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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

2 インド太平洋地域における米中の軍事動向

1 全般

バイデン政権は、2022年2月に「インド太平洋戦略」を発表し、中国からの増大する課題に直面しているインド太平洋地域を最重視する姿勢を明確にした。その後発表されたNSSにおいても、中国との競争はインド太平洋地域で最も顕著であると指摘している。また、NDSにおいても、中国は、インド太平洋地域における米国の同盟と安全保障上のパートナーシップを弱体化させようとし、経済的影響力や人民解放軍の強大化、軍事的フットプリントなどその能力の増大を利用して、近隣諸国を威圧しその利益を脅かそうと試みていると指摘し、インド太平洋地域における中国の課題が最優先であると表明した。

インド太平洋地域を最重視するバイデン政権は、NSSにおいて、自由で開かれたインド太平洋は、同盟・パートナーの力の結集によってのみ達成可能との認識のもと、日本、豪州、韓国、フィリピン及びタイの5か国の同盟国との最も緊密なパートナーシップを深化していくと表明している。また、クアッドやAUKUSも地域の課題に取り組む上で重要であり、インド太平洋諸国と欧州諸国間の連携により総合力を強化するほか、東南アジアと太平洋諸島地域にも重点を置き、地域的な外交、開発及び経済的な関与を拡大するとした。さらに、NDSにおいては自由で開かれた地域秩序を維持し、武力による紛争解決の試みを抑止するため、インド太平洋地域における抗たん性のある安全保障構造を強化・構築し、わが国との同盟関係を近代化し、戦略立案と優先順位を統合的に調整することで統合能力を強化する方針を示している。

また、2022年12月に成立した2023会計年度国防授権法は、中露との戦略的競争などを重視した内容となっており、中国による経済的威圧に対抗するための省庁間タスクフォースの設置や台湾との安全保障協力を強化するための様々な条項を含む「台湾抗たん性強化法」、統合運用の指揮権を有する司令部のインド太平洋軍責任地域内への設置など、インド太平洋地域における米軍の態勢や能力の強化に関する取組が、新たに加えられている。

わが国との関係においては、2023年1月の日米安全保障協議委員会(日米「2+2」)共同発表において、米国はわが国を含むインド太平洋における戦力態勢を最適化する決意を表明した。また、米国は、日米安全保障条約第5条が尖閣諸島に適用される旨を繰り返し表明しており、バイデン政権においても、NSSにおいて、尖閣諸島も含め、日米安保条約下での日本防衛に対する米国の揺るぎないコミットメントを再確認しているほか、日米首脳会談などにおいても、同方針を継続して確認している。

一方、中国は、これらの米国の姿勢に対し、中国の発展を抑え込み、米国の覇権を擁護しようとしているなどとして反発しており、米国がインド太平洋地域での関与を強化するとともに、クアッドなどの取組が強固な同盟関係に成長することを警戒しているとみられる。また、中国は経済成長などを背景に急速に軍事力を強化させており、インド太平洋地域における米中の軍事的なパワーバランスは変化している。米国は、中距離核戦力全廃条約(INF(Intermediate-Range Nuclear Forces)条約)や新戦略兵器削減条約(新START(Strategic Arms Reduction Treaty))の枠組みの外にあった中国が、地上発射型のミサイルの戦力を一方的に強化してきていることに関し、軍備管理交渉に中国を含めるべきであると主張し、中国のミサイル戦力強化に一定の歯止めをかけたい意向を示してきたが、中国は、まずは米国が率先して軍縮を実施するべきとして一貫して拒否1している。

米中の軍事的なパワーバランスの変化は、インド太平洋地域の平和と安定に影響を与えうることから、南シナ海や台湾をはじめとする同地域の米中の軍事的な動向について一層注視していく必要がある。

2 南シナ海

南シナ海をめぐる問題について、米国は、海上交通路の航行の自由の阻害、米軍の活動に対する制約、地域全体の安全保障環境の悪化などの観点から懸念を有しており、中国に対し国際的な規範の遵守を求めるとともに、中国の一方的かつ高圧的な行動を累次にわたり批判している。一方、中国は、米国が南シナ海の平和と安定に対する最大の脅威であると反発を示し、対立を深めている。

中国は1950年代以降、南シナ海における力の空白を突いて進出を進め、西沙諸島の軍事拠点化などを推し進めるとともに、2014年以降、南沙諸島において大規模かつ急速な埋立てを実施してきた。2016年の比中仲裁判断において、中国の埋立てなどの活動の違法性が認定された後も、この判断に従う意思のないことを明確にして、同地域の軍事拠点化を進めている。

