第1章 国際軍事情勢 

第1節 国際社会の課題

1 テロとの闘い

 2001(平成13)年9月の米国同時多発テロは、その規模と手段において世界中にかつてない衝撃と憤りを与え、従来からその危険性が指摘されていたテロが21世紀を迎えた国際社会において現実の脅威となっていることを改めて示した1。米国をはじめとする各国は、対テロの国際的連帯を形成し、すべての国際テロ組織を打破すべく長期にわたる困難なテロとの闘いを行っている。テロとの闘いは軍事のみならず、外交、司法・警察、情報、経済などすべての資源を投入して行われるものであり、今後も長く続けられるものと考えられるが、史上最大と言われる2各国の対テロ連合による努力は着実な成果を挙げつつある3

(1)アフガニスタンとその周辺におけるテロとの闘い
 米国同時多発テロを行ったアル・カイダは、アフガニスタン国土の90%を支配するイスラム原理主義勢力タリバーンの庇護を受け、同国内に訓練キャンプなどを設置したために、同国はテロリストの温床となっていた。米国は同時多発テロ直後に、アル・カイダをその実行犯と特定し、タリバーンにその引渡しを迫ったが、これを拒まれたため、01(同13)年10月アフガニスタンにおいて空爆を開始し、長期にわたる全世界的なテロとの闘いに入った。これに引き続く地上戦においては、米軍などの支援を受けた地元勢力の北部同盟などが、タリバーンの拠点となっていた都市を次々に陥落させ、同年12月にタリバーンを本拠地カンダハルから退去させた。こうして、抑圧的な体制の下、人々の人権を侵害し、アフガニスタンを国際テロ組織の温床としていたタリバーンによる支配は終焉し、アル・カイダのアフガニスタンにおける活動も困難となってきている。
 現在も、アフガニスタン国内においては、依然として米軍を中心として、オサマ・ビン・ラーデン、ムラー・ムハンマド・オマルといったアル・カイダ、タリバーンの指導者をはじめとする残党の追跡・掃討、陸路を通じたパキスタン、イランなどへの逃亡を防止するための活動が実施され、アラビア海などにおいては、各国の艦艇により、これらの残党の海路を通じた各地への逃亡とアフガニスタンからのテロの拡散を防止する努力が続けられている4
 他方、テロリストは貧困や抑圧された社会にその基盤を求めていることから、軍事力によるテロリストの排除のみによっては、テロとの闘いに勝利することはできない。
 アフガニスタンにおいては、01(同13)年12月のボン合意に基づき、昨年6月にカルザイ移行政権が発足し、国土を再びテロリストの温床としないよう、各国の協力の下、荒廃した国土の復興のための取組が開始されており、米軍などは、追跡・掃討作戦を遂行する一方で、軍民が一体となった地域復興支援チーム(PRT:Provincial Reconstruction Team)を派遣するなどしている。また、各国からなる国際治安支援部隊(ISAF:International Security Assistance Force)5がカブール周辺の治安維持に当たっているほか、米軍とともにアフガニスタン国軍の育成を支援するなど、アフガニスタンの復興を支援する活動を行っている6 7

