Contents

第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

5 イランの核問題

イランは、NPTのもとでの原子力の平和的利用を掲げ、70年代以降海外からの協力による原子力発電所建設計画を進めてきた。しかし、02(平成14)年、大規模ウラン濃縮施設などの秘密裡の建設が反体制派組織により暴露され、IAEAの調査を通じて、イランが長期間にわたり、IAEAに申告することなく核兵器の開発につながりうるウラン濃縮などの活動を行っていたことが明らかとなり、05(同17)年9月には、IAEA理事会がイランの保障措置協定違反を認定した。

09(同21)年9月、イランがIAEAとの保障措置協定に基づく申告義務に従わず、中部コム近郊で新たなウラン濃縮施設の建設を行っていたことが明らかとなった。また、イランは、10(同22)年2月には、医療用アイソトープを製造する研究用原子炉への燃料供給のためとして、ウラン濃度を5%以下から約20%に高めるための濃縮を開始し、11(同23)年12月には、この濃縮作業を前述の新たな濃縮施設でも始めた33。こうしたイランの核活動について、IAEAは、ミサイル弾頭開発との関連を含む軍事的側面の可能性34があるとの懸念を示すとともに、高性能爆薬を使用した実験との関連が疑われる軍事施設へのIAEA要員の立ち入りを認めないなど、イランがそうした懸念を払拭するために必要な協力を行っていないため、平和利用目的であるとの確証が得られないと指摘している。

国際社会は、核兵器開発の意図はなく、すべての核活動は平和利用目的であるとのイランの主張に確証が得られないとして強い懸念を表明し、累次の国連安保理決議35およびIAEA理事会決議の中で、イランがすべての濃縮関連・再処理活動の停止などを行うことを要求している。

この問題に関して、米国や欧州連合(EU)などは、独自の措置を通じてイランに対する制裁を強化した。米国は、11(同23)年12月、イラン中央銀行を含むイランの金融機関と相当の取引を行った第三国の金融機関が米国内で口座を開設・維持することを禁止する規定を盛り込んだ法律を制定し、EUは、12(同24)年1月、イランからの原油および石油化学製品の輸入禁止措置を開始した。一方、イラン側は、IAEAと未解決問題の解決に向けた協議を開始し、12(同24)年4月には、核問題に関する交渉を行ってきたEU3+3(英仏独米中露)との協議を再開したが、アフマディネジャド前大統領のもとでは大きな進展は見られなかった。

しかし、13(同25)年6月、イランの大統領選挙においてローハニ候補が選出され、新政権が最高指導者ハメネイ師の了解のもと、EU3+3との協議を進めた結果、13(同25)年11月、核問題の包括的な解決に向けた「共同作業計画」(JPOA:Joint Plan of Action)の発表に至り、14(同26)年1月から同計画の第一段階の措置の履行が開始された36

これに対し、イスラエルのネタニヤフ首相は13(同25)年11月、イランに濃縮活動を認める内容を含む合意は「歴史的な過ち」と述べるなど、制裁緩和に強く反対する立場を示している。

最終段階を含む包括的措置については、第1段階にかかる措置の6か月間の履行期間が終わる14(同26)年7月20日までの合意を目指していたが、主要な論点について双方の意見に相違があり合意には至らなかった37ことから、交渉期限を同年11月24日までの4か月間延長することで合意した。この過程で、米国はイランが保有する遠心分離機の数に対する懸念を表明している38一方、イラン側は自国のウラン濃縮能力を大幅に高める必要がある39との認識を示している。

その後の協議でもイランが保有を認められるウラン濃縮能力の規模が主要な争点の一つとなったと指摘されており、同年11月、ウラン濃縮に関する13(同25)年11月に合意したJPOAの履行を継続することを確認し、最終的な包括的合意に至るための交渉を15(同27)年6月30日まで再延長すると発表した。その後、15(同27)年4月2日、スイス・ローザンヌで行われた協議の結果、「包括的共同作業計画」(JCPOA:Joint Comprehensive Plan of Action)の主要な要素について合意に至ったとの発表がなされ、6月30日まで技術的詳細を含むJCPOAの起案作業が行われることとなった。

33 14(平成26)年2月のIAEA事務局長報告は、これまでに、イランは濃度約20%の濃縮ウランを計447kg製造し、うち160kgを六フッ化ウランの形で保管していると見積もっている。また、同年5月のIAEA事務総長報告は、イランが後述の第一段階の措置に従い、計約409kgの濃度約20%の六フッ化ウランを5%未満に希釈または酸化物に転換したとしている。ウラン235の濃度が20%以上のものは高濃縮ウランとされており、一般的には研究目的で使用されている。また、兵器に用いる場合は、同90%以上が一般的とされている。

34 11(平成23)年11月、IAEAは、高性能爆薬の起爆に関する情報の存在など、イラン核計画の軍事的側面の可能性について詳細を列挙した報告書を公表した。

35 06(平成18)年7月採択の国連安保理決議第1696号、同年12月採択の同決議第1737号、07(同19)年3月採択の同決議第1747号、08(同20)年3月採択の同決議第1803号、10(同22)年6月採択の同決議第1929号

36 第一段階の措置は、6か月間にわたり、イランが、(1)現存する濃度約20%の濃縮ウランの備蓄のうち、半分を酸化物として保持し、残りを5%未満に希釈する、(2)5%を超えるウラン濃縮を行わない、(3)ウラン濃縮施設や重水炉における活動を進展させない、(4)IAEAによる監視強化を受け入れることなどを実施する見返りとして、EU3+3が限定的な制裁緩和を行うことなどを内容とする。

37 14(平成26)7月18日にアシュトンEU上級代表とザリーフイラン外相が行った共同会見では「一部の問題に関しては明確な進展があったが、主要な問題を巡る大きな意見の相違があり、主張の隔たりを克服するには更なる時間と努力を要する」との声明を発表した。一方、ケリー国務長官は同日「我々は本協議において具体的な進展を得たが、一部の分野において真の隔たりが存在した。ナタンツの濃縮施設における濃縮能力に関し、真の意見の隔たりがある。最終合意に向けて、この問題は極めて重要である」と発言している。

38 14(同26)年7月15日、ケリー国務長官は「我々は、イランが現在設置している遠心分離機1万9,000基では多すぎるとの考えを極めて明確にしており、今後ともイランに対して圧力をかけていく」と表明している。

39 イランの最高指導者ハメネイ師は旧型の遠心分離器1万基相当の能力を受け入れさせるのが欧米などの狙いと指摘したうえで「わが方の当局者は、遠心分離機19万基相当が必要と言っている。おそらく今年や2年、5年間に必要とならないが、わが国にとって必要不可欠なものだ」と主張している。