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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

5 防衛生産・技術基盤をめぐる動向

民生分野での技術発展は著しく、それに由来する先進技術が、戦闘のあり方を一変できるほどになっており、産業・技術分野における優劣は国家の安全保障に大きな影響を与える状況にある。このような中で、諸外国は、自国の防衛生産・技術基盤を維持・強化するため、各種の取組を進めている。

まず、技術的優越を確保するため、各国は国防研究開発への投資を拡大している。例えば、米国は約16兆円の政府負担研究費のうち約半分が国防省によるものである。

また、米国は企業や大学などの研究に対しても大規模な資金提供を行っている。国防省の内部組織であるDARPAも、米軍の技術的優位性の維持を目的に、企業や大学などにおける革新的研究に積極的に投資を行っており、2025米会計年度においても約43億7,000万ドルの予算を要求している。さらに、国防イノベーションユニット(DIU:Defense Innovation Unit)では、民生の先端技術を安全保障分野の課題解決に活用するために、先端技術を持った企業と国防省との橋渡しをする役割を担っている。AI、自律技術、サイバーなど6つの分野を中心に、これまでに450の企業との契約を生み出しており、2023年度においても企業から提案を受けた10の民生ソリューションを試作段階から量産段階へ移行させている。

軍民融合を国家戦略として推進する中国は、2022年10月に行われた中国共産党第20回党大会における習近平(しゅうきんぺい)総書記の報告において、戦略的新興産業の融合発展、クラスター発展を推し進め、次世代情報技術、AI、バイオテクノロジー、新エネルギー、新素材など一連の新たな成長エンジンを構築するとしている。

英国やオーストラリア、NATOでも、近年の装備品開発におけるデュアル・ユース技術の活用を受け、先進的な民生技術の取込みを目的として、民間の革新的な研究開発に対して資金提供を行っている。英国では、安全保障に資する産学界のイノベーションに投資を行う国防安全保障アクセラレータ(DASA:Defence and Security Accelerator)への投資を強化しているほか、社会に大きなインパクトを与える可能性がある画期的な研究へ投資をすることを目的として、2023年1月に高等研究発明局(ARIA:Advanced Research and Invention Agency)を設立した。オーストラリアでは、既存の国防イノベーション・ハブ(Defence Innovation Hub)と次世代技術基金(Next Generation Technologies Fund)を置き換える形で、2023年7月に先進戦略能力アクセラレータ(ASCA:Advanced Strategic Capabilities Accelerator)と呼ばれる組織を設立した。ASCAはオーストラリアの産業界や研究機関と協力し、豪軍が必要とする能力を迅速に提供することを目指している。また、NATO(North Atlantic Treaty Organization)では、加盟国が民間セクターや学界と協力して、欧米の安全保障に高度な新技術を利用できるようにすることを目的として、2022年4月に北大西洋防衛イノベーションアクセラレータ(DIANA:Defence Innovation Accelerator for the North Atlantic)を設立した。

さらに、諸外国は自国の防衛生産基盤を国防に必要な要素ととらえ、防衛産業政策に関する政策文書の発表や防衛産業を担当する組織の設置により政策実行体制を整えており、国内企業参画支援や輸出の促進など、防衛生産基盤の維持・強化のために様々な取組を進めている。

米国は、2024年1月に発表した国家防衛産業戦略(NDIS:National Defense Industrial Strategy)において、時代に即した強固な防衛産業基盤を構築するため、強靱なサプライチェーン、労働力の即応性、柔軟な取得、経済的抑止という4つの長期的な戦略的優先事項を設定するとともに、これらの達成のために同盟国や友好国との協力の強化や、企業などに対する財政支援、調達手法の改善といった各種の取組を進めていくという考えを示した。

英国は、国内防衛産業とより生産的・戦略的な関係を構築することを目的として、2021年に防衛安全保障産業戦略(DSIS:Defence and Security Industrial Strategy)を発表した。この戦略の中で、防衛産業は重要な戦略的資産と位置づけられており、その強化のために、政府が大規模な調達改革、サプライチェーンの強靱化、輸出許可の迅速化などの取組を進めることとしている。また、2022年には防衛サプライチェーン戦略(Defence Supply Chain Strategy)を公表し、現下の厳しい安全保障環境に対応できる強靱な防衛サプライチェーンの構築を目指すこととした。

オーストラリアは、2016年に国防産業担当大臣のポストを設置している。また、2021年に防衛産業支援のワンストップ組織である防衛産業支援オフィス(Office of Defence Industry Support)を設置し、中小企業の防衛産業参画支援や資金援助を行っている。さらに、2024年2月に発表した防衛産業発展戦略(DIDS:Defence Industry Development Strategy)において、7つの国防産業最優先事業を策定するとともに、それらを実現するため事業者に対する職能訓練の提供や補助金の交付、官民交流などの国防産業界との連携強化を行うこととした。

EUは、2024年3月に初の欧州防衛産業戦略(EDIS:European Defence Industry Strategy)を発表し、EU域内での防衛関連の貿易額や共同調達の割合の数値目標を定めるとともに、欧州防衛産業の競争力と即応性を強化するため、財政的支援や各国との関係強化などの一連の行動を提示している。

韓国は、2021年に施行された防衛産業発展法と防衛科学技術革新促進法により、国内防衛産業の能力向上や高い自己完結性の獲得を目指している。さらに、防衛事業庁(DAPA:Defense Acquisition Program Administration)は、装備品調達の際は国内産業への波及効果も考慮して装備品の調達を行う政策や、海外企業と国内企業との協力や海外企業による国内企業の製品の使用を促進する政策を発表している6

また、装備品の輸出は、当該国間の関係強化や、防衛生産・技術基盤の強化に資するものでもあり、各国は戦略的に取り組んでいる。例えば、英国は、国際通商省や内務省など他省庁とも協力して省庁横断的に輸出支援に取り組むことをDSISにて発表している。装備品の輸出額では、米国・ロシア・欧州・中国が引き続き上位を占めている一方で、オーストラリアでは輸出戦略が策定された7。また、韓国では輸出支援組織を設置し8、輸出のための研究開発の資金援助を行うなど、各国は様々な取組により装備品の輸出を積極的に促進している。

参照図表I-4-1-1(主要通常兵器の輸出上位国(2019~2023年))、IV部1章1節(防衛生産基盤の強化)IV部1章2節(防衛技術基盤の強化)

図表I-4-1-1 主要通常兵器の輸出上位国(2019~2023年)

6 韓国は、2021年にこれらの政策を含む韓国防衛能力向上政策(Korea Defense Capability policy)の導入を発表した。

7 オーストラリアは2018年に国防輸出戦略を発表している。

8 2018年、防衛産業輸出支援センター(Defense Export Promotion Center)を設立した。