2022年5月に発足した尹錫悦政権は、2023年6月に発表した「国家安保戦略」において、北朝鮮の核・大量破壊兵器を最優先の安全保障上の脅威と位置づけ、北朝鮮の核・ミサイル脅威をはじめとする各種挑発を積極的に抑止し、北朝鮮が挑発を強行すれば、これに強く反撃して撃退するとした。
また、韓国には、朝鮮戦争の休戦以降、現在に至るまで陸軍を中心とする米軍部隊が駐留している。韓国は、米韓相互防衛条約を中核として、米国と安全保障上極めて密接な関係にあり、在韓米軍は、朝鮮半島における大規模な武力紛争の抑止に大きな役割を果たすなど、地域の平和と安定を確保するうえで重要な役割を果たしている。前述の「国家安保戦略」でも、2023年に70周年を迎えた米韓同盟について、朝鮮半島の平和と繁栄の中枢的役割を果たしてきたと評価している。
同戦略はさらに、米韓同盟の地理的範囲をグローバルに拡大していくとしたうえで、米国を含む友好国との自由の連帯を土台に、インド太平洋地域で開かれていて包容的で規範に基づいた国際秩序をともに作っていく考えも示した。
韓国は、約1,000万人の人口を擁する首都ソウルがDMZから至近距離にあるという防衛上の弱点を抱えている。
前政権下の国防白書では、北朝鮮を「主敵」あるいは「北朝鮮政権と北朝鮮軍は韓国の敵」とする表現を用いていなかったが、尹政権では再び、「北朝鮮政権と北朝鮮軍は韓国の敵」と明記した。
また、韓国は、国防改革に継続して取り組んでいる。尹政権は、AIなど第4次産業革命の先端科学技術を基盤とする「国防革新4.0」を推進しており、有・無人複合戦闘体系の構築を段階的に進め、兵力不足の解消や、戦時の人命損失の最小化などを図るとしている。
韓国の軍事力については、陸上戦力は、陸軍約37万人・17個師団と海兵隊約2.9万人・2個師団、海上戦力は、約230隻、約29万トン、航空戦力は、空軍・海軍を合わせて、作戦機約660機からなる。
韓国軍は、全方位国防態勢を確立するとして、陸軍はもとより海・空軍を含めた近代化に努めている。
また、北朝鮮の核・ミサイル脅威に対応する「韓国型3軸体系」(キル・チェーン、韓国型ミサイル防衛(KAMD:Korea Air and Missile Defense)、大量反撃報復(KMPR:Korea Massive Punishment & Retaliation))の構築を重視しており、尹大統領は2023年1月、「韓国型3軸体系」のうち、大量反撃報復が最も重要と述べている37。こうした中、同年12月、韓国国防部が「韓国型3軸体系」の基盤と位置づける韓国軍初の偵察衛星が米国で打ち上げられた。この体系の戦力を効果的に統合運用するための戦略司令部は、2024年に創設予定である。
韓国の弾道ミサイルについては、射程300~800kmとされる「玄武(ヒョンム)2」などが実戦配備されているとみられる。また、2020年に弾頭重量2トン・射程800kmの「玄武4」の発射試験に成功したとされるほか、弾頭重量をさらに増やした「玄武5」とされる開発中の弾道ミサイルが2022年10月に公開されるなど、「高威力」型の弾道ミサイル開発も進めている38。さらに2021年、韓国は、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)発射試験に成功したと発表した。
巡航ミサイルについては、射程約500~1,500kmとされる地対地巡航ミサイル「玄武3」や、最大射程1,000km~1,500kmとされる艦対艦・艦対地巡航ミサイル「海星(ヘソン)」などを実戦配備しているとみられる。
さらに、韓国は近年、装備品の輸出を積極的に図っている。特に2022年は、ロシアのウクライナ侵略を機に、防衛力の強化を進めるポーランドと大型輸出契約を締結するなど、年間の輸出実績は契約額ベースで2021年比2倍を超え、過去最高額の約173億ドルに達した。2023年の契約額は約140億ドルと過去最高額であった前年と比べて減少するも、輸出相手国が4か国から12か国に増えたと報じられている。
なお、2024年度の国防費(本予算)は、対前年度比約4.2%増の約59兆4,244億ウォンであり、2000年以降25年連続で増加している。また、「2024-2028国防中期計画」によれば2028年までの5年間で国防費を年平均7%増加させていくとしている。
参照図表I-3-4-9(韓国の国防費の推移)
米韓両国は近年、米韓同盟を深化させるため様々な取組を行っており、平素から様々なレベルで米韓同盟の強化について確認している。
両国防相をトップとする協議体である米韓安保協議会議(SCM:Security Consultative Meeting)を通じた具体的な取組として、両国は、2013年の第45回米韓SCMにおいて、北朝鮮の核・大量破壊兵器の脅威に対応する抑止力向上の戦略である「オーダーメード型抑止戦略(Tailored Deterrence Strategy)」を承認した。
