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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

3 台湾の軍事力と中台軍事バランス

1 中国との関係

2016年に就任した民進党の蔡英文総統は、「一つの中国」を体現しているとする「92年コンセンサス」について一貫して受け入れていない旨を表明している4。これに対して中国は、民進党が「92年コンセンサス」の受け入れを拒否することで一方的に両岸関係の平和的発展という政治的基礎を破壊しているなどと批判するとともに、「92年コンセンサス」を堅持することは両岸関係の平和・安定にとって揺るがすことができない基礎であると強調している。

また、台湾に対する「一国二制度」の適用について、習総書記は2019年1月の「台湾同胞に告げる書」40周年記念大会で、「台湾での『一国二制度』の具体的な実現形式は、台湾の実情を十分に考慮する」などと提起した。これに対し、蔡総統は即日、「一国二制度」を断固受け入れないとする談話を発表し、「公権力を有する機関同士」の対話を呼びかけた。さらに、2021年10月、習総書記は辛亥革命110周年を記念する式典において、「国家を分裂させるものは全て、これまでも良い結末はなく、必ずや人民に唾棄され、歴史的な審判を受けるであろう」と述べ、蔡政権を改めてけん制した。一方、蔡総統は同月の双十節での演説において「現状維持が我々の主張である」としつつ、「中華民国と中華人民共和国は互いに隷属しないことを堅持」すべきと述べ、両岸の対立を双方の対等な立場での対話によって解決する姿勢を強調している。

国際社会と台湾の関係については、蔡総統の一期目就任前後から、国際機関が主催する会議などにおいて、これまで参加していたものを含め、相次いで台湾代表が出席を拒否されたり、台湾に対する招待が見送られたりするなどしている5。さらに、2023年3月にホンジュラスが台湾と断交して中国と外交関係を樹立したことにより、台湾の国交国は2016年5月の蔡政権発足当初の22か国から13か国に減少している。台湾当局はこれらを「中国による台湾の国際的空間を圧縮する行為」などとし、強い反発を示している。

2 台湾の軍事力と防衛戦略

台湾軍の戦力は、現在、海軍陸戦隊を含めた陸上戦力が約10万4,000人である。陸軍の編成については、従来の軍団などを廃止し、統合作戦組織である作戦区を常設する計画が進められているとされ、この理由について台湾国防部長は、平時と戦時が結合した統合作戦の遂行に有利とするためと説明している。このほか、有事には陸・海・空軍合わせて約166万人の予備役兵力を投入可能とみられており、2022年1月には、予備役や官民の戦時動員にかかわる組織を統合した全民防衛動員署が設立され、有事の際の動員体制の効率化が図られている。海上戦力については、米国から導入されたキッド級駆逐艦のほか、自主建造したステルスコルベット「沱江(だこう)」などを保有している。台湾は現在、「国艦国造」と称する艦艇自主建造計画を推進しており、「沱江」級コルベットを2026年までに11隻、国産の潜水艦を最終的に8隻程度それぞれ建造する計画などが進められている。航空戦力については、F-16(A/B及びA/B改修V型)戦闘機、ミラージュ2000戦闘機、経国戦闘機などを保有している。2021年11月、台湾初のF-16A/B改修V型から編成される部隊が嘉義基地に発足し、米国から導入予定である新造のF-16V戦闘機を含め、より長射程のミサイルを搭載できる戦闘機の配備が強化されている。

台湾は1951年から徴兵制を採用してきたが、兵士の専門性を高めることなどを目的として志願制への移行が進められ、徴兵による入隊は2018年末までに終了した。それ以降も、適齢男性(18~36歳)に対する4か月間の軍事訓練義務が維持されてきたが、2022年12月、蔡政権は、2024年から適齢男性に対する義務兵役を復活し、その期間を1年間とすることを決定した。新兵役制度では、従来の軍事訓練義務よりも訓練内容を強化するとし、具体的には、新装備の操作訓練の強化や実戦的な訓練への参加などが義務づけられる予定であるとされる。

一方、中国は、台湾に対する武力行使を放棄しない意思を示し続けており、航空・海上封鎖、限定的な武力行使、航空・ミサイル作戦、台湾への侵攻といった軍事的選択肢を発動する可能性があり、その際、米国の潜在的な介入の抑止又は遅延を企図することが指摘されている。報道によれば、2021年12月、台湾国防部が立法院に提出した中国の台湾侵攻プロセスに関する非公表の報告書において、中国は初期段階において、演習の名目で軍を中国沿岸に集結させるとともに、「認知戦」を行使して台湾民衆のパニックを引き起こした後、海軍艦艇を西太平洋に集結させて外国軍の介入を阻止する、続いて、「演習から戦争への転換」という戦略のもとで、ロケット軍及び空軍による弾道ミサイル及び巡航ミサイルの発射が行われ、台湾の重要軍事施設を攻撃すると同時に、戦略支援部隊が台湾軍の重要システムなどへのサイバー攻撃を実行する、最終的には、海上・航空優勢の獲得後、強襲揚陸艦や輸送ヘリなどによる着上陸作戦を実施し、外国軍の介入の前に台湾制圧を達成するとされている。

