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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

第4節 朝鮮半島

朝鮮半島では、半世紀以上にわたり同一民族の南北分断状態が続き、現在も、非武装地帯(DMZ:Demilitarized Zone)を挟んで150万人程度の地上軍が厳しく対峙している。

このような状況にある朝鮮半島の平和と安定は、わが国のみならず、東アジア全域の平和と安定にとって極めて重要な課題である。

参照図表I-3-4-1(朝鮮半島における軍事力の対峙)

図表I-3-4-1 朝鮮半島における軍事力の対峙

1 北朝鮮

1 全般

北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長(以下「金委員長」という。)1は2016年5月、経済建設と核武力建設を並行して進めていくという、いわゆる「並進路線」を「先軍政治」2と併せて堅持する旨明らかにした。実際に、北朝鮮は同年から翌2017年にかけて3回の核実験や多数の弾道ミサイルの発射を強行し、国家核武力の完成を実現した旨発表したが、こうした動きを受け、国連安保理決議による制裁が強化されたほか、わが国や米国が独自の措置を講じてきた。

転じて2018年に入ると、金委員長は「並進路線」が貫徹されたとし、「社会主義経済建設に総力を集中」する「新たな戦略的路線」を発表した。米朝や南北間の対話機運が高まる中、金委員長は「核実験と大陸間弾道ロケット試験発射」の中止決定、核実験場の爆破公開などを進め、同年6月の米朝首脳会談で朝鮮半島の完全な非核化の意思を表明した。

しかし、2019年2月の米朝首脳会談は、双方が合意に達することなく終了し、金委員長は同年12月、米国の対北朝鮮敵視が撤回されるまで、戦略兵器開発を続ける旨表明した。また、2021年1月には、米国を敵視して「核戦争抑止力を一層強化」するなど、核・ミサイル能力の開発を継続する姿勢を示した。

その後も北朝鮮は米国の対北朝鮮姿勢を批判しつつ、「自衛的」な権利として核武力をはじめとする軍事力強化への意思を表明し続けている。2022年を通じ、北朝鮮はかつてない高い頻度で弾道ミサイル等の発射を繰り返した。同年2月以降、北朝鮮は大陸間弾道ミサイル(ICBM)級弾道ミサイルの発射を再開しつつ、9月には核兵器の使用条件などを規定する法令を採択し、金委員長が「絶対に核を放棄することはできない」と主張した。11月18日のICBM級「火星17」型発射後には、発射試験によってその性能を明確に検証したとし、今後も核戦力を拡大・強化していく旨発表した。また同時に、変則的な軌道で飛翔する弾道ミサイルや「極超音速ミサイル」と称するミサイルなどの発射を繰り返しているほか、「戦術核兵器」の搭載を念頭に長距離巡航ミサイルの実用化を追求するなど、北朝鮮は核・ミサイル関連技術と運用能力の向上に注力してきている。

これまでも北朝鮮は、6回の核実験に加え、核兵器の運搬手段たる弾道ミサイルの発射を繰り返し、大量破壊兵器や弾道ミサイルの開発推進及び運用能力の向上を図ってきた。技術的には、わが国を射程に収める弾道ミサイルについては、必要な核兵器の小型化・弾頭化などを既に実現し、これによりわが国を攻撃する能力を保有しているとみられるが、前述のように、北朝鮮は今後も引き続き核・ミサイルをはじめとする戦力・即応態勢の維持と一層の強化に努めていくものと考えられる。

また、北朝鮮はサイバー部隊の強化を進めているとみられるほか、大規模な特殊部隊を保持している。2023年1月の最高人民会議における北朝鮮の発表によれば、北朝鮮の同年度予算に占める国防費の割合は15.9%となっているが、これは実際の国防費の一部にすぎないとみられ、深刻な経済的困難に直面し、人権状況も全く改善されない中にあっても、軍事面に資源を重点的に配分し続けている。加えて、北朝鮮は、わが国を含む関係国に対する挑発的言動を繰り返してきた。

北朝鮮のこうした軍事動向は、わが国の安全保障にとって、従前よりも一層重大かつ差し迫った脅威となっており、地域と国際社会の平和と安全を著しく損なうものである。

北朝鮮の核開発・保有が認められないことは当然であり、弾道ミサイルなどの開発・配備状況、朝鮮半島における軍事的対峙、大量破壊兵器やミサイルの拡散の動きなどとも併せ、わが国として強い関心を持って注視していく必要がある。また、拉致問題については、引き続き、米国をはじめとする関係国と緊密に連携し、一日も早い全ての拉致被害者の帰国を実現すべく、全力を尽くしていく。

2 軍事態勢
(1)全般

北朝鮮は、南北分断下で一貫して軍事力を増強してきたが3、冷戦終結による旧ソ連圏からの軍事援助の減少や経済低迷、韓国軍の近代化といった要因から、装備の多くは旧式化し、通常戦力では韓国軍及び在韓米軍に対して著しい質的格差がみられる。それでも、北朝鮮の総兵力は陸軍を中心とした約128万人にのぼり、DMZ付近に展開する砲兵部隊を含め、依然として大規模な軍事力を維持している。また、情報収集や破壊工作などに従事する大規模な特殊部隊などを保有しているほか、全土にわたって多くの軍事関連の地下施設が存在するとみられていることも、北朝鮮の特徴の一つである。

さらに、北朝鮮は、体制を維持するため、大量破壊兵器や弾道ミサイルなどの増強に集中的に取り組むことで、独自の核抑止力構築や、米韓両軍との紛争における対処能力の向上を企図していると考えられる。米国全土を射程に含むICBM級弾道ミサイルの開発推進と同時に、近年、低空を変則的な軌道で飛翔することが可能な短距離弾道ミサイル(SRBM)などを繰り返し発射し、急速に関連技術や運用能力の向上を図っており、その発射態様も鉄道発射型や潜水艦発射型など多様化させつつ、より実戦的なSRBM戦力の拡充に努めているとみられる。また、2021年1月に金委員長が「中長距離巡航ミサイルをはじめとする先端核戦術兵器」や「戦術核兵器」の開発を掲げて以降、北朝鮮は実際に長距離巡航ミサイルの試験発射を成功させた旨の発表や、「戦術核運用部隊」の訓練と称する弾道ミサイルの発射などを行っている。

一連の開発・発射の背景には、体制維持・生存のため、核兵器及び長射程弾道ミサイルの保有による核抑止力の獲得に加え、米韓両軍との間で発生しうる通常戦力や戦術核を用いた武力紛争においても対処可能な手段を獲得するという狙いがあるものとみられる4。北朝鮮は、2021年1月の朝鮮労働党第8回大会で提示されたとされる「国防科学発展及び武器体系開発5か年計画」(以下「5か年計画」という。)に沿って核・ミサイルをはじめとする軍事力を強化していく旨を累次にわたって明らかにしており5、引き続きこの「5か年計画」のもとで各種兵器の研究開発・運用能力向上に注力していくものと考えられる。

(2)軍事力

陸上戦力は、約110万人を擁し、兵力の約3分の2をDMZ付近に展開しているとみられる。その戦力は歩兵が中心だが、戦車3,500両以上を含む機甲戦力と火砲を有し、また、240mm多連装ロケットや170mm自走砲といった長射程火砲をDMZ沿いに配備していると考えられ、ソウルを含む韓国北部の都市・拠点などが射程に入っている。

海上戦力は、約790隻、約10万トンの艦艇を有するが、ミサイル高速艇などの小型艦艇が主体である。また、旧式のロメオ級潜水艦約20隻のほか、特殊部隊の潜入などに用いるとみられる小型潜水艦約30隻とエアクッション揚陸艇約140隻を有している。

航空戦力は、約550機の作戦機を有しており、その大部分は、中国や旧ソ連製の旧式機であるが、MiG-29戦闘機やSu-25攻撃機といった、いわゆる第4世代機も少数保有している。また、旧式ではあるが、特殊部隊の輸送に使用されるとみられるAn-2輸送機を多数保有している。

また、いわゆる非対称戦力として、大規模な特殊部隊6を保有しているほか、近年は非対称的な戦力としてサイバー部隊を強化し、軍事機密情報や核・ミサイル開発のための資金の窃取、他国の重要インフラへの攻撃能力の開発を行っているとみられている。

3 大量破壊兵器・ミサイル戦力

金委員長は、2021年1月の朝鮮労働党第8回大会において、今後の目標として、「戦術核兵器」の開発など核技術の高度化、核先制及び報復打撃能力の高度化などに加え、「極超音速滑空飛行弾頭」、水中及び地上発射型の固体燃料推進式大陸間弾道ミサイル(ICBM)といった様々な兵器の開発にも具体的に言及し、核・ミサイル能力を一層向上させ、軍事力を継続的に強化していく姿勢を示した。この時に「5か年計画」が提示されたとされ、同年以降実際に、北朝鮮はこの計画に沿って変則的な軌道で飛翔する弾道ミサイルや「極超音速ミサイル」と称するミサイル、新型ICBM級弾道ミサイルなどを立て続けに発射し、関連技術や運用能力の向上を図ってきている。