また、2014年の第46回米韓SCMでは、北朝鮮の弾道ミサイルの脅威に対応する「同盟の包括的ミサイル対応作戦の概念と原則(4D作戦概念)」に合意し、2015年の第47回米韓SCMで、その履行指針を承認した。
最近では、米韓は、2021年の第53回米韓SCMで、11年ぶりに新たな「戦略企画指針」を承認し、これに基づき作戦計画を最新化していくことで合意した。さらに2022年、尹政権で初の第54回米韓SCMでは、朝鮮半島周辺への米戦略アセット39展開の強化40、北朝鮮の核使用を想定した机上演習の定例化など、拡大抑止の強化に向けた各種取組に合意した。2023年の第55回米韓SCMでは、10年ぶりに改定された「2023オーダーメード型抑止戦略」が承認され、韓国の通常戦力とともに、米国の核戦力を含む全てのカテゴリーの米国の軍事能力を活用する方案に関する指針が反映されていることが確認されたとしている。
首脳レベルでは、2023年4月の米韓首脳会談41に際して発表された「ワシントン宣言」において、韓国は、米国の拡大抑止コミットメントを信頼することの重要性を認識し、また、核不拡散条約下の義務に対する自国のコミットメントを再確認した。この首脳会談で設置が発表された米韓の核協議体(NCG:Nuclear Consultative Group)は、2023年7月18日に発足会議が開催され、同日、米戦略原子力潜水艦の約40年ぶりとなる韓国寄港も実現している。
米韓の軍事演習については、2018年以降、北朝鮮との対話の進展などを受けて、演習の中止や規模縮小が続いたが、2022年5月の尹政権の発足以降、演習の範囲や規模を拡大してきている。定例の指揮所演習については、「フリーダムシールド(FS)」を上半期に、政府演習と統合した「乙支(ウルチ)フリーダムシールド(UFS)」を下半期に行う形式に変更し、2022年8~9月のUFS演習では、指揮所演習と並行する形で、約4年ぶりに機動訓練を再開した。2023年3~4月には、FS演習と連携して米国の爆撃機、空母、強襲揚陸艦が展開し、大規模機動訓練「ウォリアーシールド」を実施した。さらに、同年8月にも、2022年に引き続きUFS演習が実施され、2022年のUFS演習時よりも規模を拡大した機動訓練が実施された。2024年3月のFS演習は、変化する脅威や安全保障状況を反映したシナリオをもとに、北朝鮮の核脅威の無力化などに重点を置いて実施されている。
米戦略アセットの朝鮮半島周辺への展開については、2022年に、米空母「ロナルド・レーガン」が参加した米韓海上訓練、米B-1B爆撃機が参加した米韓空中訓練などを実施した42。2023年には、前述の米戦略原子力潜水艦をはじめとする米戦略アセットが17回展開し、2022年の5回から大幅に増加したとしている。
また、両国は、米韓連合軍に対する戦時作戦統制権の韓国への移管43や在韓米軍の再編などに取り組んでいる。
まず、戦時作戦統制権の韓国への移管については、2015年12月1日までの移管完了を目標として、従来の「米韓軍の連合防衛体制」から「韓国軍が主導し米軍が支援する新たな共同防衛体制」に移行する検討が行われていた。
しかし、北朝鮮の核・ミサイルの脅威が深刻化したことなどを受け、2014年の第46回米韓SCMで戦時作戦統制権の移管を再延期し、韓国軍の能力向上などの条件が達成された場合に移管を実施するという「条件に基づくアプローチ」の採用が決定された。また、2018年10月の第50回米韓SCMでは、戦時作戦統制権移管後は、未来連合軍司令部として米韓連合軍司令官に現在の米国軍人に代わり韓国軍人を置くことを決定した。
韓国軍の能力評価については、2019年8月の連合指揮所演習において、第1段階にあたる基本運用能力(IOC:Initial Operational Capability)検証が行われ、同演習がIOCを検証するうえで重要な役割を果たしたことが確認された。さらに、2022年のUFS演習において、第2段階にあたる完全運用能力(FOC:Full Operational Capability)評価が実施され、同年11月の第54回米韓SCMでは、FOC評価が成功裏に行われ、全ての評価課題が基準を満たしたことが確認された44。
韓国軍は、戦時作戦統制権の移管に必要な、米韓連合防衛を主導する軍事能力と北朝鮮の核・ミサイル脅威への対応能力について、米韓が共同評価の結果を総合的に検討し、段階別の手続きに従って、未来連合軍司令部に対する評価を安定的に推進していくとしており、2023年の第55回米韓SCMでも未来連合軍司令部への戦時作戦統制権移管に向けた今後の推進方向について議論されている。
在韓米軍の再編問題については、2003年、ソウル中心部に所在する米軍龍山(ヨンサン)基地のソウル南方の平沢(ピョンテク)地域への移転や、漢江(ハンガン)以北に駐留する米軍部隊の漢江以南への再配置などが合意された。その後、戦時作戦統制権の移管延期に伴い、米軍要員の一部が龍山基地に残留することや、北朝鮮の長距離ロケット砲の脅威に対応するため在韓米軍の対火力部隊が漢江以北に残留することが決定されるなど、計画が一部修正された。
