2016年に就任した民進党の蔡英文総統(当時)は、「一つの中国」を体現しているとする「92年コンセンサス」について一貫して受入れていない旨を表明してきた5。これに対して中国は、民進党が一方的に両岸関係の平和的発展という政治的基礎を破壊しているなどと批判するとともに、「92年コンセンサス」を堅持することは両岸関係の平和・安定の基礎であると強調している。
また、台湾に対する「一国二制度」の適用について、習総書記は2019年1月の「台湾同胞に告げる書」40周年記念大会で、「台湾での『一国二制度』の具体的な実現形式は、台湾の実情を十分に考慮する」などと提起した。これに対し、蔡総統(当時)は即日、「一国二制度」を断固受入れないとする談話を発表し、「公権力を有する機関同士」の対話を呼びかけた。さらに、2021年10月、習総書記は辛亥革命110周年を記念する式典において、「国家を分裂させるものは全て、これまでも良い結末はなく、必ずや人民に唾棄され、歴史的な審判を受けるであろう」と述べ、蔡政権を改めてけん制した。一方、蔡総統(当時)は同月の双十節での演説において「現状維持が我々の主張である」としつつ、「中華民国と中華人民共和国は互いに隷属しないことを堅持」すべきと述べ、両岸の対立を双方の対等な立場での対話によって解決する姿勢を強調している。
2024年1月に実施された台湾総統選挙では、蔡英文路線を継承する旨表明してきた与党民進党候補者の頼清徳(らいせいとく)氏が当選し、同年5月に総統に就任した。一方、総統選挙同日に実施された立法委員選挙において、改選前は民進党が単独過半数の座にあったところ、民進党と国民党ともに過半数を割り込み、全113議席中、野党国民党は52議席と第1党に、民進党は51議席と第2党の少数与党に転じ、新規政党の台湾民衆党が8議席とキャスティングボートを握ることとなった。このような選挙結果に対し、中国は、「台湾は中国の一部であるという基本的事実を変えることはできない」、「選挙結果は民進党が党内の主流の民意を代表するものでは決してないことを示した」などと頼・次期政権をけん制した。
国際社会と台湾の関係については、蔡総統(当時)の就任前後から、国際機関が主催する会議などにおいて、これまで参加していたものを含め、相次いで台湾代表が出席を拒否されたり、台湾に対する招待が見送られたりするなどしている6。さらに、2024年1月にナウルが台湾と断交して中国と外交関係を樹立したことにより、台湾の国交国は2016年5月の蔡政権発足当初の22か国から12か国に減少している。台湾当局はこれらを「中国による台湾の国際的空間を圧縮する行為」などとし、強い反発を示している。
台湾軍の戦力は、現在、海軍陸戦隊を含めた陸上戦力が約10万4,000人ある。陸軍の編成については、従来の軍団などを廃止し、統合作戦組織である作戦区を常設する計画が進められているとされ、この理由について台湾国防部長は、平時と戦時が結合した統合作戦の遂行に有利とするためと説明している。このほか、有事には陸・海・空軍合わせて約166万人の予備役兵力を投入可能とみられており、2022年1月には、予備役や官民の戦時動員にかかわる組織を統合した全民防衛動員署が設立され、有事の際の動員体制の効率化が図られている。海上戦力については、米国から導入されたキッド級駆逐艦のほか、自主建造したステルスコルベット「沱江(だこう)」などを保有している。台湾は現在、「国艦国造」と称する艦艇自主建造計画を推進しており、量産型の沱江級コルベットを2026年までに11隻、潜水艦を2023年9月に進水した1番艦を含め最終的に8隻程度それぞれ建造する計画などが進められている。航空戦力については、F-16(A/B改修V型)戦闘機、ミラージュ2000戦闘機、経国戦闘機などを保有している。2021年11月、台湾初のF-16A/B改修V型から編成される部隊が嘉義基地に発足し、米国から導入予定である新造のF-16V戦闘機を含め、より長射程のミサイルを搭載できる戦闘機の配備が強化されている。
