インドネシアは世界最大のイスラム人口を抱える東南アジア地域の大国であり、広大な領海と海上交通の要衝を擁する世界最大の群島国家である。
国軍改革として、「最小必須戦力(MEF:Minimum Essential Force)」と称する最低限の国防要件を達成することを目標としており、特に海上防衛力が著しく不十分であるとの認識が示され、国防費の増額とともに、南シナ海のナツナ諸島などへの戦力配備を強化する方針を表明している。ナツナ諸島には統合部隊や飛行隊などが展開しており、海上戦闘部隊司令部の移転がおおむね完了していることが報じられているほか、2018年12月、潜水艦が寄港可能な桟橋、無人機格納庫などを有する軍事基地の開所式を実施したことや、2021年4月には、潜水艦の支援施設の起工式を実施したことが報じられている。
中国の主張するいわゆる「九段線」がナツナ諸島周辺の排他的経済水域(EEZ)と重複していることを懸念しており、周辺海域における哨戒活動を強化している。2019年12月、ナツナ諸島周辺のEEZ内で中国海警局所属の船舶が漁船団を護衛する形で違法操業をしたことを確認したとし、インドネシア外務省は抗議声明を発表した。
インドネシアは、自由かつ能動的な外交を展開しており、また、東南アジア諸国との連携を重視している。
米国との関係においては、軍事教育訓練や装備品調達の分野で協力関係を強化している。また、陸軍演習「ガルーダ・シールド」や海軍演習「CARAT(Cooperation Afloat Readiness and Training)1」、対テロ演習「SEACAT(Southeast Asia Cooperation Against Terrorism)2」などの二国間演習を行っている。2023年には前年に引き続き、豪軍、シンガポール軍、自衛隊などを加えた、陸軍種に限らない多国間演習「スーパー・ガルーダ・シールド」を実施した。
マレーシアは、2019年12月に公表した初の国防白書の中で、国土が半島部とボルネオ島にあるサバ・サラワクに二分されており、広大な太平洋とインド洋の間に位置していることから、両洋の橋渡し役としての可能性を自国に見出している。また、国防白書の中で、自国の戦略的位置と天然資源は恩恵であると同時に安全保障上の課題でもあるとの認識を示している。このような特性から、歴史的に大国の政治力学の影響を受けてきており、今日においても、不透明な米中関係を最も重要な戦略的課題と位置づけている。
昨今、マレーシアが領有権を主張する南ルコニア礁周辺において中国の船舶が錨泊(びょうはく)などを続けていることに関連して、マレーシア側は、海軍と海洋法執行機関により24時間態勢で監視を行い、主権を守る意思を表明している。
このような意思の表明や海上防衛力の強化に加えて、ジェームズ礁や南ルコニア礁に近いビントゥルの空港付近において海空軍基地を新設することを国防大臣が決定した旨発言したとの報道があるほか、2019年7月には、空軍が東マレーシア(ボルネオ島)のサバ州でミサイル発射を伴う演習を実施するなど、東マレーシアの防衛態勢の強化にも努めている。
特に、米国との間では、「CARAT」や「SEACAT」などの合同演習を行うとともに、海洋安全保障分野での能力構築を含めた軍事協力を進めている。
五か国防衛取極3(FPDA:Five Power Defence Arrangements)に基づく防衛関係も重視しており、マレーシア軍のバターワース空軍基地に、FPDAの活動を調整する統合地域防衛組織(IADS:Integrated Area Defence System)の司令部を置いている。
ミャンマーは、中国やインドと国境を接し、ASEAN諸国の一部や中国にとってインド洋への玄関口ともなることなどから、その戦略的な重要性が指摘されている。1988年の社会主義政権の崩壊以降、国軍が政権を掌握してきたが、欧米諸国による経済制裁を背景に、民主化へのロードマップを踏まえた民政移管が行われた。
2020年11月、ミャンマー連邦議会総選挙が実施され、与党の国民民主連盟(NLD:National League for Democracy)が上下両院で前回の単独過半数を大幅に超える議席を獲得した。しかし、2021年2月、総選挙での不正を主張する国軍が、アウン・サン・スー・チー国家最高顧問(当時)ら政権幹部を拘束するとともに、非常事態宣言を発表し、三権を国軍司令官に移譲させるクーデターを実行した。国軍は「国家行政評議会(SAC:State Administration Council)」を設置し、ミン・アウン・フライン国軍司令官を議長とした。
