第1章 わが国を取り巻く安全保障環境 

第2節 主要国の国防政策と国際社会の安定化への対応など


1 米国の国防政策


(1)安全保障政策と国防政策
 米国は永く、2つの海洋に隔てられた大陸国家として、国土が直接の戦場とならないことを前提とした国防政策をとってきたが、01(平成13)年9月に発生した米国同時多発テロ(9.11テロ)が示すように、もはや地理的条件によって直接攻撃から免れるわけではないことを認識し、本土防衛を国防の最優先事項とするとともに、海外においても米国の安全と行動の自由の確保、国益を重視する現実主義的な姿勢を示している。他方、テロとの闘いにおいて各国に支持と協力を求め、歴史上最も広範な対テロの国際的連帯の形成に努めるなど、同盟国・友好国との間におけるコアリション(連合)の形成を重視する姿勢を示している。こうした姿勢は、01(同13)年の「4年毎の国防計画の見直し」(QDR:Quadrennial Defense Review)、翌年の「国家安全保障戦略」のほか、本年3月に公表された「国家防衛戦略」1及び「国家軍事戦略」2にも反映されている。
 また、ブッシュ大統領は、本年2月2日、大統領再選後初めての一般教書演説において、

1) 我々は依然としてテロの標的とされているが、テロとの闘いに勝利するまでテロリストへの攻勢は終わらない。

2) 次の4年間もこの時代の危険を打破するコアリション(連合)の形成を継続する。

3) 米国は、世界における圧制の終結という究極の目的の下、中東及びその他の地域における民主化運動の支援に、自由を享受する同盟国と協調して取り組む。

などと述べた。こうしたことから、ブッシュ政権は2期目の任期においても1期目の政策を基本的に継続していくと思われる。

ア 安全保障環境認識
 国家安全保障戦略においては、テロリストによる攻撃と大量破壊兵器の拡散を最大の脅威としてとらえている。
 大量破壊兵器については、冷戦期の大量破壊兵器による脅威は、抑止の対象であり、相互確証破壊理論3を生んだが、冷戦の終結によってその安全保障環境は根本的に変化し、その基調が、協調へ移行したことにより、対テロ活動やミサイル防衛といった分野でかつての敵であったロシアと協力できる環境になったとする一方で、ならず者国家やテロリストによる致命的な脅威が現出したとしている。
 その上で、ならず者国家やテロリストに対しては、伝統的な抑止の概念が機能しにくく、あるいは機能しないとして、これらの者と大量破壊兵器が結びつくことについて、危険性を指摘している。

 
米国の安全保障環境認識(国家防衛戦略における4つの課題)

イ 大量破壊兵器の脅威などに対する安全保障戦略
 米国は以上のような安全保障認識を背景として、大量破壊兵器と、これをテロリストが入手することの脅威に対応するため、拡散を阻止するための実効的な措置の整備を急いでいる。03(同15)年5月、ブッシュ大統領は、各国と協調して、大量破壊兵器及びその運搬手段並びにその関連物資の拡散を防止するための施策として「拡散に対する安全保障構想(PSI:Proliferation Security Initiative)」を発表した4
 また、昨年2月、ブッシュ大統領は、大量破壊兵器の拡散に対抗すべく国際的な取組を強化することを目的に、1)拡散を行う者に対処するため、国際刑事機構などによる協力を通じ、PSI参加国、その他の国が協力する、2)世界の主要な原子力輸出国は、濃縮及び再処理技術を放棄する限りにおいて、そうした国に対しては、適正な価格で民生用核燃料への信頼できるアクセスを保証する一方、原子力供給国グループの40か国は、既に機能しているフルスケールの濃縮及び再処理工場を有していないいかなる国に対しても、濃縮・再処理の機材・技術の売却を拒否すべきである、3)05(同17)年までに、IAEA追加議定書に署名した国のみが、民生用原子力プログラムのための機材を輸入することが許可されることとすることなどを含む具体的な新たな提案を行った。
 国家安全保障戦略においては、伝統的な切迫した脅威の概念を、今日的な敵の能力と目的に合致させなくてはならず、脅威が大きいほど、これに対して行動しない危険は大きく、たとえ敵の攻撃がいつどこでなされるかということについて多少不確実性が残ったとしても、防衛のため予防的な措置をとる緊急性が増すとしている。その上で、抑止の機能しない、大量破壊兵器の入手を目指すテロ組織とテロ支援国家への対応として、敵対的な行動の機先を制し、また予防するため、米国は、必要に応じて先制的に行動するとしているが、この場合でも、米国は、出現しつつある脅威に先制する場合のすべてにおいて武力を行使するわけではなく、先制が侵略の口実として使用されてはならないとしている5
 米国はこうした先制的な行動のために次の3点を行うとしている。