台湾は1951年から徴兵制を採用してきたが、その後志願制への移行が進められ、徴兵による入隊は2018年末までに終了した。それ以降も、適齢男性(18~36歳)に対する4か月間の軍事訓練義務が維持されてきたが、蔡政権は、2024年1月から適齢男性に対する1年間の義務兵役を復活させた。陸軍では2023年までに義務役兵主体の歩兵旅団を7個新編して計12個旅団体制とし、2024年1月から1年制となった義務役兵の受入れを開始した。新兵役制度では、従来の軍事訓練義務よりも訓練内容を強化するとし、具体的には、新装備の操作訓練の強化や実戦的な訓練への参加などが義務づけられるとされる。
一方、中国は、台湾に対する武力行使を放棄しない意思を示し続けており、航空・海上封鎖、限定的な武力行使、航空・ミサイル作戦、台湾への侵攻といった軍事的選択肢を発動する可能性があり、その際、米国の潜在的な介入の抑止または遅延を企図することが指摘されている。報道によれば、2021年12月、台湾国防部が立法院に提出した、非公表の報告書では、中国の台湾侵攻プロセスは次のとおりとされている。中国は初期段階において、演習の名目で軍を中国沿岸に集結させるとともに、「認知戦」を行使して台湾民衆のパニックを引き起こした後、海軍艦艇を西太平洋に集結させて外国軍の介入を阻止する。続いて、「演習から戦争への転換」という戦略のもとで、ロケット軍および空軍による弾道ミサイルおよび巡航ミサイルの発射が行われ、台湾の重要軍事施設を攻撃すると同時に、戦略支援部隊が台湾軍の重要システムなどへのサイバー攻撃を実行する。最終的には、海上・航空優勢の獲得後、強襲揚陸艦や輸送ヘリなどによる着上陸作戦を実施し、外国軍の介入の前に台湾制圧を達成する。
このような中国の動向に対し、台湾は、蔡総統(当時)のもと、「防衛固守・重層抑止」と呼ばれる戦闘機、艦艇などの主要装備品と非対称戦力を組み合わせた多層的な防衛態勢により、中国の侵攻を可能な限り遠方で阻止する防衛戦略を打ち出している。2019年の台湾国防報告書によると、この戦略のもとに、機動、隠蔽、分散、欺瞞、偽装などにより、敵の先制攻撃による危害を低減させ、軍の戦力を確保する「戦力防護」、航空戦力や沿岸に配置した火力により局地的優勢を確保し、統合戦力を発揮して敵の着上陸船団を阻止・殲滅する「沿海決勝」、敵の着上陸、敵艦艇の海岸部での行動に際し、陸・海・空の兵力、火力および障害で敵を錨地、海岸などで撃滅し、上陸を阻止する「海岸殲滅」からなる防衛構想を提起している7。これは、中台間に圧倒的な兵力差がある中で、中国軍の作戦能力を消耗させ、着上陸を阻止・減殺するねらいがあるとともに、中国軍の侵攻を遅らせ、米軍介入までの時間稼ぎを想定しているとみられる。台湾は、「防衛固守・重層抑止」を完遂するために、国産の非対称戦力や長射程兵器の開発生産を拡充するとともに、米国から高性能・長射程の武器を導入することで、中国軍の侵攻をより遠方で制約することを企図しているとみられる。台湾は現在、海空戦力や長射程ミサイルなどの自主開発を強化しており、2021年11月には、海空戦力などの拡充のための特別予算案が可決され、5年間で2,400億台湾ドル(約9,500億円)を自主開発装備の取得に投入することを決定した。これに加え、台湾は米国から、高機動ロケット砲システム「M142」(HIMARS:High Mobility Artillery Rocket System)、地対艦ミサイルシステム「RGM-84L-4」(ハープーン)、長距離空対地ミサイル「AGM-84H」(SLAM-ER:Standoff Land Attack Missile Expanded Response)などを取得することを決定している。
