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ダイジェスト 第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

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概観

わが国を取り巻く安全保障環境は、様々な課題や不安定要因がより顕在化・先鋭化してきており、一層厳しさを増している。

わが国周辺では、依然として領土問題や統一問題をはじめとする不透明・不確実な要素が残されている。また、領土や主権、経済権益などをめぐる、純然たる平時でも有事でもない、いわゆるグレーゾーンの事態が増加する傾向にある。さらに、周辺国による軍事力の近代化・強化や軍事活動などの活発化の傾向がより顕著にみられる。このように、わが国周辺を含むアジア太平洋地域における安全保障上の課題や不安定要因は、より深刻化している。

最近のわが国周辺の安全保障関連事象

中国軍の爆撃機の画像

沖縄本島と宮古島の間を通過して太平洋へ進出した中国軍の爆撃機

米国

米国は、その影響力が相対的に変化しているものの、依然として世界最大の国力を有しており、世界の平和と安定のための役割を引き続き果たしていくものと考えられる。

2014(平成26)年に公表した「4年ごとの国防計画の見直し」(QDR:Quadrennial Defense Review)においては、国防戦略指針で示された、安全保障を含む戦略の重点をアジア太平洋地域に置く方針(アジア太平洋地域へのリバランス)を継続し、同地域における同盟国との関係強化および友好国との協力拡大を進める姿勢を示している。

今回のQDRは、アジア太平洋地域へのリバランスに関する国防省の取組の中核は、わが国を含む同盟国との安全保障に関する取組を更新し、向上させることであるとしている。また、米軍は2020(同32)年までに海軍艦艇の60%を太平洋に配備し、そこには日本における重要な海軍プレゼンスの向上が含まれるとするとともに、空軍のISR(Intelligence, Surveillance, and Reconnaissance)(情報収集、警戒監視、偵察)に関する戦力をアジア太平洋地域に移動するとしている。

一方、2013(同25)年に開始した国防歳出を含む政府歳出の強制削減により、米軍に様々な影響が生じている。QDRも、強制削減が米軍にもたらす大きなリスクを強調しており、国防歳出の強制削減が国防戦略や安全保障戦略に与える影響が注目される。

アジア・太平洋地域における米軍の最近の動向

北朝鮮

全般

朝鮮半島では、半世紀以上にわたり同一民族の南北分断状態が続いている。現在も、非武装地帯(DMZ:Demilitarized Zone)を挟んで、160万人程度の地上軍が厳しく対峙している。

北朝鮮は、いわゆる非対称的な軍事能力を維持・強化していると考えられるほか、軍事的な挑発的言動を繰り返している。北朝鮮のこうした軍事的な動きは、朝鮮半島の緊張を高めており、わが国はもとより、地域・国際社会の安全保障にとっても重大な不安定要因となっていることから、わが国として強い関心を持って注視していく必要がある。

大量破壊兵器・ミサイルの開発

北朝鮮は体制を維持するうえでの不可欠な抑止力として核兵器開発を推進しているとみられる。

北朝鮮は、その核兵器計画の一環として、核兵器を弾道ミサイルに搭載するための努力をしているものと考えられる。一般に、核兵器を弾道ミサイルに搭載するための小型化には相当の技術力が必要とされているが、米国、ソ連、英国、フランス、中国が1960年代までにこうした技術力を獲得したとみられることや2013(平成25)年2月にも核実験を行ったことなどを踏まえれば、北朝鮮が核兵器の小型化・弾頭化の実現に至っている可能性も排除できない。

北朝鮮による核兵器開発は、弾道ミサイルの能力増強とあわせて考えれば、わが国の安全に対する重大な脅威であり、北東アジアおよび国際社会の平和と安定を著しく害するものとして断じて容認できない。

北朝鮮は、軍事能力強化の観点に加え、政治外交的観点や外貨獲得の観点などからも、弾道ミサイル開発に高い優先度を与えていると考えられる。

2012(同24)年4月および2013(同25)年7月に行われた閲兵式(軍事パレード)で登場した新型ミサイル「KN08」は、詳細は不明ながら、大陸間弾道ミサイルとみられている。

2014(同26)年3月、6月および7月、北朝鮮は複数の弾道ミサイルを日本海に向けて発射するなど、軍事的挑発を行った。

北朝鮮の大量破壊兵器・ミサイル開発は、わが国に対するミサイル攻撃などの挑発的言動とあいまって、わが国の安全に対する重大かつ差し迫った脅威となっている。また、大量破壊兵器などの不拡散の観点からも、国際社会全体にとって深刻な課題となっている。