1) 脅威の発生について正確で時宜にかなった情報収集のための統合された情報収集能力の構築6

2) 最も危険な脅威についての評価を共有するための同盟国との緊密な協力

3) 圧倒的な勝利の獲得を目的として迅速で精密な作戦を遂行する能力を確保するための軍の変革の継続

 他方で、国家安全保障戦略においては、世界の貧困の中に生活する人々を開発の輪の中に取り込むことが、米国の国際政策の最優先事項の1つであるとし、米国や他の先進国は、10年以内に、現在世界で最も貧しい地域の経済力の水準を倍増させるという目標を設定すべきであるなどとしている。

ウ 国防政策
 01(同13)年に発表された「4年毎の国防計画の見直し」(QDR)においては、米国の国防政策の目標として、1)同盟国・友好国に米国の安全保障上のコミットメントを保証する、2)敵に将来の軍事的競争を思いとどまらせる、3)前方展開戦力により、敵の脅威や威圧を抑止する、4)抑止が崩れた場合においては、いかなる敵も決定的に打破することが挙げられている。
 また、前政権までの「脅威ベース」の戦略から、「能力ベース」の戦略へと考え方を転換し7、ほぼ同時に生起する2つの大規模戦域戦争(湾岸地域と朝鮮半島での事態を念頭に置いている。)において敵を決定的に打破できる戦力を維持するという前政権までのアプローチは、2つの特定の紛争に対して過大な備えとなる一方で、予測できない脅威に対する備えが不十分となるとして放棄し、次の4つの目的のために戦力を構成することとしている。

1) 米国の国土を防衛する。

2) 4つの重要な地域(欧州、北東アジア、東アジア沿岸部、中東・南西アジア)において前方抑止する。

3) 同時に2つの戦域において敵を迅速に打破し、うち1つの戦域においては、敵を決定的に打破する。

4) 限定的な数の小規模緊急事態に対処する。

エ 海外展開
 国家安全保障戦略においては、海外における米軍のプレゼンスは、米国の同盟国と友好国に対する最も深いコミットメントの象徴であり、防衛のために軍事力を使用するという意志を通して、自由を擁護する力の均衡を維持するという米国の決意を示すとしている。
 QDRは、米軍の前方展開戦力を維持するとともに、その能力を強化する必要があるとし、前方展開戦力の数のみでなく能力を重視する姿勢を示している。また、中東から北東アジアにかけて広がる不安定の弧に沿って大規模な軍事力を展開し、大量破壊兵器を開発ないし取得する可能性を有する多くの国家が存在し、アジア、特にベンガル湾から日本海にかけての地域には、強大な資源基盤を有する軍事的競争相手が出現する可能性があるにもかかわらず、米軍基地の密度は他の重要地域よりも少なく、地域の施設に対するアクセスもより少ない程度にしか保証されていないため、米軍によるアクセスを強化する必要があるとしている。
 米国は、現在、1)米軍が長射程、高精度の目標捕捉について新たな能力を獲得したこと、2)情報の収集・管理体制の向上により、統合作戦における能力が向上したこと、3)脅威が予測できない世界に適応するため、軍が長距離を迅速に移動する機動力と暫定的な前方展開基地を使用する能力を必要としていること8などを背景として、世界的に米軍の展開態勢を見直しており、03(同15)年11月、この見直しについて議会、同盟国などと協議を強化する旨発表した9

