第1章 わが国を取り巻く安全保障環境 

第1節 国際社会の課題


1 国際テロリズムの動向


(1)全般
 01(平成13)年の9.11テロは、国際テロの脅威を全世界に改めて認識させ、米国をはじめとする各国による「テロとの闘い」が始まる契機となった。
 テロ発生直後に開始された米英軍主導のアフガニスタン攻撃などにより、9.11テロを主導したとされるアルカイダやそれを匿(かくま)ったタリバーンは、指導部の多くが殺害または拘束された。しかしながら、ウサマ・ビン・ラーディンやムラー・ムハンマド・オマル等の指導者や残党は、今もアフガニスタン・パキスタン国境に潜伏しているとされており、米、パキスタン両国軍による掃討作戦が続いている。また、各国は、国際的な連帯を形成し、軍事のみならず、外交、警察・司法、情報、経済など多くの面でテロとの闘いを継続しているが、テロは、世界各地で依然として繰り返されている。
 特に最近では、各地に分散した国際テロ組織の分子およびそのイデオロギーに共鳴した地域のテロ組織や個人が、単独又は協力してテロ活動を実施するという新たな傾向が見られる。例えば、昨年7月に英国ロンドンで発生した地下鉄・バス同時爆破テロは、警察当局の捜査により、外国人テロリストによるものではなく、英国で生まれ育ったイスラム系の移民の子弟らによる自爆テロであることが明らかになった1。また、昨年11月9日、イラクのバグダッド付近で発生した米軍の車列に向けた自爆テロは、中東出身者と結婚したベルギー人女性により引き起こされたことが明らかになっている。
 このように、現代のテロは、従来の形態から形を変えつつ、国際政治から一般市民の生活に至るまでさまざまな分野に重大な影響を与えながら世界に拡散している。
 こうした現状を踏まえ、各国、特に欧州諸国は、ロンドンのテロ以降、テロ対策国内法の整備などテロ対策の強化を行っている。また、ロシア政府は、乗客の搭乗した旅客機や船舶がテロ組織に乗っ取られ、それらが人命損失や大規模の災害をもたらす危険がある場合に撃墜や撃沈を認める旨を定める新たなテロ対策法を本年3月制定するなどの措置をとっている2
 国連、G8、地域協力機構など多国間の枠組みを活用したテロ対策も進んでいる。具体的には、アフガニスタンやイラクなどの復旧・復興支援、テロ関連情報交換体制の強化、テロリストを厳正に処罰するための国際的な法的枠組みの強化、テロ資金対策、ハイジャック対策、出入国管理強化、大量破壊兵器不拡散への取組強化、テロ対策が不十分な国への支援、さらに、発展途上国などにおける貧困、経済社会格差や不公正の是正などのための各種取り組みが行われている。

(2)アフガニスタンおよびその周辺におけるテロとの闘い
 9.11テロ直後の01(平成13)年10月以来、米国は、各国とともに、アフガニスタンおよびその周辺において、アルカイダやタリバーンに対する軍事作戦を継続している。さらに、アラビア海などにおいては、各国の艦艇により、これらの残党の海路を通じた各地への逃亡とアフガニスタンからのテロの拡散を防止する努力が続けられている。
 一方、国際社会は、同年12月のボン合意に基づき、内戦後のアフガニスタンで進められてきた和平プロセスが成功裏に終了したのを受け、同国の復興・再建と国際支援をさらに推進するため、本年1月末にロンドンでアフガニスタン支援国会合を開催し、アフガニスタン協約( Compact)3を作成・合意した。
 これと並行し、アフガニスタンにおける国民生活の安定と国土の復興のため、国連アフガニスタン支援ミッション(UNAMA:United Nations Assistance Mission in Afghanistan)を中心として、各国による復興に向けた協力が行われている。
 また、米国が主導するアフガニスタン多国籍軍(CFC-A:Combined Force Command in Afghanistan)や国際治安支援部隊(ISAF:International Security Assistance Force)4などは、アフガニスタン中央政府の地方への影響力拡大や国際援助活動の実施のため、治安環境の改善などを目的として、軍民一体の地方復興チーム(PRT:Provincial Reconstruction Team)を展開している。なお、軍閥の武装集団の構成員となっている兵士の武装解除、動員解除、社会復帰(DDR:Disarmament, Demobilization, Reintegration)プロジェクトは、本年6月に終了した。

