるHGVを早期に探知・追尾する手段として、衛星コンステレーションを用いた宇宙からの赤外線観測が有効である可能性があると考えており、米国との連携の可能性も踏まえつつ、新型宇宙ステーション補給機(HTV(H-II Transfer Vehicle)-X)で計画している宇宙実証プラットフォームを活用し、赤外線センサーなどの宇宙実証を実施する。

このほか、高感度広帯域の赤外線検知素子などの将来のセンサーの研究を推進することとしている。

(2)宇宙の安定的利用確保のための取組

人工衛星の活用が、安全保障の基盤として死活的に重要な役割を果たしている一方で、一部の国が、キラー衛星や衛星攻撃ミサイル、電磁波による妨害を行うジャミング兵器などの対衛星兵器の開発を進めているとみられている。また、対衛星破壊実験によるデブリの急増や衛星コンステレーションの出現により軌道の混雑化が進んでおり、このため、SDA体制の確立と宇宙利用における抗たん性を強化していく必要がある。

これまで防衛省・自衛隊は、宇宙利用の優位を確保するための能力の強化に取り組んできており、その一環として、宇宙状況把握30(SSA:Space Situational Awareness)の強化に向けた取組を進めてきた。今後は宇宙物体の位置や軌道などを把握するSSAの強化も図りつつ、衛星の運用状況、意図や能力を把握するSDAの強化に努めていく。2023年度には、SDA衛星(2026年度打ち上げ予定)の製造に着手した。また、SDA衛星のさらなる複数機での運用についての検討を含めた各種取組を推進する。そのほか、宇宙作戦の運用基盤を強化するため、宇宙作戦指揮統制システムなどを整備する。

宇宙利用における抗たん性の強化については、衛星通信の高抗たん化技術実証により、ジャミングなどの妨害行為に対する抗たん性を確保するとともに、将来的な日米の宇宙システムの連携に向けて、SSAシステムなどに対するサイバーセキュリティを確保していく。また、電磁波領域と連携して、相手方の指揮統制・情報通信などを妨げる能力を構築することとしている。

参照図表III-1-4-11(宇宙領域把握(SDA)体制構築に向けた取組)

図表III-1-4-11 宇宙領域把握(SDA)体制構築に向けた取組

(3)組織体制の強化

宇宙領域専門部隊を強化するため、2023年度には、宇宙作戦群隷下に宇宙関連の装備品などの維持整備を担う第1宇宙システム管理隊(府中)と第2宇宙システム管理隊(防府北)を新編した。2024年度には、要員拡充によりSDAのための装備品を安定的に運用する体制を引き続き強化する。

また、宇宙空間の安定利用の確保が死活的に重要になるなか、宇宙優勢を確保すべく、SDA体制の整備を推進するとともに、将官を指揮官とする宇宙領域専門部隊を新編するなどにより、宇宙作戦能力を強化する。この際、宇宙領域の重要性の高まりと、宇宙作戦能力の質的・量的強化にかんがみ、空自において、宇宙作戦が今後航空作戦と並ぶ主要な任務として位置づけられることを踏まえ、航空自衛隊を航空宇宙自衛隊とする。

今後とも宇宙領域にかかる組織体制・人的基盤を強化するため、JAXAなどの関係機関や米国などの同盟国・同志国との交流による人材育成をはじめとした連携強化を図るほか、関係省庁間で蓄積された宇宙分野の知見などを有効に活用する仕組みを構築するなど、宇宙領域にかかる人材の確保に取り組む。

(4)関係機関や宇宙関連産業との連携強化

宇宙空間については、情報収集、通信、測位などの目的での安定的な利用を確保することは国民生活と防衛の双方にとって死活的に重要であり、防衛省・自衛隊においては、宇宙空間についてJAXAを含めた関係機関や民間事業者との間で、研究開発を含めた協力・連携を強化している。その際、民生技術の防衛分野への一層の活用を図ることで、民間における技術開発への投資を促進し、わが国全体としての宇宙空間における能力の向上につなげていく。