2017年7月には米第8軍司令部が、2018年6月には在韓米軍司令部と国連軍司令部が、2022年11月に米韓連合軍司令部が平沢地域に移転した。
在韓米軍の安定的な駐留条件を保障するため、在韓米軍の駐留経費の一部を韓国政府が負担する在韓米軍防衛費分担金については、2021年3月、第11次防衛費分担特別協定について米韓が合意に至った。この協定は2020年から2025年までの6年間有効で、2020年度の総額は2019年度の水準に据え置き、2021年度は2020年比13.9%増、2022年から2025年は前年度の韓国国防費の増加率を適用するとしている。
中国と韓国との間では継続的に関係強化が図られてきている一方、懸案も生じている。中国は在韓米軍へのTHAAD(Terminal High Altitude Area Defense)配備45について、中国の戦略的安全保障上の利益を損なうものであるとして反発している。この点、2017年10月、両国は、軍事当局間のチャンネルを通じ、中国側が憂慮するTHAADに関する問題について意思疎通していくことで合意したが、双方の主張の対立はなおも続いている46。尹政権は、THAAD問題が韓国の安全保障上の主権事項であることを明確にしており、国益と原則に基づいて一貫して断固に対応するとするなか、今後の中韓関係の動向が注目される。
韓国とロシアとの間では、軍事技術、防衛産業や軍需分野の協力について合意されている。2018年8月に国防戦略対話を行い、この戦略対話を次官級に格上げすることで合意しており、2021年11月には、海・空軍間のホットラインの設置に合意した。
2022年2月以降のロシアによるウクライナ侵略を受けて、韓国は、国際社会との協調を示す形でロシアに対する制裁措置を実施するとともに、ウクライナに軍需物資などを提供した。韓国は引き続き、ウクライナへの殺傷兵器の供与に慎重な姿勢を崩していないが、尹大統領は、ウクライナの民間人が大規模攻撃を受けた場合、人道的・経済的支援の範疇を超えた支援を行う可能性も示唆しており、韓国がウクライナ情勢を踏まえ、ロシアとの関係性を安定的に管理していくとするなかで、今後いかなる対応をとっていくか注目される。
37 申源湜(シンウォンシク)国防部長官は2023年12月、大量反撃報復が「敵指導部の除去作戦」であることを明らかにしている。そのうえで、韓国が核による相互確証破壊の基礎となる核兵器を保有していない点や、北朝鮮にとって住民よりも指導部の安全の方が価値が大きい点を指摘し、伝統的な米国の核戦力と韓国の通常型の高威力戦力が合わさって抑止の完全性を高めることができると言及した。
38 2023年9月の「国軍の日」大規模行事においては、TELに「3軸体系」と記載された「高威力式玄武対地ミサイル」が公開された。
39 韓国の「2022国防白書」によれば、米国が提供する軍事能力のうち、外部の侵略と挑発を効果的に抑止し、圧倒的な対応を保障するアセットで、戦略的効果を保障する米国の核戦力の3本柱(ICBM、戦略爆撃機、弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN))と一部の通常戦力(空母打撃群、B-1B爆撃機、巡航ミサイル原子力潜水艦(SSGN))を含むとされる。
40 韓国側は、米戦略アセット展開の頻度と強度を常時配備と同等レベルまで高めるとしている。
41 バイデン大統領は、米韓首脳会談後の共同記者会見において、朝鮮半島に核兵器を配備することはないと発言した。
42 このほか、2022年12月には、朝鮮半島周辺に展開した米B-52H爆撃機、F-22戦闘機が参加し、米韓空軍訓練を実施した。なお、2023年10月から11月までにかけて実施された米韓空軍訓練は名称が変更され、「ヴィジラント・ストーム」から「ヴィジラント・ディフェンス」となったが、訓練期間中の米戦略爆撃機の朝鮮半島展開は発表されなかった。
43 米韓は、朝鮮半島における戦争を抑止し、有事の際に効果的な連合作戦を遂行するための米韓連合防衛体制を運営するため、1978年から、米韓連合軍司令部を設置している。米韓連合防衛体制のもと、韓国軍に対する作戦統制権については、平時の際は韓国軍合同参謀議長が、有事の際には在韓米軍司令官が兼務する米韓連合軍司令官が行使することとなっている。
44 さらに、第3段階にあたる完全任務遂行能力(FMC:Full Mission Capability)評価が予定されている。
45 ターミナル段階にある短・中距離弾道ミサイルを地上から迎撃する弾道ミサイル防衛システム。大気圏外や大気圏内上層部の高高度で目標を捕捉し迎撃する。2016年1月の北朝鮮による核実験の強行などを受け、2017年、在韓米軍に臨時配備された。
46 2022年8月の中韓外相会談後、中国外交部は、韓国政府が2017年当時に対外的に表明したとされる「3不」(米国のMDシステムに参加しない、THAADの追加配備を検討しない、日米韓安保協力は軍事同盟に発展しない)に加え、在韓米軍に配備済みのTHAAD運用を制限するという「1限」の方針も表明したと主張した。