第1章 わが国を取り巻く安全保障環境 

2 軍事


(1)全般
 中国は、国家の安全保障のための基本的目標と任務として、国家主権、領土、海洋権益を守り、経済と社会の発展を促進し、総合的国力を継続して増強することをあげている。こうした目標と任務を達成するため、中国は、経済建設とバランスの取れた国防建設を進めることとしている。また、90年代以降、湾岸戦争やコソボ紛争、イラク戦争などにおいて見られた世界の軍事発展の趨勢(すうせい)に対応し、情報化戦争に勝利するという軍事戦略8に基づいて、「中国の特色ある軍事変革」を積極的に推し進めるとの方針をとっている。具体的には、陸軍を中心とした兵員の削減と核・ミサイル戦力や海・空軍を中心とした全軍の近代化を進めるとともに、高い能力を持つ人材の育成に努めている。また、各軍・兵種間の統合作戦能力の向上にも重点を置いている。

(2)軍事力の透明性
 中国は、従来から、具体的な装備の保有状況、整備ペース、部隊レベルの編成、軍の主要な運用や訓練実績、国防予算の総額や内訳の詳細などについて明らかにしていない。中国が、政治、経済的に地域の大国として着実に成長し、軍事に関しても、地域の各国がその動向に注目する存在となっている中、中国に対する懸念を払拭するためにも、中国が国防政策や軍事力の透明性を向上させていくことが重要である。
 中国は、98(平成10)年以降2年ごとに、総合的な国防白書である「中国の国防」を発表してきており、04(同16)年12月にも「2004年の中国の国防」を発表した。中国が、自国の安全保障についてまとまった文書を継続して発表していることは、軍事力の透明性向上に資する動きとして評価できる。他方で、たとえば、国防費の内訳の詳細などについては、人員生活費、活動維持費、装備費に3分類し、それぞれの総額を公表しているのみであり、過去4回の白書によって、目に見える形で透明性の向上が図られてきたわけではない。次回国防白書を含め、今後のさまざまな機会を通じて、中国が軍事力などの透明性を高めていくことが望まれる。

(3)国防費
 国家の軍事力を量る1つの要素である国防費に関して、中国は、2006年度の国防予算を約2,807億元、前年度比14.7%の増加と発表した。中国の公表する国防費は、当初予算比で18年連続の二桁の伸び率を達成したが、この公表国防費の増額のペースは、5年毎におよそ倍額となるペースであり、過去18年間で中国の公表国防費は、名目上13倍の規模となった。中国は、国防と経済の関係について、「2004年の中国の国防」白書において、「国防建設と経済建設を協調的に発展させる方針を堅持する」と説明し、国防建設を経済建設と並ぶ重要課題と位置付けている。このため、中国が国防に対する資源配分を急激に高める可能性は大きくない9と考えられるが、近年の国防費の増加傾向を踏まえると、引き続き今後も軍事力の近代化が推進されていくものと考えられる。今後中国が、前年度比15%前後の伸び率で国防費の増額を継続していけば、2008年には、中国の公表国防費は、わが国の防衛予算を大きく超えることになる。
 また、中国が国防費として公表している額は、中国が実際に軍事目的に支出している額の一部にすぎないとみられていること10に留意する必要がある。たとえば、装備購入費や研究開発費などはすべてが公表国防費に含まれているわけではないと考えられる。
 
図表1-2-9 中国の公表国防費の推移

(4)軍事力
 中国の軍事力は、人民解放軍、人民武装警察部隊11と民兵12から構成されている。人民解放軍は、陸・海・空軍と第二砲兵からなり、中国共産党が創建、指導する人民軍隊とされている。人民解放軍の戦力については、規模は世界最大であるものの、旧式な装備も多く、火力・機動力などにおいて十分な武器などが全軍に装備されているわけではないため、引き続きその近代化が推進されている。このような中で、客観的に評価して、軍の近代化の目標が、中国の防衛に必要な範囲を超えるものではないのか慎重に判断されるべきであり、このような近代化の動向については、今後とも注目していく必要がある。
 