また、2023年3月、防衛省のSSAシステムの運用開始に伴い、防衛省から衛星を運用する民間事業者などに対し、宇宙物体の軌道情報などのSSAに関する情報提供を開始した。

さらに、2023年10月、空自は、民間宇宙事業者との活発な意見交換などを目的に民間のシェアオフィス内に、宇宙協力オフィスを開所した。空自は、このオフィスに空自隊員数名を常駐させ、得られた知見を将来の装備品導入などに反映していくこととしている。

宇宙協力オフィスでの勤務状況(右側6名が空自隊員)

宇宙協力オフィスでの勤務状況(右側6名が空自隊員)

(5)同盟国・同志国などとの連携強化

わが国の安全保障に不可欠な宇宙空間の持続的かつ安定的な利用を確保するためには、同盟国や同志国などとの連携強化が必須であり、また、宇宙における責任ある行動の規範、規則、原則を通じた宇宙における脅威の低減に向けた協力も図っている。2022年9月、わが国は、宇宙空間における責任ある行動の規範の形成に向けた国際場裡での議論を積極的に推進していく考えから、破壊的な直接上昇型ミサイルによる衛星破壊実験を実施しない旨の決定を行った。この決定は同年4月に米国が同趣旨の宣言をしたことを受けて発表されたもので、わが国のほか、カナダ、ニュージーランド、ドイツ、英国、韓国、オーストラリア、フランスなども同様の発表を行った。さらに、同年12月の国連総会本会議では、米国が主導し、わが国を含む11か国が共同で破壊的な直接上昇型対衛星(DA-ASAT:Direct-Ascent Anti-SATellite)ミサイル実験を実施しないとの決議を提案し、155か国の支持を得て採択された。

同時に、誤解や誤算によるリスクを回避すべく、関係国間の意思疎通の強化や宇宙空間における透明性・信頼醸成措置(TCBM:Transparency and Confidence Building Measures)の実施の重要性を発信していくことが必要である。

ア 米国との協力

米国とは、宇宙領域における日米防衛当局間の協力を一層促進する観点から、2015年4月に日米宇宙協力ワーキンググループ(SCWG:Space Cooperation Working Group)(審議官級)を設置し、宇宙政策や戦略にかかる連携、SDA情報共有や教育を含む日米宇宙運用部隊間の協力、低軌道衛星コンステレーションにかかる議論など、宇宙協力について幅広く議論してきている。SCWGはこれまでに9回、直近では2023年7月に開催している。

また、日米政府間では、宇宙に関する包括的日米宇宙対話(CSD:Comprehensive Space Dialogue)を、日米安全保障当局間では安全保障分野における日米宇宙協議審議官級会合(SSD:Space Security Dialogue)を開催し、防衛省も参加して、両国の宇宙政策に関する情報交換や今後の協力に関する議論を行っている。

直近のハイレベル交流に関しては、2023年1月の日米「2+2」において、宇宙への、宇宙からのまたは宇宙における攻撃が、同盟の安全に対する明確な挑戦であると考え、一定の場合には、当該攻撃が、日米安全保障条約第5条の発動につながることがありうることを確認した。また、2023年9月にサルツマン米宇宙軍作戦部長が木原防衛大臣への表敬を行い、宇宙領域の安全保障面での重要性が増しているとして、日米の連携を強化していることを確認した。

運用面では、空自がSSAシステムを効果的に運用するためには米国との連携が不可欠であることから、米国との情報共有の具体化を進めている。また、米軍が主催する宇宙安全保障に関する多国間机上演習「シュリーバー演習」や宇宙状況監視多国間机上演習「グローバル・センチネル」への参加を継続し、多国間における宇宙空間の脅威認識の共有、SDAにかかる協力や宇宙システムの機能保証にかかる知見の蓄積に努めているほか、米国宇宙コマンド多国間宇宙調整所(MSC:Multinational Space Collaboration Office)に自衛官を派遣している。