このような中国の動向に対し、台湾は、蔡総統のもと、「防衛固守・重層抑止」と呼ばれる戦闘機、艦艇などの主要装備品と非対称戦力を組み合わせた多層的な防衛態勢により、中国の侵攻を可能な限り遠方で阻止する防衛戦略を打ち出している。この戦略のもとに、機動、隠蔽、分散、欺瞞、偽装などにより、敵の先制攻撃による危害を低減させ、軍の戦力を確保する「戦力防護」、航空戦力や沿岸に配置した火力により局地的優勢を確保し、統合戦力を発揮して敵の着上陸船団を阻止・殲滅する「沿海決勝」、敵の着上陸、敵艦艇の海岸部での行動に際し、陸・海・空の兵力、火力及び障害で敵を錨地、海岸などで撃滅し、上陸を阻止する「海岸殲滅」からなる防衛構想を提起している6。これは、中台間に圧倒的な兵力差がある中で、中国軍の作戦能力を消耗させ、着上陸を阻止・減殺するねらいがあるとともに、中国軍の侵攻を遅らせ、米軍介入までの時間稼ぎを想定しているとみられる。台湾は、「防衛固守・重層抑止」を完遂するために、国産の非対称戦力や長射程兵器の開発生産を拡充するとともに、米国から高性能・長射程の武器を導入することで、中国軍の侵攻をより遠方で制約することを企図しているとみられる。台湾は現在、海・空戦力や長射程ミサイルなどの国産開発を強化しており、2021年11月には、海空戦力などの拡充のための特別予算案が可決され、5年間で2,400億台湾ドル(約9,500億円)を自主開発装備の取得に投入することを決定した。これに加え、台湾は米国から、高機動ロケット砲システム「M142」(HIMARS)、地対艦ミサイルシステム「RGM-84L-4」(ハープーン)、長距離空対地ミサイル「AGM-84H」(SLAM-ER)などを取得することを決定している。

2021年11月、蔡政権下では3回目となる、過去2年間の国防政策の取組を国民に示す国防報告書(2021年国防報告書)が公表された。同報告書では、「防衛固守・重層抑止」の防衛戦略が維持されつつ、中国のグレーゾーン脅威の項目が新たに設けられるなど、中国のグレーゾーン戦略に対する台湾の強い警戒感が示された。同報告書は、中国のグレーゾーン戦略を「戦わずして台湾を奪取する」手段であると認識し、具体的には、情報収集やインフラ・システム攻撃などによるサイバー攻撃、SNSなどを通じた「三戦」(心理戦、輿論戦、法律戦)の展開や偽情報の散布などによって一般市民の心理を操作・かく乱し、台湾社会の混乱を生み出そうとする「認知戦」などの例をあげている。こうした中国の脅威に対し、台湾は非対称戦力や国産兵器の拡充、米国からの武器購入、統合訓練の強化、サイバー作戦能力の向上、中国の認知戦に対するリテラシー教育の強化、「全民防衛動員署」の設立による動員体制の強化などの取組を行ったとしている。

このほか、台湾は、中国軍の侵攻を想定した大規模軍事演習「漢光」を毎年実施しており、一連の演習を通じ台湾軍の防衛戦略を検証しているものと考えられている。近年の「漢光」演習では、対着上陸や迎撃などの演目のほか、対サイバー戦、海軍と海巡署の共同訓練といった対グレーゾーン戦略を意識した訓練が行われている。2022年の「漢光38号」演習では、ウクライナ侵略を踏まえた訓練内容が設定されたとされており、具体的には、対戦車ミサイル「ジャベリン」を使用した反撃訓練、予備役を最前線に配置した戦闘訓練、全市民参加型の防空演習、対サイバー戦及び対認知戦演習などが行われた。

3 中台軍事バランス

中国が継続的に高い水準で国防費を増加させる一方、2023年度の台湾の国防費は約4,092億台湾ドルと約20年間でほぼ横ばいである。同年度の中国の公表国防費は約1兆5,537億元であり、台湾中央銀行が発表した為替レートで米ドル換算して比較した場合、台湾の約17倍となっている。なお、中国の実際の国防支出は公表国防費よりも大きいことが指摘されており、中台国防費の実際の差はさらに大きい可能性がある。このような中、蔡総統は、国防予算を増額するよう指示している。

