Contents

第III部 防衛目標を実現するための3つのアプローチ

5 女性・平和・安全保障(WPS)推進に向けた取組

1 女性・平和・安全保障(WPS)とは

女性・平和・安全保障(Women, Peace and Security)、いわゆるWPSは、紛争、災害などの発生時に、より脆弱な立場に置かれる女性、女児などを、特に保護すべき対象であるとして、女性、女児などの保護・救済に取り組みつつ、女性が指導的・主体的に、紛争の予防、復興および平和構築、ならびに防災、災害対応や復興のあらゆる段階に参加することで、より持続的な平和に資することができるという考え方をいう。

1990年代、旧ユーゴスラビアやルワンダ内戦における大規模な性的暴力が世界的な注目を浴びた。さらに、1995年には、北京において第4回世界女性会議が開催され、北京宣言を踏まえた行動綱領の中で、紛争解決の意思決定レベルへの女性の参加を増大し、武力またはその他の紛争下に暮らす女性を保護することが戦略目標として明記された。また、1998年に採択された国際刑事裁判所に関するローマ規程において、紛争下の性的暴力は戦争犯罪と明記された。

こうした国際的な潮流を背景に、2000年、紛争下の女性をめぐる課題に焦点を当てた初めての安保理決議である女性・平和・安全保障(WPS)に関する決議第1325号が全会一致で採択された。同決議は、「参画」、「予防」、「保護」、「救援と復興」を4つの柱として明記し、全ての取組にジェンダー主流化33が要請されている。以降、同決議を補完する観点から、WPSに関連する安保理決議が順次9本採択され、これら10本の決議に記載された取組を総称して「WPSアジェンダ」と呼んでいる。

近年、国際情勢が不透明さを増す中、WPSの考え方は益々重要になっている。

2 わが国の取組

わが国は、WPSに関する安保理決議の履行のため、2015年に第1次行動計画を策定した。本行動計画はその後改定され、現在、2023年4月に策定された第3次行動計画に沿って、WPSに関する取組を進めている。

わが国の行動計画は、紛争のみならず、災害の項目も含めている点に特徴がある。これは、わが国が2011年の東日本大震災をはじめとする多数の大規模自然災害に見舞われ、それらを乗り越えてきた経験から、ジェンダーの視点を防災、災害対応、気候変動、復興のあらゆる段階に取り入れることが重要と認識したことによるものである。また、行動計画は、国際的な取組だけでなく、国内の取組も規定しており、防衛省を含む各省庁において、外交・安全保障、防災や災害対応にかかわる政策意思決定の場への女性の登用・参画の推進やジェンダー視点34に立った政策、施策の整備・実施を推進していくとしている。

KEY WORD「ジェンダー」

「社会的・文化的に形成された性別」のこと。人間には生まれついての生物学的性別(セックス/sex)がある。一方、社会通念や慣習の中には、社会によって作り上げられた「男性像」、「女性像」があり、このような男性、女性の別を「社会的・文化的に形成された性別」(ジェンダー/gender)という。「社会的・文化的に形成された性別」はそれ自体に良い、悪いの価値を含むものではなく、国際的にも使われている。

3 防衛省・自衛隊におけるWPS
(1)WPSを推進する必要性・意義

WPSの推進は、国民の生命、身体などの保護、防衛力の抜本的強化に加え、国際社会の平和と安定に寄与するものである。したがって、防衛省・自衛隊としても、WPSを推進していく必要がある。

第一に、国民の生命、身体などの保護に関して、在外邦人等の輸送や災害派遣における被災者へのきめ細かな生活支援などの活動を実施する機会が近年増加している。こうしたなか、人口の約半数を占め、紛争下などで特に脆弱な立場に置かれる女性や女児のニーズを踏まえ、WPSの視点に基づき体系的に対応することにより、国民の生命、身体などの保護に直接寄与していく。

第二に、防衛力の抜本的強化に関して、WPSは、安全保障分野などにおける意思決定過程への女性の参画などを掲げており、これまで防衛省が取り組んできた女性活躍推進施策などと密接に関連するものである。WPSの推進は、女性を含む多様な人材が能力を発揮できる環境をもたらすものであり、こうした多様性はオペレーションの効率化という点でも重要である。このように、WPSを推進することは、その活動の主体である防衛省の人材育成および組織の能力強化に繋がり、防衛力の抜本的強化のために必要不可欠である。

第三に、国際社会の平和と安定への寄与に関して、2023年に岸田内閣総理大臣が発表した「FOIPのための新たなプラン」では、平和の原則および繁栄のルールはFOIPの屋台骨であり、弱者が力でねじ伏せられない国際環境を醸成するため、WPSの観点を踏まえた対応を明記している。PKOや国際緊急援助活動をはじめとする自衛隊の海外での活動を、より効果的に実施するためには、WPSに関する視点が不可欠である。基本的人権の尊重および法の支配の確保を追求する諸外国の国防当局などと協調しつつ、防衛省としても、国際社会の責任ある一員として、WPSを推進し、平和と安定に寄与していく。

(2)防衛省・自衛隊における推進体制の強化

防衛省・自衛隊は、これまでも国内で女性活躍推進のための様々な取組を進めるとともに、PKOや大規模災害対応に取り組む主体として、WPSの観点を踏まえ、国内外の活動を推進してきた。一方で、防衛省・自衛隊の全体を見れば、隊員一人一人にWPSの認識や、ジェンダー視点を政策の企画・立案に反映させることの意義が浸透していないという課題があった。