ICBMに搭載する水爆と主張する物体【AFP=時事】

ICBMに搭載する水爆と主張する物体
【AFP=時事】

これまでも北朝鮮は弾道ミサイル等の発射を繰り返してきたが、特に2022年に入ってからは、かつてない高い頻度での発射を強行した。新型ICBM級弾道ミサイルを含め、2018年以降行ってきていなかった中距離弾道ミサイル(IRBM)級以上の弾道ミサイルの発射を再開すると同時に、低空を変則的な軌道で飛翔する弾道ミサイルを実用化して、これらを発射台付き車両(TEL:Transporter-Erector-Launcher)7や潜水艦、鉄道といった様々なプラットフォームから発射することで、兆候把握・探知・迎撃が困難な奇襲的攻撃能力の一層の強化を企図しているとみられる。また、2022年9月末から10月にかけて「戦術核運用部隊」の訓練として連日のように弾道ミサイル発射を繰り返したように、より実戦的な状況を連想させる形で挑発行為をエスカレートさせ、運用能力の向上と誇示を図っているとみられる点も最近の特徴である。

加えて、核実験を通じた技術的成熟などを踏まえれば、少なくともノドンやスカッドERといったわが国を射程に収める弾道ミサイルについては、必要な核兵器の小型化・弾頭化などを既に実現し、これによりわが国を攻撃する能力を保有しているとみられるが、北朝鮮は累次にわたり、さらなる核武力強化への意思を表明している。

昨今の北朝鮮による核・ミサイル関連技術の著しい進展は、わが国及び地域の安全保障にとって看過できるものではない。北朝鮮のこうした軍事動向は、わが国の安全保障にとって、従前よりも一層重大かつ差し迫った脅威となっており、地域と国際社会の平和と安全を著しく損なうものである。また、大量破壊兵器などの不拡散の観点からも、国際社会全体にとって深刻な課題となっている。

(1)核兵器

ア 核兵器計画の現状

これまでに6回の核実験を行ったことなどを踏まえれば、北朝鮮の核兵器計画は相当に進んでいるものと考えられる。

核兵器の原料となりうる核分裂性物質8であるプルトニウムについて、北朝鮮はこれまで製造・抽出を数回にわたり示唆してきており9、最近では、2018年から稼働を停止していたとみられる寧辺(ヨンビョン)の原子炉が、2021年7月以降再稼働しているとの指摘もある10。当該原子炉の再稼働は、北朝鮮によるプルトニウム製造・抽出につながりうることから、その動向が強く懸念される。

また、同じく核兵器の原料となりうる高濃縮ウランについては、北朝鮮は2009年6月にウラン濃縮活動への着手を宣言した。2010年11月には、訪朝した米国人の核専門家に対してウラン濃縮施設を公開し、その後、数千基規模の遠心分離機を備えたウラン濃縮工場の稼動に言及した。このウラン濃縮工場は、近年も施設拡張が指摘されるなど、濃縮能力を高めている可能性もある。加えて、北朝鮮が公表していないウラン濃縮施設が存在するとの指摘もある。こうしたウラン濃縮に関する北朝鮮の一連の動きは、北朝鮮が、プルトニウムに加えて、高濃縮ウランを用いた核兵器開発を推進している可能性があることを示している11。一般に、ウラン濃縮に用いられる施設の方がプルトニウム生産に用いられる原子炉よりも外観上の秘匿度が高く、外部からその活動を把握しがたいとされる。一方、プルトニウムの方がウランよりも臨界量が小さく、核兵器の小型化・軽量化が容易との指摘もある。これら双方の利点にかんがみ、北朝鮮は、今後もプルトニウム型・ウラン型の双方について開発を推進していく可能性がある。

北朝鮮は2006年10月9日、2009年5月25日、2013年2月12日、2016年1月6日、同年9月9日及び2017年9月3日に核実験を実施した。北朝鮮は、これらを通じて必要なデータの収集を行うなどして、核兵器を弾道ミサイルに搭載するための小型化・弾頭化を追求しつつ、核兵器計画を進展させている可能性が高い。例えば、2017年9月には、金委員長が核兵器研究所を視察し、ICBMに搭載できる水爆を視察した旨公表したほか、同日に強行された6回目の核実験について、「ICBM装着用水爆実験を成功裏に断行した」と発表している12

核兵器を弾道ミサイルに搭載するための小型化について、米国、旧ソ連、英国、フランス、中国が1960年代までにこうした技術力を獲得したとみられることや過去6回の核実験を通じた技術的成熟が見込まれることなどを踏まえれば、北朝鮮はわが国を射程に収める弾道ミサイルについては、必要な核兵器の小型化・弾頭化などを既に実現しているとみられる。また、北朝鮮が約20発(全体としては45から55発分の核弾頭を生産するだけの核分裂性物質を貯蔵)の核弾頭を保有しているとの指摘もある13

加えて、2022年3月以降、北朝鮮が2018年に爆破を公開していた北部の核実験場の復旧を進めているという指摘がなされるなど、北朝鮮がさらなる核実験を実施するための準備が整っている可能性がある。

イ 核兵器計画の背景と今後の見通し

北朝鮮の究極的な目標は体制の維持であるとみられ、北朝鮮はこの目的を達するために、独自の核抑止力を構築して核兵器を含む米国の脅威に対抗すべく、核開発を推進してきている。こうした認識は、米国の目的は「わが政権」を崩壊させることであって、絶対に核を放棄することはできないとする金委員長の演説14などからも明らかであり、今後も、北朝鮮は米国全土を射程に含む長距離ミサイルの開発推進と併せて核開発を進め、対米抑止力の獲得に注力していくものと考えられる。

一方で、2022年12月、金委員長は、韓国が「疑う余地のない明白な敵として迫っている」現状が、「戦術核兵器の大量生産の重要性と必要性」を浮き彫りにしているとの認識を示した。このように北朝鮮は、厳しい対北朝鮮政策をとる韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権と対峙する中で、韓国を核攻撃の対象から排除しない旨も繰り返し言明しており、対米抑止力としての核兵器と併せ、朝鮮半島で生じうる武力紛争への対処を念頭に置いた戦術核兵器の開発も追求していく姿勢を示している。

2022年9月、北朝鮮は、「戦争を抑止することを基本使命」とし、抑止が失敗した場合には「侵略と攻撃を撃退して戦争の決定的勝利を達成する」といった核兵器の使命や指揮統制、使用条件などについて定めた法令「核武力政策について」を採択した。金委員長は、同法により「核保有国としての地位が不可逆的なものになった」とし、「誰もわが核武力について言いがかりをつけたり疑問視したりすることはできない」などと核開発の正当性を主張した。また、同法によれば、核攻撃か通常攻撃かを問わず、「指導部」や「重要戦略対象」に対する攻撃が差し迫っていると判断される場合には核兵器を使用できることとされているほか、特に「国家核武力に対する指揮・統制体系」が危険にさらされた場合には、自動的・即時に「核打撃」を実施する旨が定められていることから、北朝鮮は、核兵器の実戦での使用を想定している可能性が考えられる。

実際に、北朝鮮は同月末から10月にかけて「戦術核運用部隊」の訓練としてミサイル発射を繰り返したほか、2023年3月にも、「核反撃想定総合戦術訓練」と称するものをはじめ、核弾頭を模擬した試験用弾頭を標的上空で起爆させたなどと実戦的訓練であることを主張しつつ、複数回のミサイル発射を重ねた。また、同月には、金正恩委員長が担当部門から戦術核兵器の説明を受けたほか、兵器級核物質や核兵器の生産拡大を指示するなどして、「核兵器の兵器化事業を指導した」旨を発表した。

さらに、近い将来、ICBM級弾道ミサイルの多弾頭化や戦術核兵器を実用化するため、北朝鮮がさらなる核実験を通じて核兵器の一層の小型化を追求する可能性が考えられる15。核武力を質的・量的に最大限のスピードで強化するとの方針を掲げ、非核化に逆行する動きを加速させている中で、北朝鮮がどのような行動をとるのかをしっかり見極めていく必要がある。

(2)生物・化学兵器

北朝鮮の生物兵器や化学兵器の開発状況などについては、北朝鮮の閉鎖的な体制に加え、これらの製造に必要な資材・技術の多くが軍民両用であり偽装が容易であるため、その詳細は不明である。しかし、化学兵器については、化学剤を生産できる複数の施設を維持し、すでに相当量の化学剤などを保有しているとみられるほか、生物兵器についても一定の生産基盤を有しているとみられる16。化学兵器としては、サリン、VX、マスタードなどの保有が、生物兵器に使用されうる生物剤としては、炭疽菌(たんそきん)、天然痘(てんねんとう)、ペストなどの保有が指摘されている。

また、北朝鮮が弾頭に生物兵器や化学兵器を搭載しうる可能性も否定できないとみられている。

(3)ミサイル戦力

北朝鮮が保有・開発しているとみられる各種ミサイルは次のとおりである。

参照図表I-3-4-2(北朝鮮が保有・開発してきた弾道ミサイル等)、図表I-3-4-3(北朝鮮の弾道ミサイルの射程)、図表I-3-4-4(北朝鮮の弾道ミサイル等発射の主な動向)、図表I-3-4-5(北朝鮮の弾道ミサイルがわが国上空を通過した事例)

図表I-3-4-2 北朝鮮が保有・開発してきた弾道ミサイル等

図表I-3-4-3 北朝鮮の弾道ミサイルの射程

図表I-3-4-4 北朝鮮の弾道ミサイル等発射の主な動向

図表I-3-4-5 北朝鮮の弾道ミサイルがわが国上空を通過した事例

ア 北朝鮮が保有・開発する主な弾道ミサイルの種類17

(ア)2019年以降に初めて発射された短距離弾道ミサイル(SRBM)