オ 軍の変革
 米国防省は、前述のような21世紀の安全保障環境において、国防を全うするためには、軍の変革が必要であるとし、次の6つの目標を掲げている10

1) 作戦に必要な重要拠点(米本土、海外基地、友好国・同盟国)の防衛と、大量破壊兵器とその運搬手段の撃破

2) 遠隔で接近が困難、不可能な地域に対する戦力の投射・維持と、接近が困難、不可能な脅威の撃破

3) 持続的な監視、追跡、陸海空の兵力の複合を通じたすべての目標に対する迅速で大規模な精密攻撃による敵の聖域の否定

4) 情報技術の活用による統合されたC4ISR11の構築

5) 攻撃に耐え得る情報システムの確保と情報作戦の遂行

6) 宇宙システムの能力と生存性、支援基盤の向上

 このような目標の下、米国は、C4ISR、統合作戦、緊急展開能力、長距離での戦力投射能力、ステルス性、精密誘導兵器、地中貫徹爆弾12、無人機、ミサイル防衛、核・生物・化学(NBC:Nuclear, Biological, Chemical)対処、テロ対処などを重視している。
カ 核戦略
 02(同14)年に発表された「核態勢の見直し」(NPR:Nuclear Posture Review)では、ロシアとの相互確証破壊という観点から核戦力を決定するのを止め、米国と同盟国・友好国の安全保障上、必要最低限の水準の核戦力を維持することとするとともに、今後は、核戦力のみならず、通常戦力と防衛システム(ミサイル防衛)を含めた新たな抑止力が必要であるとしている。そのため、抑止態勢を、1)大陸間弾道ミサイル(ICBM:Intercontinental Ballistic Missile)、2)潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM:Submarine-Launched Ballistic Missile)、3)戦略爆撃機という冷戦時代の3本柱から、今後、1)核戦力と通常戦力からなる攻撃能力、2)防衛システム、3)国防基盤という新たな3本柱に移行するとしている。新たな3本柱は、ミサイル防衛や通常戦力(特に先進的な兵器)も重視することにより、核兵器への依存を低下させるとともに、大量破壊兵器が拡散している中での抑止力の向上を図っている。

キ 2006年度予算案
 2006年度国防予算案は、1)全世界的なテロとの闘いへの支援(化学・生物兵器防護、特殊作戦部隊強化など)、2)米軍と国防体制の再編(陸軍の再編、米軍の地球規模での再編など)、3)将来の脅威に備えるための統合軍事能力の構築(ミサイル防衛、無人システム開発など)、4)米軍の待遇改善(住宅対策)などに重点を置き、対前年度で176億ドル、約4.8%増の4,193億ドルを計上している。

(2)軍事態勢
ア 核戦力
 米国は、第1次戦略兵器削減条約(START I:Strategic Arms Reduction Treaty I)に基づく戦略核兵器の削減を、同条約の定める期限である01(同13)年12月までに完了した。現在の米国の戦略核戦力は、ICBM550基、弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN:Ballistic Missile Submarine Nuclear-Powered)18隻、SLBM432基、戦略爆撃機114機、核弾頭数5,966発13となっている。核弾頭数を12(同24)年末までに1,700〜2,200発に削減することとしている。

イ 通常戦力
 前述のように、米国は、核戦力への依存を低下させ、通常戦力、特に先進的な兵器を重視していくこととしている。
 陸上戦力は、陸軍10個師団約49万人、海兵隊3個師団約18万人を擁し、米国のほかドイツ(陸軍2個師団)、韓国(陸軍1個師団)、日本(海兵隊1個師団)などに戦力を前方展開している。陸軍は、01(同13)年11月に発表したオブジェクティブフォース構想を10(同22)年までに実現することを目標としているが、その間の暫定的実験兵力として、重部隊並みの戦闘力を有しつつも、装備重量を減らして部隊展開能力を強化した新たなストライカー旅団戦闘チームを創設し、米国内と海外に配備を開始しており、昨年初めからはイラクにも展開させている。さらに、長期化するテロとの闘いに対応して、部隊のモジュール化14を行うことにより、部隊交代の円滑化を図ることとしている。
 海兵隊は、海上からの作戦機動能力の向上を推進している。また、テロとの闘いのため、化学・生物兵器への対応能力を含む特定の海兵隊の能力を統合して第4海兵機動展開旅団15が編成されている。
 海上戦力は、艦艇約1,120隻(うち潜水艦約70隻)約577万トンの勢力を擁し、大西洋に第2艦隊、地中海に第6艦隊、ペルシャ湾に第5艦隊、東太平洋に第3艦隊、西太平洋とインド洋に第7艦隊を展開しているが、グアムの攻撃型潜水艦の母港化や、西太平洋における空母のプレゼンスの増加によって前方プレゼンスを強化することとしている。
 航空戦力は、空軍、海軍と海兵隊を合わせて作戦機約3,450機を擁し、空母艦載機を洋上に展開するほか、ドイツ、英国、日本や韓国に戦術航空戦力の一部を前方展開している。F-16戦闘機などの改良、F/A-18E/F戦闘機の調達、新型戦闘機(F/A-22、統合攻撃戦闘機(JSF:Joint Strike Fighter)の開発または配備、旧式化したB-1爆撃機の3分の1を削減することにより航空戦力の近代化を図っており、アフガニスタンやイラクにおいて威力を発揮した無人機や精密誘導兵器の開発・調達を引き続き積極的に進めている。
 遠隔地に部隊を展開する機動戦力についても、C-17輸送機の調達、KC-135空中給油機の改良などの輸送能力の向上を図るとともに、各戦域における装備の事前集積に努めている。
 また、テロとの闘いや、イラクにおける軍事作戦で大きな役割を果たしている特殊作戦部隊の充実に努めており、特殊作戦軍の拡充や、特殊部隊輸送能力付与のための原子力潜水艦の改造などを行うこととしている。