また、中国は、同地域での海空域における活動も拡大・活発化させ、南シナ海における軍事演習や弾道ミサイルの発射などを繰り返しており、2022年8月には空母「山東」が南シナ海で訓練を実施した旨を発表した。2021年6月には、中国軍機16機がマレーシア沿岸まで接近したことをマレーシア空軍が発表するなど、周辺国との緊張を高めるような行動もみられる。さらに、豪軍哨戒機が南シナ海上空を飛行中、中国軍戦闘機から危険な妨害行為を受けた旨を2022年6月に豪州が発表したほか、同年12月には、南シナ海上空で中国軍戦闘機が米軍機に異常接近した旨を米国が発表するなど、南シナ海で活動する他国軍に対する妨害行為も繰り返されている。

さらに、中国は、軍のみならず、海警法において「海上法執行機関」とされている海警やいわゆる海上民兵を活用して、周辺諸国に対しての圧力を強めるとともに、現状変更を試みている。海警船が漁船に対し威嚇射撃を行うなど、周辺諸国の南シナ海における漁業活動に支障が生じる事案が発生しているほか、2023年2月には、セカンドトーマス礁付近において、フィリピン海軍に対する補給支援を実施中の沿岸警備隊の船舶に対し、中国海警船が軍事級レーザーを使用したとして、マルコス大統領が駐フィリピン中国大使を呼び出し、深刻な懸念を表明するなど、他国の活動の妨害を試み、中国の主権を主張するような活動がみられる。2021年2月に施行された海警法についても、曖昧な適用海域や武器使用権限など、国際法との整合性の観点から問題がある規定を含んでおり、周辺諸国から中国の動きに対する懸念の声が出ている。また、海上民兵についても、2021年3月、フィリピン政府はウィットサン礁付近で中国民兵船約220隻を確認した旨を発表し、懸念を表明している。中国の政治的目標を達成するための、武力衝突を引き起こすには至らない範囲での強制的活動において、海上民兵は主要な役割を果たしていると指摘されており2、こうした非対称戦略にも注目する必要がある。

参照2節2項6(5)(南シナ海における動向)7節(東南アジア)

米国は、従来、南シナ海をめぐる問題について中国の行動を批判し、また、「航行の自由作戦」などを実施してきた。

バイデン政権においても、中国による南シナ海での海洋権益に関する主張について米国は拒否するとしたうえで、中国の圧力に直面する東南アジア諸国とともに立ち上がると表明し、一貫した対中抑止の厳しい姿勢を示している。2021年7月には、比中仲裁判断から5年を迎えたことを受けブリンケン国務長官が声明を発表し、中国に対して国際法の義務を順守することを改めて求めた。2022年1月には、米国務省が、南シナ海における中国の海洋権益主張を国際法に照らして検討した報告書を公表し、南シナ海の大部分に及ぶ中国の主張は不法であり、海洋における法の支配を深刻に損なうと指摘している。また、同年11月には、ハリス副大統領がフィリピンを訪問し、南シナ海におけるフィリピン軍などへの武力攻撃に対する相互防衛義務へのコミットを再確認するとともに、フィリピン海洋法執行機関などヘの支援を新たに発表するなど、南シナ海沿岸国との連携をさらに強化する姿勢をみせている。

加えて、米国は、南シナ海における軍事的な取組を強化させてきている。中国などによる行き過ぎた海洋権益の主張に対抗するため、「航行の自由作戦」を継続的に実施するとともに、2020年7月、2014年以降初めて2個空母打撃群による合同演習を実施し、バイデン政権発足後も、2021年2月以降、同様の演習を複数回にわたり実施している。さらに、わが国や英国、オーストラリア、オランダ、カナダ、シンガポール、インドネシア、フィリピンといったパートナー国との共同訓練も実施している。それに対し、中国は、地域の平和や安定につながらないなどと米国を批判している。

今後、南シナ海において、法の支配に基づく自由で開かれた秩序の形成が重要である中、軍事的な緊張が高まる可能性があり、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP:Free and Open Indo-Pacific)」というビジョンを米国とともに推進するわが国としても、高い関心を持って注視していく必要がある。

3 台湾

中国は、台湾は中国の一部であり、台湾問題は内政問題であるとの原則を堅持しており、「一つの中国」の原則が、中台間の議論の前提であり、基礎であるとしている。また、中国は、外国勢力による中国統一への干渉や台湾独立を狙う動きに強く反対する立場から、両岸問題において武力行使を放棄していないことをたびたび表明している。2005年3月に制定された「反国家分裂法」では、「平和的統一の可能性が完全に失われたとき、国は非平和的方式やそのほか必要な措置を講じて、国家の主権と領土保全を守ることができる」とし、武力行使の不放棄が明文化されている。また、2022年10月、習総書記は、第20回党大会における報告の中で、両岸関係について、「最大の誠意をもって、最大の努力を尽くして平和的統一の未来を実現」するとしつつも、「台湾問題を解決して祖国の完全統一を実現することは、中華民族の偉大な復興を実現する上での必然的要請」であり、「決して武力行使の放棄を約束せず、あらゆる必要な措置をとるという選択肢を残す」との立場を改めて表明した。