北朝鮮は2019年以降、従来保有していたスカッドなどの液体燃料推進弾道ミサイルとは異なる、複数種類の短距離弾道ミサイルを発射した。公表画像では、装輪式又は装軌式(キャタピラ式)のTELや鉄道車両から発射される様子、固体燃料推進方式のエンジンの特徴である放射状の噴煙が確認できる。これらの短距離弾道ミサイルは、その多くが北朝鮮東岸の沿岸付近に向けて発射されている。特定の目標を狙って着弾させたとみられる画像が公表されることもあり、運用能力向上を企図しているものと考えられる。

①短距離弾道ミサイルA

2019年5月4日、同月9日、7月25日、8月6日、2022年1月27日、6月5日18、10月1日、同月6日19、同月14日、2023年3月19日及び同月27日に発射された同系統と推定される短距離弾道ミサイル(北朝鮮は「新型戦術誘導兵器」などと呼称)20は、最大800km程度飛翔した。外形上、ロシアの短距離弾道ミサイル「イスカンデル」と類似点がある。通常の弾道ミサイルよりも低空を、変則的な軌道で飛翔することが可能とみられるほか、核弾頭の搭載が可能との指摘もある21

2022年4月25日のパレードに登場した短距離弾道ミサイルA【朝鮮通信=時事】

2022年4月25日のパレードに登場した短距離弾道ミサイルA
【朝鮮通信=時事】

また、北朝鮮は、2021年9月15日及び2022年1月14日、各日2発の短距離弾道ミサイルを発射した。北朝鮮の公表画像に基づけば、このミサイルは一般の貨車を改装したとみられる鉄道車両から発射されているが、短距離弾道ミサイルAと外形上の類似点があり、同ミサイルをベースとして開発された可能性がある。北朝鮮は「鉄道機動ミサイル連隊」による射撃訓練と発表しており、今後の組織拡大の意向も表明している。

このように、北朝鮮はその量産・配備に向けて、発射形態を多様化させつつ短距離弾道ミサイルAの実用化を追求してきており、今後の動向が注目される。

②短距離弾道ミサイルB

2019年8月10日、同月16日、2020年3月21日、2022年1月17日及び6月5日18に発射された同系統と推定される短距離弾道ミサイル(北朝鮮は「新兵器」や「戦術誘導兵器」などと呼称)は、最大400km程度飛翔した。また、通常の弾道ミサイルよりも低空を、変則的な軌道で飛翔することが可能とみられる。

③短距離弾道ミサイルC

2019年8月24日、9月10日、10月31日、11月28日、2020年3月2日、同月9日、同月29日、2022年5月12日、6月5日18、9月29日、10月6日19、同月9日、11月3日22、同月17日、12月31日、2023年1月1日及び2月20日に発射された同系統と推定される短距離弾道ミサイル(北朝鮮は「超大型放射砲」と呼称)は、最大400km程度飛翔した。発射の間隔が1分未満と推定されるものもあり、飽和攻撃などに必要な連続射撃能力の向上を企図していると考えられるほか、金委員長は戦術核の搭載が可能である旨言及している23。TELについては、北朝鮮が公表した画像では、様々な系統が確認できる。

④短距離弾道ミサイルD

2021年3月25日及び2022年9月28日に発射された同系統と推定される短距離弾道ミサイル(北朝鮮は「新型戦術誘導弾」と呼称)20は、短距離弾道ミサイルAをベースに開発されたとの指摘もあり、通常の弾道ミサイルよりも低空を、変則的な軌道で飛翔することが可能とみられ、最大射程は約750kmに及ぶ可能性がある。

このほか、北朝鮮は2019年7月31日及び8月2日に、短距離弾道ミサイルの可能性があるものを各日2発発射している。また、2022年11月2日に発射されそれぞれ約150km程度と約200km程度飛翔した2発の弾道ミサイルの詳細については、分析を行っているところである。

(イ)スカッド

スカッドは単段式の液体燃料推進方式の弾道ミサイルで、TELに搭載されて運用される。

スカッドBは射程約300km、スカッドCはBの射程を約500kmに延長したとみられる短距離弾道ミサイルで、北朝鮮はこれらを生産・保有するとともに、中東諸国などへ輸出してきたとみられている。2022年11月3日には3発のスカッドCが発射され、それぞれ約500km程度飛翔したと推定され、北朝鮮は後日、この発射を含む一連の複数のミサイル発射について、米韓合同空中訓練「ヴィジラント・ストーム」への「対応軍事作戦」の一環であった旨を公表した。

スカッドER(Extended Range)は、スカッドの胴体部分の延長や弾頭重量の軽量化などにより射程を延長した弾道ミサイルで、射程は約1,000kmに達し、わが国の一部が射程内に入るとみられる。2022年12月18日に発射された2発の弾道ミサイルについて、北朝鮮は画像とともに「偵察衛星」開発のための重要試験を行った旨公表したが、このミサイルはスカッドERをベースとした弾道ミサイルであった可能性がある。

さらに、北朝鮮は、スカッドを改良したとみられる弾道ミサイルも開発している。当該弾道ミサイルは、2017年5月29日に1発が発射された。翌日、北朝鮮は、精密操縦誘導システムを導入した弾道ロケットの新開発と試験発射の成功を発表した。

また、北朝鮮が公表した画像に基づけば、装軌式(キャタピラ式)TELから発射される様子や弾頭部に小型の翼とみられるものが確認されるなど、これまでのスカッドとは異なる特徴が確認される一方、弾頭部以外の形状や長さは類似しており、かつ、液体燃料推進方式のエンジンの特徴である直線状の炎が確認できる。当該弾道ミサイルは、終末誘導機動弾頭(MaRV:Maneuverable Re-entry Vehicle)を装備しているとの指摘24もあり、北朝鮮は、弾道ミサイルによる攻撃の正確性の向上を企図しているとみられる。

(ウ)ノドン

ノドンは、単段式の液体燃料推進方式の弾道ミサイルで、TELに搭載されて運用される。射程約1,300kmに達し、わが国のほぼ全域がその射程内に入るとみられる。

ノドンの性能の詳細は確認されていないが、スカッドの技術を基にしているとみられており、例えば、特定の施設をピンポイントに攻撃できる程度ではないと考えられるものの、命中精度の向上が図られているとの指摘もある。2016年7月19日のスカッド1発及びノドン2発の発射翌日に北朝鮮が発表した画像においては、弾頭部の改良により精度の向上を図ったタイプ(弾頭重量の軽量化により射程は約1,500kmに達するとみられる)の発射が初めて確認されている。

(エ)潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)

北朝鮮はSLBMを1発搭載・発射することが可能なコレ級潜水艦(排水量約1,500トン)を1隻保有し、主に試験艦として運用しているとみられる。これに加え、従来保有しているロメオ級潜水艦もSLBM搭載に向けて改修しているとみられるほか、2021年1月には、金委員長が、原子力潜水艦の保有という目標にも言及した。

北朝鮮はこれらに搭載するSLBMの開発を進めてきており、2015年5月に初めて、SLBMの試験発射に成功したと発表した25。こうしたSLBM及びその搭載を企図した新型潜水艦の開発により、北朝鮮は弾道ミサイルによる打撃能力の多様化と残存性の向上を企図しているものと考えられる。

①「北極星」型潜水艦発射弾道ミサイル

北朝鮮は、2016年4月23日にコレ級潜水艦からSLBM(北朝鮮の呼称によれば「北極星」型)を発射して以降、同年7月及び8月の合計3回、同ミサイルを発射した。

これまで北朝鮮が公表した画像及び映像から判断すると、空中にミサイルを射出した後に点火する、いわゆる「コールド・ローンチシステム」の運用に成功している可能性がある。また、ミサイルから噴出する炎の形及び煙の色などから、固体燃料推進方式が採用されていると考えられる。

「北極星」型は、2016年8月の発射においては約500km飛翔したが、同程度の射程を有する弾道ミサイルの通常の高度と比べると、やや高い軌道で発射されたと推定され、仮に通常の軌道で発射すれば、射程は1,000kmを超えるとみられる。

②「北極星3」型潜水艦発射弾道ミサイル

北朝鮮は、2019年10月2日に、「北極星」型SLBMとは異なるSLBM(北朝鮮の呼称によれば「北極星3」型)1発を発射した。このSLBMは、450km程度飛翔したものと推定される。この時、最高高度は約900kmに達し、ロフテッド軌道で発射されたと推定されるが、仮に通常の軌道で発射されれば、射程は約2,000kmとなる可能性がある。北朝鮮が公表した画像では、固体燃料推進方式のエンジンの特徴である放射状の噴煙が確認できる。なお、このSLBMは、水中発射試験装置から発射された可能性がある。

さらに、北朝鮮は、2020年10月及び2021年1月の軍事パレードに、それぞれ「北極星4」、「北極星5」と記載された、新型SLBMの可能性のあるものを登場させている。また、2021年10月に開催された「国防発展展覧会『自衛2021』」と題する展覧会には、「北極星5」に外形上類似点がある展示物が登場した26

③新型の潜水艦発射弾道ミサイル

北朝鮮が2021年10月19日、2022年5月7日及び9月25日に発射した新型のSLBMは、最大約650km程度飛翔した。2021年10月及び2022年5月には、それぞれコレ級潜水艦から発射されたとみられ、変則的な軌道を低高度で飛翔し、日本海に落下した。特に、2021年10月の発射時の軌道は、一旦下降してから再度機動して上昇するいわゆるプルアップ軌道であったとみられる。2022年9月の発射は、内陸部の水中から水中発射試験装置を用いて行われたと推定される。この点、北朝鮮は後日、北西部の「貯水池水中発射場」で戦術核弾頭搭載を模擬した弾道ミサイルの発射訓練を行ったことや、「貯水池水中発射場建設」計画の存在を明らかにしている。