北朝鮮の主な弾道ミサイルの射程

内政

金正恩(キムジョンウン)体制移行後、軍や内閣の高官を中心に、人事面で多くの変化がみられており、これは金正恩国防委員会第1委員長の権力基盤を強化するねらいがあるとも伝えられている。

2012(平成24)年に引き続き2013(同25)年から14(同26)年6月にかけても多くの人事異動が見られ、軍の主要3職である総政治局長が1度、総参謀長が2度、人民武力部長が2度交代している。これらの人事により、軍の主要3職は全て金正恩国防委員会第1委員長が引き上げた人物となった。

2013(同25)年12月には、金正恩国防委員会第1委員長の叔父にあたる張成沢(チャンソンテク)国防委員会副委員長が処刑された。金正恩国防委員会第1委員長は、後見人と見られていた張成沢国防委員会副委員長の死刑執行により、自身を唯一の指導者とする体制の強化・引き締めを図っているものとみられる。

北朝鮮は、慢性的な経済不振、エネルギーと食糧の不足に直面している。

北朝鮮は、経済開発区の設置を発表しているほか、工場などの生産・販売計画に関する裁量を拡大するなどの新しい経済政策を進めていると報じられるなど、経済の立て直しを重要視しているとみられる。

中国

中国は、国際社会における自らの責任を認識し、国際的な規範を共有・遵守するとともに、地域やグローバルな課題に対して、より協調的な形で積極的な役割を果たすことが強く期待されている。

2013(平成25)年11月に開催された中国共産党第18期中央委員会第3回全体会議(第18期三中全会)において、幅広い分野における改革に言及した「改革の全面的深化をめぐる若干の重要問題の決定」が採択された。また、改革の全体的なデザインについて責任を負うとされる、中央全面改革深化指導小組の設置が決定され、2014(同26)年1月には、同小組の第1回会議が開催されたところであるが、党内部の腐敗問題への対応を含め、今後、これらの改革がどのように具体化されていくかが注目される。

中国は周辺地域への他国の軍事力の接近・展開を阻止し、当該地域での軍事活動を阻害する非対称的な軍事能力(いわゆる「アクセス(接近)阻止/エリア(領域)拒否」(「A2/AD(A2 : anti-access/AD : area-denial)」)能力)の強化に取り組んでいるとみられる。

中国は軍事力を広範かつ急速に強化し、さらに、東シナ海や南シナ海をはじめとする海空域などにおいて活動を急速に拡大・活発化させている。特に、海洋における利害が対立する問題をめぐる、力を背景とした現状変更の試みなど、高圧的とも言える対応を示している。このような中国の軍事動向などは、軍事や安全保障に関する透明性の不足とあいまって、わが国として強く懸念しており、今後も強い関心を持って注視していく必要がある。また、地域・国際社会の安全保障上も懸念されるところとなっている。

中国は、従来から、具体的な装備の保有状況、調達目標および調達実績、主要な部隊の編成や配置、軍の主要な運用や訓練実績、国防予算の内訳の詳細などについて明らかにしていない。国防政策や軍事力に関する具体的な情報開示などを通じて、中国が軍事に関する透明性を高めていくことが望まれる。

中国の公表国防費は、引き続き速いペースで増加している。名目上の規模は、過去26年間で約40倍、過去10年間で約4倍となっている。

2012(同24)年9月の空母「遼寧(りょうねい)」就役後も艦載機パイロットの育成や同艦における発着艦試験を含む国産のJ-15艦載機の開発など必要な技術の研究・開発を継続していると考えられ、2013(同25)年11月には、同艦が初めて南シナ海に進出し、当該海域で試験航行を実施した。また、中国初の国産空母の建造を進めている可能性があるとの指摘もある。

中国は次世代戦闘機との指摘もあるJ-20およびJ-31の開発を進めている。

中国政府が、尖閣諸島をあたかも「中国の領土」であるかのような形で含む「東シナ海防空識別区」を設定し、当該空域を飛行する航空機に対し中国国防部の定める規則を強制し、これに従わない場合は中国軍による「防御的緊急措置」をとる旨発表した。こうした措置は、東シナ海における現状を一方的に変更し、事態をエスカレートさせ、不測の事態を招きかねない非常に危険なものであり、わが国として強く懸念している。また、国際法上の一般原則である公海上空における飛行の自由の原則を不当に侵害するものであり、わが国は中国側に対し、公海上空における飛行の自由を妨げるような一切の措置の撤回を求めている。米国、韓国、オーストラリアおよび欧州連合は、中国による当該防空識別区設定に関して懸念を表明している。

