ウクライナ防衛駐在官
2等空佐 田代 明彦(たしろ あきひこ)
2022年2月24日深夜、携帯電話を握りしめたまま事務所のソファーで横になっていた私は、大使館職員からの電話の着信音で目を覚ました。「いよいよかな」と直感でそう思った。電話の内容は、ロシアがウクライナを攻撃する可能性が急激に高まっているため、直ちに大使公邸へ退避せよとの事であった。
それから間もなくして、現地ウクライナの友人からも連絡があり、この情報をもとに、『キエフ ハルキウ オデッサ 爆発音あり 地元人 連絡有』の第一報を日本の関係者にメールで伝えた。
数時間後、キーウ市内に鳴り響く空襲警報。徐々に近づいてくる砲撃音。時折、上空に目を向けると赤橙色を放った砲弾の光。そして、市街地戦による銃撃音が数百メートル先で聞こえ始めるなど、戦況は刻々と悪化し事態は困難を極めた。
開戦から数日後、戦況はさらに悪化。首都キーウを離れなければならなくなり、2個のバッグを持ち、大使館車両による退避を決行。車両移動の間は、傍から砲撃・銃声音が聞こえ、ミサイルが飛翔する最中の困難を極めた退避であったものの、大使以下の職員全員が団結し助け合う事により、全員が無事に退避する事ができた。
それから間を置くことなく、防衛省・自衛隊、内閣府PKO事務局及び各国の軍隊並びに国際機関の関係者とともにウクライナへの装備品等の提供及び物資輸送に関する現地の活動に携わることができた。
今回の戦争を通じ、様々な教訓や学びの多い貴重な経験を得ることができた。この戦争を通じ得られた最大の教訓は、偽情報などを活用した『情報戦』が繰り広げられる現代戦においては、政府発表やメディアなどから得た情報だけでは現地の状況を正しく認識することは困難であり、このため、現地において防衛駐在官が直接入手した情報と合わせて現地の情勢などを判断する事がいかに重要であるか、身をもって学んだ事である。今一度、防衛駐在官の『職責』を肝に銘じ、わが国の安全保障の最前線にて活動する防衛駐在官としての『誇り』を胸に、職務を全うしたいと思う。
最後になりますが、ウクライナの祖国防衛のために殉職された全ての方に、また、この戦争で犠牲となられた多くのウクライナ国民に哀悼の意を表すとともに、この戦争で被害にあわれた多くの方々に心よりお見舞い申し上げます。
開戦の約1か月前、南部作戦部隊司令官訪問(筆者:左中央)