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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

第6節 大洋州

1 オーストラリア

1 全般

オーストラリアは、島国かつ自国の領土のみで大陸を成す国家であり、大国から一定の距離を有し、国際紛争に直接巻き込まれるリスクが低いという地政学的特徴を有する。開かれた、包摂的で、繁栄したインド太平洋地域を推進しており、わが国と基本的価値と戦略的利益を共有する特別な戦略的パートナーである。

2 国防政策
(1)国防戦略

1970年代、米中国交正常化を機に中国と関係を改善して以降、オーストラリアは自国にとっての喫緊かつ直接的な脅威は存在しないとの立場を維持してきた。1986年に実施された「オーストラリアの国防能力見直し」では、自国を「世界で最も安全な国の一つ」と評価したうえで、オーストラリアが大規模攻撃を受ける前に、少なくとも10年の警戒期間が存在するとの見通しを示し、この見通しは、冷戦後もオーストラリアの国防政策を規定することとなった。

2020年7月、モリソン前保守連合政権は、インド太平洋地域における軍事近代化や米中をはじめとする主要国間の競争の激化などにより、オーストラリアの戦略環境が予想を上回る速さで悪化していることを受け、国防戦略を見直すべく、「2020国防戦略アップデート」を発表し、前述の10年の警戒期間に基づく国防計画はもはや適切でないとした。

また、国防戦略の目標を、①オーストラリアの戦略環境を形成し、②オーストラリアの国益に反する行動を抑止し、③必要時に信頼に足る軍事力によって対処するため、長距離打撃能力やグレーゾーン事態対処能力を含む軍事力を配備することとした。

2022年5月に発足したアルバニージー労働党政権は、前政権の国防政策の方針を踏襲する旨を明言し、これを実行し、豪軍を最適化するため、「国防戦略見直し(DSR:Defence Strategic Review)」を実施することを発表した。

2023年4月、元豪国防相と元豪国防軍司令官へ委託していたDSRの完了を受けて、DSRと、これにより提示された豪軍の態勢・構成の改革にかかる課題への、政府の対応方針を含む文書「国家防衛:国防戦略見直し」を公表した。DSRは、豪軍を、従来の様々な事態への対応が可能で、低強度紛争を念頭に置いた「バランスの取れた戦力」から、重大な軍事リスクに対処可能な「焦点を絞った戦力」へ変革しなければならないと勧告した。また、「拒否戦略1」を採用し、長距離打撃能力や水中能力、より短射程の打撃能力を向上することでA2/AD(Anti-Access/Area Denial)能力を強化すべきと勧告した。

アルバニージー政権はこれらを含むDSRによる勧告に基本的に同意し、以下を含む、早急に対応すべき優先分野を特定した。

  • AUKUSによる原子力潜水艦の取得を通じた抑止力の向上
  • 長距離の標的を正確に打撃する能力の開発
  • オーストラリア北部からの運用能力の向上

2024年4月、これらを実現するため、「国家防衛戦略(NDS:National Defence Strategy)」と「統合投資プログラム(IIP:Integrated Investment Program)」を策定。今後は2年ごとにこれら2つの文書を策定する方針を示すとともに、2033年までに国防費を増加させ、対GDP比を2.4%とする旨を発表した。

(2)AUKUSの取組

2021年9月、モリソン首相(当時)は、米英首脳とともに、インド太平洋地域における外交、安全保障、防衛の協力を深めることを目的とした3か国による新たな安全保障協力の枠組み「AUKUS(オーカス)」の設立を発表した。豪英米は、この枠組みを通じて、①情報・技術共有の深化、②安全保障・防衛関連の科学、技術、産業基盤、サプライチェーン統合深化、③安全保障・防衛能力に関する協力を強化する方針を示した。さらに、具体的な取組として、①オーストラリアが少なくとも8隻の原子力潜水艦を取得すること2への支援、②先進能力(サイバー、AI(Artificial Intelligence)、量子技術、海中能力)に関する技術協力、について、明らかになっている。

2022年4月、豪英米は、前述の取組②に関して、極超音速・対極超音速能力、電子戦、技術革新、情報共有に関しても協力を深化することを発表した。

さらに、オーストラリアは、トマホーク巡航ミサイル、スタンド・オフ・ミサイルなどの導入に加え、空軍向けの極超音速ミサイルの開発について、米国と協力を進める意向を明らかにしている。

2023年3月、豪英米首脳は米国で首脳会談を実施し、3つの段階的アプローチを通して、核不拡散上のコミットメントを遵守しつつ、オーストラリアが通常兵器搭載の原子力潜水艦を配備する方針を発表した。第1段階として、2027年から米国と英国が自国の攻撃原潜をオーストラリア西岸のスターリング基地にローテーション配備し、豪海軍もこれに同乗することで、実践的な訓練を実施する。第2段階として、2030年代初頭に米国のバージニア級攻撃原潜を最大5隻取得する。第3段階として、現在開発中の英国次期攻撃原潜の設計をベースに、米国の最新技術を取り入れた、オーストラリアと英国共通の原潜(SSN-AUKUS)を3か国で共同開発し、豪英でこれを建造する。

