第1章 わが国を取り巻く安全保障環境 

第1章
わが国を取り巻く安全保障環境

概観


 今日の安全保障環境を端的に言い表すとすれば、脅威の多様化、複雑化ということができよう。冷戦 1の終結に伴い、世界的な規模の武力紛争が生起する可能性は遠のいた。しかしながら、宗教上、民族上の問題などに起因する種々の対立がかえって表面化、先鋭化するといった問題が生じており、また、01(平成13)年9月の米国同時多発テロ(9.11テロ)以降、テロ組織などの非国家主体が脅威の対象として大きく注目されるようになっている。さらに、冷戦期には厳しく管理されてきた大量破壊兵器(核・生物・化学兵器)や弾道ミサイルなどの移転・拡散の危険が増大しており、とりわけ、これら大量破壊兵器などが、それらを求める一部の国家や国際テロ組織などと結びつくことが国際的に強く懸念されるようになっている。このほか、海賊行為や麻薬密輸などの各種の不法行為などが安全保障に及ぼす影響も重視されるようになっている。
 国際テロ組織の活動に見られるように、新たな脅威は、いつ、どこで顕在化するか事前に予測することが困難である。また、今日、通信手段、移動手段の急速な発達などによるグローバリゼーションの進展に伴い国家間の相互依存が拡大・深化しているが、他方で、テロ組織などもこうしたグローバリゼーションを巧みに利用し、活動を行ってきている。ある国で生じた安全保障上の問題が国境を越え世界中に広がる可能性が高まっているといえる。
 また、従来の安全保障は、国家間の紛争を念頭においた抑止の概念を中心として構築されてきたが、守るべき国家や国民を持たず、必ずしも合理的な判断に基づいて行動するとは限らないテロ組織などに対して、どのような対応が有効かという問題も生じている。すなわち、今日においても、国家間の紛争防止のため、抑止力の維持が引き続き重要であることには変わりないが、こうした抑止を前提とした従来の考えでは、新たな脅威への対応に限界があるということである。

 このように、今日の国際社会においては、安全保障問題の予測可能性が低下し、その複雑性が増大しているが、こうした問題に適切に対応するためには、軍事力はもとより、外交、警察・司法、情報、経済などの手段も含めた総合的な対応が必要になっている。とりわけ、9.11テロで大きな被害を被った米国は、テロリストによる攻撃と大量破壊兵器の拡散を最大の脅威としてとらえ、そうした脅威の顕在化を未然に防止するため、あるいは、それらの予防・抑止に失敗した場合の対処に万全を期すため、より積極的かつ重層的なアプローチをとってきている。
 もっとも、国際テロ、大量破壊兵器などの拡散などのグローバルな脅威に対して一国のみで対処することは困難である。こうしたことから、現在、国際社会においては、脅威の芽を事前につむため、予防・抑止に関する国際的な枠組み作りやそれに基づく活動など様々な努力が行われている。また、地域の秩序などを脅かす独裁政権や国際テロ組織などに蝕まれた国家が崩壊した場合には、それを責任ある国家へと再生し、テロの温床とならないようにするため、そうした国家への支援も積極的に行われている。
 他方で、これら取組を含め、各国間の協力を推進するための主要な場として、本来機能することが期待されているのが、国際の平和と安全に責任を有する国際連合(国連)である。特に、国連安全保障理事会(国連安保理)の意義や役割は重要である。しかし、03(同15)年のイラクへの武力行使を巡っての国連安保理の場での各国の対応に見られたように、複雑な背景を有する問題について各国それぞれの利害関係や思惑が錯綜している場合には、対応策について必ずしも合意が形成されないことがあることも事実である。
 こうしたことから、現在、国連においては、国連が本来の機能を発揮し、新たな脅威に有効に対処し得るよう、機能強化のための議論が行われてきている。アナン国連事務総長の提唱により設置された国連ハイレベル委員会は、昨年12月、報告書をまとめ、その中で、大量破壊兵器やテロなどの現下の国際社会が直面する脅威に対する取組や、武力行使の基本原則などを打ち出すとともに、21世紀に向けたより効果的な国連の姿につき提言を行った。この報告書などを踏まえ、本年3月、アナン国連事務総長は、同年9月に予定されている国連サミットへ向けて国連のあり方についての考え方を報告の形で明らかにしている。

 
昨年12月のスマトラ沖地震救援活動のために設置された統合連絡調整所

 他方、以上述べてきたような国際社会の動きの中で、軍事力の果たす役割は、従来の「国の防衛」に加えて、「域内の秩序維持」「世界的規模での協調」などの分野にも拡大している。軍事力が守るべき価値についても、「一国の利益」から「地域や国際社会共通の価値」へ拡大する傾向にある。例えば、現在、イラクやアフガニスタンの復興・安定のため、多くの国が軍隊を派遣し、積極的な協力を行っている。また、未曽有の災害となった昨年12月のスマトラ島沖地震・インド洋津波に際しては、周辺国を含む各国が軍隊を迅速に派遣し、被災者の救援活動などを行った。
 安全保障環境安定化のための取組は、今後、より一層重要になっていくと見られ、米国をはじめとする主要国は、こうした状況も踏まえ、多様な事態に対処することができる軍事能力を確保するため、即応性、機動性、柔軟性などを重視した軍事力の変革努力を行っている2。このような軍事分野での変革をいかに進めていくかが、引き続き各国にとっての大きな課題となっているといえよう。


 
1)米国・ソ連という超大国をそれぞれ極とする二大陣営が対峙(たいじ)する冷戦構造は、第二次世界大戦以降、40年以上にわたって世界の軍事情勢の基調をなしてきたが、ソ連の崩壊などにより終結した。冷戦時代は、両陣営が、資本主義、社会主義というイデオロギーを軸に分かれて、文化・思想、政治体制や経済発展の競争などにも及ぶ広範で激しい対決を地球規模で繰り広げた。軍事面では、双方とも強固な同盟関係を構築し、これを堅持することに傾注し、戦争(第三次世界大戦)を予想して両陣営間で軍拡競争を展開するとともに、第三世界では代理戦争とも呼ばれる一定の範囲で管理された紛争において自らの勢力の拡大を図ったが、同時に米ソ双方とも本格的な戦争への突入を回避することを追求した。こうしたことから、結果的にはある意味で「平和」が保たれた時代であったともいわれている。

 
2)米国の軍の変革については、本章2節1参照


 

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