第1章 わが国を取り巻く安全保障環境 

2 わが国の周辺の安全保障環境


 アジア太平洋地域では、中国やインドなど、急速な経済発展を遂げている国が見られ、経済面を中心として、この地域への世界的な関心が高まるとともに、域内各国間の連携・協力関係の充実・強化が図られてきている。他方で、この地域には、依然として領土問題や統一問題といった従来からの問題が残されており、冷戦終結に伴い、欧州地域でみられたような安全保障環境の大きな変化は、みられていない。
 すなわち、欧州地域では、冷戦時代に想定されていたような国家間の大規模な武力紛争の可能性は消滅し、テロや周辺地域での紛争などが各国共通の安全保障上の脅威として認識されるようになっているが、アジア太平洋地域では、冷戦終結後も各国・地域の対立の構図が残り、安全保障観や脅威認識も各国によってさまざまである。
 朝鮮半島においては、半世紀以上にわたり同一民族の分断が継続し、南北双方の兵力が対峙する状態が続いている。また、台湾をめぐる問題のほか、南沙(なんさ)群島をめぐる領有権の問題なども存在する。さらに、わが国について言えば、わが国固有の領土である北方領土や竹島の領土問題が依然として未解決のまま存在している。なお、本年4月、日韓両国がともに自国の排他的経済水域であると主張する海域において、海上保安庁が、海底地形調査を実施しようとしたところ、韓国側はこれに強く反発した1
 また、本年7月には、韓国政府の海洋調査船が同海域において、海洋調査を開始したため、わが国はただちに中止を求めた。
 この地域の多くの国は、経済成長を背景として、国防費の増額や新装備の導入など軍事力の拡充・近代化を行ってきている。特に、今日、政治的・経済的に地域の大国として重要な影響力をもつ中国は、軍事面においても、各国がその動向に注目する存在となっている。
 
図表1-0-1 アジア太平洋地域における主な兵力の状況(概数)

 さらに、02(平成14)年以来、北朝鮮の核問題に対して、再び国際社会の懸念が高まっている。この問題は、東アジアの安全保障に深刻な影響を及ぼすのみならず、大量破壊兵器の不拡散の観点から、国際社会全体にとっても重要である。昨年9月の六者会合において、北朝鮮は、全ての核兵器および既存の核計画を放棄することを約束したが、その後は進展がみられていない。北朝鮮は、六者会合での合意内容を迅速かつ着実に実行に移していくことが求められている。また、北朝鮮による日本人拉致問題は、わが国の国民の生命と安全に大きな脅威をもたらす重大な問題であるが、依然安否が確認されていない拉致被害者の問題などが未解決のままとなっており、北朝鮮側の誠実な対応が求められる。
 加えて、最近では、東南アジア地域におけるテロや海賊行為などの問題が地域の安全保障に深刻な影響を及ぼすようになっている。インドネシアやフィリピンでは、テロ組織や分離独立勢力によるとみられるテロが起きており、また、国際的に重要な海上交通路であるマラッカ海峡やシンガポール海峡などは、海賊行為などの多発地域となっている。
 以上のような安全保障環境の下にあるアジア太平洋地域では、わが国をはじめ各国が、米国との二国間の同盟・友好関係を構築し、これらの関係に基づき、米軍が駐留するなどしている。欧州地域においては、冷戦終結後、安全保障環境が大きく変わり、北大西洋条約機構(NATO:North Atlantic Treaty Organization)の拡大や欧州連合(EU:European Union)などによる枠組みも含めた安全保障環境安定化のための重層的な取り組みが進められ、また、欧州に駐留している米軍の部隊を大幅に削減する動きがみられるが、今なお不透明・不確実な要素が残されているアジア太平洋地域においては、米軍のプレゼンスは、地域の平和と安定にとって引き続き重要である。
 他方、近年、この地域では、域内諸国の二国間軍事交流の機会の増加がみられるほか、ASEAN地域フォーラム(ARF:ASEAN Regional Forum)や民間機関主催による国防大臣参加の会議2など、多国間の安全保障対話の努力が定着しつつある3。地域の安定を確保するためには、米軍の安定的なプレゼンスとともに、こうした各国間の信頼醸成措置をさらに促進・発展させていくことも重要である。


 
1)国際水路機関およびユネスコ政府間海洋学委員会が主催する「海底地形名称に関する小委員会」に対し、韓国がわが国の主張する排他的経済水域を含む海域の海底地形の名称を独自に提案しようとする動きを見せたため、わが国としても対案提出のためのデータを早急に収集する必要が生じた。韓国政府は、海上保安庁による調査について、拿捕などあらゆる手段を通じ阻止するとする極めて強硬な姿勢を示したが、最終的には、両国の外交当局の交渉の結果、日本側は、韓国が本年6月の「海底地形名称に関する小委員会」において名称の提案を行わないという理解の下、海底地形調査を中止することとした。

 
2)02(平成14)年から、毎年、シンガポールにおいて英国の民間機関(国際戦略研究所)主催により、アジア太平洋地域などの国防大臣が多数参加する国際会議が開催されている。

 
3)本年5月、マレーシアでASEAN加盟国の国防大臣による会議が初めて開催された。


 

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