サンディエゴのポイント・ロマ米海軍基地において豪州の原潜取得方針を発表する豪英米首脳(2023年3月)【米国防省提供】

サンディエゴのポイント・ロマ米海軍基地において豪州の
原潜取得方針を発表する豪英米首脳(2023年3月)【米国防省提供】

2023年12月、豪英米はAUKUS国防相会談を実施し、オーストラリアによる原潜取得への支援の進捗および先進技術協力の進展を確認した。オーストラリア西岸に発足する米英攻撃原潜ローテーション部隊を支援するための原潜整備技術を習得するべく、2024年から豪海軍隊員がグアムにおいて任務を開始することや、3か国で海洋無人システムの共同実験・演習を実施し、今後、海洋データをリアルタイムで共有することで、海洋状況把握能力を向上させること、SSN-AUKUSの開発に寄与する、海中における測位能力の向上を目的とした量子センシングや潜水艦を母艦とする潜水艇の技術開発を促進することなどを発表した。

また、2024年4月には、AUKUS国防相共同声明が発出され、AUKUS「第一の柱(Pillar I)」である原子力潜水艦取得にかかる協力を確認するとともに、「第二の柱(Pillar II)」である先進能力分野において、日本との協力について検討されていることなどが発表された。

3 対外関係
(1)米国との関係

オーストラリアと米国は、オーストラリアの安全保障政策の根幹をなす相互防衛条約、ANZUS(Security Treaty between Australia, New Zealand and the United States of America)条約3に基づく同盟関係にある。第二次世界大戦後の東アジアにおける共産主義の拡大やアジア太平洋における英国の影響力減少を受け、オーストラリアは米国との同盟関係を強化し、主に米国製の高性能な陸海空装備品を保有し、ベトナム戦争、湾岸戦争、アフガニスタン軍事作戦、イラク軍事作戦などの米国が主導する戦争・紛争へ豪軍を派遣してきた。

両国は、1985年以降、外務・防衛閣僚協議(AUSMIN:Australia United States Ministerial Consultations)を定期的に開催し、主要な外交・安保問題について協議している。2023年7月には、オーストラリアでAUSMINが開催され、共同声明において、両国は、米豪同盟がかつてないほど強固であることに言及し、自由で、安定した、平和で、繁栄した、主権を尊重するインド太平洋を確保するために、米豪間、また、地域のパートナーや地域機構との協力を拡大することにコミットした。

2011年11月、米豪は、オバマ政権期の米国によるリバランス政策の一環として、米軍のオーストラリアへのローテーション展開の枠組み「戦力態勢イニシアティブ」を発表し、2012年以降、米海兵隊はダーウィンを含むオーストラリア北部へのローテーション展開を実施している。また、米空軍は、B-52戦略爆撃機やF-22戦闘機などをオーストラリアへ随時展開し、豪空軍と共同演習・訓練を実施している。2023年7月には、米豪共同演習「タリスマン・セイバー」において、米陸軍揚陸艇のローテーション展開が初めて実施された。米豪は、将来的に米海軍の哨戒・偵察機を豪州でローテーション展開する意向も示している。

米豪軍は2005年以降、2年に1度、「タリスマン・セイバー」を実施し、相互運用性や参加国間の関係強化を図っている。2023年には、過去最大規模で実施され、初参加のインドネシア、フィジー、パプアニューギニア、トンガを含む13か国が参加し、水陸両用作戦、陸上戦闘訓練を含む、陸海空領域における演習を実施した。

(2)中国との関係

中国は、オーストラリアにとって最大の貿易相手国であり、オーストラリアは、政治・経済分野での交流・協力のほか、国防分野でも当局間の対話、共同演習、艦艇の相互訪問などの交流を行ってきた。

一方で、オーストラリアは、中国による南シナ海の軍事利用や太平洋島嶼国への進出などを受け、中国に対する自国の立場を明確に発信する姿勢を見せるなど、対中警戒心を顕在化させている。

南シナ海問題について、オーストラリアは、中国による埋立と建設活動に対し深刻な懸念を表明し、係争のある地形の軍事化や威圧的な行動による現状変更、または影響を及ぼそうとするいかなる一方的な試みにも反対しているほか、航行の自由と上空飛行の自由にかかる権利を行使し続ける旨を表明している。

2020年4月にオーストラリアが中国の新型コロナウイルス感染症発生源をめぐる独立調査の必要性を主張し始めたのを契機に、中国はオーストラリア産牛肉などの輸入制限措置を相次いで導入し、豪中関係は急速に悪化した。