その後、同年4月に、民主推進派が設立した「連邦議会代表委員会(CRPH:Committee Representing Pyidaungsu Hluttaw)」が、国軍に対抗する「国民統一政府(NUG:National Unity Government)」の発足を宣言したものの、国軍は、CRPHやNUGなどをテロ組織に指定した。同月開催されたASEANリーダーズ・ミーティングには、国軍代表も参加し、平和的解決を促進するASEANの積極的かつ建設的な役割を認識し、「5つのコンセンサス」への合意がなされた。同年8月、SACは国軍司令官を「暫定首相」とする「暫定政府」の発足を発表した。
2023年10月下旬以降、北東部において、3つの少数民族武装組織が国軍への大規模攻撃を開始し、国軍が複数の町から撤退するなど、戦闘が激化した。2024年1月上旬には、東部において、将官を含む2,300人を超える国軍兵士が投降したことを少数民族側が明らかにした。一方で同月中旬、国軍とこの3つの少数民族武装勢力が、中国の仲介によりミャンマー北部における停戦合意に至ったことを、国軍および中国外交部が発表した。この停戦合意の詳細は公表されておらず、実効性が注目される。
2023年5月に行われたASEAN首脳会議では、武力紛争と暴力の激化を引き続き深く憂慮する議長声明が採択された。2024年1月には、アルンケオASEAN議長特使がミャンマーを訪問し、ミン・アウン・フライン国軍司令官を含む現「政権」幹部や一部の少数民族武装勢力と会談を行った。
中国とは、1950年に国交を樹立して以来良好な関係を維持しており、ミャンマーにとって、主要な装備品の調達先とみられるほか、パイプライン建設やチャオピュー港湾開発の援助などを受けていた。2020年1月、中国の習近平主席が国家主席として19年ぶりにミャンマーを訪問し、「一帯一路」構想を通じて経済協力を推進する方針を確認した。
ロシアとは、過去の軍政期を含め軍事分野において協力関係を維持しており、留学生の派遣や主要な装備品の調達先となっている。2022年7月、国軍司令官はロシアを訪問し、国防次官らとの会談で、防衛協力の推進などについて協議した。また、同年9月、国軍司令官は、ウラジオストクにおいてプーチン大統領と初めて会談し、あらゆる分野における協力について議論するなど、良好な関係をアピールした。
過去の軍事政権下では、武器取引を含む北朝鮮との協力関係が維持されていた。民政移管後の政府は、北朝鮮との軍事的なつながりを否定していたものの、2018年3月に公表された国連安全保障理事会北朝鮮制裁委員会専門家パネル最終報告書では、弾道ミサイルシステムなどを北朝鮮から受領したことが指摘された。
2023年5月に公表された国連人権理事会の報告では、国軍がクーデターを実行した2021年2月から2022年12月の間、少なくとも10億ドル相当の武器や武器製造のための部品などが外国から輸出されたと指摘されており、この中には、ロシアからのSu-30戦闘機や中国からのJF-17戦闘機などの輸入が含まれる。
フィリピンは、自国の群島としての属性と地理的位置は強さと脆弱性の両面をあわせ持つ要因であり、戦略的位置と豊富な天然資源が拡張主義勢力に強い誘惑をもたらしているとの認識を示している。従来、国内の武力紛争を解決することを安全保障上の最大の懸案と位置づけていたが、近年の国内反政府武装勢力の解体・弱体化や、南シナ海における緊張の高まりを背景に、領土防衛強化に焦点をシフトし始めている。
米国と歴史的に関係が深く、1992年に駐留米軍が撤退した後も、相互防衛条約と軍事援助協定のもと、両国の協力関係を継続してきた。
1998年2月、両国は米軍がフィリピン国内で合同軍事演習などを行う際の米軍人の法的地位などを規定した「訪問米軍地位協定」(VFA:Visiting Forces Agreement)を締結した。
さらに、2014年4月、両国は災害救援協力強化、米軍のローテーション展開、米国による拠点整備、装備品などの事前配置などを可能とする「防衛協力強化に関する協定(EDCA:Enhanced Defense Cooperation Agreement)」に署名した。2016年3月には、EDCAに基づき、5か所のフィリピン軍基地を、米軍がローテーション展開など可能な拠点とすることについて合意した。2020年2月には、ドゥテルテ大統領(当時)がVFAの破棄を米国に通告したものの、2021年7月、この通告の撤回を決定した。近年、両国は大規模演習「バリカタン」、水陸両用訓練「カマンダグ」、海上訓練「サマサマ」などの共同演習を行っている。
