第1章 わが国を取り巻く安全保障環境 

第1節 国際社会の課題


1 テロとの闘い


 01(平成13)年9月の米国同時多発テロ(9.11テロ)が起きて以来、米国をはじめとする各国は、国際的な連帯を形成し、軍事のみならず、外交、警察・司法、情報、経済など多くの資源を投入しテロとの闘いを継続している。しかしながら、国際テロ組織の活動は依然として継続しており、むしろ各地に分散し、中枢の支援や思想的影響を受けた関連組織の細胞や、国際テロ組織から独立しつつもその思想を信奉するローカルな組織が、従来の組織の枠にとらわれない活動を行ったり、また、インターネットの活用など情報通信手段を取り入れたりといった傾向が見られるようになっている。
 これに対し、各国は、国際社会が一体となってテロに対抗する必要性から、国際連合(国連)、主要先進8か国(G8)、地域協力機構など、多国間の枠組みを活用したテロ対策に関する各種の協力体制を構築することにより、テロを防止するための闘いを推進している。具体的には、アフガニスタンやイラクなどにおける安定確保及び復旧・復興支援、対テロ情報交換体制の強化、テロリストを厳正に処罰するための国際的な法的枠組み強化、テロ資金対策、ハイジャック対策をはじめとする航空保安強化、出入国管理、大量破壊兵器不拡散への取組強化、港湾保安強化、海上警備能力強化、テロ対策能力が不十分な国への能力向上支援などの各種取組が行なわれている。
 こうしたテロとの闘いにおける各国の努力は着実な効果を挙げる一方、今なおテロの脅威は世界に拡散し、各地でテロ事件が発生し無辜(むこ)の市民が犠牲となり、市民生活への影響が出続けている。

(1)アフガニスタン及びその周辺におけるテロとの闘い
 9.11テロ直後の01(同13)年10月以来、米国は、各国とともに、アフガニスタン及びその周辺においてアルカイダ、タリバーンに対する軍事作戦を継続している。しかし、ウサマ・ビン・ラーディンやムラー・ムハンマド・オマルといったアルカイダ、タリバーンの指導者は未だ捕捉されておらず、アルカイダ、タリバーンの残党は、現在もアフガニスタン、パキスタン国境地帯に潜伏しているとみられている。その国境地帯のパキスタン側はパキスタン政府の統治の及びにくい部族地域(トライバル・エリア)であり、テロリストが国境の両側を往来しているとされているが、同地域ではパキスタン軍がテロリスト掃討作戦を強化している。さらに、アラビア海などにおいては、各国の艦艇により、これらの残党の海路を通じた各地への逃亡とアフガニスタンからのテロの拡散を防止する努力が続けられており、わが国も支援活動を行っている。
 他方、旧ソ連軍撤退後の10年以上にわたる内戦、タリバーン政権による抑圧から解放されたアフガニスタン国内では、01(同13)年12月になされたボン合意に従い、昨年10月に大統領選挙が実施され、カルザイ大統領が選出されるとともに、同年12月には新政権が発足した。
 このように、アフガニスタンの和平に向けた政治プロセスは紆余曲折を経ながらも最終段階を迎えつつある。
 これと並行し、アフガニスタンにおける国民生活の安定と国土の復興のため、国連アフガニスタン支援ミッション(UNAMA:United Nations Assistance Mission in Afghanistan)を中心として各国の復興に向けた協力が行われている。
 また、米軍や国際治安支援部隊(ISAF:International Security Assistance Force)1などにより、アフガニスタン各地で復興支援や治安維持支援などを目的として軍民一体の地域復興支援チーム(PRT:Provincial Reconstruction Team)が活動し、地方における民生の安定に努めているほか、アフガニスタン人自身による治安維持能力充実のため、新たな国軍の訓練などが行われている。軍閥の武装集団の構成員となっている兵士の武装解除、動員解除、社会復帰(DDR:Disarmament, Demobilization, Reintegration)のプロセスは、わが国を始めとする国際社会の協力の下に、進められている。

