私は、1970(昭和45)年1月から翌年7月まで防衛庁長官(第26代)を務めましたが、在任期間中に力を注いだものの一つが『防衛白書』の創刊でした。
私が長官に就任する以前から、防衛庁は白書の刊行を検討していましたが、日の目を見るに至っていませんでした。当時は、国民意識の中の厭(えん)戦感や嘗(かつ)ての軍隊のイメージもあって、自衛隊に対する風当たりがまだまだ強い時代でした。白書の刊行によって国会で野党の追及を受け、不必要な疑心を国民の中に招きかねないとして、庁内では白書の刊行に対する慎重な声が根強く、歴代の防衛庁長官にとって白書はある意味タブーのような存在でした。
私が白書の刊行を推進したのは、国の防衛には、何よりも国民の理解と積極的な支持、協力が不可欠であるという信念があったからです。そのために当時の私は、「国民の広場」に防衛庁・自衛隊を持ち出すことで、広く国民の皆さんに、茶の間で防衛問題を議論していただきたいと思っていました。そこで、事務当局を叱咤激励し、私もペンを執って原稿を修正し、1970(昭和45)年10月20日、ついに初めての『防衛白書』が閣議で配布されるに至りました。
その『防衛白書』が刊行を重ね、今回、40回目を迎えました。この間、国民の自衛隊を見る眼も大きく変わりました。今となっては信じられないことかもしれませんが、初めての白書が刊行された当時は、国民の防衛に対する理解や意識も低いままに自衛官が大学への受験や入学を拒否されるというケースもありました。しかし、自衛隊が国の安全保障の最前線に立ち、防衛や災害救助に邁(まい)進するその姿を見て、今や国民からの信頼も厚い組織になっています。自衛隊を理解していただくために『防衛白書』を創刊した者にとって、この上ない喜びと申せましょう。
20世紀は戦争の世紀でした。21世紀にこの悲劇を繰り返してはなりません。現在、世界情勢は大転換期にあり、それに伴って安全保障環境も混沌を呈しています。こうした中で、わが国と世界全体の平和と繁栄を守るために、わが国の防衛政策はどうあるべきか。『防衛白書』を通して防衛問題を「国民の広場」で議論していただく必要性はその創刊当時と比べ、むしろ大きくなっていると言えます。国民生活の安心安全を図り世界と国の発展繁栄を希求する意味でも、多くの国民に『防衛白書』を読んでいただくことを願っています。