Contents

第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

第5節 大洋州

➊ オーストラリア

1 全般

オーストラリアは、戦略的利益、自由と人権の尊重、民主主義、法の支配といった普遍的な価値をわが国と共有する特別な戦略的パートナーであり、オーストラリアとの関係の重要性はこれまで以上に高まっている。

16(平成28)年2月に発表された国防白書においては、今後20年間、豪軍の高い能力水準を維持するため、兵力増強とともに、高性能な装備品の取得などを継続する方針を示している。また、国防予算についても、今後10年間における増額方針を明確に示すとともに、20(令和2)年までに対GDP比2パーセントを達成するという具体的な目標も提示している。対外関係においては、米国との同盟関係を引き続き最重要視しつつ、わが国を含むインド太平洋地域のパートナーとの実用的な関係の成熟・深化を目指していくとしている。さらに、ルールに基づく国際秩序における国益に資する共同オペレーションへの軍事的貢献という国防戦略上の目標を達成するため、海外への豪軍派遣などを通じて積極的に国際社会の平和と安定に向けた貢献を行っている。

2 安全保障・国防政策

豪政府は13(平成25)年1月、初の国家安全保障戦略を発表した。同戦略は、今後10か年の国家安全保障の方向性を示すものであり、アジア太平洋地域における経済的、戦略的変化に対応していくことがオーストラリアの国家安全保障にとって重要であるという認識を示している。同戦略は、同国の国家安全保障上の目標を、①国民の安全と強じん性の確保、②主権の保護と強化、③資産、インフラ及び組織の保護、④望ましい国際環境の促進の4つとした1

16(平成28)年2月に発表された国防に関する政府の将来計画及び実現策などを示す国防白書では、今後20年間にオーストラリアが直面する安全保障環境の見積りを示したうえで、こうした環境に対処するための国防戦略とそれに基づく国防力の整備の方向性を示している。

具体的には、35(令和17)年までは自国領域が軍事攻撃を受ける可能性は低いものの、新たな複雑性と挑戦に直面するとの認識のもと、国防戦略上の利益として、オーストラリアの安全と強じん性(シーレーンなどの安全を含む)、近隣地域の安全、インド太平洋地域の安定及びルールに基づく国際秩序を挙げている。また、国防戦略上の目標としては、①自国・国家利益などへの武力攻撃又は脅威の抑止・拒否・撃破、②東南アジアの海洋安全保障と太平洋島嶼国などの政府による安全の確立・強化に資する軍事的貢献、③ルールに基づく国際秩序における国益に資する共同オペレーションへの軍事的貢献を挙げている。さらに、これらの目標を達成するうえで必要となる豪軍の高い能力水準を維持するため、政府として重要な投資を行っていくとして、兵力の約4,400名の増強に加え、新型潜水艦12隻、防空駆逐艦(イージス艦)3隻、F-35統合攻撃戦闘機(JSF:Joint Strike Fighter)72機、MQ-4C無人哨戒機7機などの高性能な装備品を取得する方針を示している。同時に、情報・監視・偵察(ISR:Intelligence, Surveillance, Reconnaissance)能力、電子戦能力、サイバーセキュリティ能力の強化のほか、オーストラリア北部などに所在する基地機能の強化も追求するとしている。そして、これらの事業を予算面から裏づけるため、国防予算を増額し、20(令和2)年までに対GDP比2パーセントを達成するという具体的な目標も提示している。

3 対外関係

オーストラリアは、国防白書2016において、自国の安全と繁栄は、近隣地域、インド太平洋地域及びグローバルな戦略環境の発展に直結しているとの認識を示したうえで、国防戦略上の目標を達成するため、安全保障分野における対外関係を構築・維持していくとしている。特に、米国との同盟関係を引き続き最重要視しつつ、インドネシア、日本、韓国、ニュージーランド、インド、中国などのインド太平洋地域のパートナーとの実用的な関係の成熟・深化を目指していくとしている。17(平成29)年11月に14年ぶりに発表された外交白書2017もこうした方針を踏襲している。

参照III部3章1節2項1(オーストラリア)

(1)米国との関係

オーストラリアは、国防白書2016において、ANZUS(Security Treaty between Australia, New Zealand and the United States of America)条約2に基づく米国との同盟関係について、共通の価値観に基づいており、オーストラリアの国防政策の中心であり続けるとしている。そして、今後20年間にわたり卓越したグローバルな軍事大国であり続ける米国は、最も重要な戦略的パートナーであり、米国による積極的なプレゼンスが地域の安定を支え続けるとしている。そのため、オーストラリアは、インド太平洋地域の安定確保において米国が担う重要な役割を歓迎・支持するとしている。

両国は、1985(昭和60)年以降、外務・防衛閣僚協議(AUSMIN:Australia United States Ministerial Consultations)を定期的に開催し、主要な外交・安保問題について協議している。

