国家防衛戦略における第二の目標は、わが国の平和と安全にかかわる力による一方的な現状変更やその試みについて、わが国として、同盟国・同志国などと協力・連携して抑止することである。また、これが生起した場合でも、わが国への侵攻につながらないように、あらゆる方法により、これに即応して行動し、早期に事態を収拾することである。
わが国は、力による一方的な現状変更やその試みを抑止するとの意思と能力を示し続け、相手の行動に影響を与えるために、柔軟に選択される抑止措置1(FDO:Flexible Deterrent Options)としての訓練・演習などや、戦略的コミュニケーション2(SC:Strategic Communication)を、政府一体となって、また、同盟国・同志国などと共に充実・強化していく必要がある。
さらに、平素からの常続的な情報収集・警戒監視・偵察(ISR:Intelligence, Surveillance, and Reconnaissance)や分析を関係省庁が連携して実施することにより、事態の兆候を早期に把握するとともに、事態に応じて政府全体で迅速な意思決定を行い、関係機関が連携していくことが重要であることから、平素から、政府全体での対応を強化していくこととしている。
わが国は、14,000あまりの島々で構成され、世界第6位3の面積となる領海(内水を含む。)と排他的経済水域(EEZ:Exclusive Economic Zone)を有するなど広大な海域に囲まれている。自衛隊は、各種事態に迅速かつシームレスに対応するため、平素から領海・領空とその周辺の海空域において情報収集や警戒監視を行っている。
海自は、平素から哨戒機4などにより、北海道周辺や日本海、東シナ海などを航行する船舶などの状況について、空自は、全国各所のレーダーサイトと早期警戒管制機5などにより、わが国とその周辺の上空の状況について、24時間態勢での警戒監視を実施している。また、主要な海峡では、陸自の沿岸監視隊や海自の警備所などが同じく24時間態勢で警戒監視を行っている6。さらに、必要に応じ、艦艇・航空機などを柔軟に運用し、わが国周辺における各種事態に即応できる態勢を維持している。
なお、こうした警戒監視により得られた情報については、海上保安庁を含む関係省庁にも共有し、連携の強化も図っている。海上保安庁は、2022年10月から、海自八戸(はちのへ)航空基地(青森県)において、MQ-9B(シーガーディアン)の運用を開始しており、また、2025年度以降においては、北九州空港に運用拠点を移転する予定としている。
海自では、現在有人機で実施している警戒監視などの任務の一部を将来的に無人機で代替可能か検証すべく、2023年5月から、八戸航空基地においてシーガーディアンを用いた試験的運用を行っていたところ、2024年4月以降に海自鹿屋(かのや)航空基地(鹿児島県)への離着陸の検証を行うこととしているなど、将来の無人機の本格導入に向けて、さらに検討を進めていく。海自と海上保安庁は無人機が取得した必要な情報の共有を行っており、今後ともさらなる連携強化に向けた取組を推進していくこととしている。
そのほか、常時継続的な監視の強化などのため、2022年12月、空自は、RQ-4B(グローバルホーク)を運用する偵察航空隊を空自三沢基地(青森県)に新編した。2023年6月には、グローバルホークの3機目が到着し、当初の計画の体制が完整した。
新たに空自三沢基地に到着した3機目のグローバルホーク
近年、わが国周辺においては、中国軍艦艇が、尖閣諸島周辺海域での活動を活発化させており、中国海警局に所属する船舶が尖閣諸島周辺のわが国領海への侵入を繰り返している。また、中国軍艦艇がわが国領海や接続水域を航行する例や、中国軍空母の活動も続いており、2023年4月には、空母「山東(さんとう)」を含む3隻が波照間(はてるま)島(沖縄県)周辺の海域を航行するところを確認した。「山東」による太平洋上の航行を確認したのはこのときが初めてである。
さらに、2023年7月に中国軍艦艇とロシア軍艦艇が日本海で各種訓練を実施した後、7月下旬から8月にかけて宗谷海峡や沖縄本島と宮古島(沖縄県)との間の海域を通過するなど、わが国周辺海域において共同航行を実施したことを確認している。
中国とロシア海軍艦艇に対し、警戒監視・情報収集を実施する護衛艦
「ひゅうが」