(3)米露の戦略的関係
 ロシアとの間では、テロとの闘いにおける協力などを通じて、関係が進展し、01(同13)年11月の米露首脳会談において発表された「新たな米露関係に関する共同声明」では、両国は、「冷戦の遺産を乗り越え」、「いずれの国も他方を敵や脅威と見なさない。」とし、米露が新たな協力・信頼関係にあることを明確にした。
 弾道ミサイル防衛を推進する米国は、02(同14)年6月に対弾道ミサイル・システム制限(ABM:Anti-Ballistic Missile)条約から脱退したが、これに対し、ロシアは、米国のABM条約脱退の決定は誤りであるとはしたものの、ロシアの安全保障上の脅威とはならないと受け止めている。
 米露両国は、同年5月24日に署名され、03(同15)年6月に発効した戦略攻撃能力削減に関する条約(通称「モスクワ条約」)により、12(同24)年12月31日までに核弾頭数を1,700〜2,200発に削減することとし、核戦力の構成と構造は各国がこの上限内で独自に決定するものと規定している16
 03(同15)年のイラクに対する武力行使を巡っては米露の間で意見の一致は見られなかったが、米露の新たな戦略的関係の構築に向けての流れに大きな変化はない。しかしながら、最近米国は、様々な分野における米露の協力関係を強調する一方で、ロシアの内政面の動向について懸念を表明するようになっている17


 
1)ファイス国防次官によると、「国家安全保障戦略」を実施していく上での指針であり、次のQDRの作業の基礎となるもの(本年3月18日の同次官記者会見による)

 
2)統合参謀本部議長が米軍のとるべき軍事戦略の指針的事項につきまとめた報告

 
3)一般に敵対する両国が相手国の核による第一撃を受けた後でも十分に生き残り、かつ、相手国に対して耐え難い被害を与え得る核の第二撃能力を確保することにより、お互いに相手国の核攻撃を抑止するという考え方

 
4)PSIは大量破壊兵器・ミサイル及びそれらの関連物資の拡散を阻止するために、国際法・各国国内法の範囲内で、参加国が共同してとり得る移転(transfer)及び輸送(transport)の阻止のための措置を検討・実施する取組であり、現在15か国(米、日、英、イタリア、オランダ、オーストラリア、フランス、ドイツ、スペイン、ポーランド、ポルトガル、シンガポール、カナダ、デンマーク、ロシア)が参加。03(平成15)年6月以来、各国において総会及び専門家会合や、共同訓練が行われている。また、米国は、昨年2月に世界第2位の船籍国であるリベリアと、同年5月に同第1位のパナマと大量破壊兵器及びその運搬手段並びにその関連物資を運搬している疑いのある船舶への公海上での立入検査を認める旗国の同意を取り付ける手続きについて定める協定(いわゆる「乗船協定」)を締結している。

 
5)02(平成14)年10月、ライス安全保障担当大統領補佐官(当時)は「先制のアプローチは慎重に扱わなければならない。」と述べている。

 
6)昨年7月に発表されたテロ攻撃に関する特別委員会(いわゆる9.11委員会)の報告を踏まえ、情報機関を統括する「国家情報長官」の設置などを内容とする「情報改革・テロ防止法」が同年12月に成立した。

 
7)米国の脅威がいつどこで出現するかは、現下の安全保障環境では予測困難であるが、敵がどのような能力を用いて米国を攻撃するかは予測可能であることから、「能力ベース」の戦略では、敵の能力に対処するために、どのような能力が必要かに焦点を当てる。

 
8)ウォルフォウィッツ国防副長官(当時)(03年6月2日)による。

 
9)グローバルな米軍の態勢見直しについては、コラム参照

 
10)トランスフォーメーション・プランニング・ガイダンス(03年4月)によれば、「トランスフォーメーションとは変化を続ける軍事的な競争及び協力を具体化するプロセスであり、コンセプト、軍事力、組織、人間の新たな組み合わせにより実現できるものである。」としている。

 
11)指揮・統制・通信・コンピュータ・情報・監視・偵察:Command, Control, Communications, Computers, Intelligence, Surveillance and Reconnaissance

 
12)米議会は2004会計年度に、強力地中貫徹型の核兵器の研究のため、低出力(5キロトン以下)の核兵器研究を禁ずる条項を廃止もしくは修正する法案を上・下院でそれぞれ可決した。

 
13)米国務省ファクトシート(05年4月18日)、ミリタリーバランス(2004-2005)による。

 
14)より迅速、円滑な展開、交代などを可能とするため、師団を構成する旅団を重視した兵力再編を実施すること

 
15)ノースカロライナ州キャンプ・レジューン

 
16)モスクワ条約第1条

 
17)ブッシュ大統領は、本年2月24日、スロバキアでプーチン・ロシア大統領と会談し、ロシアの民主化の後退に懸念を表明した。


 

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