米国防省が2022年11月に公表した「中国の軍事及び安全保障の発展に関する年次報告書(2022)」によれば、中国軍の対台湾侵攻戦力を以下のように評価している。

  • 陸軍は、水陸両用作戦を遂行可能な6個合成旅団を編成しており、そのうち4個旅団が台湾を作戦範囲とする東部戦区に、2個旅団が南部戦区に編成されている。
  • 海軍は、新型の攻撃潜水艦や対空能力を備えた水上戦闘艦艇などを配備し、第1列島線内における海上優勢の獲得や第3国の介入阻止を完遂するための体制を構築している。現在、大規模な台湾侵攻に必要と考えられる数の揚陸艦や上陸舟艇への投資は行っていないものの、民間の輸送船などによって不足分を補おうとしている可能性がある。
  • 空軍は、対空・対地作戦を実施するための先進的航空機を獲得しているほか、台湾侵攻時に軍の作戦を支援するための高いISR能力を保有している。また、給油能力の向上により、より遠隔地での活動を可能とする能力を向上させている。
  • ロケット軍は、台湾の軍事施設など高価値の目標に対するミサイル攻撃を行い、台湾の防衛力を低下させ、戦意を喪失させることを企図している。

これに加え、同報告書は、台湾侵攻時においては、戦略支援部隊がサイバー戦や心理戦を実施するほか、2016年に新編された聯勤保障部隊が統合的な後方支援任務を担う旨指摘している。

中台の軍事力の一般的な特徴については次のように考えられる。

  1. ① 陸軍力については、中国が圧倒的な兵力を有しているものの、台湾本島への着上陸侵攻能力は現時点では限定的である。しかし、近年、中国は大型揚陸艦の建造・就役など着上陸侵攻能力を着実に向上させるとともに、民間の輸送船などの動員によって、輸送能力の向上を図っているとみられる。これに対し、台湾側も近年、対戦車ミサイル「ジャベリン」などの非対称兵器を使用した訓練の強化や、予備役や今後復活予定の徴兵対象者の戦闘訓練への参加など、対着上陸能力向上に向けた取組を行っている。
  2. ② 海・空軍力については、電磁カタパルト搭載の可能性が指摘される2隻目の国産空母の進水や、第5世代戦闘機であるJ-20の作戦部隊への配備など、中国の海・空軍力が質的にも量的にも急速に強化されている。一方、台湾は、海空戦力増強のための特別予算を可決するなど海空戦力の強化に努めているものの、その戦力差は中国に有利な方向に拡大する傾向にある。
  3. ③ ミサイル攻撃力については、中国は台湾を射程に収める短距離弾道ミサイルや多連装ロケット砲などを多数保有している。これに対し台湾は、米国から導入したPAC-2の性能向上及びPAC-3の新規導入を進めるなどミサイル防衛能力を強化しているが、飽和攻撃への対応には限界があると指摘されている。また、台湾は、射程1,200kmとも言われる地対地ミサイル「雄昇」などの長射程巡航ミサイルの開発・生産を行っていることが指摘されるとともに、米国から長射程空対地ミサイル「AGM-158」の導入を目指しているとされるなど、スタンドオフ攻撃能力の向上を図っている。

軍事能力の比較は、兵力、装備の性能や量だけではなく、想定される軍事作戦の目的や様相、運用態勢、要員の練度、後方支援体制など様々な要素から判断されるべきものであるが、中台の軍事バランスは全体として中国側に有利な方向に急速に傾斜する形で変化している。

中国は、台湾周辺における威圧的な軍事活動を活発化させており、国際社会の安全と繁栄に不可欠な台湾海峡の平和と安定については、わが国を含むインド太平洋地域のみならず、国際社会全体において急速に懸念が高まっている。

力による一方的な現状変更はインド太平洋のみならず、世界共通の課題との認識のもと、わが国としては、同盟国たる米国や同志国、国際社会と連携しつつ、関連動向を一層の緊張感を持って注視していく。

参照図表I-3-3-1(台湾軍の配置)、図表I-3-3-2(中台軍事力の比較)、図表I-3-3-3(台湾の防衛当局予算の推移)、図表I-3-3-4(中台の近代的戦闘機の推移)

図表I-3-3-1 台湾軍の配置

図表I-3-3-2 中台軍事力の比較

図表I-3-3-3 台湾の防衛当局予算の推移

図表I-3-3-4 中台の近代的戦闘機の推移

4 1992年に中台当局が「一つの中国」原則について共通認識に至ったとされるもの。当事者とされる中国共産党と台湾の国民党(当時の台湾与党)の間で「一つの中国」にかかる解釈が異なるとされるほか、台湾の民進党は「92年コンセンサスを受け入れていない」としてきている。

5 2019年9月24日付の台湾外交部HPによる。

6 なお、2021年の「4年ごとの国防総検討」(QDR:Quadrennial Defense Review)及び国防報告書では、「対岸拒否、海上攻撃、水際撃破、海岸殲滅」との用兵理念が提示されており、敵を重層的に阻止するとともに統合火力攻撃を行い、敵の作戦能力を逐次弱体化し、敵の攻勢を瓦解させ、敵の上陸侵攻を阻み、台湾侵攻を失敗させる、と説明されている。