(3)世界各地で発生するテロの動向
 イラクにおいては、03(平成15)年の米英などによる武力行使によるフセイン政権の崩壊以降、治安の悪化と不十分な国境管理によって、国外からテロリストが流入しているとみられており、米国などの軍人のみならず、イラクの一般市民や外国人を標的としたテロがほぼ毎日発生している。また、本年2月にイラク中部のサマラで発生したシーア派の聖廟爆破事件を契機として、宗派対立に起因すると考えられる事件がイラク各地で発生した。このため、イラク移行政府は、バグダッドおよびその周辺において外出禁止令などを出すなど、治安の回復に努め、この結果、事態は沈静化したものの、宗派対立や民族対立をあおることを目的としたテロなどが起きる可能性はイラク新政府の発足後も排除されず、イラクの治安情勢については、引き続き注意が必要である。
参照> 本節3
 イラク周辺国においても、引き続きテロが発生している。昨年7月、エジプトのシナイ半島南部の保養地シャルム・エルシェイクのリゾートホテルなど3か所で爆弾がほぼ同時に爆発し、80人以上が死亡した。また、昨年11月、ヨルダンの首都アンマンで欧米系ホテル3か所が爆破され、50人以上が死亡した。
 また、東南アジアは、イラクおよびその周辺国と並んで大規模テロが発生している地域である。昨年10月、インドネシア・バリ島の外国人が集まるレストランなどで同時爆破テロがあり、日本人1人を含む20人以上が死亡した。インドネシアでは02(同14)年以降毎年大規模テロが発生している5。また、タイ南部においては、04(同16)年以降イスラム系分離独立主義過激派による軍・治安機関などへの襲撃事件が散発的に発生している。
 南アジアにおいては、昨年10月、インドのニューデリーのキリスト教会付近の市場などで爆発があり、50人以上が死亡するなど、カシミール問題をめぐってインドと対立するイスラム系テロ組織によると指摘されるテロが多発した。バングラデシュでは、昨年8月、国内の約480か所でほぼ同時に爆発が発生し、2人が死亡、多数が負傷するテロが発生した。それぞれの爆発は小規模であったが、爆発がほぼ同時に全国的な広がりをもって発生したことから、地元のテロ組織のみによる犯行ではなく、大規模な国際テロ組織が関与しているとの指摘があるが、明確な証拠は確認されていない。
 ロシアにおいては、引き続きロシアからの分離独立を目指すチェチェン武装勢力が活動を継続しており、同勢力が関与したとみられる襲撃事件が昨年10月にロシア南部のカバルジノ・バルカル共和国で発生し、一般市民と武装勢力をあわせて100人以上が死亡した。
 
図表1-1-1 世界の主なテロ(2005年7月−2006年6月)


 
1)自爆テロ犯4人のうち、3人はパキスタン系移民二世。残る1人はジャマイカ生まれで、全員英国籍者であった。

 
2)一方、ドイツでは、本年2月、同国連邦憲法裁判所において、ハイジャックされた航空機を撃墜できる旨を定める航空安全関連法の条項が違憲であり、無効にすべきとの判断がなされるなど、テロ対策に対する認識は各国ごとに異なっている。

 
3)「アフガニスタン協約」は重点分野として、1)治安維持、2)統治、法治および人権擁護、3)経済および社会の発展、4)麻薬対策をあげている。

 
4)安保理決議第1386号(01(平成13)年12月20日)によりカブール周辺の治安維持を主たる任務として設立。安保理決議第1510号(03(同15)年10月13日)により、カブール周辺以外にも活動範囲を拡大。現在は北部および西部を含むアフガニスタンの約50%の領域で活動しており、本年夏に南部地域まで、年内に全域に、活動範囲を拡大していく予定

 
5)02(平成14)年10月12日、バリ島のクラブ2か所で爆破テロが発生し、約200人が死亡。03(同15)年8月5日には、ジャカルタの米系高級ホテル「JWマリオット」付近で自動車爆弾が爆発し、10人以上が死亡。さらに、04(同16)年9月9日、ジャカルタの豪州大使館前で自動車爆弾が爆発し、約10人が死亡


 

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