中国が独自に領有権を主張している島嶼(とうしょ)の周辺海空域において、各種の監視活動や実力行使などにより、他国の支配を弱め、自国の領有権に関する主張を強めることが、中国の海洋における活動の目標の一つであると考えられる。

中国の国防費の推移

わが国周辺空域における最近の中国の活動(航跡はイメージ)

ロシア

プーチン大統領が権力基盤を維持しつつ、いかに国内の支持を広げ、経済の構造改革などの近代化にかかわる諸課題に対応していくのか注目される。

クリミア自治共和国を事実上の支配下に置いたロシアは2014(平成26)年3月、ロシアへの編入の賛否を問う、同共和国における「住民投票」の結果を受けてクリミアを「編入」した。これに対し、欧米諸国やわが国は、ウクライナの主権および領土の一体性、ならびに、国際法に違反するものとして非難し、クリミアの「編入」を承認しておらず、このようなロシアによる力を背景とした現状変更は、アジアなどにも影響を及ぼすグローバルな問題であるとの認識を示している。

わが国周辺では、軍改革の成果の検証などを目的としたとみられる演習・訓練を含めたロシア軍の活動が活発化の傾向にある。

東南アジア

南シナ海においては、領有権などをめぐってASEAN 諸国と中国の間で主張が対立しており、近年、中国海軍艦艇および公船が進出している。2014(平成26)年5月、中国が一方的に石油掘削活動を開始したことに端を発し、中国とベトナムの船舶が対峙し、衝突により多数の船舶に被害が出ていると伝えられている。

東南アジア各国は、近年、経済成長などを背景として国防費を増額させ、第4世代の近代的戦闘機を含む戦闘機や潜水艦など、海・空軍力の主要装備品の導入を中心とした軍の近代化を進めている。

中東・アフリカにおける紛争と国際社会の対応

近年、一国・一地域で生じた安全保障上の問題が、国際社会全体の安全保障上の課題や不安定要因に拡大するリスクが増大している。

特に、中東・アフリカにおいては、民族、宗教、領土、資源などの様々な問題に起因し、紛争が発生している。

このような複雑で多様な紛争の性格を見極め、それぞれの性格に応じた国際的枠組みや関与のあり方を検討し、適切な対処を模索することが、国際社会にとって、より重要となっている。

宇宙空間と安全保障

主要国は、C4ISR機能の強化などを目的として、軍事施設・目標偵察用の画像偵察衛星、軍事通信・電波収集用の電波情報収集衛星、軍事通信用の通信衛星や、艦艇・航空機の航法や武器システムの精度向上などに利用する測位衛星をはじめ、各種衛星の能力向上や打上げに努めている。

宇宙空間の安定的利用に対するリスクが、各国にとって安全保障上の重要な課題の一つとなっている。

※C4ISR:Command(指揮)、Control(統制)、Communication(通信)、Computer(コンピュータ)、Intelligence(情報)、Surveillance(監視)and Reconnaissance(偵察)の略

デブリの画像

中国の衛星迎撃実験により生じたデブリ(一か月経過時点)
白線は国際宇宙ステーションの軌道(NASA)

サイバー空間をめぐる動向

軍隊にとって情報通信は、指揮中枢から末端部隊に至る指揮統制のための基盤であり、情報通信技術(ICT:Information and Communications Technology)の発展によって情報通信ネットワークへの軍隊の依存度が一層増大している。

サイバー攻撃は敵の軍隊の弱点につけこんで、敵の強みを低減できる非対称的な戦略として位置づけられつつあり、多くの外国軍隊がサイバー空間における攻撃能力を開発しているとされている。

このような中、諸外国の政府機関や軍隊などの情報通信ネットワークに対するサイバー攻撃が多発しており、中国、ロシア、北朝鮮の政府機関などの関与が指摘されている。

軍事科学技術と防衛生産・技術基盤をめぐる動向

ハイテク型軍隊を擁する国々は、より精密で効果的な攻撃を行えるよう、兵器の破壊力の向上、精密誘導技術、C4ISRを含む情報関連技術、無人化技術(無人機など)に加え、隠密性の向上による先制攻撃の機会の増加や、残存性の向上による戦力損耗のリスクを低減させるステルス技術、こうした技術に関連する部品や素材に利用されるナノテクノロジーなどの研究開発を重視している。

欧米諸国は自国の防衛生産・技術基盤を維持・強化するため、防衛産業の再編、防衛装備品の共同開発・生産や技術協力を行っている。また、多くの国々が防衛装備品の海外輸出の促進策をとっている。