図表1-2-10 中国軍の配置と兵力

ア 核戦力・弾道ミサイル
 中国は、核戦力について、抑止力の確保、通常戦力の補完および国際社会における発言力の確保という観点から、1950年代半ばごろから独自の開発努力を続けており、その運搬手段としては、弾道ミサイルのほか、中距離爆撃機H-6(Tu-16)を百数十機保有している。
 弾道ミサイルについては、現在、大陸間弾道ミサイル(ICBM:Intercontinental Ballisitic Missile)を約30基保有する。その主力は、固定式の液体燃料推進方式のミサイルであると考えられるが、一般的にこの種類のミサイルは、発射直前に時間をかけて液体燃料を注入する必要があり、発射の兆候を事前に察知され、先制攻撃を受けることも考えられる。そのため、中国は、固体燃料推進方式の新型ICBMや潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM:Submarine-Launched Ballistic Missile)などの開発も進めており、自国内で新型ICBMであるDF-31シリーズの発射実験を行っている。また、わが国を含むアジア地域を射程に収める中距離弾道ミサイル(IRBM/MRBM)を相当数保有している。従来から、液体燃料推進方式のDF-3が配備されており、最近では、固体燃料推進方式で、発射台付き車両(TEL:Transporter-Erector-Launcher)に搭載され移動して運用されるDF-21への転換が進みつつあるとみられている。これらのミサイルは、核を搭載することが可能である。さらに、台湾対岸におけるDF-15やDF-11といった短距離弾道ミサイル(SRBM:Short-Range Ballistic Missile)については、少なくとも7百数十基を保有し、年々その数を増加しているとみられている。以上の弾道ミサイルについては、命中精度の向上など性能向上の努力が継続中とみられているほか、多弾頭化などの研究開発も行われていると伝えられる。
 また、中国は、巡航ミサイルの開発も進めているとみられており、実用化に至れば、弾道ミサイル戦力を補完する戦力となると考えられる。
 
図表1-2-11 中国(北京)を中心とする弾道ミサイルの射程

イ 陸上戦力
 陸上戦力については、総兵力の規模は、160万人と世界最大である。中国は、85(昭和60)年以降に軍近代化の観点から実施してきた人員の削減や組織・機構の簡素化・効率化に引き続き努力しており、装備や技術の面で立ち遅れた部隊を漸減し、能力に重点を置いた軍隊を目指している。また、空挺部隊や特殊部隊について、近代的装備の導入を優先し、機動力の向上を図っているものと考えられる。このほか、後方支援能力を向上させるための改革にも取り組んでいる。

ウ 海上戦力
 海上戦力は、北海、東海、南海の3個の艦隊からなり、艦艇約780隻(うち潜水艦約70隻)、約107万5,000トンを保有しており、国の海上の安全を守り、領海の主権と海洋権益を保全する任務を担っている。中国海軍は、潜水艦戦力の面で、近代的なキロ級潜水艦のロシアからの導入の継続や新型国産潜水艦の積極的な建造を行うとともに、駆逐艦やフリゲートといった水上戦闘艦艇については、防空能力や対艦ミサイル能力の向上に努めている。

エ 航空戦力
 航空戦力は、空軍、海軍を合わせて作戦機を約3,530機保有している。第4世代の新型機については急激に増加しており、国産のJ-10戦闘機の量産を開始したほか、ロシアからSu-27戦闘機の導入・ライセンス生産を行っており、また、対地・対艦攻撃能力を有するSu-30戦闘機も導入している。また、以上のような新型機の導入に加えて、空中給油や早期警戒管制といった近代的な航空戦力の運用に必要な能力の獲得に向けた努力を継続している。
 さらに、中国は、航空機の電子戦能力や情報収集能力の向上、周辺諸国に対する情報収集活動にも力を入れるようになってきた。特に、昨年来、中国の航空機によるわが国周辺空域における活動が、これまでになく活発となっている。これら航空機の多くが、わが国に対する何らかの情報収集活動に従事していたと考えられることもあり、このような動向には今後も注目していく必要がある。
参照> 3章2節コラム

