第1章 わが国を取り巻く安全保障環境 

インド

 10億人を超える人口と広大な国土を持つインドは、海上交通路の確保にとって重要な位置に存在しており、南アジア地域で大きな影響力を有している。また、近年の情報通信技術(IT:Information Technology)分野の発展もあって国際経済上の地位を高めている。
 インドは、国家安全保障政策として、国益を守るための軍事力及び最小限の核抑止力の保持、テロ及び低強度紛争から通常戦争及び核戦争までの多様な脅威への対処、テロや大量破壊兵器などの新たな脅威に対処するための国際協力の強化などを挙げている。
 核政策については、インドは最低限の信頼性ある核抑止力と核の先制不使用政策を維持し、核実験モラトリアム(一時休止)を継続するとしている。これに加えて、03(同15)年1月に公表された核戦略において核兵器、ミサイル関連部品、技術の輸出管理の継続と核分裂物質削減条約の協議への参加や核兵器のない世界を目指すコミットメントの継続への言及がある一方で、生物・化学兵器による攻撃を受けた際には、核による報復の選択肢を保持する旨定められた。
 インド軍は、陸上戦力として12個軍団約110万人、海上戦力として2個艦隊約150隻約32万6,000トン、航空戦力として19個戦闘航空団などを含む作戦機約830機を有している。インドは、現在、空母1隻を保有しているが、新たに国産空母1隻の建造計画を進めるとともに、後述のように、ロシアから空母1隻を改修後に導入することとしている。
 インドは、パキスタンとの間でカシミールの帰属をめぐる問題を抱えている7
 中国との間では国境問題を抱えており、また、中国の核とミサイルに警戒感を示しているものの、両国首脳による相互訪問を行うなど、対中関係の改善に努めてきた。03(同15)年6月には、バジパイ首相(当時)がインドの首相としては10年ぶりに訪中し、温家宝首相との間で、両国間の軍事交流の拡大を含む「二国関係及び包括的協力に関する宣言」8に署名した。また、同年11月には上海沖で初の両国海軍による共同演習も実施された。さらに、昨年3月の中国の曹剛川国防部長のインド訪問に際し、両国は軍事交流の拡大に合意、これに基づき、同年12月には約10年ぶりとなるインド陸軍参謀長の中国訪問が実現したほか、本年1月、両国の外務次官級による初の「戦略対話」が開催された。さらに、同年4月、温家宝首相がインドを訪問し、両国が「平和と繁栄のための戦略的・協力的パートナーシップ」9の樹立に合意するなど、両国関係は進展している。
 従来から友好関係にあったロシアとの間では、00(同12)年10月、「戦略的パートナーシップ宣言」に調印して両国関係を強化し、T-90戦車などの同国からの導入や超音速巡航ミサイルの共同開発を進めてきた10。また、昨年1月にはロシアのイワノフ国防相がインドを訪問し、1990年代より交渉が行われていたロシアの退役空母アドミラル・ゴルシコフの売買契約が締結された。さらに、昨年12月にはロシアのプーチン大統領がインドを訪問し、装備品の共同開発を含む両国間の更なる軍事技術協力について話し合われた11
 98(同10)年の核実験後冷却化していた米国との関係は、ブッシュ政権下で進展を見せている。9.11テロ後の米国による対インド経済制裁解除などを経て、01(同13)年11月には、バジパイ首相(当時)が訪米した際の米印共同宣言で両国関係を質的に変化させていくことが確認された。安全保障の分野においても対話が再開され、02(同14)年のマラッカ海峡における米印海軍による共同パトロールをはじめ、両国間で合同軍事演習などの軍事交流が活発化している12。さらに、昨年1月、米印両国は、両国関係を「戦略的パートナーシップ」と位置付けていくことを念頭に、弾道ミサイル防衛に関する対話の拡大とともに、原子力の平和利用、宇宙開発、ハイテク関連貿易の3分野での協力の拡大に合意した旨を発表した。また、同年12月には、ラムズフェルド国防長官が、本年3月にはライス国務長官がインドを訪問するなど、米政府高官のインド訪問も見られた。

 
インド・パキスタンの兵力状況(概数)


 
7)本章1節4参照

 
8)本宣言では、両国の関係強化は地域の安定と繁栄にも資するものであるとして、平和共存5原則などに基づき、長期にわたる建設的で協力的なパートナーシップを発展させていくとし、両国の国防相を含む軍関係者の相互訪問をはじめ、あらゆる分野・レベルにおける交流の拡大と関係の強化を進めるとしている。未確定国境問題の解決に向けては、相互に特別代表を任命することで合意している。また、本宣言の中で、インドは「チベット自治区は中国の領土の一部である」と認め、さらに、両国は、両国関係の改善や進展は第三国に向けられたものでないと言及している。

 
9)本宣言において、シッキム州については「インドのシッキム州」との表現が使用された。また、両国は未画定国境問題の早期解決に向けた努力を継続することを確認した。

 
10)昨年11月には、インドは同ミサイルの艦上発射実験を実施した。

 
11)同大統領に先立ちインドを訪問したロシアのイワノフ国防相は、インド側と第5世代戦闘機などの共同開発に取り組む用意があることを表明している。

 
12)03(同15)年7月と10月には米印海軍共同演習が、昨年2月には米印空軍合同演習が、同年3月から4月にかけて米印陸軍共同演習が行われた。また、同年7月には印空軍が米軍主催の多国間空軍演習にも参加している。


 

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