2 検討における主な考慮事項
現在の防衛大綱策定後の国際安全保障環境の変化
(1)国際情勢の変化
冷戦終結後10年以上が経過し、圧倒的な軍事力を背景とする東西間の軍事対峙構造は消滅し、米露両国間において新たな信頼関係が構築されるなど、かつて冷戦時代に想定されたような世界的な規模の武力紛争が生起する可能性は一層遠のいている。この中で、国家間の相互依存関係は深化・拡大し、安全保障上の問題に関する国際協調・協力の流れは定着してきている。他方、各種の領土問題などは依然存続するとともに、宗教や民族問題などに起因する種々の対立が表面化あるいは先鋭化する傾向にあり、複雑で多様な地域紛争が発生している。さらに、独裁政権や国際テロ組織などに蝕(むしば)まれた国家が崩壊した場合、それを責任のある国家へと再生させることも国際社会の課題となっている。
また、01(平成13)年9月の米国における同時多発テロに見られるとおり、国家間の軍事的対立を中心とする問題だけでなく、大規模なテロ攻撃やこれを引き起こす国際テロ組織などの特定困難な非国家主体が安全保障上の重大な脅威として注目されている。大量破壊兵器や弾道ミサイルなどについても、統治面などで問題のある国家への拡散・移転が進んでおり、また、非国家主体が取得、使用するおそれも高まっているなど、国際社会においてその危険が強く懸念されるに至っている
1。加えて、軍事問題に止まらず、テロ活動、海賊行為、麻薬密輸などのような各種不法行為や緊急事態も安全保障に影響を及ぼしている。
このような安全保障上の問題は、通信・移動手段などの急速な発達を背景に、瞬く間に国境を越え世界中に広がる可能性を有しており、一国のみでこのような問題を解決することが一層困難となるなど、安全保障問題のグローバル化が進んでいる。
こうした状況の下、国家間紛争の防止のためには、抑止力の維持は引き続き重要であるが、統治面などで問題のある国家や国際テロ組織のように、抑止が機能しにくいものもあり、これらが引き起こす事態は突発的に発生し、その事態生起を事前に察知することも困難であることに十分留意する必要がある。
以上のとおり、今日の安全保障上の問題は、予測困難で複雑かつ多様なものとなってきているのが大きな特徴であり、その適切な対応には軍事力はもとより、その他の施策も含めた総合的な対応が一層必要になると考えられる。
(2)国際社会の対応
このような状況から、国際安全保障環境の安定を図ることは、各国にとって共通の利益となっており、安全保障上の問題の解決のため、軍事力のみならず、外交、司法・警察、経済、情報など諸施策の連携の下に総合的に対応を行っている。また、こうした問題の解決は一国のみでは困難になっていることから、地域的な安全保障の枠組みの活用、多国間及び二国間の安保対話・協力の拡大や国際連合の役割の充実へ向けた努力を行うなど、国際関係の一層の安定化を図るための幅広い努力を行っている。
こうした中で、唯一の超大国となった米国はその圧倒的な軍事力などの国力を背景として、テロとの闘いや大量破壊兵器などの拡散といった問題への対応のため、国際協調を考慮しつつ、世界的規模で各種活動を行っており、これらの活動の内容によっては、従来の同盟関係とは異なる有志連合(coalition)という国際的な協力の枠組みが機能する例が見られる。これらの問題を米国のみで解決することは困難であることや国際的な正統性を確保する必要性も高まっていることから、米国も国連をはじめとする国際機関の果たす役割の重要性を認識して、国際機関との協調を図っている。
このような安全保障環境の安定化に向けた動きの中で軍事力の役割は多様化しており、軍事力は脅威や不安定要因に起因する事態の抑止・対処といった従来からの役割に加え、平素から国内外の安全保障環境の安定化のために、積極的に活用されるに至っている。このため、欧米主要国をはじめとして各国においては、冷戦期の厳しい軍事的対峙(たいじ)を前提に構築された従来の軍事力の再編・縮小・合理化を経て、現在及び今後の軍事力が果たすべき役割を念頭に置き、他国と協調しつつ、国内外の安全保障環境の安定化のための各種能力を確保するため、即応性、機動性、柔軟性などを重視した軍事力の変革が行われている。
(3)わが国周辺地域の情勢など
わが国周辺地域においては、1990年代以降、対立関係にあった二国間関係の正常化、もしくは大幅な改善がなされ、二国間及び多国間の連携・協力関係の充実・強化が図られている。また、わが国のこれまでの着実な防衛努力、わが国の安全及びわが国周辺地域の平和と安定のために日米安保体制の果たす役割、さらには現防衛大綱策定後のわが国周辺地域の軍備動向など、これらの状況を考慮すれば、わが国に対する本格的な侵略事態生起の可能性は低下している。
一方、わが国周辺地域は民族、宗教、政治体制、経済力などが異なる多様性を有するとともに、複数の主要国が存在し利害が錯綜する複雑な構造にあり、朝鮮半島における緊張など、統一・領土問題や海洋権益をめぐる問題なども存続している。また、多くの国々では、これまでの経済発展を背景に軍事力の近代化を進めている。さらに、一部の地域においては、経済格差の拡大、経済停滞、政府の統治能力低下などにより、国際テロ組織の活動や海賊行為が活発化するおそれがある。これに加え、国際社会全体の問題となっている大量破壊兵器や弾道ミサイルの拡散の問題は、この地域の安全保障にとっても深刻な影響を及ぼす問題となっている。
このような中で、1章で述べたとおり、北朝鮮は大量破壊兵器や弾道ミサイルの開発、配備及び拡散を行うとともに、大規模な特殊部隊を保持するなど、いわゆる非対称的な軍事力を維持・強化していると考えられ、わが国を含む地域の平和と安定に重大な影響を与える事態も生起させている。また、この地域の安全保障に大きな影響力を有する中国は、政治的・経済的にもこの地域の大国として着実に成長し続けており、軍事面でも、近年、核・ミサイル戦力や海・空軍力の近代化を推進するとともに、海洋における活動範囲の拡大などを図っており、このような動向については今後も注目していく必要がある。