2022年8月2日夜、アジア各国を歴訪していたペロシ米下院議長(当時)が、現役の下院議長としてはおよそ25年ぶりに台湾を訪問しました。中国は同日、台湾周辺の海・空域において一連の統合軍事行動を開始する旨を発表し、台湾に近接し、かつ包囲するような形の訓練エリアの設定を公表しました。
中国軍東部戦区は、8月2日夜以降、台湾周辺の海・空域において、全ての軍種を動員した実戦化統合訓練を実施し、また、8月10日までの演習期間中に、統合封鎖、対海上・地上攻撃、制空作戦、空中偵察、対潜戦などを演練したと発表しました。この間、台湾国防部は、台湾周辺において多数の中国の艦艇及び航空機の活動があり、台湾本島や台湾の水上艦艇への模擬攻撃訓練を行っていたと公表しています。8月4日、中国は事前に設定した訓練エリアに対し、計9発の弾道ミサイルを発射し、このうち計5発のミサイルがわが国の排他的経済水域内に、また、最も近いものは与那国島から約80kmの地点に着弾しました。このことは、わが国の安全保障及び国民の安全にかかわる重大な問題であり、また、地域住民にも脅威と受け止められました。さらに、台湾当局の発表によれば、同演習期間中には、金門島や馬祖列島といった中国大陸に近い離島に対するドローンの飛行、台湾当局のウェブサイトや公共施設などに対するサイバー攻撃、台湾住民の不安喚起や台湾当局の権威失墜を企図したとみられる偽情報の流布といった「認知戦」も実施されていたとしています。
わが国周辺においても、8月4日、中国の無人機2機が沖縄本島と宮古島との間を通過し、台湾に近い太平洋上で活動したことが確認されるとともに、東シナ海から飛来した推定中国の無人機1機が台湾北東の洋上で活動したことが確認されており、この軍事演習と関連していた可能性が考えられます。
これら一連の状況から、この軍事演習では、戦時における台湾の封鎖や対地・対艦攻撃、制海権・制空権の獲得、サイバー攻撃や「認知戦」などのグレーゾーン事態といった、対台湾侵攻作戦の一部が演練された可能性があると考えられます。
中国軍は、この軍事演習の終了後も、台湾周辺での軍事活動を活発化させています。台湾国防部は、2022年の中国の軍用機による台湾周辺空域への進入数について、2021年の数を大きく上回る延べ1,700機以上であった旨を公表しており、また、この演習以降、台湾海峡の「中間線」を越える中国軍用機の活動が大幅に増加していることを発表しています。さらに、2023年に蔡英文総統が中米訪問の経由地として米国に立ち寄り、現地時間4月5日にマッカーシー米下院議長と会談したことを受け、中国は4月8日から10日までの間、台湾周辺の海空域において、空母「山東」を含む多数の艦艇や航空機を参加させ、大規模な軍事演習を実施しました。
中国は、台湾周辺における一連の活動を通じ、中国軍が常態的に活動している状況の既成事実化を図るとともに、実戦能力の向上を企図しているとみられます。2022年10月の第20回党大会において、習近平総書記が両岸関係について、「最大の努力を尽くして平和的統一の未来を実現する」としつつも、「武力行使の放棄を決して約束せず、あらゆる必要な措置を講じる選択肢を留保する」との姿勢を表明する中、このような中国軍による威圧的な軍事活動の活発化により、国際社会の安全と繁栄に不可欠な台湾海峡の平和と安定については、わが国を含むインド太平洋地域のみならず、国際社会において急速に懸念が高まっています。
2022年8月に東部戦区が実施した弾道ミサイル発射とみられる画像【中国通信/時事通信フォト】