気候変動は戦略的環境を大きく左右する。直接的な危険として、干ばつ、極度の暑さ、砂漠化、洪水などがあり、これらは土地や生計手段の喪失、食糧や水の不安などの二次的、三次的影響を引き起こす可能性がある。
既に脆弱となっている環境での緊張は移住を促進し、暴力的な紛争の可能性を高めると指摘される。気候変動に対して最も脆弱な国々は、気候変動にほとんど影響を与えていない一方で、そのリスクを負っている。2050年までに、10億人以上の人が水へのアクセスが不十分になり、2億人以上が移住を余儀なくされる可能性があると指摘される。
水不足と食糧不足は、サヘル地域、アフリカの角や世界のほかの地域で暴力的な紛争を引き起こしており、例えば、サハラ砂漠南部のチャド湖は降水量の減少などにより1960年代と比べて湖の表面が9割減少し、この水源に依存していた数千万の人々に影響を及ぼした。
強制移住を余儀なくされた漁師、農民、牧畜民たちは近隣の人々と緊張を生じさせるだけでなく、イスラム過激派組織「ボコ・ハラム」などの標的となっており、さらに自らの安全を武装組織に委ねてしまうと指摘される。
また、東アフリカ、主にソマリアの沿岸では海水温上昇の影響により水産資源が激減し、それが海賊行為の発生と関連していると考えられている。
気候変動は軍の装備品、インフラ、作戦そのものにも影響を及ぼす。
米国では過去に何度もハリケーンによる洪水のため、各地の航空基地が大きな被害を受けており、再建に多額の費用がかかっている。また、高温や山火事により訓練や後方支援活動が中断されるだけでなく、通信や各種地上設備が故障するおそれがある。
前述のNATOの報告書によれば、NATOはイラク国軍保安部隊への訓練や能力構築の支援をイラクで実施しているが(NATO Mission Iraq)、短期的シナリオでは気温が50℃を超える日が毎年約5分の1の日数になると予測され、極度の水不足による砂嵐の影響とともに、航空機の運航や訓練に支障をきたすことが懸念されている。
海洋でも、海水の酸性化の増加と海面水温の変化のため、艦艇のメンテナンスがより頻繁に必要となり、水温は水中における音速に、水中塩分濃度の変化は潜水艦の浮力に影響を与える可能性が指摘される。
航空機は極度の高温下では揚力と推力が低下し、雷や乱気流などの気象状況の変化が、軍事航空活動の全領域に影響を与えるとされる。
これらの影響は全て軍の即応性の問題とかかわるものである。