その後、オーストラリアの政権交代をきっかけに、両国は外交・安全保障対話を再開し、2022年6月に約3年ぶりの豪中国防相会談が実施された。2023年11月には、アルバニージー首相が豪首相として7年ぶりに中国を訪問し、習近平(しゅうきんぺい)国家主席や李強(りきょう)首相と会談した。

一方、豪州政府の発表によれば、2023年11月、北朝鮮の「瀬取り」に対する警戒監視活動を実施していた豪海軍フリゲートの潜水士が、日本のEEZ内において、自艦のスクリューに絡まった漁網を除去していたところ、付近を航行中の中国海軍ミサイル駆逐艦から発振されたソナー音波により負傷する事象が生起した。オーストラリア政府は、中国海軍の活動を危険かつ専門性を欠いた行為とし、中国政府に深刻な懸念を表明したが、中国外交部は、中国軍は一貫して国際法と国際慣例に基づいてプロフェッショナルなオペレーションを行っている旨を主張した。

(3)東南アジアや太平洋島嶼国との関係

オーストラリアは、「2020国防戦略アップデート」において、インド太平洋地域、特にインド洋北東部から、東南アジアの海上・陸上を経て、パプアニューギニアや南西太平洋に至る近接地域を重視する方針を打ち出した。

インドネシアとは、2006年11月の安全保障協力の枠組みであるロンボク協定への署名、2018年8月の包括的戦略的パートナーシップへの引き上げなどを経て、安全保障・国防分野の関係を強化してきた。外務・防衛閣僚協議(「2+2」)の定期開催や2024年2月に条約レベルの防衛協力合意を検討中の旨を発表するなど、両国は協力関係を強化している。

シンガポールやマレーシアとは、両国に対する攻撃や脅威が発生した場合、両国と共に英国、オーストラリア、ニュージーランドが対応を協議する「五か国防衛取極(FPDA:Five Power Defence Arrangements)」(1971年発効)を締結しており、この枠組みに基づき南シナ海などにおいて定期的に共同統合演習を行っている。シンガポールは、オーストラリアの最も進んだ国防パートナーであり、安全な海上貿易環境に対する利益を共有するとしている。2016年10月には、包括的戦略的パートナーシップのもと、「オーストラリアにおける軍事訓練及び訓練区域の開発に関する了解覚書」に署名した。マレーシアに対しては、バターワース空軍基地に豪軍を常駐させるとともに、南シナ海やインド洋北部の哨戒活動を通じて、地域の安全と安定の維持に貢献している。

フィリピンとは、主にテロ対策能力構築支援を通じて防衛関係を強化してきており、2023年2月の豪比国防相会談では、翌年からこの会談を毎年実施することで合意した。オーストラリアは、2014年から米比共同演習「バリカタン」に参加しているほか、2023年8月には、離島奪還のシナリオ訓練を含む豪比水陸両用演習「アロン」を初めて実施した。また、同年11月、豪比軍は初めてフィリピン周辺の海空域において海上協同活動を行った。

太平洋島嶼国に関して、アルバニージー政権は、2022年4月にソロモン諸島が中国と安全保障協力協定に署名したことについて、モリソン前政権の失敗であったと批判し、太平洋島嶼国への関与を拡大する方針を打ち出した。この方針に基づき、太平洋島嶼国や治安部隊を対象として訓練を実施するために、太平洋防衛学校を設立することや、気候変動が喫緊の課題であるこれらの国に対して、気候変動に強靱なインフラ整備を支援する枠組みを設立することなどを発表している。

これらの国に対しては、治安維持、自然災害対処や海上警備などの分野における支援を主導的に行っている。また、海上警備分野においては、現在も定期的に豪軍アセットを南太平洋に派遣して警備活動を支援しているほか、これまでにガーディアン級哨戒艇18隻を太平洋島嶼国に提供している。

参照2項(ニュージーランド)7節(東南アジア)

1 「国家防衛:国防戦略見直し」によると、拒否戦略とは、「相手方が、武力または武力行使の威嚇によって国家を威圧し支配を達成する、という目標に成功することを阻止するために考案された、防衛的アプローチ」を意味する。

2 オーストラリアはフランスから12隻の通常動力型潜水艦を調達する予定であったが、原子力潜水艦の取得を目指すこととなったため、この通常動力型潜水艦の取得計画は中止となった。

3 1952年に発効したオーストラリア・ニュージーランド・米国間の三国安全保障条約。ただし、ニュージーランドが非核政策をとっていることから、1986年以降、米国は対ニュージーランド防衛義務を停止しており、オーストラリアと米国の間と、オーストラリアとニュージーランドの間でのみ有効。