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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

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第6節 軍事科学技術と防衛生産・技術基盤をめぐる動向

1 軍事科学技術の動向

近年の情報通信技術(ICT:Information and Communications Technology)の大幅な進歩に代表される科学技術の発展は、様々な分野に波及し、経済、社会、ライフスタイルなど、多くの分野において革命とも呼ぶべき大きな変化が引き起こされている。

このことは軍事分野においても例外ではなく、米国をはじめとする先進諸国では、ICTの発展に端を発する変革が戦闘力などの飛躍的向上を実現できると考え、各種研究と施策が継続して行われている。

例えば、ネットワークを活用することにより、偵察用の衛星や無人機などの情報収集システムを駆使して収集された敵部隊などに関する情報が共有されれば、遠隔地の司令部からであってもきわめて短時間に指揮・統制が行われ、目標に対して迅速・正確かつ柔軟に攻撃力を指向することが可能となる。

また、近年では、新しいICTの開発も行われている。例えば、16(平成28)年8月、中国は世界初となる量子通信1を実験する衛星「墨子」を打上げた。今後各国において、量子通信のほか、人工知能(AI)、ビッグデータ解析2などの新たな技術が軍事分野に応用される可能性もある。

さらに、3Dプリンターの活用により兵站に革命が起きる可能性がある3。例えば、米陸軍研究所は、演習時、現場からの要求に応じて小型無人機(UAV:Unmanned Aerial Vehicle)を3Dプリンターで製造するシステムの実証試験4を行ったと発表した。また、米海軍は3Dプリンターで製造した部品を使った弾道ミサイルの試験発射を成功させているほか、3DプリンターはMV-22オスプレイのエンジン部品5にも活用されている。

16(平成28)年12月、米陸軍調査研究所による3Dプリンターで制作した無人機のデモンストレーション【米陸軍提供】

16(平成28)年12月、米陸軍調査研究所による3Dプリンターで制作した
無人機のデモンストレーション【米陸軍提供】

米国など高度に近代化された軍隊を有する主要国は、より精密で効果的な攻撃を行えるよう、兵器の破壊力の向上、精密誘導技術、C4ISRを含む情報関連技術、無人化技術(無人機6など)、極超音速技術7を重視している。最近では、火砲などの従来兵器と比べて1発あたりのコストや、射程、精度、迅速性などの観点から効果的な火力発揮が期待されるレールガン8や高エネルギーレーザー兵器9の実験成功が伝えられているほか、きわめて遠方に位置する目標であっても、通常兵器で迅速かつピンポイントでの打撃を可能とする高速打撃兵器10の開発も伝えられている。

米国防省高等研究計画局(DARPA:Defense Advanced Research Projects Agency)の最近の研究によれば、空中射出・回収・再利用が可能な「グレムリン」と呼ばれる小型無人機11の開発、「シーハンター」と呼ばれる潜水艦発見用の無人艦12の開発などさまざまな研究が行われている。

最近の軍事科学技術の進歩は、民生技術の発展にも拠るところが大きい。近年は、現有装備品の性能向上や新たな装備品の開発を行うにあたっては、デュアル・ユース技術の活用が頻繁に行われている。

一方、ハイテク型軍隊などを保有することが技術的、経済的に困難な国やテロ組織などの非国家主体においては、先端技術を有する国に対しても有利な戦い方が可能になる兵器などの研究・開発や、ICTなどを利用した不正な技術の取得を行っていくものと考えられる。つまり、相対的に低費用で開発・取得可能であり、在来型の戦力以外で相手のぜい弱性を衝くことができる非対称的な攻撃手段、すなわち核兵器、化学兵器、生物兵器といった大量破壊兵器、弾道ミサイル、テロ攻撃、サイバー攻撃などに重点的に取り組む傾向があると考えられる。

非対称的な攻撃手段が世界的に拡散していく可能性に対して、こうした非対称的な脅威に対抗するための技術に関する研究開発13も重要なものとして認識されている。

1 光の粒子、つまり光子の性質を利用して通信を行うのが量子通信となる。量子通信は、光子の分離や複製が出来ないため、傍受や解読が不可能であるとされ、究極の通信技術と言われている。

2 米国は「第3のオフセット戦略」の説明の中で、ビッグデータ解析により、サイバー攻撃の兆候察知や警告を行うなど、人工知能を用いた「深層学習する機械」の技術を例示している。

