世界第1位の経済大国である米国と、第2位の中国との関係については、中国の国力の伸長によるパワーバランスの変化、貿易問題、南シナ海をめぐる問題、台湾問題、香港問題、ウイグル・チベットをめぐる中国の人権問題といった種々の懸案などにより、近年、両国の政治・経済・軍事にわたる競争が一層顕在化してきている。特に、トランプ政権以降、米中両国において相互に牽制する動きがより表面化していたが、バイデン政権においても両国の戦略的競争が不可逆的な動きとなっていることに強い関心が集まっている。
2022年10月、バイデン政権は「国家安全保障戦略」(NSS)を公表し、中国は米国にとって最も重大な地政学的挑戦であり、国際秩序を再構築する意図とそれを実現する経済力、外交力、軍事力、技術力をあわせ持つ唯一の競争相手であると位置づけた。また、中国は、世界をリードする大国となる野望を抱いており、急速に近代化する軍事力に投資し、インド太平洋地域での能力を高め、米国の同盟関係の浸食を試みているとしている。そして、世界は今、転換点にあり、中国との競争力を決める上で今後10年は決定的な意味を持つとの考えを示した。このような認識のもと、①競争力、イノベーション、抗たん性及び民主主義への投資、②同盟国やパートナーとの連携、③米国の利益を守り将来のビジョンを築くための中国との責任ある競争の3つを対中戦略の軸として掲げている。そして、責任を持って競争を管理し、意図しない軍事的エスカレーションのリスクを低減させ、最終的に軍備管理の取組に中国を関与させる方策を通じて、より大きな戦略的安定を追求するとしている。一方で、世界経済の中心である中国は、共通の課題に対して大きな影響力を持つことから、利害が一致する場合は常に中国と協力することを厭わないとし、気候変動、核不拡散、世界的な食糧危機などを協力すべき課題としてあげた。このように、トランプ政権の対中抑止姿勢を引き継ぐ一方、国境を越える課題への対処も重視し、中国との競争管理や特定の分野における協調を打ち出している。
2022年10月に公表された「国家防衛戦略」(NDS)においても、インド太平洋地域と国際システムを自らの利益と権威主義の好みに合うように作り替えようとする、中国の威圧的でますます攻撃的になっている取組は、米国の安全保障に対する最も包括的で深刻な挑戦であると位置づけた。そして、中国は、米国の軍事的優位性を相殺することに重点を置き、ほぼ全ての側面で人民解放軍を拡大・近代化していることから、「対応を絶えず迫ってくる挑戦」であるとし、中国に対する抑止力を維持・強化するため、国防省は迅速に行動するとの考えを示している。
また、2023年1月には、米連邦議会下院において超党派による「米国と中国共産党間の戦略的競争に関する特別委員会」を設立する決議案が可決されるなど、中国への厳しい姿勢は超党派での共通の方針となってきている。
一方、中国は、こうした米国の姿勢は冷戦思考やゼロサムゲームといった古い主張であり、大国間競争を煽っているとして反発している。また、中国は、自国の「核心的利益と重大な関心事項」について妥協しない姿勢を示しており、特に、「核心的利益の中の核心」と位置づける台湾問題に関しては、米国の関与を強く警戒している。2022年8月にペロシ米下院議長(当時)が訪台した際には、台湾周辺で大規模な軍事演習を実施するとともに、米中間の各種協議を見合わせる対抗措置を発表するなど、米国に対し強硬な姿勢を示した。同年11月に実施された、バイデン政権初となる対面での米中首脳会談において双方は、競争管理方針の策定の重要性や、対話を継続し、気候変動や食糧安全保障といった国際的な課題に協力して対処していくことで合意したものの、台湾や人権、貿易問題などの対立分野において双方の譲歩はみられなかった。また、2023年2月には米国本土上空で中国の偵察気球が探知され、米軍が撃墜した。本件について米国は、明白な主権侵害であるとともに、国際法違反である旨を中国に伝達し、同月に予定していたブリンケン国務長官の訪中を延期した。これに対し中国は、民間の気象研究用の飛行船が不可抗力により迷い込んだ旨を主張し、米国が同気球を撃墜したことについて強い不満と抗議を表明した。
このように、様々な分野において米中の戦略的競争は一層顕在化してきているが、こうした米中の競争が顕著に表れている分野の一つである機微技術や重要技術をめぐって、米国は、中国に対する警戒感を一層強めている。中国は、2022年10月の第20回党大会における習近平総書記の報告において、「機械化・情報化・智能化(インテリジェント化)の融合発展を堅持」する旨を表明するなど、先端技術を用いた軍の「智能化」を推進している。こうしたことを踏まえ、米国やその同盟国などから機微技術や重要技術が流出することにより、中国の軍事力が高まり、その結果、米国の安全保障が脅かされるとの認識のもと、バイデン政権は、機微技術や重要技術の保護・育成に力を入れている。2022年8月には「CHIPS(Creating Helpful Incentives to Produce Semiconductors)・科学法」を成立させ、半導体分野における米国の競争力強化を狙い、米国内で半導体を生産する企業を財政面で支援する一方、支援を受けた事業者に対し、10年間は中国を含む懸念国で先端半導体製造施設の拡張などを行わないとの合意を商務長官と結ぶことを義務づけた。また、同年10月には、軍事的意思決定の速度や精度を高める高性能軍事システムなどで使用される技術や製品などを入手・製造する中国の能力を制限するため、半導体関連の輸出管理規制の強化を発表した。さらに、同年12月には、中国軍の近代化を支援しているとして、中国のAI半導体関連企業を、米国からの輸出を規制するエンティティ・リストに追加する措置をとっている。2023年2月には、気球を含む中国軍の航空宇宙計画に対する支援を理由に、中国の航空宇宙関連企業・団体をエンティティ・リストに追加した。
一方、中国は、こうした米国の取組について、中国企業に悪意ある封鎖を行っているなどとして批判している。また、米国をはじめとする諸外国の規制強化に対しては、2020年以降、対抗措置となる法令などを相次いで施行している。同年9月、米国のエンティティ・リストに対抗し、中国は、信頼できないとする取引先のエンティティ・リストを施行し、また同年12月には、国家の安全と利益にかかわる技術などの輸出を管理するため輸出管理法を施行した。さらに2021年1月には外国の法律などの不当な域外適用から中国企業などを保護することを目的とした規則を成立させた。これに加え、同年6月には反外国制裁法を施行し、前米国商務長官を含む米国の個人及び組織に対する制裁措置を実施した旨を発表した。また、2022年12月、中国商務部は、米国による半導体関連の輸出管理措置について、国際経済貿易の秩序を破壊するものだと批判し、WTO(World Trade Organization)に提訴した。2023年2月には、台湾への度重なる攻撃的兵器の売却によって中国の安全などを損なったとして、初めて米企業2社を信頼できないとする取引先のエンティティ・リストに追加している。
米中の技術分野における競争は、米中双方が新たな規制を打ち出す相互の応酬が続き、また、米国は二国間及び多国間での協力強化に動くなど、その影響が国際的な広がりを見せており、今後一層激しさを増す可能性がある。