第I部 わが国を取り巻く安全保障環境
2 各国の安全保障・国防政策
1 インドネシア

インドネシアは世界最大のイスラム人口を抱え、広大な領土、領海および海上交通の要衝を擁する東南アジア地域の大国である。現在、インドネシアは、国外からの差し迫った軍事的脅威は認識していないが、国内においては、ジュマ・イスラミーヤ(JI:Jemaah Islamiyah)などのイスラム過激派の活動やパプア州の分離独立運動などの懸念事項を抱えている。
インドネシアは国防方針として、全国民が国家の全資源を用いてインドネシアの独立、国家主権、領土保全、国家統一を堅持するという理念のもと、「軍事防衛」と「非軍事防衛」それぞれの活動を通じた「総力防衛(Total Defence)」を推進している。また、国軍改革として、「最小限精鋭戦力(MEF:Minimum Essential Force)」と称する最低限の国防要件を達成することを目標としている。
インドネシアは、東南アジア諸国との連携を重視1し、独立かつ能動的な外交を展開するとしている。また、米国との関係においては、インドネシア当局による東ティモール独立運動弾圧に対する措置として、一時的に米国からインドネシアへの軍事協力が停止されていたが、05(同17)年以降、これが再開され、近年は軍事教育訓練や装備品調達の分野で協力関係を強化している2。10(同22)年には、オバマ米大統領がインドネシアを訪問し、両国間の包括的パートナーシップを締結したほか、11(同23)年11月には、インドネシアは米国からF-16戦闘機24機の供与を受けることを発表した。オーストラリアとの間では、さらなる関係強化の一環として、12(同24)年3月に初の外務・防衛閣僚級協議(「2+2」)を開催し、7月の首脳会談ではオーストラリアからC-130輸送機4機の供与を受けることに合意、さらに9月にはテロ対策や海上安全保障での協力強化を盛り込んだ防衛協力協定を締結した。
参照 III部2章2節

2 マレーシア

東南アジアの中央に位置するマレーシアは、自国と近隣諸国には共通する戦略的利益があるとしている。現在、マレーシアは、国外からの差し迫った脅威は認識していないが、軍はあらゆる軍事的脅威に対して即応能力を保持するべきとしており、国防政策においては、「独立」、「全体防衛」、「5か国防衛取決め(FPDA:Five Power Defence Arrangements)3の遵守」、「世界平和のための国連への協力」、「テロ対策」、「防衛外交」を重視している。また、マレーシアは、「防衛外交」として、米国やインドなどFPDA以外の国とも二国間演習などを行い、軍事協力を進めている。
中国とは、南シナ海における領有権問題などをめぐり主張が対立しているが、経済面を中心に両国の結びつきは強く、要人の往来も活発である。12(同24)年には、マレーシアからはナジブ首相(4月)、ムヒディン副首相(9月)が訪中し、中国からは楊潔竹かんむりに厂に虎(よう・けつち)外交部長(当時)(8月)、馬暁天(ば・ぎょうてん)人民解放軍副総参謀長(当時)および呉邦国(ご・ほうこく)全国人民代表大会常務委員会委員長(当時)(共に9月)がマレーシアを訪問した。