2022年6月に就任したマルコス新大統領は、同年9月にニューヨークにおいてバイデン米大統領と初の対面会談を行い、両首脳は、南シナ海問題についての議論を行ったほか、航行・上空飛行の自由や紛争の平和的解決への支持を強調した。2023年2月、米比国防相が共同で、EDCAの拠点を新たに4か所指定したことを発表した。4か所の内訳は、台湾に近いルソン島北部の3か所と、南シナ海に面するパラワン島の1か所である。さらに、同年5月には、米比間の同盟協力近代化および相互運用性深化の指針となる「米比二国間防衛ガイドライン」が初めて策定・公表された。
2023年9月、ドゥテルテ政権下で終了していた米比共同航行を実施し、米駆逐艦と比フリゲートが南シナ海において共同航行を実施したほか、11月には、南シナ海を含むフィリピン周辺海空域において、海上協同活動を実施した。新政権発足後、両国の防衛協力が再び進み始めている。
中国とは、南シナ海の南沙諸島やスカーボロ礁の領有権などをめぐり主張が対立しており、フィリピンは国際法による解決を追求するため、2013年1月、中国を相手に国連海洋法条約に基づく仲裁手続きを開始し、仲裁裁判所は2016年7月にフィリピンの申立て内容をほぼ認める最終的な判断を下した。フィリピン政府は比中仲裁判断を歓迎し、この決定を尊重することを強く確認する旨の声明を発表した。
南シナ海問題を巡る両国の対立は新型コロナウイルス感染症が世界的に拡大した2020年以降にもみられており、フィリピンは、同年2月、中国艦艇が比海軍艦艇に対し火器管制レーダーを照射したことに抗議したほか、同年4月には、中国が南シナ海に行政区を設置したことに対して抗議を行った。2022年7月、マルコス大統領は施政方針演説において、フィリピンの領土については外国勢力に一歩も引かない姿勢を強調した。また、同月には、比外務省が比中仲裁判断6周年を記念する声明を発表した。
2023年1月、マルコス大統領は習近平国家主席と会談を行い、南シナ海問題について平和的手段を通じて両国の相違を適切に管理することで合意し、また、両国外交当局間のホットライン設置の取り決めに合意したものの、これ以降も、南沙諸島などにおいて中国海警船舶などによる比船舶への妨害活動が頻繁に報告されている。
例えば、2023年12月には、フィリピン軍艦シエラ・マードレ号が座礁している南沙諸島のセカンド・トーマス礁付近において、比の補給船が比沿岸警備隊船舶の護衛のもとで座礁艦へ補給任務を実施しようとしていたところ、中国海警船舶などから衝突を含む危険な操船や放水銃による放水といった妨害活動を受けたことが、比政府より公表されている。これを受け、マルコス大統領は、中国船舶の行動を比船舶・人員に対する攻撃と挑発と指摘し、明白な国際法違反であると批判した。同月、テオドロ国防大臣はオースティン米国防長官と電話会談を実施し、そこでは、南シナ海においてフィリピンの軍隊、沿岸警備隊を含む公船、航空機に対する武力攻撃が発生した場合には、米比相互防衛条約が適用されることが改めて強調された。
セカンド・トーマス礁付近においてフィリピンの補給船に
放水する中国海警船舶(2023年12月)【AFP=時事】
国土、人口、資源が限定的なシンガポールは、グローバル化した経済の中で、その存続と発展を地域の平和と安定に依存しており、国家予算のうち国防予算が約1割を占めるなど、国防に高い優先度を与えている。2022年10月には、第4の軍種として、既存の指揮・統制・通信・コンピューター・情報能力やサイバー能力を統合した、デジタル・情報軍を発足させた。
シンガポールは、ASEANやFPDAの協力関係を重視しているほか、域内外の各国とも防衛協力協定を締結している。
地域の平和と安定のため、米国のアジア太平洋におけるプレゼンスを支持しており、「1990年覚書」(1990年11月)を締結して以降、米国がシンガポール国内の軍事施設を利用することを認めている。米空母のチャンギ海軍基地への寄港に加えて、2013年以降、米国の沿海域戦闘艦(LCS:Littoral Combat Ship)のローテーション展開が開始されたほか、2015年には、米軍のP-8哨戒機が初めて約1週間にわたりシンガポールへ展開され、今後も定期的に同様の展開が継続されるとしている。このほか、米国と「CARAT」や「SEACAT」などの合同演習を行っている。