防衛省・自衛隊は、わが国の領土・領海・領空を断固として守り抜くため、引き続き高い緊張感を持って警戒監視などの対応に万全を期していく。
参照図表III-1-3-1(わが国周辺海空域での警戒監視(イメージ))
資料:令和5年度 外国海軍艦艇等の動向
URL:https://www.mod.go.jp/js/activity/domestic/keikai2023.html
力による一方的な現状変更を許さないためには、平素から政府全体の意思決定に基づき、関係機関が連携して行動することが重要である。このため、平素から政府全体として、連携要領を確立しつつ、シミュレーションや統合的な訓練・演習を行い、対処の実効性を向上させることとしている。
また、原子力発電所などの重要施設の防護、離島の周辺地域などにおける外部からの武力攻撃に至らない侵害や武力攻撃事態への対応については、有事を念頭に平素から警察や海上保安庁と防衛省・自衛隊との間で訓練や演習を実施していく。
海上における治安の確保は第一義的には海上保安庁の任務であるが、海上保安庁では対処できない場合には、自衛隊も海上警備行動や治安出動により、連携して対処することとなる。また、他国からの武力攻撃が発生した場合には、自衛隊が主たる任務として防衛出動により対処することになる。わが国周辺海域の情勢が厳しさを増すなか、どのような状況にも切れ目なく対応するため、自衛隊と海上保安庁の連携強化はより一層重要になっている。
海自と海上保安庁は、平素から共同訓練を行い、技量向上と共同対処能力の強化に取り組んでいる。また、グレーゾーンや武力攻撃事態における対応も含めた連携強化は、あらゆる事態に対応する体制を構築するうえで極めて重要である。
自衛隊法第80条においては、内閣総理大臣は防衛出動または命令による治安出動を命じた場合において、特別の必要があると認めるときは、「海上保安庁の全部又は一部を防衛大臣の統制下に入れることができる」とされている。2023年4月に、防衛大臣による海上保安庁の統制の具体的な手続きを含めた、防衛出動命令が発出された場合における両機関の連携についての「統制要領」が策定されたことを受け、防衛省・自衛隊は、共同訓練などを通じ、海上保安庁との連携を不断に強化している。
2023年5月には、防衛省市ヶ谷地区とその他各所在において、武力攻撃事態を想定した机上訓練を初めて実施し、両機関における情報伝達の要領などを確認した。この机上訓練を踏まえ、6月には、伊豆大島東方海空域において実動訓練を実施し、両機関における情報伝達、現場における対応などを確認した。
海上保安庁との共同訓練を行う海保巡視船「おくしり」(手前)、
海自ミサイル艇「くまたか」(奥)(2023年10月)
参照図表III-1-3-2(武力攻撃事態における防衛出動下令時の防衛大臣による海上保安庁の統制要領)、I部3章2節2項6(2)(わが国周辺海空域における軍の動向)、資料14(中国海警局に所属する船舶などの尖閣諸島周辺における活動状況)
1 相手方の行動に対し影響を与えるために周到に検討された、抑止のための行動。
2 政府として、わが国にとって望ましい安全保障環境を平素から創っていくための取組の一環として、SCの取組を実施することとしており、防衛省としても、防衛省・自衛隊が実施する様々な活動やその目的について、効果的な発信が可能となるような手法やメッセージを選択し、様々な言語や媒体を用いることなどにより、同盟国や同志国と連携しつつ、国際社会に対して発信を行っている。
3 各国の海外領土の持つ海域も当該国のものとすると世界第8位とされる。
4 敵の奇襲を防ぐ情報収集などのために、見回ることを目的とした航空機で、海自は、固定翼哨戒機としてP-3C哨戒機とP-1哨戒機を、回転翼哨戒機としてSH-60J哨戒ヘリコプター、SH-60K哨戒ヘリコプター、SH-60L哨戒ヘリコプターを保有している。
5 警戒管制システムや全方向を監視できるレーダーを装備する航空機。速度性能に優れ、航続時間も長いことから遠隔地まで飛行して長時間の警戒が可能。さらに高高度での警戒もできるため、見通し距離が長いなど、優れた飛行性能と警戒監視能力を持つ。空自は、B-767旅客機をベースにしたE-767を運用している。
6 自衛隊による警戒監視活動は、防衛省設置法第4条第1項第18号(所掌事務の遂行に必要な調査及び研究を行うこと)に基づいて行われる。