Contents

第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

2 宇宙空間に関する各国の取組

1 米国

米国は、世界初の偵察衛星、月面着陸など、軍事、科学、資源探査など多種多様な宇宙活動を発展させ続けており、世界最大の宇宙大国である。米軍においても、宇宙空間の重要性は強く認識され、宇宙空間を積極的に利用している。

2023年には、衛星打上げ能力の即応性向上のため、衛星のペイロード搭載から運用までの工期短縮を実証している。また、極超音速兵器を含めたミサイル脅威に対して、宇宙から探知・追尾する衛星コンステレーション「PWSA(Proliferated Warfighter Space Architecture)」の構築のため、多数の衛星を打上げている。

政策面では、国家防衛戦略において、宇宙領域は、敵の妨害や欺まんにかかわらず、戦闘目標を達成するための監視・決定システムの能力を向上させるとするほか、国防宇宙戦略では、宇宙における優位性の確保、国家的な運用や統合・連合作戦の宇宙能力による支援、宇宙の安定性確保を目標としている。

2023年には、「宇宙外交の戦略的枠組み」を公表し、宇宙活動に関する互恵的な国際協力を拡大するとしている。また、公表した「宇宙政策見直しと衛星保護戦略」では、中国やロシアが脅威であると評価し、国防省の宇宙政策の実現には、抗たん性の高い指揮統制、宇宙での射撃・防護、柔軟な電子戦運用、SDAの強化、サイバー防御の能力が必要であるとしている。このほか、宇宙コマンド・国家偵察局・国家地理空間情報局は、宇宙脅威情報の共有などの商用アセット保護枠組みに取り組んでいる。

組織面では、2019年、宇宙の任務を担っていた戦略軍の一部を基盤に新たな地域別統合軍として宇宙コマンドが発足したほか、6番目の軍種として、空軍省の隷下に人員約1万6,000人規模の宇宙軍を創設した。2023年には、宇宙軍に、欧州・アフリカ地域の宇宙能力を強化する欧州・アフリカ部隊や、敵宇宙部隊の脅威を分析するISR部隊、宇宙コマンド司令官に代わり統合宇宙作戦を行う「S4S(U.S. Space Forces - Space)」を設立するほか、電子戦やPNT(Positioning, Navigation and Timing)衛星を運用する任務別部隊を暫定的に編成している。また、商用サービスの利用促進のため、宇宙コマンドに利用を調整する部署や、宇宙軍に産官学連携を支援する部署を設置している。

2023年12月15日、宇宙コマンド司令官は、宇宙コマンドが完全な作戦能力に達したと宣言した。

参照3章1節2項(軍事態勢)

2 中国

中国は、1950年代から宇宙開発を推進しており、無人探査機の月の裏側への着陸、宇宙ステーション「天宮」の完成、月面基地計画の推進など、宇宙活動をさらに活発化させている。2023年には、測位衛星「北斗」、地球観測衛星「遥感」など衛星を多数打上げているほか、迅速な情報収集・通信のための衛星コンステレーション構築にも取り組んでいる。

中国は従来から国際協力や宇宙の平和利用を強調しているものの、衛星による情報収集、通信、測位など軍事目的での宇宙利用を積極的に行っていることが指摘されている。例えば、「北斗」は航空機、艦船の航法、ミサイルなどの誘導用、「遥感」は電子偵察や画像偵察用として、軍事利用の可能性が指摘されている。また、「長征」シリーズなどの運搬ロケットについては、開発・生産元である中国国有企業が弾道ミサイルの開発、生産なども行っているとされ、運搬ロケットの開発は弾道ミサイルの開発にも応用可能とみられる。

また、中国は、対宇宙作戦を地域紛争への米国介入を抑止・対抗する手段と捉えていると指摘されており2、ASAT兵器の開発などを進めている。先述の2007年の衛星破壊実験や2014年7月の破壊を伴わないASATミサイル実験のほか、地上配備型レーザー、宇宙ロボットなど様々なASAT能力と関連技術の取得、開発を続けている3との指摘もある。

このように中国は、官・軍・民が密接に協力しながら、今後も宇宙開発に注力していくものとみられる。米国は中国に対し、宇宙における米国の能力に並ぶまたは上回る能力を追求していると評価4しており、軍用衛星の運用数は米国を上回っているとの指摘もある5