中国とは、経済的に強い結びつきがあるほか、二国間の海軍演習も実施している。2019年10月、両国は、対話や演習の定例化などを含む既存の防衛協力を形式化した「防衛交流・安全保障協力協定」(ADESC:Agreement on Defence Exchanges and Security Cooperation)の改訂に署名した。一方、南シナ海問題について比中仲裁判断に基づく解決を主張していることや、台湾と軍事協力を行っていることでは摩擦が生じている。
オーストラリアとは、2020年3月、「軍事訓練とオーストラリアにおける訓練エリア開発に関する条約」に署名した。これにより、シンガポール軍は新しく開発されるオーストラリアの訓練エリアへのアクセスが可能となる。
タイは、国防政策として、ASEAN・国際機関などを通じた防衛協力の強化、政治・経済など国力を総合的に活用した防衛、軍の即応性増進や防衛産業の発展などを目指した実効的な防衛などを掲げている。
タイは、柔軟な全方位外交政策を維持しており、東南アジア諸国との連携や、主要国との協調を図っている。
特に米国とは、東南アジア集団防衛条約(マニラ条約)(1955年2月発効)などに基づく同盟関係にあり、米軍は、タイ軍のウタパオ海軍航空基地などにアクセスが可能である。1982年から米タイ合同演習「コブラ・ゴールド」を実施しており、現在、東南アジア最大級の多国間共同訓練となっている。また、米タイの海兵隊による「CARAT」や海賊・密売対処を想定した「SEACAT」などの合同演習も引き続き実施している。
中国とは、両国海兵隊による「藍色突撃」や、両国空軍による「鷹撃」などの共同訓練を行っている。
ベトナムは、海洋は国家建設・国防に密接にかかわるとの認識のもと、海洋強国となる目標を掲げ、海上における軍や法執行機関の近代化に重点を置くとともに、海洋状況把握能力を確保し、海上における独立、主権、管轄権、国益を維持する姿勢を示している。
全方位外交を展開し、全ての国家と友好関係を築くべく、積極的に国際・地域協力に参加するとしている。2016年3月には、戦略的要衝であるカムラン湾に国際港が開港し、わが国を含む各国の海軍艦艇がカムラン国際港に寄港している。
米国とは、近年、米海軍との合同訓練や米海軍艦艇のベトナム寄港などを通じ、軍事面における関係を強化している。2017年には、両国首脳が相互訪問を行い、防衛協力関係の深化について合意したほか、2018年3月には、ベトナム戦争後、米空母としては初めて、「カール・ヴィンソン」がベトナムに寄港した。2023年9月、バイデン米大統領が大統領として初めて訪問したベトナムにおいてトゥオン国家主席(当時)と会談し、両国関係を包括的戦略的パートナーシップへ格上げすることで合意した。その中で、米国は、自立した防衛力構築のためにベトナムを引き続き支援することにコミットした。
ロシアとは、国防分野での協力を引き続き強化しているほか、装備品の大半を依存している。2018年4月、ロシアと軍事・技術協力にかかるロードマップに署名しており、2019年7月、ベトナム海軍艦艇が初めてウラジオストク港へ寄港するとともに、同年12月、ロシア太平洋艦隊の救難艦がカムラン港へ寄港し、初の二国間潜水艦救難共同演習を実施した。
中国とは、包括的戦略的協力パートナーシップ関係のもと、政府高官の交流を活発に行っており、2023年12月には、習近平国家主席がベトナムを訪問し、グエン共産党書記長と会談を行った。共同声明において、トンキン湾における合同哨戒活動や軍艦の相互訪問を継続すること、海軍および沿岸警備隊の連携・交流メカニズムを深化することなどが記載された。
一方で、南シナ海における領有権問題などをめぐり主張が対立している。2019年11月に公表した国防白書では、南シナ海の領有権問題について、ベトナムと中国は、両国の平和、友好、協力関係の大局に悪影響を及ぼさないよう、極めて用心深く、慎重に処理する必要があり、両国は国際法に基づく平和的解決のため継続的に協議すべきとの認識を示している。2023年8月には、西沙諸島で漁業活動中のベトナム漁船が「漢字の記載された船舶」に放水され漁船が損傷した旨を、ベトナム共産党公式の新聞が「中国海警」の記載がある船舶の写真付きで報じた。
一方で、中国と領有権を争っている南沙諸島において、中国による過去の埋立規模には及ばないものの、ベトナムが事実上支配する地形の埋立作業を加速・拡大させているとの指摘もある4。