第1章 わが国を取り巻く安全保障環境 

7 中央アジア


 中央アジアは、アジアの中央という漠然とした概念であるが、一般に、ウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、タジキスタンおよびトルクメニスタンの旧ソ連5か国からなる地域をさす。この地域は、カスピ海沿岸を中心に、世界有数の石油、天然ガスに恵まれる1一方、近年イスラム原理主義運動とこれを信奉する組織によるテロ事件の頻発に直面している。また、9.11テロ後のアフガニスタンに対する対テロ作戦の後方基地として重要な位置を占めている。
 この地域に位置する上記の5か国は、ソ連崩壊の過程でそれぞれ独立したが、いずれの国も、ロシア、ベラルーシ、ウクライナのスラブ3か国が提唱した独立国家共同体(CIS:Commonwealth of Independent States)に参加した2。中でもカザフスタン、キルギス、タジキスタンの3か国は、自国の安全保障の基盤をロシアとの関係に置いている。
 これら3か国は、ロシアが主導するCIS集団安全保障条約(92(平成4)年)、統合防空システム創設協定(95(同7)年)および国境警備協力条約(95(同7)年)に加盟しているほか、テロ対策を重視するCIS合同緊急展開部隊に参加している。キルギスにおいては、CIS合同緊急展開部隊を強化するため、03(同15)年にロシア空軍の常駐基地が開設された。また、ロシアは、タジキスタンにも1個師団(約8,000人)を駐留させていたが、04(同16)年10月にはタジキスタンと協定を締結し、同国内にロシア軍基地を確保した。
参照> 本節4のイ
 一方、ウズベキスタンは、99(同11)年にCIS集団安全保障条約から脱退し、独自の安全保障体制を強化する動きをみせると同時に、アフガニスタンにおける対テロ作戦で米国に対し積極的な協力姿勢を示していた。しかし、同国は昨年5月のウズベキスタン東部における暴動事件をめぐって対米関係を悪化させ、同年11月にはロシアと同盟関係条約を結び、親ロシア路線へ転換する姿勢をみせている3
 トルクメニスタンは、CISには加盟しているものの、CISのその他の経済と安全保障の枠組みには当初から一切参加せず、イスラム過激派勢力に対する中央アジア諸国の協力にも参加していない。
 また、中央アジア地域においては、CISの枠組みによらない安全保障の枠組みも模索されている。トルクメニスタン以外の4か国は、上海協力機構(SCO)の加盟国であり、この枠組の下、テロへの共同対処を目的に設置された「地域対テロ機構(RATS:Regional Antiterrorist Structure)」についても、対テロ演習に参加するなど積極的に関与している。このほか、アジア全域の信頼醸成を目的とするアジア相互協力信頼醸成会議(CICA:Conference on Interaction and Confidence-Building Measures in Asia)4がカザフスタンにより提唱され、02(同14)年に最初の首脳会議が開かれた。
 また、この地域では歴史的にロシアの影響が強いが、9.11テロ後、ウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、タジキスタンは、米国などの対テロ作戦に対する協力を表明したほか、一部の国は、米軍などの駐留を受け入れ、テロとの闘いにおける後方基地の役割を果たしている5
 なお、中央アジアのイスラム過激派勢力は、アフガニスタンに対する米国などの対テロ作戦により、大きな打撃を受けたと見られ、活動が低下している。


 
1)近年、カスピ海沿岸は、将来のエネルギー供給地として世界の注目を集めた。カスピ海の沿岸国は、旧ソ連時代にはソ連とイランのみであったが、ソ連崩壊後にカザフスタン、アゼルバイジャン、トルクメニスタンが加わって5か国に増えた。領有権問題については、各国の意見が対立しているため、現在も交渉が続いている。

 
2)これは、これら5か国がそれまで安全保障、経済などあらゆる面で共和国分業体制を前提とするソビエト連邦体制に依存していたため、その中心であったロシアとの密接な関係を大きく変化させることが事実上不可能であったためとされる。

 
3)ウズベキスタンは昨年、欧米指向の政策をとる地域的枠組みであるGUAMから脱退する一方、本年6月にはCIS集団安全保障条約に復帰した。

 
4)カザフスタンのナザルバエフ大統領が92(平成4)年の第47回国連総会において提唱した。中国、ロシア、インド、パキスタン、トルコ、モンゴル、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、アゼルバイジャン、ウズベキスタン、アフガニスタン、エジプト、イスラエル、イランおよびタイの16か国とパレスチナ自治政府が参加している。

 
5)中央アジアにおける米軍は、ウズベキスタン政府の撤退要求を受け、昨年11月に同国のハナバード基地から撤退したため、現在、キルギスのマナス基地に、アフガニスタンで活動する国際治安支援部隊(ISAF)の支援要員約5名が駐在しているのみである。なお、同基地については、現在、基地用地の賃貸料などを巡って米国とキルギス政府間の交渉が継続している。


 

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