防衛研究所 米欧ロシア研究室 切通 亮(きりどおり りょう) 研究員
米国は2018年以降、1つの脅威の「打倒」とその他脅威の「抑止」が可能な戦力態勢を目指してきました。ジョー・バイデン政権もこの「打倒と抑止」の原則を引き継ぐとともに、インド太平洋地域における中国への対応を最優先課題と位置づけています。重要なのは、2022年の『国家防衛戦略』(2022 NDS)のなかで、イランや北朝鮮、暴力的過激派組織など、中露以外の軍事課題がもたらすリスクを一定程度受入れるとし、仮に他の地域で危機が起きた場合でも、資源配分を含む国防計画上のプライオリティーが影響されることがあってはならないとしている点です。限られた資源で全ての課題にコミットすることが実効性に欠けるとの指摘もありますが、その一方で、現在の戦力態勢では、比較的優先度の低い地域で「抑止」が失敗した場合、グローバル・パワーたる米国がリスクや危機を実際にどの程度許容できるのかという論点が残ります。
この意味において、近年のウクライナ情勢とガザ情勢に対する米国の対応は示唆に富んでいます。なぜなら、米国が軍事支援によりウクライナやイスラエルを支援することで、国防計画上の資源配分を再調整する必要性を最小限に抑えながら、地域のパートナー諸国の軍事作戦を間接的に後押しすることが可能になるからです。今のところ米国は、いずれの地域に対しても戦力態勢の再考を迫るような大規模部隊を派遣しておらず、軍の最も重要な資産である人的資源の消耗を回避しています。この一点だけをみても、軍事支援のアプローチは、中国との戦略的競争を最優先としつつ各地域で同時期に起こり得る不測の事態に対応していくということに関して、一定の有効性を示しています。なお、2022 NDSにおいて、同盟国とパートナー国の脅威対処能力を支援すること、生産能力向上などを通じて必要な能力を米国とその同盟・パートナー諸国に適時提供することなどを重視していることからも分かるとおり、軍事支援モデルはNDSとの整合性が高いという点も付言すべきでしょう。
一方で、軍事支援による複数の危機への対応には副作用も伴います。対中戦略競争の文脈では、東アジアの、とりわけ台湾情勢の不確実性が強調される傾向にありますが、米国の台湾への軍事支援とウクライナやイスラエルなどに対する支援は、両立し難いトレード・オフ関係にもなり得ます。例えば、近年議会で承認された台湾への売却兵器のうち、約192億ドル分の納入が遅れているとの試算もありますが、その品目の多くがウクライナの兵器需要と競合しています。また、台湾を含め広く使用される155mm砲弾も、ロシアによるウクライナ侵略とガザ地区紛争の影響により需要が高まっています。そのため、すでに最大稼働状態にあった米国の兵器生産ラインをさらに圧迫しているのです。米国製兵器の国際的な供給不足を受けて、国防省は2024年1月に『国家防衛産業戦略』を公表し、長期的な兵器生産キャパシティーの拡大や効率化などにより問題の改善を図るとしたものの、少なくとも短中期的には、多くの品目で供給不足が続くことが予想されます。
このように、米国は戦略上の優先順位を明確にする一方で、軍事支援を通じて欧州と中東への関与を継続しています。このこと自体は米国の決意への評判を高めることにつながりますが、最優先とするインド太平洋を含むその他地域において、脅威への対処に必要な能力をどのように行き渡らせ続けるのか。これは、1つの脅威の「打倒」を標榜する米軍の態勢に大きな課題を突き付けているとも言えます。米国が対中戦略競争とその他のリスクとの間にあるジレンマにどう向き合うのか、今後の対応が注目されます。
(注)本コラムは、研究者個人の立場から学術的な分析を述べたものであり、その内容は政府としての公式見解を示すものではありません。