北朝鮮の公表画像に基づけば、当該ミサイルは短距離弾道ミサイルAと外形上の類似点があることから、同ミサイルをベースとして開発された可能性がある。

(オ)SLBM改良型弾道ミサイル

北朝鮮は、「北極星」型SLBMを地上発射型に改良したとみられる弾道ミサイル(北朝鮮の呼称によれば「北極星2」型)を、2017年2月12日及び5月21日に1発ずつ発射した。いずれも、約500km飛翔したものと推定されるが、通常よりもやや高い軌道で発射されたと推定され、仮に通常の軌道で発射されたとすれば、射程は1,000kmを超えるとみられる。同年2月の発射翌日、2016年8月のSLBM発射の成果に基づき地対地弾道弾として開発したと発表した。また、2017年5月の発射翌日には、試験発射が再び成功し、金委員長が「部隊実戦配備」を承認した旨発表している。

さらに、北朝鮮の公表画像には、いずれにおいても、装軌式(キャタピラ式)TELから発射され、空中にミサイルを射出した後に点火する、いわゆる「コールド・ローンチシステム」により発射される様子や固体燃料推進方式のエンジンの特徴である放射状の噴煙が確認される。「コールド・ローンチシステム」や固体燃料推進方式のエンジンを利用しているとみられる点は、「北極星」型SLBMと共通している。

(カ)中距離弾道ミサイル(IRBM)級弾道ミサイル

北朝鮮は、液体燃料方式のIRBM級弾道ミサイル(北朝鮮の呼称によれば「火星12」型)をこれまでに4発発射している。2017年5月14日及び2022年1月30日には各1発、いずれも飛翔形態からロフテッド軌道で発射されたと推定されるが、仮に通常の軌道で発射されたとすれば、射程は最大で約5,000kmに達するとみられる。また、北朝鮮が発射翌日に公表した画像では、液体燃料推進方式のエンジンの特徴である直線状の炎が確認される。

2017年8月29日及び同年9月15日には、渡島半島(おしまはんとう)付近及び襟裳岬付近のわが国領域の上空を通過する形で「火星12」型が1発ずつ発射された。「火星12」型は、この時の飛翔距離などを踏まえれば、IRBMとしての一定の機能を示したと考えられる。また、短期間のうちに立て続けにわが国上空を通過する弾道ミサイルを発射したことは、北朝鮮が弾道ミサイルの能力を着実に向上させていることを示すものである。

さらに、同年5月及び8月の発射では、装輪式TELから切り離されたうえで発射された様子が確認されたが、9月の発射時には、装輪式TELに搭載されたまま発射された様子が確認された27

2022年10月4日にも、北朝鮮は1発の弾道ミサイルをわが国の青森県上空を通過させる形で発射した。この時の飛翔距離が約4,600km程度に達したことを踏まえれば、このミサイルはIRBM以上の射程を有する弾道ミサイルであったと推定される。北朝鮮は後日、「新型地対地中長距離弾道ミサイル」を発射した旨発表した。この時公表された画像からは、撮影日時への言及はなかったものの、液体燃料推進方式のエンジンの特徴である直線状の炎や、「火星12」型のものと類似したTELが確認される一方で、「火星12」型とは異なる弾頭形状やエンジン構造が確認されることから、北朝鮮がこの時に新型のIRBM級弾道ミサイルを発射した可能性も否定できない。

(キ)大陸間弾道ミサイル(ICBM)級弾道ミサイル

①「火星14」型ICBM級弾道ミサイル

北朝鮮は、ICBM級の弾道ミサイル(北朝鮮の呼称によれば「火星14」型)を2017年7月4日及び同月28日にそれぞれ1発発射した。飛翔形態から、これらは2発ともロフテッド軌道で発射されたと推定され、通常の軌道で発射されたとすれば射程は少なくとも5,500kmを超えるとみられる。当該弾道ミサイルは2段式であったと考えられる。

同年7月4日の発射当日、北朝鮮は「特別重大報道」を行い、新型の大陸間弾道ロケット(ICBM)の試験発射に成功した旨発表した。また、同月28日の発射翌日には、「核爆弾爆発装置」が正常に作動し、大気圏再突入環境における弾頭部の安全性などが維持された旨主張している。

公表画像に基づけば、「火星14」型ICBM級弾道ミサイルは、「火星12」型IRBM級弾道ミサイルと、①エンジンの構成(メインエンジン1基と4つの補助エンジン)、②推進部の下部の形状(ラッパ状)、③液体燃料推進方式の直線状の炎が共通している。それぞれ推定される射程なども踏まえれば、「火星14」型は、「火星12」型IRBM級弾道ミサイルを基に開発した可能性が考えられる。

また、北朝鮮の発表画像に基づけば、「火星14」型は8軸の装輪式TELに搭載された様子も確認できるが、発射時の画像では、TELではなく簡易式の発射台から発射されていることが確認できる。

②「火星15」型ICBM級弾道ミサイル

北朝鮮は、2017年11月29日、ICBM級弾道ミサイル(北朝鮮の呼称によれば「火星15」型)1発をロフテッド軌道で発射した。北朝鮮は発射当日の「重大報道」で、米国本土全域を打撃することができる、新たに開発されたICBM「火星15」型の試験発射が成功裏に行われ、国家核武力の完成を実現した旨発表した。

また、北朝鮮は2023年2月18日にも1発の「火星15」型をロフテッド軌道で発射した。その翌日には、「大陸間弾道ミサイル発射訓練」を実施し、「兵器システムの信頼性の再確認・検証」などを行った旨発表している。

「火星15」型は9軸のTEL28に搭載され、公表画像から、2段式であることや、液体燃料推進方式の特徴である直線状の炎が確認できる。

さらに、「火星15」型は、2023年2月の発射時における最高高度約5,700km程度、距離約1,000kmという飛翔軌道に基づけば、搭載する弾頭の重量などによっては1万4,000kmを超える射程となりうるとみられ、その場合、東海岸を含む米国全土が射程に含まれることになる。

③「火星17」型ICBM級弾道ミサイル

北朝鮮は、2022年2月27日及び3月5日、各日1発の弾道ミサイルを発射した。飛翔距離はいずれも約300km、最高高度はそれぞれ約600km程度と約550km程度であり、ロフテッド軌道で発射されたと推定される。北朝鮮は、いずれの発射についても発射翌日に「偵察衛星」開発の試験であった旨を発表したが、この時発射されたものは、新型のICBM級弾道ミサイル(北朝鮮の呼称によれば「火星17」型)であったとみられる。

「火星17」型ICBM級弾道ミサイル発射の発表時(2022年11月)に北朝鮮が公表した画像【朝鮮通信】

「火星17」型ICBM級弾道ミサイル発射の発表時(2022年11月)に北朝鮮が公表した画像
【朝鮮通信】

同年3月24日に北朝鮮が発射したICBM級弾道ミサイルは、2017年11月の「火星15」型発射時を大きく超える最高高度約6,000km以上、距離約1,100km以上というロフテッド軌道で飛翔したが、その翌日には、北朝鮮が自ら「火星17」型の試験発射を行った旨発表した29。その後も北朝鮮は発射を繰り返し、2022年5月4日、同月25日、11月3日、同月18日及び2023年3月16日に発射されたICBM級弾道ミサイルは「火星17」型であったと推定される。これまでの発射時における飛翔軌道に基づけば、「火星17」型は搭載する弾頭の重量などによっては1万5,000kmを超える射程となりうるとみられ、その場合、東海岸を含む米国全土が射程に含まれることになり、あらためて北朝鮮による弾道ミサイルの長射程化が懸念される。なお、北朝鮮メディアは2022年11月18日の発射について、後日、「火星17」型の「最終試験発射」が成功裏に行われた旨を報じている。

公表画像によれば、「火星17」型は2段式と推定され、液体燃料推進方式の特徴である直線状の炎が確認できるほか、北朝鮮が保有する中では最大とみられる11軸のTELに搭載されており、既存の「火星15」型を超えるとみられる大きさから、弾頭重量の増加による威力の増大や、一般に迎撃が困難とされている多弾頭化などを追求している可能性が指摘されている30

④「火星18」型ICBM級弾道ミサイル

北朝鮮は、2023年4月13日、ICBM級弾道ミサイル(北朝鮮の呼称によれば「火星18」型)1発を発射した。この時発射されたものは新型の3段式・固体燃料推進方式のミサイルであり、左(北)へ方向を変えながら約1,000km程度飛翔したと推定される。発射の翌日、北朝鮮は「第1段は標準弾道飛行方式で、第2段・第3段は高角方式で」発射したとして、これによって「大出力固体燃料多段発動機(エンジン)の性能と段分離技術」などを確認した旨発表した。

北朝鮮が公表した画像では、2023年2月の軍事パレードで初めて登場した、キャニスター(発射筒)を搭載した9軸のTELと同一のものとみられるTELから、空中にミサイルを射出した後に点火する、いわゆる「コールド・ローンチシステム」で発射される様子や、固体燃料推進方式のエンジンの特徴である放射状の噴煙が確認できる。

