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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

➏ 対外関係

1 全般

ロシアは、国際関係の多極化、グローバルパワーのアジア太平洋地域へのシフトのほか、国際関係において力がますます重要になってきているとの認識のもと、国益を実現していくことを対外政策の基本方針としている2。また、外交は国家安全保障戦略に基づき、国益の擁護のため、オープンで合理的かつ実利的に行うこととしており、無駄な対立は避け、世界各地にパートナー国をできる限り多数獲得するなど、多角的な外交を目指している。

また、ロシアは、世界経済の牽引役と認識するアジア太平洋諸国とも関係を強化すべきとしており、昨今、中国とインドを重視している。特に中国については、ウクライナ危機以降、西側諸国との対立の深まりと反比例するかのように連携を強化する動きが見られる。

一方、欧米諸国との間での協力関係の強化のための取組については、ウクライナ危機を受け、引き続き試練に直面しているが、シリア情勢をめぐっては、シリアの安定やISILをはじめとする国際テロ組織への対応の観点から、協力の可能性を模索している。

今後ロシアが各国との関係を進展させるため、経済面を中心とした実利重視の対外姿勢と、安全保障面を含む政治・外交的側面とのバランスをどのようにとるか注目される。

2 米国との関係

プーチン大統領は、米国との経済面での協力関係の強化を目指しつつ、一方で、ロシアが「米国によるロシアの戦略的利益侵害の試み」と認識するものについては、米国に対抗してきた。

軍事面においては、ロシアは、米国が欧州やアジア太平洋地域を含む国内外にMDシステムを構築していることについて、地域・グローバルな安定性を損ない、戦略的均衡を崩すものと反発してきており、MDシステムを確実に突破できるとする戦略的な新型兵器の開発などを進めている。

ウクライナ危機をめぐって米国が14(平成26)年3月以降、ロシアとの軍事交流を中断している中、両国の航空機や艦船の接近事案がたびたび生起している。19(令和元)年6月には、フィリピン海で米軍とロシア軍の艦船が異常接近する事案が生起したが、米露双方ともに相手側による危険行為であるとして相互に非難している。

また、米国は宇宙におけるロシアの活動に警戒を強めている。20(令和2)年2月、レイモンド米宇宙コマンド司令官は、近年のロシアの衛星の活動について「異常かつ不穏」であり「責任ある宇宙活動国の行動を反映していない」とロシアを批判した。さらに、同年4月、同司令官は、ロシアによる対衛星兵器発射試験を公表するとともに、「ロシアが米国の能力の制限を目的として宇宙における軍備管理の提案を偽善的に提唱しつつ、他方では自国の対宇宙兵器計画を停止する意図は全く持っていないということのさらなる証拠である」と指摘した。

3 中国との関係

中国との関係では、15(平成27)年にS-400地対空ミサイルやSu-35戦闘機といった新型装備の輸出契約を締結したほか、2012年以降、中露海軍共同演習「海上協力」を実施するなど、緊密な軍事協力を進めている。最近では、19(令和元)年7月、ロシアのTu-95長距離爆撃機2機が中国のH-6爆撃機2機とともに、日本海から東シナ海にかけて飛行した。中露はともに、今回の共同飛行について、両国の年次軍事協力計画に基づく「初の中露共同哨戒飛行」としている。また、同年9月には、ロシアのショイグ国防相と中国中央軍事委員会の張副主席出席のもとモスクワで開かれた軍事技術協力に関する中露合同政府間委員会において、軍事及び軍事技術協力に関する一連の文書が署名された。これに先立つ6月の中露首脳会談では、両国首脳は「新時代に突入する包括的パートナーシップ及び戦略的相互協力の関係の発展に関する」共同声明を発表した。なお、同声明では「両軍関係の新たなレベルへの格上げ」が謳われていたため、両国による「軍事同盟」締結の可能性を指摘する向きもあったが、両国当局はともに軍事同盟関係を明確に否定した。

このように、中露の軍事協力が進展していることが窺われる事例が見られる中、21(令和3)年には、01(平成13)年7月に両国間で締結された「中露善隣友好協力条約」が期限切れとなるため、近年の両国の連携強化を踏まえ、今後の動向が注目される。

参照図表I-2-4-4(中露による共同哨戒飛行(2019(令和元)年7月23日))

図表I-2-4-4 中露による共同哨戒飛行(2019(令和元)年7月23日)

4 ウクライナとの関係

ロシアによるクリミア「併合」後、ウクライナ東部においては、ウクライナ軍と分離派勢力との間で散発的な戦闘が続いており、14(平成26)年4月以降、死亡者は1万人を超えたとされる。OSCE、ロシア、ウクライナ三者が和平に向けて結んだ「ミンスク合意」3に定められた規定の多くにおいて進捗が見られない状況が続いている。18(平成30)年5月にはロシア本土とクリミア半島を直接結ぶクリミア橋が開通するなど、ロシアによる事実上のクリミア半島の支配が進んでいる。