(2)世界に拡散するテロとの闘い
 各国による全世界的な努力にもかかわらず、国際テロ組織は、なお世界各地にその網をめぐらせており、テロ攻撃が拡散する危険性は減じていない。
 昨年9月にアル・カイダの最高幹部であるオサマ・ビン・ラーデンとアイマン・ザワヒリとみられる肉声が放送された直後の10月には、イエメン沖で航行中であったフランスのタンカーが自爆テロ攻撃を受けたほか、11月にケニアのモンバサにおけるイスラエル資本のホテルと航空機に対するテロ攻撃が行われるなど、これらの地域における国際テロ組織の活動が未だ衰えていないことが示された。
 このように、アフリカの角8と呼ばれる地域周辺では国際テロ組織の活発な活動が見られ、国際テロ組織の封じ込め・掃討のため、米国はこの付近の海上に海兵隊を派遣し、各国の艦艇とともに海上阻止活動などを実施している。
 本年5月にはアル・カイダの関与が指摘される爆弾テロ事件がサウジアラビアおよびモロッコで発生している。
 また、東南アジアにおいても昨年10月にインドネシア・バリ島において発生した爆弾テロ事件では、邦人2人を含む200人以上もの犠牲者を出した。この事件は、東南アジア全体にネットワークを持ち、アル・カイダとの関係も指摘されるイスラム過激派、ジュマ・イスラミーヤ(JI)による犯行とされており、JIの関係者及び精神的指導者とされる、アブ・バカル・バシルが逮捕されている。
 さらに、テロリストの活動は、彼らが本拠地とする地域周辺にとどまらず、全世界で標的を選ばない傾向を示し、昨年10月には、モスクワにおいてチェチェン武装勢力による劇場占拠事件が発生、また、本年1月には、英国においても猛毒のリシンが市街地のテロリストの拠点で発見されるなど、先進国の国内での大規模テロや生物化学兵器テロ、またはその徴候がみられている。
 このように、国際テロ組織によるテロ攻撃の危険は、もはやどの国をも例外とせずに及ぶものであり、米国をはじめとする各国は国際テロ組織の打破のための協力を実施しているほか、それぞれの国内においてもテロとの闘いを続けている。
 このようなテロとの闘いにおける協力の一環として、フィリピンにおいては、南部を中心に活動する国際テロ組織アブサヤフの掃討のため、昨年に引き続き本年も、米軍、フィリピン軍の共同演習「バリカタン03−1」が実施されることとなっている。
 昨年のチェチェン武装勢力による劇場占拠事件に際して、ロシア政府は特殊部隊を投入して鎮圧にあたり、多数の人質を犠牲にしながらも、テロリストとは一切妥協せず、卑劣なテロに立ち向かう断固たる姿勢を見せた。また、グルジアのパンキシ渓谷付近に存在するアル・カイダとの関係も指摘されるテロリスト勢力などの掃討を支援するため、米国はグルジア政府軍の訓練に協力している9 10
 また、同時多発テロを経験した米国においては昨年10月に米国本土の防衛を担当する北方軍を新設した11ほか、本年1月に国土安全保障省を発足させ、米国本土に対するテロ攻撃を防止するための各種施策を実施している。



 
1)「4年毎の国防計画の見直し(QDR)」(米国防省1997年)においてもテロリストの脅威について指摘されている。

 
2)「テロとの闘いのパートナーは世界の約半数の国であり、人類史上最大の連合である。」(ラムズフェルド米国防長官(2003.2.8))

 
3)「2002年国際テロリズムの動向」(米国務省2003年)によれば、米国同時多発テロ以降、世界100か国以上において3,000人以上のアル・カイダ関係者が拘束され、1/3以上のアル・カイダ上級幹部が殺害・拘束された。また、国際テロの件数は、1969(昭和44)年以来の最低の低い水準となっている。

 
4)本年5月時点でアフガニスタンには米国から約7,000人、その他21か国から約8,000人の兵力が派遣されている。また、海上阻止活動には、米国を含め11か国から20隻以上の艦船が参加している。

 
5)2003年6月現在、ドイツ、オランダの共同指揮の下、29か国から約4,500名が派遣されている。

 
6)本年5月1日、アフガニスタンを訪れたラムズフェルド米国防長官は「アフガニスタンにおける活動は、主要な戦闘から安定、安定化及び復興に移行しているとの結論を出した」、「アフガニスタンのある地域においては未だ抵抗勢力が存在しており、危険な状態であり、迅速かつ効果的な対応が必要である」と述べている。またブッシュ米大統領も5月1日空母エイブラハム・リンカーン上において「9月11日から始まったテロとの闘いは終わっていない」旨述べている。

 
7)本年5月現在、アフガニスタン国内においては米国の他、34か国からの人員が活動している。(ラムズフェルド米国防長官会見(2003. 5.15)による)

 
8)アフリカ大陸北東部のインド洋に突出しアデン湾を形成する角状の地域の名称。

 
9)チェチェン共和国においても昨年12月および本年5月に大規模な爆弾テロ事件が発生し、それぞれ70名を超える死者が出ている。

 
10)本章2節2参照。

 
11)米軍は、世界を地域別に担当する統合軍(中央軍、欧州軍、太平洋軍など)を設置しているが、これまで米国本土の防衛を担当する統合軍はなかった。


 

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