 
図表1-2-12 わが国の周辺における中国機の航跡の例
 
わが国の周辺を飛行する中国軍機

(5)軍事態勢
 人民解放軍は、近年、運用面においても近代化を図ることなどを目的として、陸・海・空軍間の協同演習や上陸演習などを含む大規模な演習を行っている。02(平成14)年からは、それまでの軍事訓練大綱を改定した「軍事訓練及び評価大綱」が施行され、科学技術を主体として訓練内容を改革するとともに、絶えず新しい訓練の形式を推進することとされた。同大綱に基づき、人民解放軍総参謀部が示した本年の訓練重点においては、引き続き情報化戦争に勝利するための統合訓練を推進するとともに、実戦的訓練を強化するという方針が示されている。
 また、人民解放軍は、教育面でも、科学技術に精通した軍人の育成を目指している。03(同15)年から、情報化作戦の指揮や情報化された軍隊の建設などを担うための高い能力を持つ人材の育成を目指し、軍隊の人材戦略プロジェクトが推進されており、20(同32)年にかけて、人材建設の大きな飛躍を成し遂げるという目標を掲げている。

(6)国防科学技術の動向
 近年の人民解放軍は、ロシアなど国外から輸入された装備だけでなく、国産の新型装備も導入しており、中国の軍事力近代化は、国防科学技術の発展にも支えられてきている。中国の国防産業は、かつて、過度の秘密主義などによる非効率性のために健全な成長が妨げられてきたが、近年は国防産業の改革が進められている。「2004年の中国の国防」白書では、特に、軍用技術を国民経済建設に役立てるとともに、民生技術を国防建設に吸収するという双方向の技術交流に重点を置いており、具体的には、国防産業の技術が、宇宙開発や航空機工業、船舶工業の発展に寄与してきたとされている。
 このうち、宇宙開発では、03(平成15)年の「神舟5号」による初の有人宇宙飛行の成功に続き、昨年10月にも、2人の飛行士を乗せた「神舟6号」が、5日間の宇宙飛行を成功させ、あらためてこの分野における中国の技術力を世界に印象付けた。中国の宇宙開発分野と軍事分野では、組織面のつながりがあり、宇宙ロケットと弾道ミサイルなどについては、技術を共有する部分もあることから、双方向の技術交流は、今後一層推進されていくものと考えられる。

(7)海洋における活動範囲の拡大
 04(同16)年11月に、中国の原子力潜水艦が、国際法違反となるわが国の領海内での潜没航行を行ったほか、何らかの訓練と思われる活動や情報収集活動を行っていると考えられる中国海軍艦艇や、わが国の排他的経済水域において海洋調査と見られる活動を行う中国の海軍艦艇や政府船舶が、近年、わが国の近海において視認されてきた。また、中国は、その契約鉱区や構造が日中中間線の東側まで連続している白樺(中国名「春暁」)油ガス田などでの探鉱・開発を行うとともに、昨年9月には、これらの油ガス田付近を海軍艦艇が航行した13。このように、近年、中国は、海洋における活動を活発化させてきた。わが国の近海以外でも中国は、ASEAN諸国などと領有権について争いのある南沙(なんさ)・西沙(せいさ)群島における活動拠点を強化しているほか、中東からの原油の輸送ルートにあたるインド洋方面にも関心を有しているとみられている。
 