3 ミャンマー

ミャンマーは、88(昭和63)年に社会主義政権が崩壊して以降、国軍が政権を掌握していた。軍事政権は民主化勢力への抑圧を行い、これに対して欧米諸国は経済制裁を行った。経済制裁にともなう経済の低迷と国際社会における孤立を背景に、03(同15)年、ミャンマーは民主化へのロードマップ4を発表した。10(同22)年の総選挙後、翌年2月テイン・セインが大統領に選出され、同年3月の新政権発足を経て、民主化へのロードマップは終了した。
新政権発足以降、ミャンマー政府は政治犯の釈放、少数民族5との停戦合意など、民主化への取組を活発に行っている。これらの取組に対し、国際社会も一定の評価を見せており、11(同23)年11月、東南アジア諸国連合(ASEAN:Association of Southeast Asian Nations)は、ミャンマーが14(同26)年のASEAN議長国に就任することを承認した。同月にはクリントン国務長官(当時)が、米国務長官として約57年ぶりに、12(同24)年11月にはオバマ大統領が、米大統領として初めてミャンマーを訪問し、テイン・セイン大統領や民主化の象徴であるアウン・サン・スー・チー国民民主連盟6議長と会談を行った。また、米国をはじめとする各国は、ミャンマーに対する経済制裁の緩和を相次いで表明している。
一方で、核や北朝鮮との軍事関係などの懸念事項も指摘されている7ほか、12(同24)年6月および10月に発生したイスラム系住民ロヒンギャと仏教徒の衝突がミャンマーの民主化に与える影響について、国際社会に懸念が広まった。
外交政策においては、ミャンマーは独立・非同盟を原則に掲げている。一方、ミャンマーにとって、中国は特に重要なパートナーであると考えられ、経済面の支援を受けているほか、軍事面においても中国が主要な装備品の調達先となっているとみられている。また、ミャンマーは、インドとも経済面および軍事面において協力関係を強化させている。

4 フィリピン

フィリピンは、国境を越える犯罪などの非伝統的脅威を含む、新たな安全保障上の課題に直面していると認識している。一方、南シナ海をめぐる領有権問題や国内における反政府武装勢力によるテロ活動といった、長年にわたり直面している課題が、安全保障上の主な懸念事項であるとしている。特に、モロ・イスラム解放戦線(MILF:Moro Islamic Liberation Front)とは約40年にわたり武力衝突を繰り返してきたが、国際監視団(IMT:International Monitoring Team)8の活動などにより、和平プロセスが進展し、12(同24)年10月、ミンダナオ和平の最終合意の実現に向けた「枠組み合意」が署名された。
歴史的に関係の深いフィリピンと米国は、米比同盟をアジア太平洋地域の平和と安定および繁栄の支えであるとしている。92(同4)年に駐留米軍が撤退した後も、相互防衛条約および軍事援助協定のもと、両国は協力関係を継続してきた9。両国は大規模演習「バリカタン」を00(同12)年以降毎年行っているほか、米軍統合特殊作戦任務部隊(JSOTF-P:Joint Special Operations Task Force-Philippines)がフィリピン南部に派遣され、フィリピン国軍によるアブ・サヤフ(ASG:Abu Sayyaf Group)10らイスラム過激派との戦いを支援している。11(同23)年11月には、デル・ロサリオ外務大臣とクリントン米国務長官(当時)が、米比相互防衛条約60周年を記念して、マニラ宣言に署名したほか、12(同24)年4月には、初の外務・防衛閣僚協議(「2+2」)が開催された。同年6月には、アキノ大統領が訪米し、オバマ米大統領と両国関係の重要性を再確認した。
中国とは、南シナ海の南沙諸島やスカボロー礁の領有権などをめぐり主張が対立している。近年、両国は領有権主張のための活動を活発化させており、相手国の活動や主張に対し、互いに抗議の表明を行っている。
参照 本節4
参照 III部2章

5 シンガポール

国土、人口、資源が限定的なシンガポールは、グローバル化した経済の中で、その存続と発展を地域の平和と安定に依存しており、国家予算のうち国防予算が約4分の1を占めるなど、国防に高い優先度を与えている。
シンガポールは、国防政策として「抑止」と「外交」を二本柱に掲げている。「抑止」は、精強な国軍と安定した国防費の支出によりもたらされ、「外交」は、各国の国防機関との強力かつ友好的な関係により構築されるとしている。また、直接的な脅威から国家を防衛し、平時にはテロ、海賊などの国境を越えた安全保障上の課題に対応するため、国軍の能力向上・近代化を進めている。なお、シンガポールの国土は狭小なため、国軍は米国やオーストラリアなど諸外国の訓練施設も利用し、訓練のために部隊を継続的に派遣している。
シンガポールは、ASEANやFPDA11の協力関係を重視しているほか、域内外の各国とも防衛協力協定を締結している。地域の平和と安定のため、米国のアジア太平洋におけるプレゼンスを支持しており、米国がシンガポール国内の軍事施設を利用することを認めているほか、13(同25)年以降、シンガポールに米国の沿海域戦闘艦(LCS:Littoral Combat Ship)を最大4隻ローテーション配備することで合意しており、13(同25)年4月に1隻が配備された。
中国とは、09(同21)年および10(同22)年に対テロ共同演習「協力」を行っているほか、要人の往来も活発である。12(同24)年には、中国からは楊潔竹かんむりに厂に虎(よう・けつち)外交部長(当時)(5月)、馬暁天(ば・ぎょうてん)人民解放軍副総参謀長(当時)(9月)がシンガポールを訪問し、シンガポールからはウン・エンヘン国防大臣(6月)、リー・シェンロン首相(9月)が訪中した。
参照 III部2章

