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<視点>イスラエル・パレスチナ武装勢力間の衝突

防衛研究所 アジア・アフリカ研究室 西野 正巳(にしの まさみ) 主任研究官

防衛研究所 アジア・アフリカ研究室 西野 正巳(にしの まさみ) 主任研究官

2023年10月7日、ガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスなどの戦闘員がイスラエル南部に侵入して約1,200人を殺害し、200人以上を拉致しました。この被害はイスラエルにとって衝撃でした。過去、ハマスが自爆テロを多用すると、イスラエルは2002年に分離壁の建設を本格化させてそれを抑え込み、その後、ハマスがロケット弾の発射に重点を置くと、イスラエルは2011年からミサイル防衛システム「アイアンドーム」を運用してその大半を迎撃してきました。その結果、イスラエルは、ハマスの脅威は弱まったと認識していましたが、その認識は崩れました。

ハマスがこのタイミングで攻撃したのは、当時、サウジアラビアとイスラエルが国交樹立に近づいていたことが要因の1つであるとも指摘されています。両国が国交を樹立した場合、他のアラブ諸国の追随が予想されました。ハマスは紛争を引き起こして、国交樹立の阻止を図ったとみられます。

今回の攻撃は、過去の教訓の重要性を再認識させるものとなりました。1973年10月6日、ユダヤ教の祝日にイスラエルはアラブ諸国軍の奇襲を受け大きな被害が出ました。だから、敵は防衛体制が手薄な祝日に奇襲するので備えが必要との教訓はありました。しかし、半世紀後、イスラエルは再び同様の奇襲を受けました。

イスラエル軍は直ちに反撃を開始し、10月下旬に地上部隊をガザ地区に投入しました。ガザ地区での戦闘では、軍事力に勝るイスラエルが優位にあり、ハマスは、幹部や人質の居場所の隠蔽、世論を味方につけるためのプロパガンダ、在外指導部による交渉に注力しています。イスラエルは、ハマスの壊滅、つまり、その幹部や軍事部門の無力化と、人質救出を目標としており、ハマスは、ガザ地区での組織の存続を目標としています。ハマスが目標を達成するには、人質や世論を活用して交渉で恒久的停戦を実現する必要があるとみられます。

ガザ地区は狭いうえに封鎖されているので、戦闘の長期化につれて、イスラエルが、しらみつぶしの捜索を行いハマス幹部を無力化できる可能性が増大する一方、ハマスは物資が不足して継戦が困難になります。このことを踏まえると、長期化はイスラエルに有利であるといえます。ただし、イスラエル軍が勝利する場合も、ガザ地区住民の一部はハマスを支持し続けるとみられ、また、ハマスのメンバーはヨルダン川西岸地区や周辺国にもいますので、ハマスは弱体化しますが、滅亡はしないと考えられます。

ガザ地区住民の死者数増加に伴い、イスラエルを批判する国は増えましたが、米国以外の国々がイスラエルの軍事作戦に影響を与える可能性は低いと思われます。イスラエルに戦闘を止めさせるほどの影響力を行使できる唯一の国とみられる米国は、イスラエルへの武器供給を続けてきましたが、2024年5月、イスラエル軍の行動次第では、一部の武器の供給を停止すると警告しました。米国は一部の弾薬の供給を既に停止しており、米国の姿勢の変化は、中長期的に、イスラエルの軍事作戦に影響する可能性があります。

紛争のガザ地区域外への本格的な拡大については、米国も、ハマスに連帯して攻撃を行っているヒズボラなど各地の親イラン勢力の背後にいるイランも、回避しようとするでしょう。親イラン勢力の中には、イエメンのホーシー派のようにエスカレーションを躊躇しない勢力もいますが、主に米軍などがホーシー派への対処を担っていますので、イスラエルは遠方の敵対勢力にリソースを割かずに済んでいます。ただし、2024年4月、イランが弾道ミサイルなどを用いて、自国領内からイスラエル領内を初めて直接攻撃し、イスラエルも反撃のためイランを攻撃したとみられます。このような場合には、米国はエスカレーション回避のため、イランへの攻撃に協力しない方針ですので、イスラエルが自力で対処すると考えられます。また、2024年1月にレバノンでハマスの在外幹部が殺害されたように、イスラエルによるとみられる、周辺国でのハマスへの攻撃は今後も起きるとみられます。

(注)本コラムは、研究者個人の立場から学術的な分析を述べたものであり、その内容は政府としての公式見解を示すものではありません。