18(平成30)年7月に開催されたAUSMINの共同声明では、「開かれ、包摂的で繁栄したルールに基づくインド太平洋」を形成するため協力すること、インド太平洋に関する日米豪印協議を歓迎すること、日本との3か国対話の強化を再確認した。19(令和元)年7月のAUSMINでは、南シナ海や太平洋の軍事利用に懸念を表明した。また、インド太平洋地域における米豪協力の重要性を確認するとともに、日本、インド、英国、フランス、ドイツなどとの協力を強化する方針を示し、東南アジア諸国及び太平洋島嶼国に対する支援の強化や北朝鮮に対する圧力の維持で協力するとした。

米豪軍は共同訓練を通じて相互運用性の向上を図っている。「タリスマン・セーバー」は05(平成17)年以降、2年に1度行われている米豪共同演習であり、戦闘即応性及び相互運用性の向上を目的としている。19(令和元)年は、これまでで最大規模となる米豪軍3万4,000人以上のほか、カナダ軍、ニュージーランド軍、英軍及び自衛隊も参加し、水陸両用作戦、陸上戦闘訓練等を実施した。

また、米豪は11(平成23)年11月、「戦力態勢イニシアティブ」を通じて、米海兵隊によるオーストラリア北部へのローテーション展開、豪軍の施設・区域への米空軍機のアクセス拡大、共同演習・訓練の機会の拡大を発表した。12(平成24)年4月以降の米海兵隊のオーストラリア北部へのローテーション展開開始(19(令和元)年は約2,500名の米海兵隊員が展開)、米空軍のB-52戦略爆撃機やF-22戦闘機などの訓練参加のためのオーストラリアへの随時展開は、これに基づいたとされている。また、米軍が展開するダーウィンやティンダルなどの施設、飛行場及び訓練場の増強も実施・計画されている。

(2)中国との関係

オーストラリアは、国防白書2016において、中国との関係について、米国とは異なる意味で重要であるとして、中国経済の継続的成長とそれが自国とインド太平洋地域の国々にもたらす機会を歓迎するとしている。そして、中国との国防分野における関係を引き続き発展させ、相互理解の深化、透明性の促進、信頼の構築に向けて努力するとしている。

このような方針のもと、中国とは国防当局間の対話を継続的に実施しているほか、共同演習や艦艇の相互訪問など、両国軍の協力関係を発展させるための交流も行っている。

一方で、オーストラリアは、中国に対する自国の立場を明確に発信する姿勢を見せるなど、対中警戒心を顕在化させている。

南シナ海問題において、豪政府は、中国による埋立及び建設活動に対し強い懸念を表明し、全ての領有権主張国に対して軍事化などの停止を要求しているほか、航行の自由及び上空飛行の自由にかかる権利を行使し続ける旨表明している。外交白書2017では、オーストラリアが最重要と位置づけるインド太平洋地域において中国が米国の地位に挑戦している旨明記した。

豪軍艦艇や米軍艦艇も利用してきたダーウィン港をはじめとする中国資本による豪施設の買収に対しては、内外から懸念の声が上がり、豪政府は17(平成29)年1月、特定の港湾など安全保障上の重要インフラが外国資本に買収されることを防ぐため、監視が必要な施設を洗い出し、売却リスクを精査して関係機関に助言する専門の組織として「クリティカル・インフラストラクチャー・センター」を設置した。同センターは、通信、電気、ガス、水、港湾などの豪の重要インフラへの妨害、スパイ行為、威圧活動を査定することを通じて、外国による関与のリスクを管理している。

中国によるオーストラリア政界への巨額の政治献金や賄賂など、影響力の行使とみられる活動が活発になる中、外国からの内政干渉などを阻止するための法律が可決された。豪政府は、通信分野においても、中国通信企業のファーウェイ(華為)が一部受注していた海底ケーブル事業について豪政府の支援により豪企業が行うことを発表した。また、ファーウェイは18(平成30)年8月、次世代通信規格「5G」の整備事業への同社とZTEの参入を豪政府から禁止された旨、明らかにした。

(3)インドとの関係

オーストラリアは、国防白書2016において、インドがインド太平洋地域において積極的役割を拡大することを歓迎するとともに、インドを主要な安全保障上のパートナーとみなしている。そして、共通の戦略的利益に資するため、インドとのさらなる国防関係の成熟を目指すとしている。

両国は09(平成21)年11月に戦略的パートナーシップ関係に引き上げ、各種戦略対話、軍高官の相互訪問、各軍種間の交流及び軍教育機関への学生の相互派遣などを定期的に実施してきた。14(平成26)年11月、インドのモディ首相が、同国の首相としては28年ぶりにオーストラリアを訪問し、研究、開発及び産業分野への防衛協力の拡大、国防大臣間の会談及び海上演習の定期的開催、両国の各軍種間における協議の開催などについて合意した。その後、両国は、海軍艦艇の相互訪問や合同海軍演習を行うなど、両国の相互交流は着実に進んでいる。