東シナ海の「樫」ガス田付近を航行する中国海軍艦艇

 中国は、法律などにおいて、海軍が、海洋権益の保全や海上の安全を守る任務を担うと明記している。また、中国の置かれた地理的条件や、グローバル化する経済などの諸条件を一般的に考慮すれば、中国海軍などの海洋における活動には、次のような目標があるものと考えられる。
 第一に、中国の領土や領海を防衛するために、可能な限り遠方の海域で敵の作戦を阻止することである。これは、近年の科学技術の発展により、遠距離からの攻撃の有効性が増していることが背景にある。
 第二に、台湾の独立を抑止・阻止するための軍事的能力を整備することである。例えば、中国は、台湾問題を解決し、中国統一を実現することには如何なる外国勢力の干渉も受けないとしており、中国が、四海に囲まれた台湾への外国からの介入を実力で阻止することを企図すれば、海洋における軍事作戦能力を充実させる必要がある。
 第三に、海洋権益を獲得し、維持および保護することである。中国は、東シナ海や南シナ海において、石油や天然ガスの採掘およびそのための施設建設や探査に着手しており、その中には、中国とわが国の中間線の東側まで、その構造が連続している油ガス田での採掘施設建設も含まれる。昨年9月の中国海軍艦艇による採掘施設付近の航行には、中国海軍が海洋権益を獲得し、維持および保護する能力をアピールする狙いもあったものと考えられる。
 第四に、中国の経済活動がますますグローバル化するにしたがって、その経済活動の生命線ともいうべき自国の海上輸送路を保護することである。将来的に、中国海軍が、どこまでの海上輸送路を自ら保護すべき対象とするかは、そのときの国際情勢などにも左右されるものであるが、近年の中国の海・空軍の近代化を考慮すれば、その能力の及ぶ範囲は、中国の近海を越えて拡がっていくと考えられる。
 以上のような目標を有すると考えられる中国の海洋における活動の活発化については、わが国周辺における海軍艦艇の活動や海洋調査活動を含め、その動向に注目していく必要がある。


 
8)中国は、以前は、世界的規模の戦争生起の可能性があるとの情勢認識に基づいて、大規模全面戦争への対処を重視し、広大な国土と膨大な人口を利用して、ゲリラ戦を重視した「人民戦争」戦略を採用してきた。しかし、軍の肥大化、非能率化などの弊害が生じたことに加え、世界的規模の戦争は長期にわたり生起しないとの新たな情勢認識に立って、1980年代前半から領土・領海をめぐる紛争などの局地戦への対処に重点を置くようになった。また、91(平成3)年の湾岸戦争後は、ハイテク条件下の局地戦に勝利するための軍事作戦能力の向上を図る方針がとられてきている。

 
9)中国の積極財政政策により、本年度の国家予算に占める国防予算の割合は約7.3%であり、近年徐々に低下している。

 
10)米国防省「中華人民共和国の軍事力に関する年次報告」(06年5月)は、中国の実際の国防費は、公表数値の2倍から3倍と見積もっており、海外からの兵器調達、人民武装警察、戦略部隊(核・ミサイル)、国防産業に対する補助金支出、国防関連の研究開発費、予算外収入(軍のビジネスが一部残存)が公表国防費に反映されていないと指摘している。

 
11)党・政府機関や国境地域の警備、治安維持のほか、民政協力事業や消防などの任務を負う。「2002年中国の国防」では、「国の安全と社会の安定を維持し、戦時は人民解放軍の防衛作戦に協力する」とされる。

 
12)平時においては経済建設などに従事するが、有事には戦時後方支援任務を負う。「2002年中国の国防」では、「軍事機関の指揮の下で、戦時は常備軍との合同作戦、独自作戦、常備軍の作戦に対する後方勤務保障提供および兵員補充などの任務を担い、平時は戦備勤務、災害救助、社会秩序維持などの任務を担当する」とされる。

 
13)昨年9月9日、海上自衛隊のP-3C哨戒機が、東シナ海の「樫(中国名「天外天」)」ガス田付近をソブレメンヌイ級駆逐艦1隻ほか計5隻の艦艇が航行し、その一部(ソブレメンヌイ級駆逐艦1隻ほか計3隻)については、同ガス田の採掘施設を周回したことを確認した。


 

前の項目に戻る     次の項目に進む