2021年1月に金委員長が固体燃料推進式ICBMの開発を目標に掲げて以降、北朝鮮はその実現を優先課題の一つとしているとみられ、4月の発射時に「最初の試験発射」と発表されたことも踏まえれば、実用化に向けて今後さらなる発射を行う可能性がある。

(ク)テポドン2

テポドン2は、固定式発射台から発射する長射程の弾道ミサイルであり31、1段目にノドンの技術を利用したエンジン4基、2段目に同様のエンジン1基をそれぞれ使用していると推定される。2段式のものは射程約6,000kmとみられ、3段式である派生型は、ミサイルの弾頭重量を約1トン以下と仮定した場合、射程約10,000km以上におよぶ可能性があると考えられる。テポドン2又はその派生型は、これまで合計5回発射されている。

もっとも最近では、2016年2月、国際機関に通報を行ったうえで、「人工衛星」を打ち上げるとして、北朝鮮北西部沿岸地域の東倉里(トンチャンリ)地区から、テポドン2派生型を発射した。この発射により、同様の仕様の弾道ミサイルを2回連続して発射し、おおむね同様の態様で飛翔させ、地球周回軌道に何らかの物体を投入したと推定されることから、北朝鮮の長射程の弾道ミサイルの技術的信頼性は前進したと考えられる。

(ケ)「極超音速ミサイル」と称する弾道ミサイル

北朝鮮は、2022年1月5日及び同月11日に、「極超音速ミサイル」と称する弾道ミサイルを各日1発発射した。いずれも通常の弾道ミサイルよりも低空を飛翔したとみられるが、特に11日の発射時には、水平機動を含む変則的な軌道で、最大速度約マッハ10で飛翔した可能性がある32

北朝鮮の公表画像からは、このミサイルが装輪式のTELから発射されていることや、円錐形状の弾頭を有していること、液体燃料推進方式とみられるエンジンを搭載している様子が確認される。円錐形状の弾頭については、終末誘導機動弾頭(MaRV)の関連技術を用いたものである可能性も指摘されているが、いずれにせよ、これまでの発表も踏まえれば、北朝鮮がミサイル防衛網の突破を企図して極超音速ミサイルなどの開発や能力向上を引き続き追求していることは明らかであり、より長射程のミサイルへの応用や、2021年9月28日に「極超音速ミサイル」と称して発射された扁平型の弾頭を有する弾道ミサイルの可能性があるもの(北朝鮮の呼称によれば「火星8」型)の開発動向も含め、今後の技術進展を注視していく必要がある。

2022年4月25日のパレードに登場した北朝鮮が「極超音速ミサイル」と称する「火星8」型【AFP=時事】

2022年4月25日のパレードに登場した北朝鮮が「極超音速ミサイル」と称する「火星8」型
【AFP=時事】

イ 北朝鮮が開発するその他の主なミサイル戦力

(ア)巡航ミサイル

これまでも北朝鮮は中国製の巡航ミサイルを改良したものなど比較的射程の短い対艦巡航ミサイルを開発・保有してきたとみられているが、2021年1月に金委員長が「中長距離巡航ミサイルをはじめとする先端核戦術兵器」の開発に言及するなど、近年、戦術核兵器の搭載を念頭に置いた新たな巡航ミサイルを開発する意思を表明している。実際に同年9月、北朝鮮は、新たに開発した新型長距離巡航ミサイルの試験発射を成功裏に行ったことなどを発表したほか、2022年1月には、このミサイルとは異なる種類とみられる長距離巡航ミサイルの発射を行った旨発表した。これらの巡航ミサイルについてはその後も「戦術核運用部隊」に配備されているとする「戦略巡航ミサイル」の発射などとして繰り返し発表され、それぞれ「戦略巡航ミサイル『矢(ファサル)1』型」及び「戦略巡航ミサイル『矢(ファサル)2』型」と呼称されていることが明らかになっている。また、北朝鮮の発表によれば、これらの巡航ミサイルは最長で2,000km飛翔したとされているほか、2023年3月には潜水艦からの「戦略巡航ミサイル」の発射も発表された。

「長距離戦略巡航ミサイル」発射発表時(2022年10月)に北朝鮮が公表した画像【EPA=時事】

「長距離戦略巡航ミサイル」発射発表時(2022年10月)に北朝鮮が公表した画像
【EPA=時事】

実際の性能を含めその詳細については不明な点が多いものの、北朝鮮が弾道ミサイルのみならず、核兵器の搭載が可能な長距離巡航ミサイルの実用化を追求していることは明らかであり、その飛翔距離など一連の発表内容が事実であれば、地域の平和及び安全を脅かすものとして懸念される。

(イ)「新型戦術誘導兵器」

2022年4月17日、北朝鮮は、「新型戦術誘導兵器」と称するミサイルを発射した旨発表した。この時発表されたミサイルは、同月25日の軍事パレードでも確認されるなどその後も北朝鮮メディアに登場しており、このミサイルが装輪式3軸のTELに搭載されている様子や、固体燃料推進方式のエンジンの特徴である放射状の噴煙が確認できる。各前線の長距離砲兵部隊の火力打撃力を飛躍的に向上させ、「戦術核運用の効果性」を強化する意義を有するなどとする北朝鮮の発表内容を踏まえれば、このミサイルは、米韓両軍との間で発生しうる通常戦力や戦術核を用いた武力紛争において対処可能な手段を獲得するという狙いのもと、戦術核兵器の搭載を念頭に置いて開発が進められている兵器のひとつであると考えられる。

ウ 弾道ミサイル開発の動向

北朝鮮は、極めて速いスピードで継続的に弾道ミサイル開発を推進し、関連技術・運用能力の向上を図ってきているが、その動向には次のような特徴がある。

(ア)ミサイル関連技術の向上

①発射の秘匿性・即時性の向上

北朝鮮は、発射の兆候把握を困難にするための秘匿性や即時性を高め、奇襲的な攻撃能力の向上を図っているものとみられる。

北朝鮮は近年、TELや潜水艦、鉄道といった様々なプラットフォームからのミサイル発射を繰り返している。これらのプラットフォームを使用することで、発射機の隠ぺいや任意の地点からの発射を可能にし、発射の秘匿性を向上させ、兆候把握や探知、ひいては迎撃を困難にさせることを企図しているものとみられる。

また、北朝鮮は2019年以降特に、固体燃料を使用した弾道ミサイルの発射を繰り返しており、弾道ミサイルの固体燃料化を進めているとみられる。一般的に、固体燃料推進方式のミサイルは、保管や取扱いが比較的容易であるのみならず、固形の推進薬が前もって充填されていることから、液体燃料推進方式に比べ、即時発射が可能であり発射の兆候が事前に察知されにくく、ミサイルの再装填もより迅速に行えるといった点で、軍事的に優れているとされる。こうした特徴は、奇襲的な攻撃能力の向上に資するとみられる。従来北朝鮮が保有・開発してきた固体燃料推進の弾道ミサイルは短距離のものが中心であったが、2021年1月には金委員長が固体燃料推進式ICBMの開発を目標に掲げ、実際に2023年4月13日に新型の固体燃料推進方式のICBM級弾道ミサイルを発射するなどしており、今後の動向が注目される。

②弾道ミサイル防衛(BMD)突破能力の向上

北朝鮮は、他国のミサイル防衛網を突破することを企図し、低高度を変則的な軌道で飛翔する弾道ミサイルの開発を進めている。短距離弾道ミサイルA、B及びDや、短距離弾道ミサイルAと外形上類似点がある、鉄道発射型の弾道ミサイル及び新型のSLBMは、通常の弾道ミサイルよりも低空を、変則的な軌道で飛翔することが可能とみられる。

さらに、北朝鮮は、「極超音速滑空飛行弾頭」の開発を優先目標の一つに掲げ、実際に2021年9月以降、「極超音速ミサイル」と称するミサイルの発射を繰り返している。このように北朝鮮は、迎撃を困難にしてミサイル防衛網を突破するためのミサイル開発を執拗に追求している。

③長射程ミサイルの開発

北朝鮮は、変則的な軌道で飛翔する短距離弾道ミサイルと同時に、米国を射程に収める長射程ミサイルの開発も一貫して追求している。ICBM級弾道ミサイル「火星17」型は、搭載する弾頭の重量などによっては1万5,000kmを超える射程となりうるとみられ、その場合、東海岸を含む米国全土を射程に収めることになる。

こうした弾道ミサイルを実用化するためには、弾頭部の大気圏外からの再突入の際に発生する超高温の熱などから再突入体を防護する技術が必要とされる。北朝鮮は、2017年にICBM級弾道ミサイル「火星14」型や「火星15」型を発射した後、再突入環境における弾頭の信頼性を立証した旨発表しているが、実際にこうした技術を確立しているかについては、引き続き慎重な分析が必要である。

一方で、北朝鮮が長射程の弾道ミサイルの開発をさらに進展させた場合、米国に対する戦略的抑止力を確保したとの認識を一方的に持つに至る可能性がある。仮に、北朝鮮がそのような抑止力に対する過信・誤認をすれば、北朝鮮による地域における軍事的挑発行為の増加・重大化につながる可能性もあり、わが国としても強く懸念すべき状況となりうる。