6 タイ

11(同23)年8月に発足したインラック政権は、安全保障政策として、国軍の能力向上、防衛産業の強化、近隣諸国との協力関係の促進、非伝統的脅威への対応能力の強化などを掲げている。タイ南部では、分離・独立を求めるイスラム過激派による襲撃、爆弾事件などが頻発しており、同政権は、南部における人民の生命および財産に対する平和と安全の迅速な回復を緊急課題に挙げている。
タイは、ミャンマーやカンボジアなどの隣国との間で国境未画定問題を抱えている。カンボジアとは、プレアビヒア寺院周辺の国境未画定地域12をめぐり主張が対立しており、08(同20)年以降、同地域周辺で両軍による武力衝突が断続的に発生した。11(同23)年7月、国際司法裁判所は寺院およびその周辺を暫定非武装地帯に設定し、両国部隊の即時撤退を命じる仮保全措置を言い渡した。インラック政権発足後は、首脳会談や国境委員会の開催などの関係改善が図られ、12(同24)年7月、両国は同地域周辺から軍の撤収を開始した。
一方、タイは、柔軟な全方位外交政策を維持しており、東南アジア諸国との連携や、わが国、米国、中国といった主要国との協調を図っている。同盟国13である米国とは、50(昭和25)年に軍事援助協定を締結して以降、協力関係を維持し、82(同57)年より多国間共同訓練「コブラ・ゴールド」を行っている。12(平成24)年11月、パネッタ米国防長官(当時)はタイを訪問し、スカムポン国防大臣と「2012年米・タイ防衛同盟のための共同ビジョン声明」に署名した。また、同月、オバマ米大統領は再選後初の外遊としてタイを訪問し、両国の多角的協力関係の継続を確認した。
中国とは、両国海兵隊による「藍色突撃」などの共同訓練を行っているほか、12(同24)年4月には多連装ロケットランチャーの共同開発で合意するなど、軍事交流も進めている。

7 ベトナム

ベトナムは、多様かつ複雑な安全保障上の課題に直面していると認識しており、南シナ海における問題が自国の海上活動に深刻な影響を与えているほか、海賊やテロなどの非伝統的脅威も懸念事項であるとしている。
ベトナムは、冷戦期においては旧ソ連が最大の支援国であり、02(同14)年までロシアがカムラン湾に海軍基地を保有していたが、旧ソ連の崩壊後、米国と国交を樹立するなど、急速に外交関係を拡大させた。現在、ベトナムは全方位外交を展開し、全ての国家と友好関係を築くべく、積極的に国際・地域協力に参加するとしている。
米国とは、近年、米海軍との合同訓練や米海軍艦艇のベトナム寄港など、軍事面において関係を強化しており、11(同23)年9月には、国防当局間の協力促進に関する了解覚書が締結された。12(同24)年6月には、パネッタ国防長官(当時)が、米国防長官としてはベトナム戦争終結後初めて、ベトナム戦争時の米軍主要拠点の一つであったカムラン湾を訪問した。
ロシアについては、ベトナムはその装備品をほぼロシアに依存している。01(同13)年に、両国は「戦略的パートナーシップに関する宣言」を締結し、国防分野での協力を強化することで合意したほか、近年では原子力発電などのエネルギー分野での協力も推進している。
中国とは、南シナ海における領有権問題などをめぐり主張が対立している。近年、両国は領有権主張のための活動を活発化させており、相手国の活動や主張に対し、互いに抗議の表明を行っている14。一方で、両国は、包括的・戦略的パートナーシップ関係のもと、11(同23)年10月にグエン・フー・チョン共産党書記長が訪中し、同年12月には中国の習近平国家副主席(当時)がベトナムを訪問するなど、党・政府高官の交流も活発である。
参照 本節4
インドとは、07(同19)年に両国の関係を戦略的パートナーシップ関係に格上げし、安全保障や経済など広範な分野において協力関係を深化させている。10(同22)年、両国は、インド軍によるベトナム人民軍に対する装備品の整備にかかる能力構築支援などを通じた防衛協力の拡大に合意しており、インド海軍艦艇によるベトナムへの親善訪問も行われている。また、インドは南シナ海で石油・天然ガスの共同開発を行うなど、ベトナムとのエネルギー分野での協力も推進している。
参照 III部2章