2023年9月、蔡政権下では4回目となる、国防政策の取組などを国民に示す国防報告書(2023年国防報告書)が公表された。同報告書では、安全保障上の課題として、中国による常態的なハラスメントと脅威の項目が新たに設けられ、2022年以降、中国の台湾に対する軍事行動が頻繁かつ多様化していると指摘しつつ、具体的には、中国軍アセットの台湾海峡「中間線」越えや、台湾周辺での航行・飛行禁止区域の設定、実戦的な軍事演習などの例をあげ、台湾への威嚇を強めているとして中国軍の常態的な活動に対する台湾の強い警戒感が示された。こうした中国の脅威に対し、同報告書では「防衛固守・重層抑止」の防衛戦略を維持しつつ、同戦略の説明において「縦深防衛」の項目が新たに設けられ、具体的には、集結する台湾侵攻部隊への先制打撃、米国のインド太平洋戦略と連携した防衛空間の拡大、義務役・予備役部隊の戦闘能力や住民動員能力の強化などがあげられており、防衛線の多層化や社会全体の強靱化に取り組む姿勢が示された。
このほか、台湾は、中国軍の侵攻を想定した大規模軍事演習「漢光」を毎年実施しており、一連の演習を通じ台湾軍の防衛戦略を検証しているものと考えられている。近年の「漢光」では、対着上陸や迎撃などの演目のほか、対サイバー戦、海軍と海巡署の共同訓練といった対グレーゾーン戦略を意識した訓練が行われている。2023年の「漢光39号」では、ウクライナ侵略や中国軍艦艇の台湾東部側での活動活発化などを踏まえた訓練内容が設定されたとされており、台風の影響で一部訓練が中止されたものの、対着上陸、重要インフラ防護、軍民連携による戦時防災、地対艦ミサイルの東部展開などの訓練が行われた。
中国が継続的に高い水準で国防費を増加させる一方、2024年度の台湾の国防費は約4,345億台湾ドルと約20年間でほぼ横ばいである。同年度の中国の公表国防費は約1兆6,655億4000万元であり、台湾中央銀行が発表した為替レートで米ドル換算して比較した場合、台湾の約17倍となっている。なお、中国の実際の国防支出は公表国防費よりも大きいことが指摘されており、中台国防費の実際の差はさらに大きい可能性がある。
米国防省が2023年10月に公表した「中華人民共和国の軍事および安全保障の進展に関する年次報告(2023年)」によれば、中国軍の対台湾侵攻戦力を次のように評価している。
これに加え、同報告書は、台湾侵攻時においては、戦略支援部隊がサイバー戦や心理戦を実施するほか、聯勤保障部隊が統合的な後方支援任務を担う旨指摘している。
中台の軍事力の一般的な特徴については次のように考えられる。
軍事能力の比較は、兵力、装備の性能や量だけではなく、想定される軍事作戦の目的や様相、運用態勢、要員の練度、後方支援体制など様々な要素から判断されるべきものであるが、中台の軍事バランスは全体として中国側に有利な方向に急速に傾斜する形で変化している。
中国は、台湾周辺における威圧的な軍事活動を活発化させており、国際社会の安全と繁栄に不可欠な台湾海峡の平和と安定については、わが国を含むインド太平洋地域のみならず、国際社会全体において急速に懸念が高まっている。
力による一方的な現状変更はインド太平洋のみならず、世界共通の課題との認識のもと、わが国としては、同盟国たる米国や同志国、国際社会と連携しつつ、関連動向を一層の緊張感を持って注視していく。
参照図表I-3-3-1(台湾軍の配置)、図表I-3-3-2(台湾の防衛当局予算の推移)、図表I-3-3-3(中台軍事力の比較)、図表I-3-3-4(中台の近代的戦闘機の推移)
5 1992年に中台当局が「一つの中国」原則について共通認識に至ったとされるもの。当事者とされる中国共産党と台湾の国民党(当時の台湾与党)の間で「一つの中国」にかかる解釈が異なるとされるほか、台湾の民進党は「92年コンセンサスを受入れていない」としてきている。
6 2019年9月24日付の台湾外交部HPによる。
7 なお、2021年の「4年ごとの国防総検討」(QDR:Quadrennial Defense Review)および国防報告書では、「対岸拒否、海上攻撃、水際撃破、海岸殲滅」との用兵理念が提示されており、敵を重層的に阻止するとともに統合火力攻撃を行い、敵の作戦能力を逐次弱体化し、敵の攻勢を瓦解させ、敵の上陸侵攻を阻み、台湾侵攻を失敗させる、と説明されている。