一方、米国は、NSSにおいて、台湾海峡の平和と安定の維持に変わらぬ関心を持ち、中台いずれの側によるものであっても一方的な現状変更に反対であり、台湾の独立を支持せず、台湾関係法、3つの米中共同コミュニケ、6つの保証により導かれる「一つの中国」政策に引き続きコミットする考えを示した。そのうえで台湾の自衛を支援し、台湾に対するいかなる武力行使や威圧にも抵抗する米国の能力を維持するという、台湾関係法に基づくコミットメントを守る考えを示している。

バイデン政権は、中国を米国にとって最も重大な地政学的挑戦で、国際秩序を再構築する意図及び能力を備えた唯一の競争相手と位置づけ、台湾をめぐる問題などについては、同盟国やパートナー国との協力によって中国を牽制する外交姿勢を鮮明にしている。例えば、バイデン政権発足以降、日米首脳会談、G7首脳会談、米EU首脳会談などの国際会議の場において、「台湾海峡の平和と安定」の重要性が繰り返し言及されている。さらに、バイデン政権は、国連加盟国に対し、台湾が国連システムへ意味のある参加をすることへの支援を呼びかけるなど、台湾の国際的地位を高める取組を推進している。

また、米国は、台湾関係法に基づき台湾への武器売却を決定してきており、バイデン政権発足以降も、自走榴弾砲や航空機搭載型ミサイルの売却や防空ミサイルシステムの維持補修など、継続的な売却が行われている。米艦艇による台湾海峡通過をバイデン政権発足以降も定期的に実施し、加えて、2021年10月には、蔡英文総統が米メディアのインタビューにおいて、米軍が訓練目的で台湾に来訪していることを認める発言を行っている。

さらに、米国は、政府のみならず、議会も台湾に対する支援を一層強化する方針を示してきている。2022年には、ペロシ米下院議長(当時)をはじめ、米国の議員らがたびたび台湾を訪れ、蔡総統などと会見し、米台関係の強化などについて意見交換を行ったとされる。さらに、同年12月に成立した2023会計年度国防授権法では、台湾との安全保障協力を強化するための「台湾抗たん性強化法」の承認や、2023年から2027年の5年間で、最大100億ドルの軍事融資を行うことを承認するなどの内容が盛り込まれている。

これに対し、中国は、台湾周辺での軍事活動をさらに活発化させている。台湾国防部の発表によれば、2020年9月以降、中国軍機による台湾周辺空域への進入が増加しており、2021年には延べ970機以上が同空域に進入し、2022年には前年を大きく上回る延べ1,700機以上の航空機が台湾周辺空域に進入した。また、同空域への進入アセットについては、従来の戦闘機や爆撃機に加え、2021年以降、攻撃ヘリ、空中給油機、UAVなどが確認されたと発表されている。

2022年8月2日、ペロシ米下院議長(当時)の台湾訪問に伴い、中国は、台湾周辺において一連の統合軍事行動を実施すると発表し、台湾を取り囲む6つの訓練エリアの設定を公表した。同月4日、中国は、9発の弾道ミサイルの発射を行い、このうち5発はわが国の排他的経済水域(EEZ:Exclusive Economic Zone)内に、また、最も近いものは与那国島から約80kmの地点に着弾した。このことは、地域住民に脅威と受け止められた。この軍事演習では、戦時における台湾の封鎖、対地・対艦攻撃、制海権・制空権の獲得及びサイバー攻撃や「認知戦」などのグレーゾーン事態に関する作戦といった、対台湾侵攻作戦の一部が演練された可能性があると考えられる。

さらに、台湾国防部の発表によれば、中国軍はペロシ米下院議長訪台以降、軍用機の台湾海峡における中台「中間線」3以東空域への進入を断続的に実施しているとされる。

参照解説「台湾をめぐる中国の軍事動向」

こうした台湾周辺での中国側の軍事活動の活発化と台湾側の対応により、中台間の軍事的緊張が高まる可能性も否定できない状況となっている。

バイデン政権が軍事面において台湾を支援する姿勢を鮮明にしていく中、台湾問題を「核心的利益の中の核心」と位置づける中国が、米国の姿勢に妥協する可能性は低いと考えられ、台湾をめぐる米中間の対立は一層顕在化していく可能性がある。台湾をめぐる情勢の安定は、わが国の安全保障にとってはもとより、国際社会の安定にとっても重要であり、わが国としても一層緊張感を持って注視していく必要がある。

1 2019年12月11日付の中国外交部HPによる。

2 米国防省「中華人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する年次報告」(2022年)による。

3 1950年代に米国が設定したとされる台湾海峡上の線。台湾側は座標を公表するなど「中間線」の存在を主張する一方、中国側は「台湾は中国の不可分の一部であり、いわゆる『中間線』は存在しない」との立場を主張しているが、これまでは「中間線」を越える軍用機の飛行はほとんどみられなかった。