このような中、19(令和元)年5月、ウクライナでゼレンスキー氏が大統領に就任し、ロシアとの紛争解決・関係改善に意欲を示すと、ロシア大統領報道官は両国関係の正常化はウクライナ次第であるとの立場を見せた。同年12月、ウクライナ東部紛争の解決にかかるロシア、ウクライナ、フランス、ドイツの4か国首脳会談がパリで3年ぶりに開催され、完全な停戦、年内の被拘束者交換の実施等で合意した。同年9月及び12月、ロシアとウクライナとの間で被拘束者の交換が実施された。

5 その他諸国との関係
(1)旧ソ連諸国との関係

ロシアは、独立国家共同体(CIS:Commonwealth of Independent States)との二国間・多国間協力の発展を外交政策の最も重要な方向性の一つとしている。また、自国の死活的利益がCISの領内に集中しているとし、モルドバ(トランスニストリア)、アルメニア、タジキスタン及びキルギスのほか、09(平成21)年8月にCISを脱退したジョージア(南オセチア、アブハジア)及び14(平成26)年3月にCISの脱退を表明したウクライナ(クリミア)にロシア軍を駐留させ、14(平成26)年11月には、アブハジアと同盟及び戦略的パートナーシップに関する条約を、15(平成27)年には、南オセチアと同盟と統合に関する条約を締結するなど、軍事的影響力の確保に努めている。

中央アジア・コーカサス地域においては、イスラム武装勢力の活動の活発化に伴い、テロ対策を中心とした軍事協力を進め、01(平成13)年5月、CISの集団安全保障条約機構(CSTO:Collective Security Treaty Organization)4の枠組みにおいて合同緊急展開部隊を創設した。また、09(平成21)年6月には、CISの合同緊急展開部隊の機能を強化した常設の合同作戦対応部隊を創設している。

かつて「ソ連崩壊は20世紀の最大の地政学的悲劇だった」とプーチン大統領は述べたが、CISやCSTOに加えて、15(平成27)年にはユーラシア経済同盟も創設されるなど、旧ソ連圏の結束・強化を図っている。

(2)アジア諸国との関係

ロシアは、多方面にわたる対外政策の中で、アジア太平洋地域の意義が増大していると認識し、シベリア及び極東の社会・経済発展や安全保障の観点からも同地域における地位の強化が戦略的に重要としている。また、戦略的安定性及び対等な戦略的パートナーシップの実現のため、特に、中国との包括的パートナーシップ関係及び戦略的協力関係をグローバルかつ地域的な安定性維持のための重要な要素とみなし発展させるとともに、インドとの優先的な戦略的パートナーシップ関係に重要な役割を付与することとしている。

インドとの関係では、18(平成30)年に地対空ミサイル・システム「S-400」やアドミラル・グリゴロヴィチ級フリゲートといった新型装備の対印供給契約を結んでおり、超音速巡航ミサイル「ブラモス」の共同開発を完了し、現在、極超音速巡航ミサイル「ブラモスII」の共同開発を行っている。このほか、12(平成24)年にリース方式により提供したアクラ級攻撃型原子力潜水艦(1隻)のほか、19(平成31)年3月にも別のアクラ級潜水艦のリース契約を締結した。また、03(平成15)年以降、陸軍及び海軍のほか、近年は空軍も加わる形で露印共同演習「インドラ」を行うなど、幅広い軍事協力を継続させている。

北朝鮮の核問題については、19(令和元)年12月、中国とともに、国連安保理決議に基づく制裁を一部解除する内容を含む決議案を国連安保理理事国に配布した。

このほか、近年ラオスとも装備品及び地雷・不発弾処理の分野で防衛協力を進展させており、19(令和元)年12月、初の陸軍共同演習「ラロス2019」をラオスで実施し、両国の戦車部隊等、500人以上の人員が参加した。

わが国との関係では、互恵的協力を発展させるとしており、近年、政治、経済、安全保障など、多方面において働きかけを強めている。

(3)欧州諸国との関係

NATOとの関係については、NATO・ロシア理事会(NRC:NATO-Russia Council)の枠組みを通じ、ロシアは、一定の意思決定に参加するなど、共通の関心分野において対等なパートナーとして行動してきたが、ウクライナ危機を受けて、NATOや欧州各国は、NRCの大使級会合を除き、軍事面を含むロシアとの実務協力を14年以降停止している。ウクライナ情勢をめぐって、NATOはロシアへの非難声明を発出し、東欧・バルト諸国に軍事力を追加的に展開しているが、加盟国内部ではロシアへの対応に温度差がある。