イ 同志国などとの協力

同志国とは、協議や情報共有、多国間演習への参加を通じ、防衛当局間の関係強化、SDA情報にかかる協力、宇宙運用部隊間協力など様々な分野で連携・協力を図っている。2023年12月には、防衛省・自衛隊として、連合宇宙作戦イニシアチブ(CSpO:Combined Space Operations Initiative)の参加国に加わった。これは、米国をはじめとする同志国で構成され、宇宙安全保障に関する議論を実施する多国間枠組みである。また、同月ドイツで開催されたCSpO将官級会議に参加し、わが国の宇宙政策と宇宙分野における取組について説明を行った。CSpOに参加することにより、宇宙分野における同盟国・同志国との関係をさらに強化しつつ、安定的な宇宙利用の確保のための国際的な取組に積極的に関与していく。

各国のCSpOへの参加者(最前列左 内倉空幕長)(2023年12月)

各国のCSpOへの参加者(最前列左 内倉空幕長)(2023年12月)

オーストラリアとは、日豪防衛当局間の宇宙協力にかかる協議(課長級)を2021年5月から行っている。また、2022年11月には日豪防衛宇宙パートナーシップに関する趣意書を結び、これを受けて宇宙協力の深化を図っている。さらに、宇宙運用部隊間の具体的な協力について議論するために宇宙ワーキンググループ(SWG:Space Working Group)を設置した。

英国とは、2022年8月から日英防衛当局間の宇宙協議を開催しており、宇宙政策や戦略にかかる連携、宇宙運用部隊間の協力や交流の推進、SDAにかかる情報共有などについて調整を進めている。

フランスとは、2021年12月から日仏防衛当局間の宇宙協力にかかる協議(課長級)を行っており、自衛隊による仏航空・宇宙軍主催の多国間宇宙演習(AsterX)への参加を含む部隊間交流の促進、宇宙作戦群と仏宇宙コマンドとの連携強化、SDAにかかる情報共有態勢強化などについて調整を進めている。また、日仏政府間では日仏包括的宇宙対話を実施しており、防衛省も参加している。

ドイツとは、これまで部隊間で宇宙協力にかかる専門家会議を行っており、宇宙運用部隊間協力の深化に向けたSWGを開催し、連携を図っていく。

カナダとは、2023年3月に日加宇宙部隊間の机上演習を初めて開催し、宇宙運用部隊間の協力の促進や情報共有にかかる協力を推進していく。

カナダ軍との机上演習

カナダ軍との机上演習

日EU(European Union)間では、日EU宇宙政策対話を、また、日インド政府間では、日インド宇宙対話を開催しており、いずれにも防衛省から参加している。

23 人工衛星等の打上げ及び人工衛星の管理に関する法律

24 衛星リモートセンシング記録の適正な取扱いの確保に関する法律

25 宇宙資源の探査及び開発に関する事業活動の促進に関する法律

26 宇宙状況把握(SSA)に加え、宇宙機の運用・利用状況やその意図や能力を把握すること。

27 政府の情報収集衛星は、内閣衛星情報センターにおいて運用されているものであり、防衛省は他省庁とともに、情報収集衛星から得られる画像情報を利用している。

28 通常の静止衛星は赤道上の円軌道に位置するが、その軌道を斜めに傾け、かつ楕円軌道とすることで、特定の一地域のほぼ真上の上空に長時間とどまることが可能となるような軌道に投入された衛星のこと。1機だけでは24時間とどまることはできないため、通常複数機が打ち上げられる。ユーザーのほぼ真上を衛星が通るため、山や建物などといった障害物の影響を受けることなく衛星からの信号を受信することができる。

29 特定の手段に何か不具合があった場合でも、それをカバーして本来の機能を維持するための予備の手段を持っていること。

30 宇宙物体の位置や軌道などを把握すること(宇宙環境の把握を含む)。