自衛隊衛生は、これまで自衛隊員の壮健性の維持を重視してきたが、国家防衛戦略において、持続性・強靱性の観点から、有事において危険を顧みずに任務を遂行する隊員の生命・身体を救う組織に変革することとされた。
加えて、自衛隊の任務が多様化・国際化するなか、災害派遣や国際平和協力活動における衛生支援、医療分野における能力構築支援など様々な衛生活動のニーズに的確に応えていくことが重要である。
このため、防衛省・自衛隊は、戦傷医療対処能力の向上のため、①第一線から最終後送先までのシームレスな医療・後送態勢の強化、②衛生にかかる統合運用態勢の強化、③防衛医科大学校の運営の抜本的改革を3本柱とし、衛生機能の強化を図ることとしている。また、各種事態への対処や国内外における多様な任務を適切に遂行できるよう衛生に関する機能のさらなる充実・強化を図っている。
第一線で負傷した隊員の救命率を向上させるためには、負傷した現場付近で応急的な措置を講じる第一線救護をはじめ、後送間救護、後送先となる病院それぞれの機能を強化していく必要がある。
参照図表IV-2-4-1(シームレスな医療・後送態勢のイメージ)
第一線で負傷した隊員に対しては、第一線救護衛生員1が緊急救命行為2を行うとともに、野外手術システム3などを備えた医療拠点において、ダメージコントロール手術(DCS:Damage Control Surgery4)を行った後、専門治療や根治的治療などのため、自衛隊病院などに安全かつ迅速に後送することとしている。
隊員の救命率向上のため、受傷から10分以内に救護が受けられる衛生支援体制・態勢の構築を図っており、陸・海・空自では、准看護師および救急救命士の免許を有する隊員が、任務遂行中に負傷した隊員に対し、その現場付近において緊急救命行為を行えるようにするため、教育・訓練を実施し、第一線救護衛生員としての指定・部隊配置を進めている。
令和5年度自衛隊統合演習「05JX」における統合後方補給・衛生訓練
(2023年11月)
また、あらゆる後送手段を用いた迅速・確実な後送態勢の構築のため、艦艇または航空機上での後送間救護について、陸・海・空自の部隊や装備の特性に応じた教育訓練の充実を図るとともに、航空医療搬送訓練装置の整備、救急処置能力向上教材の整備などを推進している。
戦傷医療教育にあたっては、各自衛隊共通の衛生訓練基盤の整備や統合化を推進し、共通の知識・技能の向上を図ることとしている。
自衛隊病院には、各種事態において、活動地域から後送された隊員などを収容・治療する病院としての役割がある。また、平素においては、隊員やその家族などの診療を行う病院としての役割を果たしている。このほか、医療従事者の技量の維持・向上および養成のための教育機関としての役割も有している。
南西地域においては、医療拠点である那覇病院をはじめ、後送先となる自衛隊病院の機能、抗たん性を拡充するため、病床の増加、診療科の増設、地下化などの機能強化を図ることとしている。
戦傷医療における死亡の多くは、爆傷、銃創などによる失血死であり、これを防ぐためには輸血に使用する血液製剤の確保が極めて重要である。このため、防衛省・自衛隊は、国家防衛戦略などに基づき、自衛隊において血液製剤を自律的に確保・備蓄する態勢の構築に取り組むため、2023年10月、松本防衛大臣政務官のもと、外部の専門的知見を持つ有識者で構成される「防衛省・自衛隊の戦傷医療における輸血に関する有識者検討会」を設置し、全5回の検討会を開催した。
2024年2月に本検討会より出された提言書を受け、防衛省・自衛隊は、戦傷医療における輸血の実施体制を確立するための検討を推進している。なお、令和6(2024)年度予算において、血液製剤を備蓄する機材などを整備する予定である。
衛生機能は、陸・海・空自で共通するものが多く、部隊運用の支援に深くかかわる衛生分野の統合運用態勢を強化するため、統合による衛生訓練や各種衛生教育の統一化を推進している。
また、各自衛隊間の相互運用性を考慮した衛生資器材の共通化や各自衛隊員の医療情報を区別なくタイムリーに取得できるよう、情報システムを整備することとしている。
防衛医科大学校は、医師である幹部自衛官(医官)、保健師および看護師である幹部自衛官(看護官)や技官を養成する防衛省・自衛隊の唯一の機関であり、主たる医療従事者を育成・輩出し、その技能を維持・向上させる役割を担っている。
防衛力整備計画において、防衛医科大学校は、戦傷医療対処能力向上をはじめとした教育研究の強化を進めることとしている。具体的には、医官・看護官に対する外傷外科治療などの教育強化や、外傷・熱傷・生体損傷などの戦傷医療分野、感染症対策、メンタルヘルスなどの自衛隊衛生の高度化に必要な防衛医学研究を推進することとしており、特に、人工血小板の研究は、実用化できれば戦傷医療において有用なものとなる可能性がある。また、2024年度に「外傷・熱傷・事態対処医療センター」を防衛医科大学校に新設し、戦傷医療に対処しうる医官・看護官などを養成することとしている。
さらに、自衛隊病院では対応困難な重症隊員を受け入れる役割を果たすため、防衛医科大学校病院における高度な先進医療を提供できる態勢を構築することとしている。
これらの戦傷医療対処にあたる医官などにとって臨床の現場となる防衛医科大学校病院の運営の抜本的改革を図ることとしている。
動画:防衛医科大学校紹介動画 笑顔のチカラに。
URL:https://www.mod.go.jp/gsdf/jieikanbosyu/about/recruit/boeiidai-igaku.html
1 准看護師(保健師助産師看護師法に規定する准看護師。)および救急救命士(救急救命士法に規定する救急救命士。)の免許を有する隊員のうち、緊急救命行為に関する訓令に規定する協議会が認定した訓練課程を修了した者。
2 負傷により気道閉塞や緊張性気胸の症状などとなった者に対する救護処置や、痛みを緩和するための鎮痛剤の投与などの処置。
3 手術に必要な機能をシェルター化し、大型トラックに搭載(手術車、手術準備車、滅菌車、補給車)した動く手術室。開胸、開腹、開頭術など救命のための手術が可能。
4 損傷した内臓に対するガーゼ圧迫留置、縫合などによる止血と腸管内容物による汚染を防止するための応急的な手術であり、患者の状態を後送に耐えうるレベルまで安定化させることを目的としている。