1)本節4脚注6参照
2)東ティモール問題をめぐり、米国は92(平成4)年に、米国の軍教育機関などへの留学・研修の機会を提供する国際軍事教育訓練などを停止し、95(同7)年に一部制裁措置を解除したものの、99(同11)年に再び停止した。その後、05(同17)年にこれを再開し、インドネシアに対する武器輸出の再開も決定した。
3)71(昭和46)年発効。マレーシアあるいはシンガポールに対する攻撃や脅威が発生した場合、オーストラリア、ニュージーランド、英国がその対応を協議するという内容。5か国はこの取決めに基づいて各種演習を行っている。
4)国民議会の再開、民主化に必要なプロセスの段階的実施、憲法草案の起草、憲法制定の国民投票、総選挙、下院の初招集、新政権発足の7段階からなる。
5)ミャンマーは、人口の約30%が少数民族であり、一部の少数民族は、ミャンマー政府に分離独立などを主張している。60年代、ミャンマー政府は、強制労働、強制移住など人権侵害に及ぶ抑圧政策を行い、少数民族武装勢力と武力衝突が生起した。
6)ミャンマーの最大野党。
7)テイン・セイン大統領は、12(平成24)年5月の韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領(当時)との会談において、北朝鮮との武器取引について、過去20年間にある程度は行ったことを認めた上で、今後は行わないと表明し、一方、核開発については北朝鮮との協力関係を否定したと伝えられている。また、フラ・ミン国防大臣(当時)は、同年6月の第11回IISSアジア安全保障会議(シャングリラ会合)において、前政権下において学術的な核関連研究を始めようとしていたが、新政権発足とともに研究を断念しており、北朝鮮との政治的・軍事的関係も停止していると明らかにしたと伝えられている。
8)13(平成25)1月現在、マレーシア、ブルネイ、インドネシア、日本、ノルウェー、EUがIMTに参加している。
9)47(昭和22)年、米軍にクラーク空軍基地およびスービック海軍基地などの99年間の使用を求める軍事基地協定を締結し、同年に軍事援助協定、51(同26)年に相互防衛条約を締結した。66(同41)年、軍事基地協定の改定により駐留期限は91(平成3)年までとされ、91(同3)年にクラーク空軍基地、92(同4)年にスービック海軍基地が返還された。その後、両国は98(同10)年に「訪問米軍の地位に関する協定」を締結、米軍がフィリピン国内で合同軍事演習などを行う際の米軍人の法的地位などを規定した。
10)イスラム国家の設立を目的とし、フィリピン南部で爆弾テロ、暗殺、誘拐などの活動を行っている。
11)本節2脚注3参照
12)カンボジアとタイの国境に位置するヒンズー教寺院。62(昭和37)年に国際司法裁判所が寺院をカンボジア帰属と判決したが、寺院周辺地域は国境未画定地域となっている。
13)タイと米国は、54(昭和29)年の東南アジア集団防衛条約(マニラ条約)および62(同37)年のタナット・ラスク声明に基づき同盟関係にある。
14)本節4脚注5参照
 
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