(2)世界各地で継続するテロとの闘い
 イラクにおいては、03(同15)年の米英などによる対イラク武力行使によるフセイン政権の崩壊以降、治安の悪化と不十分な国境管理によって、国外からテロリストが流入しているとみられており、米軍などの軍人のみならず、イラクの一般市民や外国人を標的としたテロが数多く発生している2。イラクでテロ活動を行なってきたアブ・ムサブ・ザルカウィは、昨年10月、アルカイダとその指導者ウサマ・ビン・ラーディンに対し忠誠を誓うメッセージを発表した。
 また、同年4月以降、外国人を狙った誘拐が多発し、テレビやインターネットなど映像を使った犯行声明を行いテロの脅威を誇示するなど、イラクをテロリストの温床にしようとするテロリストの意図が明らかとなっている。本年2月には、南部ヒッラの中心部で大規模なテロが起き、100人以上が死亡するなど、各地でテロが発生しており、イラクは引き続きテロとの闘いの最前線となっている。
 イラク周辺国においてもテロが発生している。サウジアラビアにおいては、03(同15)年5月から昨年5月にかけて、欧米権益を対象としたテロ事件が発生したことなどから治安当局がテロリスト掃討作戦を行うなど治安対策を強化した結果、一時テロ行為は沈静化していたものの、同年12月にはジッダの米国総領事館襲撃事件が発生した。また、エジプトにおいては、同年10月、シナイ半島のリゾートホテル連続爆破テロで約30人が死亡した。なお、レバノンにおいては、本年2月、自国領内へのシリア軍部隊駐留に批判的だったハリリ元首相が爆弾テロで暗殺され、それに抗議する野党や民衆の動きが親シリアの内閣を総辞職に追い込むとともに、シリア軍のレバノン領内からの撤退を求める国際社会の動きが高まり、その撤退が始まるなど、テロは地域情勢に影響を与えている。
 東南アジアにおいては、タイ南部のイスラム教徒が多数居住する地域で昨年1月以降、警察への襲撃や国際空港等の連続爆破などの暴力事件や爆破テロ事件が頻発している。インドネシアでは、同年9月、豪州大使館付近で爆弾テロが発生し、約10人が死亡した。また、フィリピンにおいては、同年2月にマニラ湾でフェリー爆破テロが発生し、約100人が死亡・行方不明となったほか、本年2月にはマニラ首都圏やミンダナオ島で連続爆破テロが発生し、約10人が死亡した。
 ロシアでは昨年5月、カディロフ・チェチェン大統領(当時)が爆弾テロにより暗殺されて以降、同年8月には国内線旅客機2機が同時爆破され約95人が死亡、同月にはモスクワの地下鉄入口付近で自爆テロにより約10人が死亡、翌9月には北オセチア共和国のベスランの学校がチェチェン独立派武装勢力に占拠され、治安部隊突入の際、生徒、父兄など約350人が死亡するテロが発生するなど、ロシアからの分離独立を目指すチェチェン独立派武装勢力によるテロが相次いで発生した。
 ヨーロッパでは、移民などによるイスラム人口の増加に伴い、イスラム原理主義勢力の流入・浸透の可能性が懸念されている。
 本年7月、G8サミット開催中の英国の首都ロンドンで連続爆発事件が発生し、英国警察当局の発表によれば、7月10日現在で49人以上が死亡し、約700人が負傷した。
 このように、テロリストの活動は、全世界で、場所と手段を選ばず発生する傾向を示しており、世界各地においてテロとの闘いが継続している。

 
世界の主なテロ(2004年1月−2005年5月)


 
1)安保理決議第1386(01年12月20日)によりカブール周辺の治安維持を主たる任務として設立された。イギリス、トルコ、ドイツ・オランダと約6ヶ月ごとに指揮権が引き継がれ、03(平成15)年8月からNATOが指揮しており、安保理決議第1510(03年10月13日)により、カブール周辺以外に活動範囲を拡大した。

 
2)イラクの治安情勢については、本節3参照


 

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