参照本章7節1項2(インド軍事)

(4)東南アジア及び太平洋島嶼国との関係

オーストラリアは、国防白書2016において、東南アジア及び南太平洋の海域を含む近隣地域の安全を自国の戦略的利益とみなしている。特に、東南アジアにおける不安定や紛争は、自国の安全保障上及び各国との経済関係への脅威となり得るとしている。さらに、オーストラリアは東南アジア各国との海上貿易及び東南アジアを通過する海上貿易に依存しており、これらのシーレーンの安全は、航行の自由とともに保障されなければならないとしている。こうした認識のもと、オーストラリアは、東南アジアの海洋安全保障と太平洋島嶼国などの政府による安全の確立・強化に資する軍事的貢献を行うとしている。

インドネシアとは、06(平成18)年11月の幅広い防衛分野における協力をうたった安全保障協力の枠組みであるロンボク協定への署名、10(平成22)年3月の戦略的パートナーシップへの引き上げ及び12(平成24)年9月のテロ対策や海上安全保障での協力強化などが盛り込まれた防衛協力協定の締結などを経て、安全保障・国防分野の関係を強化してきた。両国間の安全保障・国防分野の協力関係は断続的に停滞した時期もあったが、その後、15(平成27)年後半に入り、閣僚級の往来が再開されたほか、外務・防衛閣僚協議(2+2)の定期開催や18(平成30)年の海上安全保障やテロリズムに関する防衛協力協定及び海洋協力行動計画への署名などを通じ、両国関係は改善している。

シンガポール及びマレーシアとは、両国に対する攻撃や脅威が発生した場合、オーストラリア、ニュージーランド、英国がその対応を協議する「五か国防衛取極(FPDA:Five Power Defence Arrangements)」(1971(昭和46)年発効)があり、この枠組みに基づき南シナ海などにおいて定期的に共同統合演習を行っている。シンガポールについては、オーストラリアの最も進んだ国防パートナーであり、安全な海上貿易環境に対する利益を共有するとしている。16(平成28)年10月には、包括的戦略パートナーシップのもと、オーストラリアにおける軍事訓練及び訓練区域の開発に関する了解覚書に署名するなど、防衛協力も進んでいる。マレーシアに対しては、同国のバターワース空軍基地に豪軍を常駐させるとともに、南シナ海やインド洋北部の哨戒活動を通じて、同地域の安全と安定の維持に貢献している。

太平洋島嶼国及び東ティモールに対しては、治安維持、自然災害対処及び海上警備などの分野における支援を主導的に行っている。特に、海上警備分野においては、現在も定期的に豪軍アセットを南太平洋に派遣して警備活動を支援しているほか、23(令和5)年までに新型のガーディアン級哨戒艇21隻を太平洋島嶼国及び東ティモールに提供する予定である。18(平成30)年11月には、最大30億豪ドルという過去最高となる資金を太平洋島嶼国におけるインフラ構築にあてる旨発表し、関係の強化を図っている。19(令和元)年5月、モリソン首相は、総選挙後の組閣直後に、「パシフィック・ステップ・アップ」と称する太平洋島嶼国への積極的な関与を継続する旨表明し、組閣後初の外遊先として同年6月にソロモン諸島を訪問し、太平洋島嶼国を重視する姿勢を鮮明にしている。

参照本章5節2(ニュージーランド)
本章6節(東南アジア)

(5)海外における活動

オーストラリアは、国防白書2016において、国防戦略上の目標として、ルールに基づく国際秩序における国益に資する共同オペレーションへの軍事的貢献を挙げており、こうした目標に沿って、軍を海外に派遣し、活動させている。

中東地域においては、米国などの対テロ作戦支援のため、E-7A早期警戒管制機1機及びKC-30A給油機1機を派遣している。イラクでは、イラク治安部隊への軍事面の助言及び支援活動、能力構築支援を行っており、アフガニスタンでは、NATO主導によるアフガン軍の訓練、助言及び支援任務に当たっている。

また、航空機や艦艇を派遣し、ホルムズ海峡を含む中東地域、インド洋、南シナ海、太平洋島嶼国周辺の海上監視を行っている。

18(平成30)年以降、国連安保理決議で禁止されている北朝鮮籍船舶の「瀬取り」を含む違法な海上活動に対して、哨戒機及び艦艇による警戒監視活動を行った。

1 国家安全保障戦略は約5年ごとに見直しが行われることとされているが、現時点では新たな発表はされていない。

2 1952(昭和27)年に発効したオーストラリア・ニュージーランド・米国間の三国安全保障条約。ただし、ニュージーランドが非核政策をとっていることから、1986(昭和61)年以降、米国は対ニュージーランド防衛義務を停止しており、オーストラリアと米国の間及びオーストラリアとニュージーランドの間でのみ有効