一方、19(令和元)年7月、イタリアを公式訪問したプーチン大統領は、ロシア・EU関係について「接近のチャンスは常にあるが、その多くは欧州側次第だ」と発言するなど、強気の外交姿勢を崩していない。

なお、同年9月、ロシアとフランスは7年ぶりに外務・防衛担当閣僚協議(「2+2」)をモスクワで開催するなど、対話を加速させている。

ロシアはウクライナとの国境付近に2個師団、ベラルーシとの国境付近に1個師団を配置していることを明らかにしているほか、17(平成29)年9月に戦略指揮参謀部演習「ザーパド2017」を西部軍管区及びベラルーシで実施した。同年10月、NATO側は同演習についてNATO・ロシア理事会でも取り上げ、ロシアの事前発表よりも、実際の参加兵士の人数が大きく上回り、また、実施領域が広かった点などを指摘したが、懸念されたロシアによる隣国への侵攻やベラルーシにおける部隊残置はみられなかった。

NATOが軍事力を展開しているバルト諸国周辺空域においては、ロシア軍機の活動が活発化している。英空軍のヒリアー参謀総長は19(令和元)年7月、バルト海上空でロシア側の活動に対処するため緊急発進(スクランブル)を頻繁に実施していることを明らかにした。米空軍のゴールドフェイン参謀総長もバルト諸国周辺でのロシア軍の活動が増加していることを認めている。

(4)中東・アフリカ諸国との関係

15(平成27)年9月以降、ロシア軍は、シリア国内のタルトゥース海軍基地及びフメイミム航空基地を拠点として確保しつつ、戦闘爆撃機や長距離爆撃機による空爆のほか、カスピ海や地中海に展開した水上艦艇や潜水艦からの巡航ミサイル攻撃を実施している。16(平成28)年12月には、シリア全土でロシア及びトルコ主導によるアサド政権と反体制派との間の停戦合意が発効し、17(平成29)年1月以降、ロシアはISIL及び「ハヤート・タハリール・シャム」(HTS)(旧ヌスラ戦線)との戦闘を継続しつつ、トルコ及びイランとともにシリア和平協議をカザフスタンのアスタナで開催するなど、将来的な政治的解決を見据えた取組もみせながら、中東での存在感を増してきている。

同年12月には、プーチン大統領がシリアにある露軍基地を訪問し、シリアにおけるテロとの闘いがおおむね解決されたこと、シリア内の2つの基地を今後も恒常的に運用していくこと、シリアのロシア軍部隊の大半をロシアへ再配置させることを決定したことなどを発表した。

ロシア国防省は19(令和元)年11月、フメイミム基地に加えシリア北東部のカミシリ空港にもヘリコプター部隊を配備したと発表し、引き続きシリアでのプレゼンスを維持している。

参照3章8節(国際テロリズムの動向)

ロシアによる軍事介入の目的は、①ロシアと友好的なアサド政権の存続、②シリアにおけるロシア軍基地などの権益の防衛、③ISILをはじめとする国際テロ組織による脅威への対応及び④中東地域での影響力確保などが考えられ、これまでのところ、アサド政権による支配地域の回復とロシアの権益擁護に資してきているとみられる。また、巡航ミサイルや戦略爆撃機を用いたシリアでの作戦は、ロシアの長距離精密打撃能力を誇示する格好の場となった。ロシアの軍事介入がアサド政権の帰趨に重大な影響を与えていることや、ロシアとトルコやイランなど周辺国との連携拡大を考慮すると、今後のシリアの安定や、政治的解決プロセスにおけるロシアの影響力は無視できないものとなっている。

ロシアとトルコは、シリア情勢をめぐり、それぞれ対立する勢力を支援しつつも、直接対決を避け、利害を調整している。19(令和元)年10月、米軍がシリア北部からの撤収を発表すると、両国は、シリア北部におけるロシア軍警察とトルコ軍による合同パトロールを実施すること等で合意した。また、両国は20(令和2)年1月、モスクワでリビア問題を協議するため外務・国防閣僚会議を開催した。この場で両国の仲介により、リビアのシラージュ暫定政権と対立する有力軍事組織「リビア国民軍(LNA)」双方の代表が和平協議に臨んでおり、ロシアはシリア問題に加えて、リビア和平においてもトルコと利害調整しつつ、その影響力を強めている。

19(令和元)年10月、ロシアはソチにおいて、第1回ロシア・アフリカサミットを開催するとともに、ロシア・南アフリカ軍事協力合意(95(平成7)年署名)に基づき、ロシアの戦略爆撃機Tu-160×2機などを南アフリカに派遣した。同年11月には、南アフリカ沖でロシア、中国、南アフリカの海軍による初の3か国共同演習が実施された。また同月、インド洋北部等で、ロシア、中国、イランの海軍による初の3か国共同演習が実施された。このように、ロシアは中国と連携して多国間演習においても活動の幅を広げている。