(イ)ミサイル運用能力の向上

北朝鮮はこれまで、複数発の同時発射、極めて短い間隔での連続発射、特定目標に向けた異なる地点からの発射など、様々な形で弾道ミサイルを発射してきている。

第一に、2014年以降、過去に例の無い地点から、早朝・深夜に、TELを用いて、複数発のミサイルを、朝鮮半島を横断する形で発射する事例がみられる。近年、短距離弾道ミサイルと様々な火砲を組み合わせた射撃訓練なども実施しており、北朝鮮がこれらのミサイルを任意の地点から任意のタイミングで、複数発同時に発射する能力を有していることを示している。

第二に、北朝鮮は極めて短い間隔での連続発射も試みている。例えば、北朝鮮が「超大型放射砲」と称する短距離弾道ミサイルCについては、2019年以降、1分未満と推定される間隔で2発が発射される事例があるなど、連続射撃能力の向上を企図して開発されたとみられている。

第三に、2019年以降、北朝鮮が弾道ミサイル等をそれぞれ異なる場所から発射し、特定の目標に命中させていることが確認できる事例がある。

こうした発射を通じ、北朝鮮は、ミサイル関連技術の向上のみならず、飽和攻撃などを念頭に置いた、実戦的なミサイル運用能力の向上を追求しているものとみられる。

(4)今後の兵器開発などの動向

金委員長は、2021年1月の朝鮮労働党第8回大会において、今後の軍事的な目標として、様々な兵器の開発などに具体的に言及した。この時に、「5か年計画」が提示されたとされている。

核・ミサイルに関しては、核技術のさらなる高度化や核兵器の小型・軽量化、戦術兵器化を発展させるとして、「戦術核兵器」開発に言及した。また、「超大型核弾頭」生産を推進するとともに、1万5,000km射程圏内の目標への命中率を向上させ、「核先制及び報復打撃能力」を高度化するとした。加えて、多弾頭技術、「極超音速滑空飛行弾頭」、原子力潜水艦、「水中発射核戦略兵器」、固体燃料推進のICBMの開発や研究の推進に言及しており、攻撃態様のさらなる複雑化・多様化を追求する姿勢を示した。また、核・ミサイル以外にも、同大会では、軍事偵察衛星や、無人偵察機などの偵察手段の開発などが言及された。

「戦術核運用部隊」の訓練(2022年9月~10月)として北朝鮮が公表した画像【朝鮮通信=時事】

「戦術核運用部隊」の訓練(2022年9月~10月)として北朝鮮が公表した画像
【朝鮮通信=時事】

「戦術核運用部隊」の訓練(2022年9月~10月)として北朝鮮が公表した画像【朝鮮通信=時事】

「戦術核運用部隊」の訓練(2022年9月~10月)として北朝鮮が公表した画像
【朝鮮通信=時事】

実際に、北朝鮮は同年以降、同大会で提示した開発計画の工程を進めるようにミサイル発射などを繰り返している。

2021年9月に「極超音速ミサイル『火星8』型」と称するミサイルを発射した際には、「極超音速滑空飛行弾頭」の誘導機動性などを実証したと主張し、極超音速ミサイル研究開発事業が「5か年計画の戦略兵器部門最優先五大課題に属する」と表明した。また2022年12月には、「大出力固体燃料エンジン地上燃焼試験」を成功裏に実施したことや、金委員長が「5か年計画の戦略兵器部門最優先五大課題実現のためのもう一つの重大問題を解決した」と評価し、最短期間内に「もう一つの新型戦略兵器の出現」を期待する旨述べたことなどを発表した33。こうしたことから、北朝鮮は特に「極超音速滑空飛行弾頭」や固体燃料推進のICBMの実現などを「5か年計画」の優先課題に掲げて研究開発を進めているものとみられる。

また、北朝鮮は2022年2月27日及び3月5日に「偵察衛星」開発の試験であるとしてICBM級弾道ミサイルを発射したが、その後実際に金委員長による「偵察衛星」関連の視察の模様を公表しており、その際に、軍事偵察衛星の目的が韓国、日本及び太平洋上における軍事情報のリアルタイムでの把握にあることや、「5か年計画」期間内に多量の「偵察衛星」を配置すること、そのために東倉里地区の西海(ソヘ)衛星発射場を改修・拡張することなどを表明した。同年12月18日に弾道ミサイルを発射した翌日には、「偵察衛星」開発のための「最終段階の重要試験」を行ったとしたうえで、2023年4月までに「軍事偵察衛星1号機」の準備を終える旨発表した34

さらに、2022年12月及び2023年2月、金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党中央委副部長は、北朝鮮によるICBM級弾道ミサイルの大気圏再突入技術の獲得を疑問視する見方に対して反発し、「今すぐやってみればいい」、「太平洋をわが方の射撃場として活用する頻度」は米軍の行動にかかっているなどと述べた。この点について、今後北朝鮮が挑発をエスカレートさせた場合、ICBM級を太平洋上に向けて発射し、実戦での使用に耐えうるか否かの検証に踏み切る可能性を示唆したものとの指摘もある。

このほか、北朝鮮は2023年3月及び4月、「核無人水中攻撃艇」と称する兵器の試験を行った旨発表し、核兵器の運搬手段の多様化を追求していく姿勢を示している。

このように北朝鮮は、米朝間や南北間の対話に進展がみられない中、「5か年計画」に沿って関連技術の研究開発に注力しつつ、これを「自衛的」な活動であるとして常態化させている。北朝鮮は、一貫して核・ミサイル能力を強化していく姿勢を示していることから、今後も引き続き「5か年計画」の達成に向けて各種ミサイルの発射などを繰り返していく可能性があり、兵器開発などの動向について、重大な関心をもって注視していく必要がある。

4 内政
(1)金正恩体制の動向

北朝鮮では、金委員長を中心とする権力基盤の強化が進んでいる。憲法では国務委員長は「国家を代表する朝鮮民主主義人民共和国の最高領導者」であると規定されるほか、党を中心とした運営を行っているとの指摘があり、2021年1月には金委員長は党総書記に就任した。

一方で、2020年以降、これまで金委員長のみが行っていた現地視察や各種会議における「指導」を党幹部が行う例もみられるようになったことから、一部の権限が幹部に委譲されている可能性が考えられる。また、幹部の短期間での降格・昇格などにより緊張感を与えて統制を図っているものとみられる。

さらに、困難な経済・食糧事情の中で、外国からの情報の流入などにともなう社会の動揺を警戒し、思想的な統制を一層強めているといった指摘もなされており、体制の安定性という点から注目される。

(2)経済事情

経済面では、社会主義計画経済の脆弱性に加え、冷戦の終結にともなう旧ソ連や東欧諸国などとの経済協力関係の縮小の影響、さらにはわが国や米国などによる独自の制裁措置の強化や、核実験や弾道ミサイル発射を受けて採択された関連の国連安保理決議による制裁措置などもあり、北朝鮮は慢性的な経済不振、エネルギーと食糧の不足に直面している35

加えて、2020年以降、新型コロナウイルス感染症及び自然災害が北朝鮮の経済に大きな影響を与えてきたとみられるが、特に新型コロナウイルスについては、2022年5月、初めて感染者が確認されたことや防疫事業の「最大非常防疫体系」への移行を公表するとともに、金委員長も「建国以来の大動乱」であると言及するなど、従来の閉鎖的な情報開示状況から一転して、総力を挙げて対応する姿勢を示した。同年8月には新型コロナウイルスを撲滅したとして「勝利」を宣言したものの、実際の感染状況については不透明な点が多く、引き続き経済活動などに大きな制約を受けているものとみられる。

2021年1月、金委員長は自力更生・自給自足を基本とする「国家経済発展の新たな5か年計画」を提示した。2022年12月には、金委員長が2023年の課題として「5か年計画完遂の決定的保証を構築すること」を挙げており、困難な状況下においても、北朝鮮は引き続きこの「計画」に則った経済の立て直しを重要視しているとみられる。一方、北朝鮮が現在の統治体制の不安定化につながりうる構造的な改革を行う可能性は低いと考えられることから、経済の現状を根本的に改善することには、様々な困難がともなうと考えられる。

また、北朝鮮は、国連安保理決議で禁止されている、洋上での船舶間の物資の積み替え(いわゆる「瀬取り」)などにより国連安保理の制裁逃れを図っているとみられ36、2023年4月に公表された「国連安全保障理事会北朝鮮制裁委員会専門家パネル最終報告書」は、2022年1月から8月の間に年間上限量である50万バレルを超過する79万バレルを上回る量の石油精製品が、北朝鮮籍タンカーにより、北朝鮮へ不正に輸送されたと指摘している。

参照図表I-3-4-6(北朝鮮に対する国連安保理決議に基づく制裁)

図表I-3-4-6 北朝鮮に対する国連安保理決議に基づく制裁

5 対外関係
(1)米国との関係

2018年6月、史上初の米朝首脳会談において金委員長は朝鮮半島の完全な非核化に向けた意思を示したが、2019年2月の第2回米朝首脳会談では、双方はいかなる合意にも達しなかった。その後北朝鮮は、米国を「最大の主敵」としつつ、新たな米朝関係樹立の鍵は、米国による北朝鮮への敵視政策の撤回であるとする姿勢を示してきた。

米国は、2021年4月に、対北朝鮮政策の見直しを完了したこと、「朝鮮半島の完全非核化」を引き続き目標として、「調整された、現実的なアプローチ」のもとで北朝鮮との外交を探っていくことなどを発表した。2022年10月に発表された「国家安全保障戦略」(NSS)においても、朝鮮半島の完全な非核化に向けて具体的な進展を図るため、北朝鮮との持続的な外交を模索する旨が明記されているが、これまでに公式な対話の再開などはみられておらず、米朝関係は膠着状態が続いている。