政策面では、中国は、宇宙が国際的戦略競争の要点であり、宇宙の安全は国家建設や社会発展の戦略的保障であると主張しており、航空宇宙分野の発展を加速する方針を明らかにしている。2022年に発表された「中国の宇宙」白書において「宇宙強国の建設」を強調し、宇宙事業を発展させるとしている。また、同年の第20回党大会における習近平総書記の報告の中でも、「宇宙開発強国の建設を加速させる」との方針が掲げられた。

組織面では、2024年に信息(情報)支援部隊の創設などが発表され、これは、2015年末に新設された戦略支援部隊を再編したものとも指摘されている。2024年以前の戦略支援部隊は、宇宙・サイバー・電子戦を任務としていたとされている。

3 ロシア

1991年の旧ソ連解体以降、ロシアの宇宙活動は低調な状態にあったが、近年は、ウクライナ侵略後も、活発な宇宙活動を継続している。例えば、ロシアは、2030年までに、観測や通信などを行う600機以上の衛星による衛星コンステレーション構想「スフェラ」を計画している。また、国際宇宙ステーションの2028年までの参加延長を決定したほか、独自の宇宙ステーションの開発計画を明らかにしており、2028年から2030年までにかけ各モジュールの打上げを予定している。

加えて、ロシアは、シリアにおける軍事作戦に宇宙能力を活用しており、ショイグ国防相は2019年の国防省の会議において、本作戦の経験で、軍用衛星の再構築が必要との認識に至った旨明らかにした。2023年には、電子偵察用とみられる軍用衛星「Lotos-S1」、レーダー観測衛星「Kondor-FKA」、測位衛星「GLONASS」などを打上げている。

なお、ASAT兵器に関して、2021年、ロシア国防省は、軌道上にあるソ連の衛星を破壊する実験に成功した旨発表した。

政策面では、宇宙活動を展開していく今後の具体的な方針として、2016年、「2016-2025年のロシア連邦宇宙プログラム」を発表し、国産宇宙衛星の開発・展開、有人宇宙飛行計画などを盛り込んだ。

組織面では、ロスコスモスがロシアの科学分野や経済分野の宇宙活動を担う一方で、国防省が安全保障目的での宇宙活動に関与し、2015年に空軍と航空宇宙防衛部隊が統合されて創設された航空宇宙軍が実際の軍事面での宇宙活動や衛星打上げ施設の管理などを担当している。

4 北朝鮮

北朝鮮は、偵察衛星の整備を進めている。2023年、北朝鮮は、「偵察衛星」と称する「万里鏡1」の打ち上げに成功し、運用を開始したと主張しており、2024年の目標として3機の追加打ち上げに言及している。

組織面では、2023年、これまでロケットや衛星の開発などを担当してきた国家宇宙開発局を国家航空宇宙技術総局に改編した。また、国家航空宇宙技術総局平壌総合管制所に軍事情報組織である偵察衛星運営室が存在し、偵察衛星によって得られた情報を党中央軍事委員会に報告し、中央軍事委員会の指示に従って軍の重要部隊や偵察総局に提供するものとしている。

北朝鮮の国家航空宇宙技術総局平壌総合管制所の様子【朝鮮通信=時事】

北朝鮮の国家航空宇宙技術総局平壌総合管制所の様子【朝鮮通信=時事】

5 韓国

韓国の宇宙開発は、2005年に施行された「宇宙開発振興法」のもと、2022年に発表した「第4次宇宙開発振興基本計画」に基づき推進されている。その計画は、宇宙関連予算の倍増、宇宙産業の推進、宇宙航空庁の発足などを目標としている。また、韓国国防部では、宇宙関連の能力を強化するため、監視偵察・早期警報衛星などを確保するとしている6

2023年は、5月に韓国国産ロケット「ヌリ号」の3回目の打上げを実施した。また、2023年12月には、韓国軍初の偵察衛星が米国で打ち上げられ、24年上半期中に運用開始する予定である。さらに、韓国国内においても、国防科学研究所の固体推進宇宙発射体技術を活用した民間商用衛星の打ち上げも実施されており、韓国国防部は、小型衛星を迅速に低軌道に投入できる能力の確保に近づいたとしている。