6 武器輸出

ロシアは、軍事産業基盤の維持、経済的利益のほかに、外交政策への寄与といった観点から武器輸出を積極的に推進しているとみられ、輸出額も近年増加傾向にある5。また、07(平成19)年1月、武器輸出権限を国営企業「ロスオボロンエクスポルト」に独占的に付与し、引き続き、輸出体制の整備に努めている。さらにロシアは、軍事産業を国家の軍事組織の一部と位置づけ、スホーイ、ミグ、ツポレフといった航空機企業の統合を図るなど、その充実・発展に取り組んでいる。

ロシアは、アジア、アフリカ、中東などに戦闘機、艦艇、地対空ミサイルなどを輸出している。近年、中国との間では、24機の「第4++世代戦闘機」Su-35や2個連隊分の地対空ミサイル・システムS-400が輸出された。この取引が成立した背景として、中国は兵器の国産化を進めているものの、最先端の装備についてはロシアからの技術導入を引き続き必要としている一方、ロシアはウクライナ危機に起因する外交的孤立化の回避や、武器輸出による経済的利益の獲得を目指していたため、中露双方の利害が一致したとの指摘がなされている。また、近年ロシアは、従来の武器輸出先に加え、トルコやサウジアラビア等の米国の同盟国や友好国に対しても積極的な売り込みを図っている。特にNATO加盟国のトルコへのS-400の輸出をめぐっては米国の反発を招いた。さらにロシアは、トルコに対してSu-35戦闘機のみならず、第5世代戦闘機のSu-57も輸出する用意がある旨明らかにしている。

解説第4世代・第5世代戦闘機とは

戦闘機の世代区分に明確な基準はないが、一般的な区分として、「第4世代戦闘機」は、1980年代以降に製造され、エンジン出力による高い運動性能や高性能の火器管制レーダーなどを保有する戦闘機を指す(例えば、ロシアのSu-27、米国のF-15、中国のJ-16に相当)。「第5世代戦闘機」は、2000年代以降に製造され、ステルス性能やネットワーク化された各種電子機器等の最新技術が結合された高機能の戦闘機(例えば、ロシアのSu-57、米国のF-35、中国のJ-20に相当)。なお、ロシアは「第4世代を2段階バージョンアップした戦闘機」としてSu-35や開発中の、Mig-35などを「第4++世代」と独自に分類している。

兵器展示会「MAKS-2019」でトルコのエルドアン大統領にSu-57を案内するプーチン大統領【SPUTNIK/時事通信フォト】

兵器展示会「MAKS-2019」でトルコのエルドアン大統領にSu-57を案内するプーチン大統領【SPUTNIK/時事通信フォト】

2 「ロシア連邦対外政策構想」(16(平成28)年11月)による。

3 14(平成26)年9月のミンスク合意は次の項目からなる。①双方による武器の即時使用停止、②武器の使用停止を欧州安全保障協力機構(OSCE:Organization for Security and Co-operation in Europe)が監視、③ドネツク及びルハンスク州の特別な地位に関する法律を採択、④ウクライナとロシアの間に安全地帯を設置し、OSCEが監視、⑤全捕虜の即時解放、⑥ドネツク及びルハンスク州事案に関連する起訴・科刑を禁止、⑦包括的な全国民的対話の継続、⑧ドンバスにおける人道状況改善施策の実施、⑨ドネツク及びルハンスク州の前倒し選挙の実施、⑩ウクライナ領内の不法武装勢力・戦闘員・傭兵の撤退、⑪ドンバスの経済復興及び社会生活再建の計画立案、⑫本協議参加者の個人の安全を保証。

4 92(平成4)年5月にウズベキスタンのタシケントにおいてアルメニア、カザフスタン、キルギスタン、ロシア、タジキスタン、ウズベキスタンの6か国首脳が集団安全保障条約(CST:Collective Security Treaty)に署名した。93(平成5)年にはアゼルバイジャン、ジョージア、ベラルーシの3か国が加わり、同条約は94(平成6)年4月に発効した。しかし、99(平成11)年にアゼルバイジャン、ジョージア、ウズベキスタンは同条約を更新することなく脱退した。02(平成14)年5月にCSTは集団安全保障条約機構に改編された。なお、06(平成18)年8月にウズベキスタンはCSTOに復帰したが、12(平成24)年6月にCSTOへの参加停止を通告、事実上、同機構を脱退した。

5 ストックホルム国際平和研究所(SIPRI:Stockholm International Peace Research Institute)によれば、15(平成27)年から19(令和元)年の間のロシアの武器輸出は、10(平成22)年から14(平成26)年の間に比べて18%減少している。また、ロシアは武器輸出の世界シェアで米国に次ぐ2位(21%)となっている。