3 3Dプリンターで用いられる積層造形(AM:Additive Manufacturing)と呼ばれる製造方法は、金属やプラスチックなどの素材を使って、コンピューター上の図面から立体を造形する方法である。今後、3Dプリンターの技術などが進歩すれば、例えば部品在庫に頼らなくても、必要な部品が直ちに製造できるようになる。

4 演習は、16(平成28)年12月に行われた。演習で使われたのは、3Dプリンターによるオンデマンド小型無人航空機システム(ODSUAS:On-Demand Small Unmanned Aircraft System)と呼ばれるシステムである。兵士が必要な条件をソフトウエアに入力すると、システムが最適なUAV仕様を判断し3Dプリンターで製造する。そして、24時間以内に納入することができるとされている。

5 16(平成28)年7月、海軍航空システム司令部発表による。

6 軍用の無人機については、無人航空機(UAV:Unmanned Aerial Vehicle)、陸上無人機(UGV:Unmanned Ground Vehicle)及び海洋無人機(UMV:Unmanned Maritime Vehicle)などが開発されている(海洋無人機は、海上無人機(USV:Unmanned Surface Vehicle)と無人潜水艇(UUV:Unmanned Undersea Vehicle)に区分できる。)。こうした無人機については、人間が操作するものから完全な自律行動型、いわゆる自律型致死兵器システム(LAWS:Lethal Autonomous Weapons System)に推移していく可能性も指摘されている。また、国連の特定通常兵器使用禁止・制限条約(CCW)の枠組みにおいては、自律型致死兵器システムを運用する上での国際法規制の必要性などが議論されている。また、16(平成28)年1月、セルバ米統合参謀本部副議長は、「まもなく軍は、敵を攻撃可能な無人・自律システムを配備するかどうかの決断を迫られるかもしれない」と発言したと伝えられている。

7 例えば、米国においては、DARPAと空軍が共同で、超音速で取り入れた空気を、音速以下に減速せずに燃焼させることで極超音速飛しょうを可能とするスクラムジェットエンジンの技術を使用した「極超音速吸気式兵器構想(HAWC:Hypersonic Air-breathing Weapon Concept)」について研究開発を行っており、将来の極超音速ミサイルなどへの適用を目指している。

8 レールガンは、火薬の代わりに電気エネルギーから発生する磁場を利用して弾丸を撃ち出す兵器であり、米軍では、従来兵器である5インチ(127mm)砲と比べ射程を約10倍の約370kmとするレールガンを開発中であり、コストはレールガン1発あたり、ミサイルの20~60分の1と伝えられている。

9 米軍はレーザー兵器を、小型舟艇や無人機などからの攻撃に対する低高度防空能力強化のため開発中であり、14(平成26)年9月から11月に、米輸送揚陸艦ポンセに搭載し射撃試験が行われた。こうした高エネルギーレーザー兵器は、今後、システムの小型化が進められ、軽機動車両への搭載も念頭に置かれているとの指摘がある。また、レーザー発射1回の費用は1ドル未満と伝えられている。また、DARPAと米空軍研究所が共同で資金を出し、高エネルギー液体レーザー地域防空システムと地上レーザー兵器の統合した実験を15(同27)年7月から行っている。今後テストを続け、操作上の改良や、試験・軍事利用への移行を目指しているとしている。

10 通常兵器による攻撃の所要時間を大幅に短縮するのが目的とされ、弾道ミサイルとは明確に異なる低い軌道で飛翔するとされている。また、米国と中国が開発しているとの指摘がある。

11 米国防総省も超小型ドローン(無人機)を開発している。16(平成28)年10月、3機のF/A-18戦闘攻撃機が103機の小型ドローンを投下し、編隊飛行する実験に成功したとされる。超小型ドローンは、全長は約16センチ、翼幅約30センチ、重量は約300グラムで最高速度は約110km

12 16(平成28)年4月、進水したこの試験艦は、「対潜水艦戦用連続追跡無人艦」(ACTUV:Anti-Submarine Warfare Continuous Trail Unmanned Vessel)(通称シーハンター)と呼ばれ、全長約40mの三胴船であり、人による恒常的な遠隔監視のもと、無人で数ヶ月間、数千キロメートルを航行することが可能とされる。同年8月、最初の海上試験が完了したとされ、18(同30)年までに海軍に配備予定とされている。

13 弾道ミサイル、テロ攻撃、サイバー攻撃などに対抗する技術であるBMD及びICTなどがあげられる。