こうしたサイバー空間における脅威の増大を受け、各国で各種の取組が進められている。
サイバー空間に関しては、国際法の適用のあり方など、基本的な点についても国際社会の意見の隔たりがあるとされ、例えば、米国、欧州、わが国などが自由なサイバー空間の維持を訴える一方、ロシアや中国、新興国などの多くは、サイバー空間の国家管理の強化を訴えている。国連では、2021年から2025年にかけ、サイバー空間における脅威認識、規範、国際法の適用など幅広い議論をするオープン・エンド作業部会が開催されている。
米国では、連邦政府のネットワークや重要インフラのサイバー防護に関しては、国土安全保障省が責任を有しており、国土安全保障省サイバーセキュリティ・インフラストラクチャセキュリティ庁(CISA:Cybersecurity and Infrastructure Security Agency)が政府機関のネットワーク防御に取り組んでいる。
戦略面では、国家サイバーセキュリティ戦略を発表し、重要インフラの防御や脅威アクターの阻止・解体などに注力するとしている。また、連邦政府機関のサイバーセキュリティを強化するための「ゼロトラスト11戦略」を発表し、各省庁に対してゼロトラストモデルのセキュリティ対策を求めている。さらに、不足するサイバー人材を確保するため国家サイバー人材・教育戦略を発表し、国民の基本的サイバースキルの習得やサイバー教育の変革などに長期的に対処するとしている。
安全保障に関しては、国家安全保障戦略において、サイバー攻撃の抑止を目指し、サイバー空間における敵対的行動に断固として対応するとし、国家防衛戦略では、サイバー領域における抗たん性の構築を優先し、直接的な抑止力の手段として攻勢的サイバー防御をあげている。また、国防省のサイバー戦略2023では、攻撃者の組織・能力・意図を追跡し、悪意のあるサイバー活動を妨害・劣化させて防御するほか、統合軍のサイバー領域での作戦を支援し、同盟国や関係国と協力して防御するとしている。
なお、2019年日米「2+2」では、サイバー分野における協力を強化していくことで一致し、国際法がサイバー空間に適用されるとともに、一定の場合には、サイバー攻撃が日米安全保障条約にいう武力攻撃に当たりうることを確認している。
米軍は、2018年に統合軍に格上げされたサイバー軍が、サイバー空間における作戦を統括している。米サイバー軍は、国防省の情報ネットワークの防護、敵のサイバー活動監視や攻撃防御、統合軍の作戦支援などのチームから構成されており、6,200人規模である。また、米軍は、ラトビアやリトアニアなどのパートナー国において、重要なネットワーク上の悪意のあるサイバー活動に対して、防御し妨害する作戦を実施している。
韓国は、2024年、北朝鮮などによるサイバー脅威や高度化するサイバー環境に対応するため、攻勢的サイバー防御や抗たん性確保などを目標とする新しい「国家サイバー安保戦略」を発表している。
国防部門では、韓国軍は、サイバー作戦態勢を強化し、サイバー空間における脅威に効果的に対応するため、2019年に合同参謀本部を中心としたサイバー作戦の遂行体系を構築するとともに、合同参謀本部、サイバー作戦司令部、各軍の連携体制を整備した。2023年には、米韓サイバー安全保障協力を強化するため、米韓高官級協議体「高位運営グループ」が発足している。
オーストラリアは、2022年に発表した国防サイバーセキュリティ戦略において、サイバー脅威環境に適応した任務重視かつ最新のサイバーセキュリティをベストプラクティスとパートナーシップによって実現するとし、運用モデル実装や能力取得など行動目標を定めている。また、2023年に公表した「2023年から2030年までのサイバーセキュリティ戦略」において、2030年までにサイバーセキュリティの世界的なリーダーになるためのロードマップを定めている。
2023年に公表した国防戦略見直しでは、ドメイン統合作戦を支援するサイバー能力を広範に強化すべきとしており、2024年に公表した国家防衛戦略および統合投資プログラムにおいて、2034年までの10年間にわたり、サイバー能力を含む防衛能力を向上させることとしている。