こうした課題も踏まえ、全自衛隊員の意識改革や国際的な連携の取組をさらに強化するため、2023年にWPS国際連携調整官(2024年4月以降、WPS国際連携企画官に名称変更)を指名するとともに、防衛大臣政務官を本部長とする防衛省WPS推進本部を設置した。

第3回防衛省WPS推進本部での松本防衛大臣政務官(2024年4月)

第3回防衛省WPS推進本部での松本防衛大臣政務官
(2024年4月)

防衛省WPS推進本部は、2023年8月に小野田防衛大臣政務官(当時)を本部長として第1回会合を開始し、2024年1月に松本防衛大臣政務官を本部長として第2回会合を開催した。

同年4月には、第3回会合を開催し、これまでの推進本部での議論を踏まえ、「防衛省女性・平和・安全保障(WPS)推進計画」が初めて策定された。本推進計画は、政府のWPSに関する行動計画を踏まえ、防衛省としてWPSを推進するために、2028年度までに実施すべき事項を定めたものである。

同推進計画は、4つの具体的な取組として、①防衛省全体の意識改革、②WPS推進体制の整備、③諸外国、機関などとの連携、④自衛隊の活動へのジェンダー視点の反映、について定めるとともに、今後も防衛省WPS推進本部を毎年開催し、取組の実施状況の評価を行うフォローアップ体制についても定めている。

防衛省としては、同推進計画に基づき、省一体としてWPSを強力に推進し、ジェンダー視点を踏まえた活動を行うことで、国民の保護や国際社会の平和と安定に貢献していく。

HA/DRに関する能力構築支援(ラオス)において実施した自衛官によるWPSセミナー(2023年12月)

HA/DRに関する能力構築支援(ラオス)において実施した
自衛官によるWPSセミナー(2023年12月)

(3)最近の主な取組

わが国は、ベトナムとともにADMMプラスPKO専門家会合の第4期(2021年から2024年)共同議長を務め、国際的なWPS推進を主導してきた。共同議長国として活動の主目的の一つにWPS推進を掲げ、WPSプラットフォーム35を設立し、国連から専門家を招へいして4度のWPSセミナーを開催するなど、各国のWPSに関する認知向上に貢献した。さらに、PKO専門家会合の集大成イベントとして、2023年9月にベトナムで開催した国連平和維持活動要員候補者能力評価事業では、各国から女性の参加を奨励し、全参加者に対するWPSに関する研修やWPSの視点が必要になる国連軍事監視要員、施設要員、衛生要員による調整要領の確認も実施した。

また、2023年以降、インド太平洋諸国に対して実施中のPKOやHA/DR分野の能力構築支援の枠組みにWPSの要素を新たに反映させ、WPSに関するセミナーや意見交換を実施し、各国国防関係者のWPSへの認知向上に寄与している。2023年11月に開催された第8回日ASEAN防衛担当大臣会合では、木原防衛大臣より、WPSに関する新たな日ASEAN能力構築支援プログラムを立ち上げることを発表した。

米国WPS議連委員および米国務省女性問題担当大使による増田事務次官への表敬(2024年4月)

米国WPS議連委員および米国務省女性問題担当大使による
増田事務次官への表敬(2024年4月)

NATOジェンダー視点委員会年次会合(ベルギー)へのWPS国際連携調整官の派遣(2023年10月)

NATOジェンダー視点委員会年次会合(ベルギー)への
WPS国際連携調整官の派遣(2023年10月)

加えて、諸外国やNATOなどが主催するWPSに関する訓練研修や国際会議にWPS国際連携企画官や自衛官を講演者として派遣し、防衛省・自衛隊の取組を積極的に紹介するとともに、WPSを推進する関係諸国からの知見を得て、防衛省・自衛隊におけるWPS推進の方向性の検討の資としている。

国内では、災害時などにおいてWPSの視点に則った対応を行っている。災害は全ての人の生活を脅かすが、性別や年齢などの違いにより、受ける影響が異なることが知られており、令和6年能登半島地震でも、乳児用のミルクの種類などデリケートな内容を含む様々なニーズを考慮し、女性被災者には女性隊員が聞き取りに努めるなど、迅速かつ的確な対応を行っている。

令和6年能登半島地震への災害派遣において活動する女性自衛官(入浴支援)

令和6年能登半島地震への災害派遣において活動する女性自衛官
(入浴支援)

また、わが国は、国内の災害対応に限らず、インド太平洋地域における大規模自然災害発生時には、国際緊急援助隊の派遣を含む緊急人道支援活動を実施しており、自衛隊による災害対応は国内外問わず想定される。

防衛省・自衛隊としては、災害派遣などの活動において、女性の被災者などに寄り添った対応を体系的に実施できるよう、省一体となってWPSの視点を災害派遣にも反映していく。

参照IV部2章第3節2項(女性の活躍推進のための改革)

動画アイコンQRコード資料:省HP:女性・平和・安全保障(WPS)に関する取組
URL:https://www.mod.go.jp/j/approach/wps/index.html

33 あらゆる分野でのジェンダー平等を達成するため、全ての政策、施策および事業にジェンダーの視点を取り込むこと。

34 ジェンダーに基づく地位や力関係によって生じる差異に着目し、そうした差異がどのように男性および女性の当面のニーズ・長期的な利益の形成に影響するか検討するもの。

35 2021年、第4期ADMMプラスPKO専門会合のもとに設置したもの。ADMMプラス参加国の知見・経験を継続的に集約し、WPS専門家を招へいし定期的にセミナーを開催する場を提供することで、WPSの意識向上に貢献した。