ゆたかシッピング株式会社
はくおう船長 井上 志郎(いのうえ しろう)
当社は16(平成28)年から、防衛省・自衛隊による部隊訓練や大規模災害への対応において、旅客船「はくおう」の運航を担っており、自衛隊の隊員や装備品の輸送、地震や風水害により被災された方々へのサポートを行ってきました。
今般の新型コロナウイルス感染症の拡大に対しては、当初、武漢からの帰国者の一時宿泊施設として船を活用したいとの防衛省からの緊急の連絡を受け、船員を全国から緊急招集するとともに、「はくおう」の出港準備などを行い、20(令和2)年1月31日に母港の相生港(兵庫県)を出港し、翌2月1日には東京湾に到着しました。通常は出港準備のために約72時間を必要としますが、今回は関係者一丸となって準備に取り組んだ結果、約32時間で出港準備を整えることができました。
その後、海上自衛隊の横須賀基地(神奈川県)に移動して、帰国者の受け入れが必要となった場合に備えて、寝具や生活用品などを積載して準備を整えていたところ、大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」において多くの新型コロナウイルス感染者が発生したことから、「ダイヤモンド・プリンセス号」に対する医療支援や生活支援を行う自衛隊員の方々の活動拠点として活用するため、急遽、「はくおう」を横浜港の本牧ふ頭に移動することとなりました。
突然の業務内容の変更のため当初は戸惑いもありましたが、新型コロナウイルス感染症の拡大を防止する自衛隊の任務を直接支えるという大変重要な役割を担うことができるとの思いを胸に、作業を実施しました。約1か月間の横浜港における災害派遣活動の間、自衛隊員の方々は、早朝から「はくおう」を出発して真夜中に戻ってくるといった多忙な勤務環境にありましたので、私たちとしても深夜まで入浴のためのボイラー作業などを行ったり、船内で栄養バランスに気を配って調理した食事を隊員の方一人一人に召し上がっていただくことにより、隊員の方々の疲労回復や栄養補給が十分なものとなるよう努めさせていただきました。「ダイヤモンド・プリンセス号」において活動した自衛隊員から一人の感染者も発生しなかったことについて、私たちが行ってきた活動支援がその素晴らしい結果に貢献できたものと自負しており、このことは私たちの大きな財産にもなりました。
一方、当初、新型コロナウイルスは私たちにとっても大きな不安材料でありましたが、隊員の方々と船員の行動区画をしっかりと区分するとともに、自衛隊の衛生隊員の方々から感染を防ぐための教育を受けることにより、船内における十分な感染防止対策が確立されたため、当初抱いていた不安を払拭して業務に臨むことができました。
新型コロナウイルスの感染拡大はこれまでに日本が経験したことが無い国難であり、私たちも様々な苦労を伴いましたが、今回の対応を通じて大変貴重な経験を得ることもできました。新型コロナウイルスの感染拡大が一日も早く収束することを心より祈念するとともに、今回得られた知見や経験を糧にして、今後も自然災害などの緊急事態が発生した時には速やかに「はくおう」を出港させることにより、自衛隊のお役に立てれば幸いです。
「はくおう」(本牧埠頭にて02(令和2)年3月15日)
「はくおう」艦橋における筆者
活動に際しての事前教育