組織面では、オーストラリアサイバーセキュリティセンター(ACSC:Australian Cyber Security Centre)を設置し、政府機関と重要インフラに関する重大なサイバーセキュリティ事案に対処している。また、2022年、サイバー攻撃を未然に阻止するため、通信局と連邦警察から選抜された100名のサイバー要員で構成される常設共同タスクフォースの新設を発表し、サイバーセキュリティ大臣は攻勢的なサイバー防御を明言した。
豪軍は、2017年に統合能力群内に情報戦能力部を、2018年にその隷下に国防通信情報・サイバー・コマンド(DSCC:Defence Signals Intelligence and Cyber Command)を設立した。空軍では、職種区分としてネットワーク、データ、情報システムなどを防護するサイバー関連特技を新設し、2019年に新設した特技の募集を開始した。
EUは、2020年に「デジタル10年のためのEUのサイバーセキュリティ戦略」を発表し、強靱なインフラと重要サービスのための規則改正や、民間・外交・警察・防衛各分野横断型の共同サイバーユニットの設立などを目標としている。加えて、EUの市民とインフラの保護能力強化などのため、2022年にEUサイバー防衛政策を発表している。
また、域内のサイバー協力のため、サイバー防御活動の共通フレームワークを加盟国軍のサイバー事案対処チームでの利用を進めるほか、加盟国相互のサイバーセキュリティ支援などに取り組んでいる。2023年には、サイバー関連の危機対応のため、加盟国間の情報共有と状況認識を強化する運用者レベルでの演習を実施している。
NATOは、2014年のNATO首脳会議において、加盟国に対するサイバー攻撃をNATOの集団防衛の対象とみなすことで合意している。また、2023年のNATO首脳会議では、サイバー防衛分野の政治、軍事、技術を統合して平時・危機・有事を通して軍民協力を確保し、重要インフラを含む国家サイバー防衛をさらに強化するとしている。
組織面では、NATOサイバーセキュリティセンターがNATO自身のネットワークを保護するほか、サイバー領域作戦センターがサイバー領域における作戦行動の調整、行動自由の確保、脅威への回復力を提供している。2023年には、悪意のある重大なサイバー活動に対する支援として仮想サイバー事案支援能力(VCISC:Virtual Cyber Incident Support Capability)を立上げている。
また、研究や訓練などを行う機関としてNATOサイバー防衛協力センター(CCDCOE:Cooperative Cyber Defence Centre of Excellence)が2008年に認可された。CCDCOEは、サイバー活動に適用される国際法をとりまとめたタリンマニュアル2.0を2017年に公表しており、このマニュアルを3.0へ更新する取組が進められている。また、2023年、CCDCOE主催「ロックド・シールズ」や、NATO主催「サイバー・コアリション」のサイバー防衛演習が開催され、NATO加盟国のほか、わが国も参加している。
NATO主催のサイバー演習「サイバー・コアリション2023」の様子
【NATO HP】
英国は、2021年に公表した国家サイバー戦略において、敵対勢力の探知・阻止・抑止などの戦略的目標を掲げている。また、2023年に公表した「国家サイバー部隊:責任あるサイバー戦力の実践」では、テロ活動の妨害、APT脅威への対抗、選挙干渉の軽減などを実施し、今後、国家サイバー部隊の規模・能力・機能統合を追求するとしている。
組織面では、2016年に、国のサイバーインシデントに対応し、官民のパートナーシップを推進するため、国家サイバーセキュリティセンターを政府通信本部に新設した。また、2020年に軍のネットワーク防護を担当する第13通信連隊を発足させたほか、国家サイバー部隊を設立している。
フランスは、2015年に発表した国家デジタルセキュリティ戦略において、サイバー空間の基本的利益を保護し、サイバー犯罪への対応を強化するなどとしている。また、2018年の「サイバー防御の戦略見直し」では、サイバー危機管理プロセスを明確化している。
組織面では、2017年に統合参謀本部隷下にサイバー防衛軍を発足させており、2025年までに約5,000名規模の人員に増強し、サイバー防衛能力を強化するとしている。また、2023年に成立した「2024から2030年の軍事計画法」では、サイバー任務のための戦術・手法・手順を構築するセンター・オブ・エクセレンス(研究拠点)の創設を目指すとしている。