第I部 わが国を取り巻く安全保障環境
4 南シナ海をめぐる動向

南シナ海においては、南沙諸島1(Spratly islands)や西沙諸島(Paracel islands)の領有権2などをめぐってASEAN諸国と中国の間で主張が対立しているほか、海洋における航行の自由などをめぐって、国際的に関心が高まっている。
南シナ海をめぐる問題の平和的解決に向け、ASEANと中国は、02(同14)年、「南シナ海に関する行動宣言」3に署名した。同宣言は、南シナ海をめぐる問題を解決する際の原則を記した、法的拘束力のない政治宣言である。さらに11(同23)年7月に開催されたASEAN・中国外相会議においては、同宣言の実効性を高めるための「南シナ海に関する行動宣言ガイドライン」が採択された。現在関係国は、同宣言より具体的な内容を盛り込み、法的拘束力を持つとされる「南シナ海に関する行動規範」の策定を目指すことを確認している。
一方、南シナ海においては、関係国が領有権主張のための活動を活発化させている。12(同24)年4月から6月にかけては、スカボロー礁周辺海域において、中国海上法執行機関の船舶とフィリピンの海軍艦艇などが対峙する事件が発生した。12(同24)年6月にはベトナムが、南沙諸島および西沙諸島に対する主権を明示したベトナム海洋法(13(同25)年1月施行)を採択し、12(同24)年6月、中国は、南沙諸島、西沙諸島および中沙諸島の島嶼ならびにその海域を管轄するとされる三沙市の設置を発表した。これらの動きをめぐり、関係国は互いに抗議の表明などを行っている。また、13(同25)年1月、フィリピンは、南シナ海における中国の主張および行動に関し、国連海洋法条約に基づく仲裁手続きに付したが、同年2月、中国は問題の二国間解決を主張し、提訴に応じないことをフィリピンに通知した4。さらに、関係国が、相手国の船舶に対し拿捕や威嚇射撃を行うなどの実力行使に及ぶ場面も見られる5
南シナ海をめぐる問題は、その平和的解決に向け、ASEAN関連会議においても議論がなされているが、12(同24)年7月のASEAN外相会議においては、共同声明の内容をめぐり加盟国の間で意見が分かれ、共同声明が採択されない事態となるなど、加盟国の足並みが乱れる場面も見られた6
南シナ海をめぐる問題は、アジア太平洋地域の平和と安定に直結する国際社会全体の関心事項であり、引き続き関係国の動向や問題解決に向けた協議の行方が注目される。


1)南沙諸島周辺は、石油、天然ガスなどの海底資源の存在が有望視されるほか、豊富な漁業資源に恵まれ、また、海上交通の要衝でもある。
2)南沙諸島については、中国、台湾、ベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイが領有権などを主張しており、西沙諸島については、中国、台湾、ベトナムが領有権を主張している。
3)国際法の原則に従い、領有権などの係争を平和的手段で解決すること、行動規範の採択は地域の平和と安定を更に促進するものであり、その達成に向けて作業を行うことなどが盛り込まれている。
4)仲裁裁判所においては、いずれかの紛争当事者が裁判に応じない場合でも、他の紛争当時者の要請により、手続を進行し、仲裁判断をすることができる。
5)11(平成23)年5月には中国当局船が、12(同24)年11月には中国漁船が、ベトナムの資源探査船の調査用ケーブルを切断したと伝えられている。また、11(同23)年2月には、中国海軍艦船がフィリピン漁船に威嚇射撃を行ったほか、同年5月には中国当局船が、12(同24)年2月および13(同25)年3月には中国海軍艦船が、ベトナム漁船に発砲する事例が発生したと伝えられている。
6)フィリピンおよびベトナムが、共同声明に南シナ海における問題について明記するよう求めたことに対し、議長国(当時)カンボジアが、同問題は二国間問題であり、共同声明に明記するべきではないと反論したとされている。なお、外相会議後、インドネシアのマルティ外務大臣が加盟国の各外務大臣と順次会談し、「南シナ海に関するASEANの6項目原則」が策定された。
 
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