北朝鮮は2018年4月、「大陸間弾道ロケット試験発射」の停止などを自ら表明していたが、米朝関係に進展がみられない中、2022年1月には金委員長が「米国の敵視政策と軍事的脅威がもはや黙過することのできない危険ラインに至った」との評価のもと、「暫定的に中止していた全ての活動を再稼働する問題を迅速に検討」することを指示した。実際に同年2月以降、北朝鮮はICBM級弾道ミサイルの発射を再開し、米国との長期的対決を徹底的に準備していくなどと述べたほか、同年9月の演説において金委員長は、米国の目的は「わが政権をいつでも崩壊させようとすること」であるとし、米国を長期的に牽制するため「絶対に核を放棄することはできない」などと表明した。

金委員長が「敵と対話する内容もなく、またその必要性も感じない」と述べるなど37、米朝関係の膠着状態が続く中、北朝鮮が挑発をさらにエスカレートさせる可能性もあり、今後の動向が注目される。

(2)韓国との関係

2018年、3回にわたる南北首脳会談を通じ、南北の敵対行為の全面的な中止や、朝鮮半島の非核化の実現を共通の目標として確認することなどを含む「板門店宣言文」、軍事的な敵対関係の終息などを含む「9月平壌共同宣言」、軍事的な緊張緩和のための具体的な措置について盛り込んだ「『板門店宣言文』履行のための軍事分野合意書」に合意するなど、南北関係は大きな進展をみせた。しかし、2019年に米朝首脳会談が決裂して以降、南北関係に進展はなく、北朝鮮は、韓国に対して硬軟織り交ぜた姿勢をとってきた。

さらに、韓国大統領選挙で厳しい対北朝鮮姿勢を示す尹錫悦(ユン・ソンニョル)氏が当選した後の2022年4月には、金与正朝鮮労働党中央委副部長が談話を発出し、韓国は主敵ではなく互いに戦ってはならない同じ民族であるとしながらも、韓国が軍事的対決を選択するのであれば「わが方の核戦闘武力は自らの任務を遂行」すると表明した。また、同年7月には金委員長が演説を行い、韓国が先制攻撃を行うならば即時に報復し、「尹政権とその軍隊は全滅する」と述べるなど、北朝鮮の対南姿勢もまた厳しいものに転じ始めた。特に同年9月の米空母「ロナルド・レーガン」の韓国寄港やその後の共同訓練の際には、北朝鮮は弾道ミサイルを立て続けに発射するなど挑発行為をエスカレートさせ、翌10月には一連の発射について、韓国内の飛行場などを標的に見立てて「戦術核運用部隊」の訓練を行ったと発表したほか、同年12月にかけて、南北間の軍事合意で定められた軍事演習中止地域への砲撃などを繰り返した。

北朝鮮は、非核化に応じればその段階に合わせて北朝鮮へ経済・民生支援を行うとする尹政権の「大胆な構想」に反発している38のみならず、2022年12月、金委員長は韓国を「疑う余地のない明白な敵」であるとして、「戦術核兵器の大量生産の重要性と必要性」や「核弾頭保有量」の増大に言及しており、緊張が高まっている南北関係の動向を注視していく必要がある。

(3)その他の国との関係

①中国との関係

北朝鮮にとって中国は極めて重要な政治的・経済的パートナーであり、北朝鮮に対して一定の影響力を維持していると考えられる。1961年に締結された「中朝友好協力及び相互援助条約」が現在も継続しているほか、中国は北朝鮮にとって最大の貿易相手国であり、2021年の北朝鮮の対外貿易(南北交易を除く)に占める中国との貿易額の割合は約9割超39と極めて高水準で、北朝鮮の中国への依存が指摘されている。

北朝鮮情勢や核問題に関して、中国は、「デュアルトラックの並進」(朝鮮半島の非核化及び休戦メカニズムから平和メカニズムへの転換)構想と「段階ごと、同時並行」という原則に基づき、対話と協議を通じて問題を解決すべきであると表明してきた。近年では、北朝鮮によるICBM級弾道ミサイルの発射を受けて米国が提案した国連安保理制裁決議案に対してロシアとともに拒否権を行使し、半島情勢がここまで推移した原因は米国にあるとするなど、北朝鮮が繰り返す挑発行為を擁護する姿勢も示している。

中朝首脳会談は2018年3月以降、2019年6月までに5回実施された。2022年10月には習近平総書記の再選にあたり金委員長が祝電を送付し、習総書記も、中朝関係を高度に重視し、世界の変化が起きている新たな形勢のもとで立派に発展させていく旨の礼電を送付した。

②ロシアとの関係

北朝鮮の核問題について、ロシアは、中国と同様、朝鮮半島の非核化や六者会合の早期再開の支持を表明している。2021年10月には、北朝鮮は多くの非核化措置を既に講じており、経済・民生分野における一部制裁措置の調整を行うべきとして、中国と共同で北朝鮮に関する国連安保理決議案を提出したほか、2022年5月には、米国が提案した前述の制裁決議案に対して中国とともに拒否権を行使した。

北朝鮮の側でも、2022年2月以降のロシアによるウクライナ侵略下では、ウクライナにおける事態の原因が米国や西側諸国にあると主張し、ロシアを擁護する姿勢を示し続けている。

1 2016年5月当時は国防委員会第1委員長。同年6月に開催された最高人民会議において、国防委員会を国務委員会に改め、金正恩氏が「国務委員長」に就任したことを受け、金正恩氏の役職は国務委員長に統一している。

2 朝鮮労働党第7回大会決定書「朝鮮労働党中央委員会事業総括について」(2016年5月8日)では、「軍事先行の原則で軍事を全ての事業に優先させ、人民軍隊を核心、主力として革命の主体を強化し、それに依拠して社会主義偉業を勝利のうちに前進させていく社会主義基本政治方式」とされる。

3 北朝鮮は、1962年に朝鮮労働党中央委員会第4期第5回総会で採択された、全軍の幹部化、全軍の近代化、全人民の武装化、全土の要塞化という四大軍事路線に基づいて軍事力を増強してきた。

4 例えば、金委員長は、2021年1月の朝鮮労働党第8回大会において、「現代戦において作戦任務の目的と打撃対象に応じ様々な手段で適用することのできる戦術核兵器を開発」する、「朝鮮半島地域における各種の軍事的脅威を、主動性を維持しつつ徹底的に抑止して統制、管理する」と表明したほか、2022年9月には「戦術核運用手段を不断に拡張し、適用手段の多様化をさらに高い段階で実現して核戦闘態勢を各方面から強化していく」と述べている。

5 2021年1月の同大会時の北朝鮮による発表などにおいては「国防科学発展及び武器体系開発5か年計画」という名称への直接的な言及はみられなかったが、同年9月13日に長距離巡航ミサイルの発射を発表した際、北朝鮮メディアによって、このミサイル開発事業が「党第8回大会が提示した国防科学発展及び武器体系開発5か年計画重点目標の達成」のために意義をもつものであるとして、初めて公に言及されたとみられる。

6 サーマン在韓米軍司令官(当時)は、2012年10月の米陸軍協会における講演で「北朝鮮は、世界最大の特殊部隊を保有しており、その兵力は6万人以上に上る」と述べているほか、韓国の「2022国防白書」は、北朝鮮の「特殊作戦軍」について、「兵力約20万人に達するものと評価される」と指摘している。

7 固定式発射台からの発射の兆候は敵に把握されやすく、敵からの攻撃に対し脆弱であることから、発射の兆候把握を困難にし、残存性を高めるため、旧ソ連などを中心に開発が行われた発射台付き車両。2021年10月に公表された米国防情報局「北朝鮮の軍事力」によれば、北朝鮮は、スカッドB及びC用のTELを最大100両、ノドン用のTELを最大100両、IRBM(ムスダン)用のTELを最大50両保有しているとされる。TEL搭載式ミサイルの発射については、TELに搭載され移動して運用されることに加え、全土にわたって軍事関連の地下施設が存在するとみられていることから、その詳細な発射位置や発射のタイミングなどに関する個別具体的な兆候を事前に把握することは困難であると考えられる。

8 プルトニウムは、原子炉でウランに中性子を照射することで人工的に作り出され、その後、再処理施設において使用済みの燃料から抽出し、核兵器の原料として使用される。一方、ウランを核兵器に使用する場合は、自然界に存在する天然ウランから核分裂を起こしやすいウラン235を抽出する作業(濃縮)が必要となり、一般的に、数千の遠心分離機を連結した大規模な濃縮施設を用いてウラン235の濃度を兵器級(90%以上)に高める作業が行われる。

9 北朝鮮は2003年10月に、プルトニウムが含まれる8,000本の使用済み燃料棒の再処理を完了したことを、2005年5月には、新たに8,000本の使用済み燃料棒の抜き取りを完了したことをそれぞれ発表している。なお、韓国の「2022国防白書」は、北朝鮮が約70kgのプルトニウムを保有していると推定している。

10 2021年8月に公表されたIAEA「Application of Safeguards in the Democratic People's Republic of Korea」など。2022年10月公表の「国連安全保障理事会北朝鮮制裁委員会専門家パネル中間報告書」でも、加盟国による指摘として掲載。

11 韓国の「2022国防白書」は、(北朝鮮が)高濃縮ウラン(HEU:Highly Enriched Uranium)を相当量保有していると評価している。なお、寧辺所在のウラン濃縮施設とは異なるウラン濃縮施設が「カンソン」に存在するとの指摘もある。