組織面では、韓国航空宇宙研究院が実施機関として研究開発を主導、国防科学研究所が各種衛星の開発利用に関与している。また、朝鮮半島上空の宇宙監視能力を確保するため、初の宇宙部隊を2019年に創設し、2022年、「空軍宇宙作戦大隊」に拡大改編した。

6 インド

インドは、有人宇宙ミッションや月探査ミッションなど宇宙開発を推進している。

インド宇宙政策2023を公表し、社会経済や安全保障のための官民による効果的な宇宙利用に向け、宇宙技術を利用した公共財・サービスの提供、公正な規則枠組みの構築などを重点的に取り組むとしている。二国間協力として、2021年の印露共同声明で、宇宙や軍事技術分野などロシアとの協力を強化するほか、2023年には、米国とともに防衛技術革新のための防衛加速エコシステムを設立し、インド企業が米宇宙軍と共同研究開発を行う契約を締結している。

また、自国周辺の測位を目的とした地域航法衛星システム「NavIC(Navigation Indian Constellation)」を運用しており、2023年に第2世代の測位衛星を打上げている。

なお、ASAT兵器に関して、2019年、モディ首相は、低軌道上の人工衛星をミサイルで破壊する実験に成功したと発表している。

7 欧州

EUは、2021年から2027年までの中期予算計画の宇宙政策に148.8億ユーロを割り当て、宇宙産業の促進と安全保障の強化のため、強靱なPNT、正確な地球観測、宇宙監視・追跡能力の強化、安全な衛星通信サービスなどを推進している。このほか、軍用PNTの開発や、宇宙ベースの自律的な状況認識などに取り組んでいる。

2023年には、EU宇宙安全保障・防衛戦略を公表し、安全保障・防衛における宇宙能力の利用を強化するとし、新しい地球観測サービスの開発や初期のSDAサービスの提供を計画している。また、DA-ASATミサイル実験を実施しない合意を発表したほか、サイバー攻撃による衛星システムの脆弱性把握のため、衛星搭載システムへの侵入試験を実施している。

NATOは、宇宙を陸・海・空・サイバーと並ぶ第5の作戦領域であるとし、宇宙における武力攻撃がNATOの集団的自衛権の発動につながりうるとの認識を示し、2022年に公表した新戦略概念では、宇宙とサイバー領域で効果的に活動する能力を強化するとしている。2023年には、「宇宙からの永続監視」の取組を開始し、官民の衛星を統合利用してISRを強化するとしている。また、NATO認定の宇宙センター・オブ・エクセレンス(Space COE:Space Center of Excellence)が運用を開始し、教育訓練や概念作成などによりNATO宇宙センターの取組を補完するとしている。

英国は、2021年に宇宙コマンドが正式に発足し、宇宙作戦、宇宙関連人員の訓練・養成、宇宙能力の提供を担うとされる。2022年に発表した国防宇宙戦略では、ISRや衛星通信などの分野に今後10年で14億ポンドを投資するとしている。2023年には、宇宙コマンドが米宇宙軍のSDA任務の一端を担う部隊を設置し、英国の宇宙作戦能力と米国との協力を強化するとしている。

フランスは、2019年に国防宇宙戦略を発表し、宇宙司令部の創設、脅威認識・宇宙状況監視能力の強化などを目指すとしている。同年に空軍隷下に宇宙司令部を創設し、2020年には、空軍を航空・宇宙軍に改称し、宇宙への自由なアクセス、宇宙空間での行動の自由を保障するための活動を業務に追加している。また、2023年に成立した「2024から2030年の軍事計画法」では、宇宙作戦のための指揮統制・通信・演算センターの創設、パトロール衛星の導入などを目指すとしている。

2 米国防省「中華人民共和国の軍事および安全保障の進展に関する年次報告」(2023年)による。

3 米国防省「中華人民共和国の軍事および安全保障の進展に関する年次報告」(2023年)による。

4 米国家情報長官「世界脅威評価書」(2023年)による。

5 英国国際戦略研究所「ミリタリー・バランス(2023)」による。

6 韓国国防部「2022国防白書」(2023年)による。