12 6回目となる2017年の核実験の出力は過去最大規模の約160ktと推定されるところであり、推定出力の大きさを踏まえれば、当該核実験は水爆実験であった可能性も否定できない。なお、北朝鮮は4回目となる2016年1月の核実験についても、水爆実験であった旨主張しているが、当該核実験の出力は6~7ktと推定されることから、一般的な水爆実験を行ったとは考えにくい。

13 「SIPRI Yearbook 2022」による。

14 金委員長は2022年9月に開催された最高人民会議において、「米国が狙う目的は、われわれの核それ自体を除去しようとするところにもあるが、最終的には核を下ろさせて自衛権行使力まで放棄(させ)、または劣勢にしてわが政権をいつでも崩壊させようとすることである」として、「いかなる困難な環境に直面しようとも、(中略)絶対に核を放棄することはできない」と演説した。

15 金委員長は2021年1月の朝鮮労働党第8回大会において、「多弾頭個別誘導技術をさらに完成させるための研究事業」を進めていることや、「核兵器の小型・軽量化、戦術兵器化をさらに発展」させることなどに言及した。

16 韓国の「2022国防白書」は、北朝鮮が1980年代から化学兵器を生産し始め、約2,500~5,000トンの化学兵器を貯蔵しており、また、炭疽菌(たんそきん)、天然痘(てんねんとう)、ペストなど様々な種類の生物兵器を独自に培養し、生産しうる能力を保有していると推定される旨指摘している。北朝鮮は、1987年に生物兵器禁止条約を批准しているが、化学兵器禁止条約には加入していない。

17 「Jane's Sentinel Security Assessment China and Northeast Asia(2023年3月アクセス)」によれば、北朝鮮は弾道ミサイルを合計700~1,000発保有しており、そのうち45%がスカッド級、45%がノドン級、残り10%がその他の中・長距離弾道ミサイルであると推定されている。

18 2022年6月5日に発射された8発の弾道ミサイルはいずれも短距離弾道ミサイルであり、「短距離弾道ミサイルA」「短距離弾道ミサイルB」「短距離弾道ミサイルC」が含まれていたと推定される。

19 2022年10月6日に発射された2発の弾道ミサイルのうち、約350km程度飛翔した1発目の弾道ミサイルは「短距離弾道ミサイルC」、約800km程度飛翔した2発目の弾道ミサイルは「短距離弾道ミサイルA」であったと推定される。

20 このほかにも、2022年5月25日に発射された2発目の弾道ミサイル及び同年11月9日に発射された弾道ミサイルは、「短距離弾道ミサイルA」又は「短距離弾道ミサイルD」の可能性がある短距離弾道ミサイルであったと推定される。

21 米議会調査局「北朝鮮の核兵器とミサイル計画」(2023年1月更新)など。

22 2022年11月3日に発射された6発の弾道ミサイルのうち、約350km程度飛翔した2発の弾道ミサイルは、いずれも「短距離弾道ミサイルC」であったと推定される。

23 金委員長は、2022年12月、「短距離弾道ミサイルC」を朝鮮労働党中央委員会第8期第6回全員会議に「贈呈」する行事に出席し、このミサイルは韓国全域を射程に収め、「戦術核搭載まで可能」であると述べた。

24 「Jane's Sentinel Security Assessment China and Northeast Asia(2023年3月アクセス)」は、2017年5月29日の試験発射は、MaRVを装備した、スカッドをベースとする短距離弾道ミサイルの初めての発射であるとみられ、北朝鮮による精密誘導システムの進歩を示すものであると指摘している。

25 これまでに防衛省として、北朝鮮がSLBMを発射したものと推定しているのは、2016年4月23日(「北極星」型)、7月9日(「北極星」型)、8月24日(「北極星」型)、2019年10月2日(「北極星3」型)、2021年10月19日(「新型SLBM」)、2022年5月7日(「新型SLBM」)及び9月25日(「新型SLBM」)の7回であり、このうち2016年、2021年、2022年5月の発射(計5回)はコレ級潜水艦からなされたと評価している。
このほか、北朝鮮は、2015年5月9日にSLBMの試験発射に成功した旨発表したほか、2016年1月8日に、2015年5月に公開したものとは異なるSLBMの射出試験とみられる映像を公表している。
なお、防衛省が発表した2016年7月及び2022年5月の発射については、北朝鮮は発射の事実を公表していない。

26 このほか、2022年4月25日の軍事パレードに、これまで北朝鮮から公表されたことがないとみられる新型SLBMの可能性があるものが登場したが、名称などの記載はなく、詳細は明らかにされていない。

27 北朝鮮は2016年、IRBM級の弾道ミサイルとみられるムスダンの発射を繰り返した。同年6月にはロフテッド軌道で一定の距離を飛翔させたが、10月には2回連続で発射に失敗したとみられ、ムスダンの実用化には課題が残されている可能性や、IRBM級としては「火星12」型の開発・実用化に集中している可能性が考えられる。ムスダンの射程については約2,500~4,000kmに達するとの指摘があり、液体燃料推進方式で、TELに搭載され移動して運用される。

28 従来、北朝鮮が保有する装輪式のTELについては、ロシア製及び中国製のTELを改良したものと指摘されていたが、北朝鮮が装輪式TELを自ら開発したと主張した点も注目される。なお、「火星15」型の公表画像によれば、2017年11月の発射時にはTELから切り離されたうえで発射されている一方、2023年2月の発射時には、TELに搭載されたまま発射される様子が確認されている。

29 その直前である2022年3月16日にも、北朝鮮は1発の弾道ミサイルを発射しているが、このミサイルは正常に飛翔しなかったものと推定されるほか、弾種を含む詳細については引き続き分析を行っている。

30 2023年2月の軍事パレードには、「大陸間弾道ミサイル縦隊」と称して、「火星17」型11両、これまでに公表されたことのない新型ICBM級用のTELの可能性があるもの(後に北朝鮮は「火星18」型としてこのTELと同一のものとみられるTELからのICBM級弾道ミサイルの発射を発表)5両がそれぞれ登場したが、前回パレード時(2022年4月)の「火星17」型4両及び「火星15」型4両と比べてその数が大幅に増加していることから、北朝鮮がICBM級弾道ミサイルやICBM級用TELの量産体制を誇示したとの指摘もある。

31 テポドン2を開発するための過渡的なものであった可能性がある弾道ミサイルとして、テポドン1がある。

32 2022年12月23日に発射された弾道ミサイルは、2022年1月5日及び同月11日に発射された「極超音速ミサイル」と称する弾道ミサイルであった可能性があると考えられる。

33 金委員長は、同月末にも朝鮮労働党中央委員会第8期第6回全員会議において「迅速な核反撃」を使命とする「もう一つの大陸間弾道ミサイル体系」を開発すると表明している。

34 北朝鮮はその後2023年4月に、金委員長が、軍事偵察手段の獲得・運用は「何よりも重要な優先課題」であり、「完成した軍事偵察衛星1号機を計画された期日内に発射できるように最終準備を早期に終える」として、今後の偵察衛星の複数配置などにも言及した旨発表したほか、同年5月17日には金委員長による「軍事偵察衛星1号機」の視察状況を公表した。同月31日、北朝鮮は事前に期間や落下区域を予告したうえで、北朝鮮西岸の東倉里付近から南方向に向けて弾道ミサイル技術を使用した発射を強行したが、宇宙空間への何らかの物体の投入はされていないものと推定され、衛星打ち上げを試みて失敗したものと考えられる。この発射について、同日北朝鮮は、「軍事偵察衛星『万里鏡(マンリギョン)1』号」を「新型衛星運搬ロケット『千里馬(チョンリマ)1』型」に搭載して発射したものの、黄海上に墜落したなどと発表するとともに、できるだけ早い期間内に2回目の発射を行う旨表明した。

35 近年、北朝鮮漁船や中国漁船が大和堆周辺のわが国排他的経済水域で違法操業を行っており、同海域で操業する日本漁船の安全を脅かす状況となっている。現場海域においては、水産庁と海上保安庁が連携し、外国漁船による違法操業の取締りを行っている。取締りの詳細については内閣府年次報告「海洋の状況及び海洋に関して講じた施策」、水産白書及び海上保安レポートを参照。

36 2018年に入ってから2022年3月末までの間に、北朝鮮籍タンカーと外国籍タンカーが公海上で接舷(横付け)している様子を海自哨戒機などが計24回確認している。これらの船舶は、政府として総合的に判断した結果、「瀬取り」を実施していたことが強く疑われる。

37 北朝鮮は2022年10月10日、同年9月末から10月にかけて行った一連の弾道ミサイル発射について「戦術核運用部隊」の訓練であった旨公表したが、この時に、金委員長が「敵は軍事的威嚇を加えてくる中でも依然として引き続き対話と協議を云々しているが、わが方は敵と対話する内容もなく、またその必要性も感じない」、「朝鮮半島の不安定な安全環境と看過することのできない敵の軍事的動きを抜かりなく鋭く注視し、必要な場合は相応の全ての軍事的対応措置を強力に講じていく」などと述べたことが明らかにされた。

38 2022年8月、金与正朝鮮労働党中央委副部長が談話を発表し、尹政権が提示した「大胆な構想」について、「愚かさの極致」、「『北が非核化措置を講じるなら』という仮定がそもそも誤った前提」などと非難した。

39 大韓貿易投資振興公社の発表による。